ヘンデリアン・シンガーズは、ヘンデル作品を中心に、英国の合唱作品を深く掘り下げることを目的とした合唱団です。少人数でのアンサンブルを理想としながらも、音楽の本質に真摯に向き合う姿勢を大切にしています。今回は音楽監督・辻先生に、団の成り立ちや音楽への想いを語っていただきました。
辻先生: 「思った以上にね、皆さん“先生の思うように”って言ってくださるんですよ。ちょっと戸惑ってるくらいで(笑)。そんな経験、今までなかったので。」
「もともと“メサイアやりたいね”って話してたのは2010年頃でしたね。立ち上げたのは、コロナで合唱ができなくなるかもっていう危機感の中で、やっぱり自分の思うメサイアをやっときたい!と強く感じたから。少人数アンサンブルで伴奏はオルガンのみでやりたいと思ったのがきっかけでした。」
「そうなんです。最初は“指揮なしでやれたらいいな”って思ってたくらいで。でもやっぱり、運営的には20人以上いないと難しいなって実感しました。」
「ヘンデル以外にも、パーセルとかバードとか、やってみたい曲はたくさんあります。バードなんかは、ラテン語の曲も英語の曲も書いてるんですよ。宗教的な背景が複雑な作曲家で、そういう人の作品を並べて演奏するのも面白いんじゃないかなって。」
「あと、メンデルスゾーンの『エリヤ』とか『パウルス』。あれ、ドイツ語で演奏されることが多いけど、英語でやってみてもいいんじゃないかなって思ってます。」
「やっぱり、英語圏の音楽に興味がある人。作品の背景に思いを馳せられるような人がいいですね。技術も大事だけど、それ以上に“この曲をどう感じるか”っていうところを大切にしたいです。」
「夢は広がりますよ。でも、私ももう60ですからね(笑)。体力との相談です。でも、他団体とのコラボレーションとか、規模の大きな作品にも挑戦してみたい気持ちはあります。」
辻先生: 「昔から不思議に思ってるんですけど、イギリスの合唱団って、おばあちゃんになっても“天使の声”が出るんですよ。年をとっても、あの透明感のある声が出るって、どういう仕組みなんだろうって。」
「アマチュアのレベルが特別高いというわけではないけれど、譜読みは早いですね。初見に強い。でも、日本人のように勤勉じゃないから、そこからあんまり変わらない(笑)。ただ、子どもの頃から合唱のみならず、音楽に広くに触れる機会があるし、教育の中にも上手く組み込まれているから、愛好者にとっても聴衆にとっても音楽的環境はいいですね。」
「ありますね。英語のオラトリオとイタリア語のオペラの楽譜を見ていると、だいたい音域や声の性格が見えてくるんです。“あ、またセネジーノ*1 だな”とか(笑)。」 *1 イタリア人の著名なカストラート
「特に印象的なのは、ジョン・ビアードというイギリス人のテノールをオラトリオにおいて主要なロールに起用したこと。テノールが主役になることがなかった時代に、あえてイタリア人ではなくイギリス人のテノールを選んだ。その背景には、興業者としてのヘンデルの意図や、時代の変化があったのでしょうね。」
「そうですね。テナーの高音と同じくらい、アルトの低音はしっかり鳴らないと、ハーモニーが成立しない。でも、アルトって“ここが私の見せ場だ”ってちゃんと認識して歌える人が少ない。性格的に?だからこそ、“ここがあなたの出番だよ”って伝えてあげることが大事だと思っています。」
「イギリスでは、テナーよりカウンターの方が多いくらい。教会音楽ではカウンターがいないと成り立たないですし。でも日本ではまだ少数派ですよね。でも、カラオケなんかで歌おうと思うと、自然に裏声になる人がいるんですよね〜。つまりそれは自分で気づかずに、カウンターの素質を持ってるってことなんですよ。」
声のこだわりと、合唱団の“いいところ”
辻先生: 「いいところも悪いところも、実は同じ方向にあるんですよね。キャッチは早い。でも、忘れるのも早い(笑)。」
「発声的なことは必ず忘れるもの。だから、自分で“戻せる糸口”を持っておくことが大事。体調によっても違うけど、“ここをこうすれば戻せる”っていう感覚を持てると、安定への道につながりますね。」
「やっぱり“母音”ですね。特に “あ”、“え”、“い” が日本語の口語的発音になってしまうと、響きがなくなり、喉声っぽくなってしまう。だから、共鳴腔を意識して発音、発声することが大事なんです。この“母音の響き”を整えるだけで、ハーモニーは整ってゆきます。」
「響きの位置ですね。プロの合唱団は、響きが常に共鳴腔にある。それがアマチュアとの大きな違いです。もちろん、完璧じゃなくてもいい。パヴァロッティのような神的存在であっても外すことはあったわけだし。でも、せめて“3割バッター”くらいにはなって欲しいなと思って、日々指導しています。」
原点の記憶と未来への構想
「大学3年の頃、恩師の畑中良輔先生に“君にはヘンデルが合うんじゃないか”って言われたんです。それでいくつか楽譜を渡されて、勉強し始めたら、急に成績が伸びたんですよ(笑)。」
「それまではドイツリートばかり、シューベルトやシューマン、リヒャルト・シュトラウス、ヴォルフなんかを熱心にやっていたんですけど、ヘンデルに出会って、自分でもいろんな意味で開眼したっていうか、適性を感じたんですね。」
「大学院では“ヘンデルのテノール・レパートリー”をテーマに論文を書いて、もっと学びたいと思ってロンドンに留学しました。」
「クリスマスキャロルを中心にした、楽しい演奏会をやってみたいですね。あとは、教会での演奏の機会もあるかもしれないし、他の企画も進行中です。」
番外編:歌って踊れる人になりたかった?
辻先生: 「実はね、最初は“大工さん”になりたかったんです(笑)。でも、テレビで『雨に唄えば』を見て、“歌って踊れる人になりたい!”って思ったんですよ。サウンド・オブ・ミュージックも大好きで、映画館に3回くらい観に行きました。」
「だから、音楽の原点はミュージカルだったんです。今の活動とは少し違うけれど、あの頃の憧れが、今の自分をつくっているのかもしれませんね。」
辻先生: 「子供の頃の体験を言えば、小学校2年生の時に中華街で初めて食べた“クワイとエビの旨煮”というものに衝撃を受けました。あのクワイの食感と、エビの滋味!今も忘れられなくて。」
「基本的には京懐石のように、少しずついろんなものが美しく並んでるのが好きです。“もっと食べたい”って思いながら次の味を楽しむのがいいですね。一応言っときますが、いっつもそんなもん食べてるわけじゃないですよ!」
「昔は和菓子しか食べられなかったんですけど、イギリスに行ってからはチョコレートも食べるようになりました。もちもちした食感のものとかいいですよね。あんこやきな粉の類は特に好きです。酒饅頭!みたらし団子!葛切り!羽二重餅! あぁ!お腹空いてきた!!」