花粉量が多い日は、事故が増えるのか
Seasonal Allergies and Accidents (with Mika Akesaka), Forthcoming at American Economic Journal: Economic Policy
世界中で少なくとも4億人の花粉症患者がいるにもかかわらず、花粉が人々の経済活動に与える影響について、十分な研究が蓄積されていません。日本耳鼻咽喉科学会の耳鼻咽喉科医とその家族を対象とした調査によると、花粉症の人の割合は、1998年19.6%、2008年29.8%、2019年42.5%と増加しました。温暖化の影響を受けて、今後さらなる花粉量および患者数の増加が見込まれています。花粉症の影響は、鼻水や目のかゆみだけにとどまるのでしょうか。集中力や注意力が低下するなら、運転中や仕事中の事故につながる可能性もあります。そこで本研究では、2008~2019年の日本の救急搬送記録と、各地の花粉量のデータを用いて、花粉量の増加が、交通事故や仕事中の事故など、救急搬送を伴う事故の件数に与える影響を推定しました。その結果、花粉量が多い日には、交通事故や仕事中の事故など、救急搬送を伴う事故が増えることが示されました。また、将来の温暖化に伴う花粉量の増加を想定し、事故の増加による経済的損失を推計しました。
- メディア: 日経新聞, NTTDocomo, 東洋経済 (共著者の明坂氏による解説), 日経MJ
豊かだと感じることと、豊かに見られることは、どちらが重要なのか
Feeling Rich or Looking Rich? Quantifying Self-Image and Social-Image Motives (with Nicolas Bottan, Ricardo Perez-Truglia, and Katsunori Yamada), Journal of Public Economics, 262: 105778, 2026.
人は、自分の所得の額だけでなく、周りと比べてどれだけ豊かかも気にすると考えられています。では、「自分は周りより豊かだと感じること」と「他人から周りより豊かだと思われること」は、それぞれどの程度重要なのでしょうか。本研究では、アメリカで約5,000人を対象に、条件の異なる二つの仮想的な状況から、一つを選んでもらうサーベイ実験を行いました。所得に関する実験では、自分の所得、周りの平均所得、他人が認識する自分の所得をそれぞれ変え、自分から見た相対的な豊かさと、他人から見た相対的な豊かさが選択に与える影響を比較しました。また、学業成績や車の安全性についても同様の実験を行い、比較する対象によって違いがあるかを検証しました。多くの実験では、他人から見た相対的な立場が高い状況ほど選ばれやすいことがわかりました。ただし、所得については、「自分ならどちらを選ぶか」と尋ねると、他人から豊かに見られることはむしろ避けられました。一方、最も多く選ばれる回答を予想し、当たると報酬が得られる課題では、他人から豊かに見られる状況のほうが、多く選ばれると予想されました。
AIは誰の生産性を高めるのか
AI, Skill, and Productivity: The Case of Taxi Drivers (with Kyogo Kanazawa, Daiji Kawaguchi, and Yasutora Watanabe) Management Science, 72(2): 1376–1388, 2026.
AIは仕事にどのような影響を与えるのでしょうか。特に、高スキル労働者の生産性をより高めるのでしょうか。それとも、低スキル労働者の生産性を引き上げ、両者の差を縮めるのでしょうか。本研究では、タクシーの詳細な運行記録を用い、乗客が見つかりやすい経路を提案する需要予測AIが、生産性に与える影響を分析しました。ここでは、乗客を探す時間の長さを生産性の指標とし、AI導入前の乗客探しの効率に基づいて、乗務員のスキルの高低を区別しています。分析の結果、需要予測AIの活用により、高スキル乗務員の生産性向上には統計的に明確な効果が見られない一方で、低スキル乗務員の乗客探しの時間は約7%短縮され、生産性が向上しました。ITやロボットといった従来の技術は、高スキル労働者をより有利にし、所得格差を広げる面があると指摘されてきました。それに対し、本研究の結果は、AIがスキルの一部を補い、高スキル労働者と低スキル労働者の生産性の差を縮める可能性を示しています。
- 東京大学のプレスリリース: 日本語版, 英語版
- 共著者の川口氏、渡辺氏による解説記事 (日本語版, 英語版)
- メディア: 日経新聞
ゴルフは、女性CEOが男性CEOのネットワークにつながる助けになるのか
Golfing CEOs (with Yutaro Izumi, and Masayuki Yagasaki), Labour Economics (special issue), 91: 102639, 2024.
