飯倉三・四丁目町会が位置する東麻布一丁目界隈は明治の初期、現在の飯倉交差点(飯倉四つ辻)から広がった商人の町でそれまでの繁昌を保っていました。現在の赤羽橋に近い地域では、その頃和傘、頭髪用練油、ろうそく、机、箪笥など和家具、洋家具の製造もされており職人の町でもありました。また、飯倉四つ辻の繁昌を見越して西洋菓子店の風月堂、寄席の永坂、劇場の曙座などがあり日頃賑わいのある町でもありました。
(港区郷土資料館 デジタルミュージアムより)
(港区郷土資料館 デジタルミュージアムより)
(港区立飯倉小学校 開校110周年記念誌より)
(港区立飯倉小学校 開校110周年記念誌より)
(港区立飯倉小学校 開校110周年記念誌より)
(港区立飯倉小学校 開校110周年記念誌より)
(港区立飯倉小学校 開校110周年記念誌より)
(港区立飯倉小学校 開校110周年記念誌より)