2026/08/22(土)
Sと私が女満別空港でY氏に合流した。Y氏は避暑で道東清里のホテルに滞在中だ。
後期高齢者の男3人旅になる。
今日は、空港から知床峠へ直行し、羅臼まで行ってから折り返し、清里町にあるホテルへ。
この辺りは直線の道が何キロも続く。その道を散水機や農業・酪農系の大型農機が走る。畑や酪農地は大きく、農家の家々には車が何台も停まっている。滞在が長いY氏は「この辺りの農家は所得が高いのだ」と解説した。
なるほど この辺りは所得の高い野菜や酪農系農家ばかりだ。
右図:農家の年収比較(2015年出版「低欲望社会」)。
羅臼岳は連日天気が悪く雲がかかっていたというが今日は見えていた。そこで、今回の旅で行きたかった知床峠へ向かうことを、Y氏にお願いし行くことにしたのだ。長距離になるので申し訳なかったが、退屈していたらしいY氏もそのつもりでいたようだった。
北海道の景色は雄大だ。車窓からの網走湖。 14:53
知床峠。山は羅臼岳(標高1,661m)。霧がかかっていないのは珍しいという。16:55
数年前にここの話を聞いたことがあり行きたくなった場所だ。今回の旅行で一番
行きたかったのもここだ。ただし今回の旅行で一番良かった場所ではない。
観光客の1/4は外国人だ。
北海道には出張含めて7~8回来ている私でも、ここは初めての観光地だが、大勢
の外国人が来ているのに驚いた。
知床峠から国後島が見えた。17:00
羅臼からだったらフェリーで、1時間だろう。観光に行きたいものだ。
戦後80年以上も経っているが、こんなに近い千島列島・樺太へ行ける時代が来ない。決断できない政治家が多すぎる。怠慢だ。日本国民の大多数は、この現状がおかしいと思わないのだろうか?
15年か20年前のメドベージェフが大統領のころ、メドベージェフから3.5島返還の話がでてきた。歯舞・色丹・国後は全て日本領土になり、島々の一番北にある択捉島(エトロフ)は下1/4面積だけの返還案だった。日本にとって願ってもない素晴らしい案だったが、日本の政治家は決断できなかった。日本の政治家は余りにもお粗末すぎる。余りにも無能だ。指導者としての力量も能力もゼロだ。
現在の日本は貧乏になってしまい、返還は夢物語だ。実現するとしたら、堺屋太一の国家統合の時代が来るという将来構想のように、日本が大ロシアに併合される時だろう。
返還は無理でも千島列島の旅行やカムチャッカ半島の旅行はできるだろうと思うが、それもできない。余りにもお粗末すぎる。余りにも無能だ。
大自然やオーロラを見に行くのに、近くでなくカナダや南米に行かねばならない国がおかしいのだ。
国後島を見ると、頭の中で「知床岬」の歌がでる。
見るだけで なぜか懐かし クナシリが
国後島に見える高い山は泊山:標高535m → 知床峠より203m低い。
山頂まで峠から40km離れている。
択捉島は200km離れているので知床からでも見えない。最高峰の
西単冠山(択捉島・1,629m)でも、峠からは海面に山頂付近100m
のみが小さく出る計算になるが、位置は国後の後にある。
太平洋側の羅臼町まで行き、北海道の地場コンビニ「セイコーマート」でアイス「しろくま君」を食べコーヒーを飲んでから、来た道を戻りホテルのある清里町へ向かう。
下写真は途中の知床横断道から見た夕日。夕日を反射している海はオホーツク海。18:15
長時間の運転ありがとう。19:30にホテル着。
夕食はホテルでビジネス定食。豚焼肉だった。1500円。
ビジネス定食はホテルのメニューにないが、ホテルが長期出張者用に提供
している日替わりの安い裏夕食メニューらしい。毎年夏に長期滞在するY氏
にもホテル側が案内していたので、彼の夕食は毎日これだったという。
我々は2泊しかしない旅行者なので、ホテル側の提供意図とは違う立場だ
が、元サラリーマンの貧乏年金生活者にはうれしいメニューなので乗った。
2028/08/23(日)
今日は、清里町のさくらの滝・神の子池、裏摩周湖展望台、
摩周湖第三展望台、野付岬へ行って、清里町のホテルへ帰る。
さくらの滝