女性CEO(経営者)のビジネスネットワークは男性CEOに比べて小さいことが知られています。こうした人脈の違いは、取引先を見つける機会の差にもつながる可能性があります。本研究では、東京商工リサーチ(TSR)が保有する日本企業約100万社の取引データとCEOの趣味に関する情報を用いました。小規模企業を対象に、男性CEOの多くが趣味としているゴルフを介して、女性CEOが男性CEOのネットワークにつながることができるかを分析しました。その結果、男性CEOでは、ゴルフを趣味とする人のほうが、取引先に男性CEOの企業が占める割合が高い一方、女性CEOではゴルフを趣味としていても、男性CEOとの取引割合が高まる傾向は確認されませんでした。
酒類販売の解禁は、子どもの中高年期の死亡リスクに影響するのか
Later-life Mortality and the Repeal of Federal Prohibition (with David Jacks, Krishna Pendakur, and Anthony Wray), Journal of Public Economics, 238: 105192, 2024.
妊娠中の飲酒が、子どもの成長や発達に悪影響を及ぼしうることは知られています。では、その影響は、子どもが中高年になってからの死亡リスクにも及ぶのでしょうか。アメリカでは1920年から、アルコール飲料の製造、販売、運搬を禁止した「禁酒法」が施行されました。1933年に連邦の禁酒法は廃止されましたが、酒類の販売を解禁する時期は州によって異なりました。そこで本研究では、州ごとの解禁時期と生まれた年の違いを利用し、妊娠中の母親がお酒を入手しやすくなることが、生まれた子どもの中高年期の死亡率に与える影響を分析しました。その結果、酒類販売が解禁されていた州で生まれた世代は、販売が禁止されていた州で生まれた世代に比べて、中高年期の死亡率が高かったと推定されました。
値上げと値下げで、需要の反応は同じなのか
Asymmetric Demand Response when Prices Increase and Decrease: The Case of Child Healthcare (with Toshiaki Iizuka), The Review of Economics and Statistics, 105(5): 1325–1333, 2023.
モノの値段が200円から300円に上がった際に需要が「減る」量と、300円から200円に下がった際に需要が「増える」量は、従来の経済学では、ほかの条件が同じなら同じだと考えられてきました。果たしてそれは本当なのでしょうか。この仮説を、子どもの医療サービスを対象に検証しました。その結果、価格(=自己負担割合)の上昇時(0%→30%)の需要減は、価格低下時(30%→0%)の需要増の2倍以上となりました。この結果は、需要が価格に非対称に反応することを示唆しており、政策立案においても価格変化の方向性に留意する必要性を示しています。
年金支給日前後で、リスクの取り方は変わるのか
Temporal Instability of Risk Preference among the Poor: Evidence from Payday Cycles (with Mika Akesaka, Peter Eibich, and Chie Hanaoka), American Economic Journal: Applied Economics, 15(4): 68-99, 2023.
所得の低い人々のなかには、定期的に支払われる年金等に強く依存している人がいます。こうした人々は、支給日が近づくと手元のお金が乏しくなりがちです。貯蓄や投資など、経済的な意思決定の多くは、その人がどの程度リスクを取ろうとするか(リスク選好)に依存しています。そこで本研究では、年金の支給日前後でリスク選好が変わるかを、アメリカと日本の高齢者のデータを用いて検証しました。その結果、年金等に強く依存する所得の低い高齢者では、支給日後よりも支給日前に、リスクを取ろうとする傾向が強まることがわかりました。このようにリスク選好が変わると、支給日前には最適だった経済的な選択が、支給日後には最適でなくなる可能性があります。
酒類販売の解禁は、都市部の死亡率をどう変えたのか
Urban Mortality and the Repeal of Federal Prohibition (with David Jacks, and Krishna Pendakur), Explorations in Economic History, 89: 101529, 2023.
アメリカでは1920年から、アルコール飲料の製造、販売、運搬を禁止した「禁酒法」が施行されました。1933年に連邦の禁酒法は廃止されましたが、酒類販売を解禁する時期は地域によって異なりました。酒類販売の解禁によって飲酒が増えれば、酔った状態での事故が増えるかもしれません。一方、合法的なお酒が手に入れば、有害な物質が混入した密造酒による中毒は減る可能性があります。では、実際には死亡率への影響はどうなるのでしょうか。そこで本研究では、都市ごとの解禁時期の違いを利用し、酒類販売の解禁が、都市部の複数の死因による死亡率(乳児を除く)に与えた影響を分析しました。その結果、特に、中毒を含む交通事故以外の事故による死亡率が、解禁によって低下したと推定されました。
「無料」は、少額負担と比べて特別なのか
Is Zero a Special Price? Evidence from Child Health Care (with Toshiaki Iizuka), American Economic Journal: Applied Economics, 14(4): 381–410, 2022.
