1 研究の概要
本研究課題は,溶液中に分散している分子を補足・認識する分子センサの機能を動的な電場呈示により制御することに挑戦したものである.本研究では,分子を濃縮,補足,認識の各階層に分けてそれぞれの機能を電場で制御する方法について検討した.120 nmの分解能で動的に電場パターンを呈示できるバーチャル電極ディスプレイを用い,動的に呈示した局所電場により希薄分散しているナノ粒子を濃縮・捕集することに成功し,また環境イオン濃度に依存した蛍光応答をを局所電場でスイッチングできることを示した.
2 研究の目的と背景
分子を認識するセンサは,標的分子と相補的な構造を持つ分子が捕捉することで,特定の物質を捕捉・検出する仕組みを持っている.従来までの分子認識センサは,生体の分子認識を模擬した分子鋳型を用いることが主流である.しかしながら,このような手法においては,対象分子ごとに鋳型分子を用意する必要があり.多様な分子を対象とした場合には対象の種類の数を予め用意しておく必要があり.標的分子の構造が一部でも変異した場合はこれに対応できないことになる.そこで本研究では,電場により分子の捕捉,捕集を制御し,これまでの分子認識センサの機能を向上させることに挑戦した.
3 研究内容
(1)バーチャル電極ディスプレイによる電場・流体制御による分子操作
バーチャル電極(VC)ディスプレイは,図1に示すように動的な電場パターンを得るためにSiN薄膜の裏面から集束電子線を照射・走査して,薄膜上部表面にある液体中の分子試料に電場と電気化学反応を呈示するシステムである.本研究はこのディスプレイ技術を用いて,電場パターンによる分子認識の制御に挑戦するものである.まず, バーチャル電極ディスプレイによる分子操作の空間解像度と時定数を明らかにするため,インターカレーター分子を捕捉したdsDNA分子をターゲットとして用い,蛍光褪色とその後に生じる蛍光強度回復を評価した.蛍光強度回復は,呈示電流とパターン描画周波数に依存しており,また一次遅れ系の応答を示した.SiN薄膜は誘電体であり,またSiN表面には電気二重層コンデンサ―が形成されるため,高周波数成分の電流を通過させるハイパス特性をもち,この性質により高周波数で描画呈示した電場パターンや高速移動により呈示したパターンにおいて,少ないドーズ量でもより高い影を標的分子に与えることが分かった.次に,制御対象の分子を追跡し継続的に制御するため,VCパターンを自在に平行移動・回転・変形するシステムを構築した.ジョイスティックなどの入力指令をもとに呈示パターンにアフィン変換を適用し,自在に力場を変化させて呈示することができる. VCパターンを標的のナノ粒子の座標に追従して呈示することにより,標的近傍に生じる局所的な電位勾配に沿って標的粒子を目的の軌道へ誘導することに成功した.
また,VC呈示時には,ディスプレイ界面で生じる電気浸透流を駆動力としてた流体制御を行うことができ,この制御された流動現象により希薄分散している溶質・粒子を集束・濃縮・捕集することに成功した(図2).呈示する電場パターンとディスプレイ界面のゼータ電位を調整することにより,集束下降流を発生させ濃縮とともにサイズ分画が可能であり分子認識の前処理などに応用できると考えられる.
(2) バーチャル電極ディスプレイによる分子機能制御と溶液環境の計測
溶液中に分散している低濃度の分子を検出するためには.濃縮・捕捉(認識)・検出の3段階が必要となる.本課題においては,局所電場を用いた濃縮と捕捉についてそれぞれ取り組んだ.まず,分子を捕捉するためには,分子構造内に捕捉するためのポケットとそれにちょうど勘合する標的分子の対を用意する必要がある.今回の研究では,基本的な分子捕捉の対象としてdsDNAとインターカレーター分子,酸化グラフェンとピレン分子のそれぞれの組み合わせを用い,局所電場で制御可能かを検証した. まず,dsDNA/YOYO-1複合体は,SiN薄膜上にコートしたポリエチレンイミン(PEI)を介してSiN薄膜表面に静電吸着させ,挿入状態を蛍光顕微鏡で観察した.固定されたDNA/YOYO-1/PEI複合体に対して,VC呈示により任意形状の動的な電場パターンを印加し,分子の過渡応答を蛍光強度変化により評価した. VC呈示終了後に徐々に蛍光強度が回復し,呈示前より強い蛍光強度まで増強し(図3),dsDNAとYOYO-1,PEIとYOYU-1のそれぞれの相互作用が電場呈示による蛍光強度増強に関与している可能性があることが分かった.さらに他の分子の組み合わせを探索したところ,酸化グラフェン(GO)とピレン分子の結合において,より高速な電場誘発蛍光増強が確認され,周囲イオン濃度にも応答する現象であることが分かった.これらの成果は,周囲環境中のイオン濃度計測への応用や,さらに計測部位を修飾することによりイオン種や分子を特定するセンサへ発展できると考えられる.
図1 バーチャル電極ディスプレイ.Jpn. J. Appl. Phys., 61, SD1037,2022より引用
図2 バーチャル電極による分散ナノ粒子の濃縮
図3 バーチャル電極による電場誘発蛍光強度増強
本研究にかかわる発表論文等
[1] 星野 隆行,宮廻 裕樹, “生体分子制御のためのバーチャル電極ディスプレイ 究極の複合現実を目指して,” 応用物理, vol. 92, no. 5, pp. 283–286, 2023, DOI:10.11470/oubutsu.92.5_283.
[2] Takayuki Hoshino and Hiroki Miyazako, “Virtual cathode display for biomolecular control: Towards the ultimate mixed reality,” JSAP Review, vol. 2023, p. 230418, 2023, DOI:10.11470/jsaprev.230418.
[3] Ken Sasaki and Takayuki Hoshino, “Dielectric characteristics of deformable and maneuverable virtual cathode tool displayed by indirect electron beam drawing,” Japanese Journal of Applied Physics, vol. 61, no. SD, p. SD1037, May 2022, DOI:10.35848/1347-4065/ac61ac.
[4] Ken Sasaki and Takayuki Hoshino, “Electrohydrodynamic flow-based size separation for graphene oxide particles induced by virtual cathode,” The 36th International Microprocesses and Nanotechnology Conference (MNC 2023), Sapporo, 2023, pp. 16P-1–67.
[5] Kain Ichinohe, Ken Sasaki, and Takayuki Hoshino, “ELECTRO-FORCE DISPLAY FOR NANO ROBOTICS,” The 22nd International Conference on Solid-State Sensors, Actuators and Microsystems (Transducers 2023), Kyoto, 2023, p. T4P.007.
[6] Kain Ichinohe, Ken Sasaki, and Takayuki Hoshino, “Designing Shape of Virtual Cathode Pattern for Nano Robotics,” The 36th International Microprocesses and Nanotechnology Conference (MNC 2023), Sapporo, 2023, pp. 16P-1–69.
[7] Tatsuki Nomura, Yoshiki Osanai, and Takayuki Hoshino, “MICROSCALE ELECTROPHORETIC DEPOSITION BY USING THE VC DISPLAY,” The 35th International Microprocesses and Nanotechnology Conference (MNC 2022), Tokushima, 2022, pp. 11P-4–20.
[8] Ken Sasaki, and Takayuki Hoshino, “Transient Responses of Lambda DNA/YOYO-1 Complex Induced by Dynamic Virtual Cathode,” 35th International Microprocesses and Nanotechnology Conference (MNC 2022), Tokushima, 2022, pp. 11D-2–3.