鮭が滝を登る姿が見えた。最盛期を過ぎていたので時々一尾ずつ登っていた。時期が遅いからと期待していなかったのだが、見れて良かった。最盛期は同時に何匹も登る。飛び上がった瞬間を撮ったつもりだったが写っていなかった。
清里町は内陸なのだがそんなところまで鮭は登ってくるのだ。
神の子池
摩周湖の水が湧き出ている池という。池中の枯れ木がきれいでしょという場所だ。上高地の大正池をスーパー銭湯サイズにしたような池である。横を通るから行ったけれど、行けば期待は外される場所だ。客を呼びたい気持ちはわかるが、神の子池という名前を、この池に名づけたのは品がない。
摩周湖湧水で売り出したいのであれば、魔小池(まこいけ)か、周子池(しゅうこいけ)が良いんじゃないかな。
摩周湖第三展望台
裏摩周展望台の反対側になる。裏摩周展望台と同じく初めてだ。
摩周湖の水辺は断崖だ。
摩周湖の展望台は人工物が見えない景色になるように作っていると思われる。
そんな景色が目の前にある。
「摩周湖は良いなあ」と見とれる。
摩周湖で 目の中溢る 青緑
摩周湖は景観を守るために人工物を作れない(らしい)のだから観光客に地元へお金を落とさせる仕組みは、駐車料金しかない。しかし、有料駐車場は第一展望台だけで、ここと裏摩周は無料だ。
今回の旅行では過去に2回行ったことがある第一展望台は行かなかった。Sも学生時代に第一へ行った時の思い出を語ったし、第一展望台の横を通ったときにその駐車場に見覚えがあった。
第一展望台の景色も同じく見覚えがあるに決まっているので、スキップして第三展望台から、野付岬に向かった。早く行きたいのだ。
昼食はセイコーマート前で北海道小豆あんぱん・鮭おにぎり・お茶・北海道アイスクリーム。移動優先だ。
野付半島
見たかった枯れ木の林があった。小さい面積だったがあった。野付半島と言われたら思い描く代表的景色だ。だが立ち枯れた木々は少ない。
野付岬は最大で海抜2~3メートルで狭いところが幅200メートルぐらいの両側に海が見える長い岬だ。地震が起きたら高い所へ逃げろとの標語が多くあったが、ほんの少し点在する建物の2階部分かな?
野付半島内側にある海の入り江を、立ち枯れた木々を背に渡る鹿。
離れていてもこちらを見て警戒しているのが分かる。
野生動物は気苦労が多いのだ。野生動物のほとんどは、若い頃には親に守られ、その後も捕食者を警戒しながら生き続ける。年を取りヨボヨボすると捕食者から逃げられなくなり襲われて食べられる。人間は年を取っても、若い世代がお金とインフラで守ってくれる。ありがたいものだ。
野付先灯台
鹿の群れがいた。ホームページ見出し写真はここだ。鹿は人を襲わない。近づく人から逃げる。一族の団らん中を邪魔してゴメン。
青春時代に来たかった野付岬に来たぜ~。気持ちは青春時代だ。
大地震が起きた時は灯台の手すり部分へ逃げたいが入口はボルトで閉められているので、津波が来ても眺めるだけになる建物なのが気になった。
東日本大地震の時は周辺を半島や島に囲まれているので津波は0.9mだったが、もっと北で起きていたら10m以上だろう。
四国には多くの避難場所が作られていたが、ここは千島列島に守られて、大きな津波が来ない地域なのかもしれない。
灯台の後。我々が灯台前に入り込んだので、鹿が灯台の後ろに移動している。
野付岬から清里のホテルへ向かう。
一日でこんなにも移動できるとは思わなかった。Y氏は今日も長時間長距離運転だった。ありがとうございます。宿近くの清里観光協会の店でソフトクリームを食べる。16:40ホテル着。夕食はホテルでビジネス定食。昨日と同じ焼肉定食だった。我々二人が急に増えたので日替わりの準備ができなかったのだろうな。ホテル運営も気苦労が多いのだろう。
今日は、きれいな景色を見れたし、行きたかった野付岬にも行った。とても楽しかった。今回の旅行で一番満足の旅行日だ。
2026/08/24(月)
今日は、屈斜路湖、硫黄山、釧路湿原へ行き帯広泊。
屈斜路湖展望台
硫黄山
ここは2度目だ。
観光客の半分は外国人だった。火山が珍しい国の人々に人気なのかな?皆さんレンタカーで回っているようだ。左側通行大丈夫?