「タダ(無料)」とは特別なのでしょうか。物やサービスの値段が、例えば105円から100円になるのと5円から0円になるのとでは、同じ5円の値下げでも、需要に与える影響が大きく異なると指摘されています(「ゼロ価格効果」)。本研究では、レセプトデータ(医療費の請求データ)を用いて、日本の子どもの医療サービスに「ゼロ価格効果」があるかを検証しました。その結果、「ゼロ価格」は特別な価格で、少額の定額負担(例:1回200円)と比べて、医療の利用が大幅に増えることがわかりました。特に、比較的健康な子どもの受診や、抗生物質の不適切な使用が増えました。この結果は、少額の定額負担によって、家計への負担を小さく抑えつつ、無料の場合に比べてこうした医療利用を減らせる可能性を示唆しています。 一方で、「ゼロ価格効果」を、価値が高く利用を増やしたい医療に活用することも考えられます。例えば、小児の予防接種をあえて無料とすることで、その利用をさらに増やせる可能性があります。より一般的には、本研究は、助成制度や価格設定において、目的に応じて「無料」と「少額負担」を使い分けるという視点を示しています。
- メディア: 日経新聞 , 東洋経済, 日経新聞(取材)
- 東京大学のプレスリリース: 日本語版, 日本語(詳細版), 英語版
- 共著者の飯塚氏による解説記事 (日本語版, 英語版)、解説ブログ
接種証明制度の導入発表は、初回接種を増やしたのか
COVID-19 Vaccination Mandates and Vaccine Uptake (with Alexander Karaivanov, Dongwoo Kim, and Shih En Lu), Nature Human Behaviour, 6(12): 1615–1624, 2022. [ インパクトファクター 13.663 (2020)]
2021年、カナダやヨーロッパの一部の国では、飲食店や博物館等の室内施設に入る際に、新型コロナワクチンの接種証明などを求める制度(「ワクチンパスポート」)が導入されました。そこで本研究では、こうした接種証明制度の導入発表が、ワクチン未接種者の初回接種を増やしたかを検証しました。主にカナダの州ごとの発表時期の違いを利用し、あわせてフランス、イタリア、ドイツについても分析しました。その結果、カナダでは、導入発表がなかった場合と比べて、1週間当たりの初回接種件数が平均で60%超増加したと推定されました。この論文は、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)等の行政機関やThe Economist等の雑誌や新聞に取り上げられました。
- メディア: 日経新聞
- 東京大学のプレスリリース: 日本語版, 日本語(詳細版), 英語版
習熟度別に分けると、教え合いと学習はどう変わるのか
How Do Peers Impact Learning? An Experimental Investigation of Peer-to-peer Teaching and Ability Tracking (with Erik Kimbrough, and Andrew McGee), Journal of Human Resources, 57: 304-339, 2022.
学校のクラスメートが本人の学力や将来の賃金等に影響を与えることが知られています(ピア効果)。そのメカニズムの一つは、優秀なクラスメートに教えてもらうことです。一方で、同じ学力の生徒同士の方が先生も教えやすく、生徒同士も学び合いやすいのでは、という考え方から、習熟度(成績)別にクラス分けをする方法が用いられています。しかし、習熟度別にクラスを分けると、学力の低い生徒が優秀なクラスメートから学ぶ機会を失い、かえって学習の伸びが小さくなることはないのでしょうか。 本研究では、参加者が数独のような論理パズルに取り組むラボ実験を行い、習熟度別に分けるかどうか、教え合えるかどうかによって、学習の成果がどう変わるかを検証しました。その結果、習熟度の低い参加者だけのグループで教え合う場合は、習熟度の高い参加者もいるグループで教え合う場合に比べて、学習の伸びが小さくなりました。
酒類販売の解禁は、乳児死亡率に影響するのか
Infant Mortality and the Repeal of Federal Prohibition (with David Jacks, and Krishna Pendakur), The Economic Journal, 131(639): 2955–2983, 2021.
