概要
医療技術評価(HTA:Health Technology Assessment)は、医薬品などの医療技術の導入が社会に与える影響を評価する政策分析であり、その目的は意思決定者に対して科学的な判断材料を提供することです。とくに、医療技術の費用対効果のエビデンス(=価格に見合った価値があるか?)は大きな関心事となっていて、近年、多くの国でHTA機関が設立され、様々な医療技術の評価が実施されています。
なお、評価結果は治療選択などの診療現場レベルの意思決定や保険給付の判断や価格設定などの医療政策レベルの意思決定において、各国の医療制度にあわせて活用されています。日本では2019年度から医療技術の費用対効果評価制度が本格的に導入され、今後、厚生労働省・企業・大学等研究機関が連携する形で、医療技術の評価を推進する必要があります。
私たちは、こうした国際的な流れに沿って、診療上・医療政策上の意思決定を支援するエビデンスを発信することを目的とし、リアルワールドデータに基づく統計解析や数理モデルによるシミュレーションを駆使して、医療技術の費用対効果を含む社会的な価値を評価する研究活動を行っています。
費用対効果評価の考え方
代表的な手法である費用効果分析では、2つの治療法の費用の差を、得られる効果の差で割ることで、ある一定の効果、1効果を得るために、どれくらいの費用がかかるのかを算出します。つまり、費用と効果の両方を同時に比較検討するものです。
費用には、薬剤費や手術費用などの直接医療費や病院までの移動にかかる費用などのほか、
罹病や死亡によって失われた労働生産性の損失などを含む場合があります。
医療の効果を測るには、さまざまな尺度があります。例えば、骨粗鬆症領域では、骨折リスクや骨密度などが用いられます。複数の費用効果分析の結果をもとに、様々な治療の間で相対的な費用対効果の優劣を考える場合には、それぞれの効果を同じ尺度で測らなければ、正確な比較ができません。そこで、費用効果分析で通常、共通の尺度として用いられるのが質調整生存年、QALY(クオーリー)です。
QALYは、生存年数にその間のQOLの値をかけることで、生存期間の長さとQOLを同時に表すことができます。QALYの特徴は、生存期間だけでなく、生存の質を合わせて、治療の効果として表せることです。例えば、15年後に亡くなる場合、その間に3回骨折した方と、治療により、骨折を回避できた方とでは、QOLに大きな差が生じます。この差にあたる部分が、治療によって得られるQALYになります。
上述の通り、費用効果分析では、治療によってある一定の効果を得るためにかかる費用で、その治療の費用対効果の良否を評価します。この費用のことを増分費用効果比 ICER(あいさー)と呼びます。
例えば、新治療は標準治療に比べ、2QALY得るのに、費用が200万円多くかかるとします。この場合、1QALY得るのにかかる費用は100万円で、これが新治療のICERになります。
ICERが小さいほど、少ない費用で効果が得られる、つまり費用対効果に優れるといえます。
では、仮にICERが100万円/QALYの場合、この治療の費用対効果はよいと言えるのでしょうか?
費用対効果の評価は、通常、「1QALYよくするのに、社会的にいくらまで払えるか」という社会的許容ラインを基準として考えます。つまり、ICERが閾値より小さい場合は、費用対効果に優れると考えるわけです。
例えば、ICERの閾値が500万円/QALYとして、新治療のICERが100万円/QALYだとします。すると、新治療のICERは500万円/QALYより小さいため、費用対効果に優れた治療法ということになります。
通常、単一の臨床試験から費用効果分析に必要となるデータを網羅的に収集することは困難であるため、様々なデータを組み合わせて、数理モデルを用いたシミュレーションを行います。
当研究室ではこれまでに、悪性腫瘍や循環器疾患、老年疾患など多様な疾患領域における医療技術の費用効果分析を手掛けています。
研究実績
関心をもっている研究課題
医療技術の費用対効果評価(悪性腫瘍・循環器疾患・老年疾患・希少疾患 等)
医療技術の追加的有用性の評価(ネットワークメタアナリシス、MAIC、STC 等)
費用対効果評価の統計解析・モデル分析の方法論
医療意思決定における費用効果分析の応用
医療技術評価におけるリアルワールドデータの活用(レセプトデータベース等)
医療技術評価における多様な価値の概念化・定量化