このような場所に来たので、お約束の温泉卵を食べる。ここの卵は箱根大涌谷と違って黒くない。ここで、大涌谷の卵が黒いのはなぜだろうと考えてしまった。
硫黄山では、硫黄の臭いを期待して指に白い粉付け嗅いだが、周りの臭に同化されたのか、分からなかった。
屈斜路湖
摩周湖を見てしまうと普通の湖だ。本州ならば景観を絶賛するであろうから、ちと可哀そうになる。
写真は砂を掘るとお湯が出る砂湯の前。
昼食はセイコーマートでおにぎり(鮭と昆布)・お茶・ソフトクリーム。セイコーマートはスーパーの役割をしていた。ご近所さんが日用品を買いに次々と来ていた。また、商品を入れるビニール袋は無料だ。
釧路湿原
北斗展望台はつまらない。無駄足だった感が大きい。
湿原が見たいのに湿原がない。遠目に見るだけの場所だ。
名の通りの展望台だが、展望台駐車場から20分歩く。
展望台から数キロ先の温根内湿原を散策した。ここは満足。だがガラガラだ。
駐車場も無料だしお金を取る仕掛けがないのに、木道を整備していた。
湿原の中の木道を数キロ歩きビジターセンターへもどる大回りコースだ。
旅行に参加してから洗車も2度行った。
帯広駅前のホテルに18時前に着。今日もY氏は長距離長時間運転だった。ありがとう。
「運転を代わってよ」と言われたが、私は、運転が下手なので人を乗せて事故を起こすのが心配だから代われなかった。何年か前にY氏と私の運転で伊豆に住んでいるSe氏とウナギを食べようと沼津へ行ったが、その時の危なっかしい運転をからかられたことがある。
S氏は黙っていた。まあSはペーパーだから「運転する」と言われても2人がかりで断るが‥。
帯広駅近くの居酒屋「山の猿」で夕食。5100円/人
2026/08/25(火)
今日は一日中強い雨だった。車移動を止めて列車の旅にした。帯広から釧路まで特急で移動。
釧路駅前にて
昼食は釧路駅前の和商で4130円(ご飯230円+刺身3900円)の「海鮮かってどんぶり」。
写真はない。かってどんぶりとは、最初にご飯の店に行き発泡プラ容器にご飯を盛ってもらう。普通盛りが230円だった。その後どんぶりを持って刺身の具店へ行って具を指さしてどんぶりに乗せてもらう。体に悪いからと食べるのを控えていた魚卵3種とウニやエビを、ここでは欲張った。いつのまにか刺身だけで3900円となっており驚いた。奮発したがご飯が酢飯でなかったこともあり美味いわけではなかった。後で知ったが、酢飯かどうかは最初に選べるようだ。
その後「生ガキ」800円/個。これは美味かった。計4930円の昼飯だ。
第一日目にY氏から3000円という網走婦人部食堂の海鮮丼の話を聞いて「年金生活者に優しくない。吹っ掛け過ぎた」と憤慨したが、怒るほど吹っ掛けているわけではなかったのだ。
まあ、ここでも自分で高い具を欲張って選んだのだから文句はいえない。
和商を出て、雨の中どこに行こうかと迷っていたら、Y氏が釧路駅始発のノロッコ列車というのがあるのを発見。それで終点の塘路まで乗り、その折り返し列車で釧路まで戻ることにした。鉄道好きには良い提案だった。本日は、雨の車窓を楽しむ旅にした。強めの雨なのがチト残念。
この列車は鹿に衝突したので、20分遅れで到着した。