アメリカでは1920年から、アルコール飲料の製造、販売、運搬を禁止した「禁酒法」が施行されました。1933年に連邦の禁酒法は廃止されましたが、その後も酒類販売を認めるかどうかは地域によって異なりました。酒類販売が解禁されると、妊婦を含む人々の飲酒が増え、乳児の健康にも影響が及ぶかもしれません。では、酒類販売の解禁は、実際に乳児死亡率を高めたのでしょうか。 本研究では、1933〜1939年のアメリカにおける郡ごとの酒類販売規制の違いを利用し、酒類販売を解禁した地域と、その隣接地域で、乳児死亡率がどのように変化したかを分析しました。その結果、酒類販売を解禁した地域だけでなく、解禁地域に隣接する販売禁止地域でも、乳児死亡率が上昇したと推定されました。
マスク着用の義務化は、行動と感染拡大を変えたのか
Face Masks, Public Policies and Slowing the Spread of COVID-19: Evidence from Canada (with Alexander Karaivanov, Shih En Lu, Cong Chen, and Stephanie Pamplona), Journal of Health Economics, 78: 102475, 2021.
個人がマスクを着けることの効果と、マスク着用を政策として義務化することの効果は、同じではありません。義務化しても、実際にマスクを着ける人が増えなければ、感染拡大を抑える効果は限られるかもしれません。本研究では、2020年のカナダで、室内でのマスク着用義務が地域によって異なる時期に導入されたことを利用し、マスク着用率と新型コロナの新規感染者数がどのように変化したかを分析しました。その結果、マスク着用義務は、公共の場での自己申告のマスク着用率を約27%ポイント高め、新規感染者数の週ごとの増加を約22%抑えたと推定されました。この結果は、WHO(世界保健機関)、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)、カナダ政府、バンクーバー市議会等の行政機関や、世界各地の新聞・雑誌などで取り上げられました。
周囲との所得の比較を、どのくらい重視するのか
Income-comparison Attitudes in the United States and the United Kingdom: Evidence from Discrete-choice Experiments (with Katsunori Yamada), Journal of Economic Behavior & Organization, 164: 414-438, 2019.
人は、自分の所得の額だけでなく、周りの人と比べてどれだけ豊かかも気にすることがあります。では、その傾向は国によってどの程度異なるのでしょうか。本研究では、アメリカとイギリスの代表的なサンプルを対象に、本人の所得と周りの人々の所得が異なる二つの仮想的な状況を提示し、どちらを選ぶかを尋ねるオンライン実験を行いました。さらに、所得比較を意識させる情報を提示したときに、選択が変わるかも検証しました。その結果、イギリスでは、周りの人々の所得が高い状況を避ける傾向が見られ、情報提示によってその傾向がさらに強まりました。一方、アメリカでは所得比較への反応は弱く、情報提示による明確な変化も見られませんでした。
大災害を経験すると、リスクの取り方は変わるのか
Do Risk Preferences Change? Evidence from the Great East Japan Earthquake (with Chie Hanaoka, and Yasutora Watanabe), American Economic Journal: Applied Economics, 10(2): 298-330, 2018. 第4回ヤフー株式会社金融統括本部優秀論文賞
貯蓄、投資、保険、仕事選びなど、経済的な意思決定の多くは、その人がどの程度リスクを取ろうとするかに左右されます。こうしたリスクに対する態度、すなわちリスク選好は、多くの経済分析では比較的安定したものとして扱われてきました。では、大きな災害を経験しても、リスク選好は変わらないのでしょうか。本研究では、東日本大震災の前から同じ人々を追跡した全国代表的な調査を用い、震災の揺れの強さをより強く経験した人ほど、その後のリスク選好が変化したかを分析しました。その結果、より強い揺れを経験した男性は、震災の1年後にリスクを取りやすくなり、その変化は5年後にもほぼ同じ大きさで残っていたことがわかりました。また、こうした男性ではギャンブルをする傾向も高まりました。一方、女性では同様の変化は見られませんでした。
- メディア: 日本語一般向け記事
高齢者が働き続けるには、企業側への義務づけも必要なのか
The Effectiveness of Demand-side Government Intervention to Promote Elderly Employment: Evidence from Japan (with Ayako Kondo), Industrial and Labor Relations Review, 70(4), 1008-10336, 2017.