雨で列車が遅れていたので塘路では駅周辺を10分程度ブラブラしてから、来た時のノロッコ号(ノロッコ3号14:50発)で釧路へ帰る。往復で指定席の位置は違うが景色が良く見える側だ。
16時半(定刻15:34着)過ぎに釧路に帰ってきて改札を出ようとポケット中の切符を全て出して駅員へみせたら「帯広まで乗車予定の特急(おおぞら10号)は雨で運休」という。「帯広へ早く着きたいならば、隣のホームに停車中の札幌行き普通列車(15:39発)に乗り、特急券は帯広で払い戻してくれ」とも加えた。のんびりと降りてきたので発車まで2分もなかった。
あわてて、隣ホームまで地下道を走り飛び乗った。
運休の情報はノロッコ列車乗車中に車内放送して欲しかった。
今回の旅で、見たかった丹頂鶴は見なかった。
18時半ごろ帯広に着いた。帯広駅で特急券の払い戻し後は、夕食のため、昨日に続いて居酒屋「山の猿」へ入る。清里のホテルもそうだったが野菜が美味い。地産地消だからだろう。ここも野菜が新鮮で美味い店だ。野菜中心にして刺身とご飯ものを頼まなかったので昨日より安かった。良い店だ。しかし、ここ以外の店は入ったことがないので首都圏の居酒屋との比較だ。4300円/人。
ホテルへ帰る途中にコンビニへ寄り北海道アイスクリーム(300円/個)。
2026/08/26(水)
帯広飛行場へ行く前に愛国駅(廃駅)へゆく。最後の観光だ。
Y氏が寄ってくれた。Y氏と私は鉄道好きだ。海外旅行でも電車に乗ったり、駅に行って見て回る。
今でも後悔しているのが、南米ペルーのリマに泊まった時に駅に行かなかったことだ。トカレフで武装している警備員がいるホテルに泊まったのだが、強行スケジュールでの疲労のため「別料金でリマ駅に行きたい」と現地のガイドさんにお願いするのを失念したことだ。ホテルの出入り口はシャッターで閉められ、タクシーで抜け出すこともできなかった。
愛国駅には蒸気機関車が展示されていた。もちろん無料。I96はD51の前の型番という。
今日はご近所の皆さんのボランティアによる機関車清掃日だった。
蒸気機関車を間近に見れて、前部に乗れて良かった。
私とSは帯広空港から帰る。Y氏は帯広から札幌経由で千歳まで行って帰るので別行動になる。
私は一昨年のインドネシア旅行で人生で唯一度の車酔いをした。今回の車で大移動する旅には、おっかなビックリの参加だった。旅行前にはY氏に「車酔いで迷惑をかけるかもしれないが参加して良いか」を確認もした。
そんな心配から車移動の少ない帯広までで北海道旅行を抜けることにしたのだ。今回、車酔いはしなかったので自信にはなった。
インドネシアでの車酔いは何だったのだろうかと不思議である。急カーブが多い高度がある山岳地帯だったので、そんな理由だったのだろう。ちなみに単に高度だけならば昨年行ったケニアのマサイマラはインドネシアの山岳高度を超えていたが、平地だった。何はともあれ老化による生理的機能の低下が原因にあることは間違いない。
今回の旅行はとても楽しかった。そしてY氏にすべてをアテンドしてもらいました。心から感謝いたします。
今回の旅行はレンタカーの日産NOTEで移動した。良い車だった。音は静かで加速は良い。室内もそれなりに広く、男3人でも疲れは少なかった。