高齢化が進むなかで、年金財政や人手不足への対応として、高齢者がより長く働ける仕組みをどう作るかが重要になっています。しかし、年金の支給開始年齢を引き上げても、企業側に雇用の受け皿がなければ、60代前半の人が働き続けることは難しいかもしれません。日本では、年金の支給開始年齢の引き上げが進められる一方で、2006年には高年齢者雇用安定法により、企業に高齢者の雇用を確保することが義務づけられました。具体的には、定年年齢の引き上げ、継続雇用制度の導入、または定年制の廃止のいずれかが求められました。本研究では、こうした企業側への義務づけが、60代前半の男性の就業を実際に増やしたかを分析しました。その結果、雇用確保措置の義務化は60代前半男性の就業率を高め、特に大企業の従業員で効果が大きかったと推定されました。大企業では、それまで定年制がより厳格に適用されていたことが一因と考えられます。
- メディア: 日本語一般向け記事
医療費の窓口負担を軽くすると、受診・健康・家計はどう変わるのか
The Effect of Patient Cost-sharing on Utilization, Health and Risk Protection, American Economic Review, 104(7): 2152-2184, 2014.
医療費の抑制は政府にとって重要な課題ですが、その一つの手法として、患者の窓口負担を増やすことが挙げられます。しかし、患者の窓口負担を増やすことには、利点と難点の両方があります。窓口負担が増えれば、医療の利用は減るかもしれません。これは医療費を抑える一方で、必要な受診まで減らしてしまう可能性もあります。一方で、窓口負担が大きいと、病気になったときに患者が高額な自己負担に直面し、医療保険が本来持っている「突然の大きな支出から家計を守る」という役割が弱まる可能性もあります。本研究では、当時の日本で70歳を境に医療費の自己負担割合が大きく下がる制度に注目し、70歳の前後で、医療の利用、健康状態、患者の自己負担額がどのように変わるかを分析しました。その結果、自己負担割合が下がると外来・入院の利用は増えましたが、死亡率などの健康指標には明確な変化は見られませんでした。一方で、患者の自己負担額、特に高額な自己負担は減少しました。
- メディア: 日経ビジネス
医療機関への報酬の仕組みは、治療行動を変えるのか
Supplier-induced Demand for Newborn Treatment: Evidence from Japan (with Kiyohide Fushimi, MD), Journal of Health Economics, 35: 162-178, 2014.
金銭的なインセンティブが人々の行動を変えることは知られていますが、同様のことは病院や医師についても成り立つのでしょうか。医療では、患者と医師の間に専門知識の差があるため、患者には治療の必要性が見えにくいことがあります。そのため、医療機関への報酬の仕組みが、治療の量や内容に影響する可能性があります。日本の診療報酬(病院や医師に支払われる金額)制度は、これまで治療をすればするほど、その分の代金が支払われる出来高払いであったため、余分な医療が行われる可能性が指摘されてきました。そこで政府は2003年から、一部の入院医療に、病気の種類ごとに一定の額を支払う定額報酬(実際は日ごとの定額)を段階的に導入しました。 ただし、新生児集中治療室(NICU)での治療はこの定額払いの対象外だったため、他の治療に比べて相対的に収入を得やすくなりました。そこで本研究では、新生児医療に注目し、この制度変更によって病院が新生児の治療の量や報告の仕方を変えたかを分析しました。その結果、病院はNICUの利用を増やし、NICUで認められる最大入院日数に関わる出生体重の報告を操作する傾向も強まったと推定されました。
皆保険の導入で、医療利用と提供体制はどう変わったのか
Effects of Universal Health Insurance on Health Care Utilization, and Supply-Side Responses: Evidence from Japan (with Ayako Kondo), Journal of Public Economics, 99: 1-23, 2013.
日本では、誰もが公的医療保険に加入する皆保険が、今では当たり前になっています。しかし、世界ではなお、必要な医療へのアクセスや、医療費の自己負担による家計への負担が大きな課題となっています。その日本でも、皆保険を実現できたのは1961年でした。医療保険の対象を大きく広げると、医療を受けやすくなる一方で、医師や病床などの提供体制が追いつくのかという問題が生じます。本研究では、日本が1961年に皆保険を実現したことに注目し、それ以前に保険に加入していない人が多かった地域ほど、皆保険の導入後に医療利用や医療の提供体制が大きく変化したかを分析しました。その結果、入院、入院日数、外来受診などの医療利用は大きく増えました。一方で、提供体制の変化は限られており、病床数は増えたものの、医療機関数、医師数、看護師数については明確な増加は確認されませんでした。