初めて あなたに手紙を書きます
3年前 天国に引っ越した父は 元気ですか
7年前 やっぱり天国に行った祖父も
10年前に巣から落ちて もがき苦しんでいたあの小鳥は 無事に天国に着いたでしょうか
頸が変な風に曲がっていたから 僕は急いで病院に走ったけど
お医者さんは厳かな声で 「この子はもう助からないよ」と 立ちすくむばかりの僕に告げた
ねえ 神様 僕は 手のひらの中で苦しむその小鳥が 可哀想で仕方なかった
だけど僕にはどうしようもなくて 僕はお医者さんに言ったんだ
「ならば どうか 楽にしてあげてください」
銀色の針が煌めいて 小鳥はまるで眠るように あっけなく動かなくなった
まるで螺子が切れたみたいだと 痺れた頭が勝手に喋る
僕は涙を流すのも忘れて 公園の隅に小鳥を埋めた
ごめんよ 助けてあげられなくて
あの時 僕が拾わなければ 君が苦しむ時間は少し 短くなっていたはずなのに
膝についた土を払って 見上げた夕日はとても紅かった
その時 僕は知ったんだ 死んだ命がどこへ行くのか 神様の居場所がどこにあるのか
だから神様 手紙を読んで もし 僕の心配が必要ないなら
返事の代わりに 今日の夕日は 紅い絵の具で描いてください
これから ますます寒くなります どうか 体に気をつけて 風邪など ひかれませんように
それでは どうぞお元気で さようなら
あの頃 世界はとても小さな 大切な僕の楽園だった
蝉の声が煩わしいと 感じるようになったのは何時からだろう
昔は 森に溢れる音の洪水が まるでBGMみたいに心地よかったのに
あの頃を覚えているかい
むせるような草の香りと 土の匂いを感じていた夏を
照りつける太陽と 僕をくすぐる風の手のひら
突然の夕立さえ 僕の冒険を止めることなどできなかった
あの頃 僕は知っていたんだ 世界の全てを 生きる理由を
ラムネの瓶から取り出したビー玉と お菓子のシールが数枚
蝉の抜け殻 朝顔の種 珍しい色の小さな石 海で拾った割れた貝殻
あの頃の僕の机には 世界の標本が所狭しと並んでいたんだ
ねえ あの頃を覚えているかい
世界が大きく広がるにつれて 僕の体も大きくなって
そして いつしか知ってしまったんだ 世界は小さくなんてなかった
僕の楽園なんかじゃなかったんだ
夢見る机の引き出しの中に しまい込んで鍵をかけた僕のあの夏
大人になんてなりたくなかった 今では夏なんか嫌いになって
ねえ 僕は覚えているかい 消えてなどない 忘れてしまっただけのあの夏
オフィスで開いた引き出しの中には 名刺入れとボールペンと
予定がぎっしり詰め込まれた 重たそうな手帳が一冊
ねえ 今はどこに行ってしまったのかな
すべてが光に満ちていた 何もかもが輝いていた あんなに待ち遠しかったあの夏は
夢見る机の引き出しの奥
しまい込んで鍵をかけた
大切な 僕のエデン
忘れ物サーカス 君が呟く
幼いあの日の君と僕が テントの隙間からこちらを見ている
空気が割れるような拍手の中で
なぜか僕は あの日の潮騒を思い出す
砂浜と海の境界線を 踊り子の衣裳を着た幼い君が
タイトロープのように歩く
ああ そうか僕らは今 もう取り戻せない時間の夢を
遠く小さいあの舞台の カーテンの向こうに見ているのだ
凍てつく炎を容易く跳び越え 僕らの前に降り立ったライオンが
君が浜辺に落としたはずの 珊瑚の腕輪を君に手渡す
忘れ物サーカス 僕は気がつく
腕輪を取り戻した君が 一目散に海へ駆けてく
砂浜と海の境界線で 君が無邪気に僕に手を振る
僕は客席に一人残され 忘れ物を思い出せずに立ち尽くす
やがてサーカスは幕を閉じ
君は隣で何事も無かったように 楽しかったと云って微笑む
けれど 僕は知っているのだ
テントを出た君の手首に 無かったはずの珊瑚の鎖が
当然のように揺れているのを
かくして夢の一夜は終わり 何も取り戻せなかった僕は
最後にもう一度 後ろを振り向く
灯りの消えたテントの中から 楽しそうな笑い声が
風に揺られて 微かに響いた
差し伸べる手は空を薙ぎ 掌の上に冴え冴えと月
花園に佇む蕾たちは 密やかな声で僕を嘲った
どうしても君を抱きしめたいんだ
(どこからかダージリンの香りがする)
どうしても君に伝えたいんだ
(蜂蜜を混ぜるマドラーの音がする)
白い褥に横たわり 色の消え失せたその頬に
どうして偽りの紅なんか差して 君は僕を騙すんだ
たとえ君が息絶えて 物言わぬ骸に成り果てたって
僕は君を愛しているんだ だからその窓を開けておくれよ
たとえ君が息絶えて 明日には墓石の下に眠るとしても
僕の想いは眠りやしない だからどうか傍にいさせて
もしも君が土に還るなら 僕はそこに薔薇を植えよう
咲き誇る花はきっと 在りし日の君のように美しいだろう
死が君を拐おうとして もうすぐ黒塗りの馬車でやってくる
色の消え失せた唇に どうして君は紅なんか差して
微笑みながら迎えようとするんだ
せめて最期は傍にいさせて
(頑なに窓は開かない)
愛していると告げさせてくれ
(小さく咳き込む声が聞こえる)
どんな姿の君でも愛すよ 見ないでなんて言わないでくれ
もしも君が土に還るなら 僕はそこに薔薇を植えよう
咲き誇る花はきっと 在りし日の君のように美しいだろう
もしも君が土に還るなら 僕はそこに薔薇を植えよう
どんなに棘に傷つけられても 僕は君を離すものか
差し伸べる手は空を薙ぎ 掌の上に冴え冴えと月
花園に佇む蕾たちは 気の毒そうに僕を嗤った
かつてオルバという小国に それはそれは美しい 一人の姫君がいたという
豊かに輝く金の髪 湖のような青い瞳
初雪よりもなお白い肌 紅薔薇の蕾のごとき唇
誰からも愛される麗しの姫君は いつしか 自らのあまりの美しさに溺れ
ついには悪魔と契約を交わした
『妾のこの美しい姿を 老いることなく永久に留めよ』
魔性の娘と為り果てたその日より 彼女が口にできるのは 美しく輝く宝石ばかり
もはや人には在らざりし 物憂げに鏡に見蕩れる愚かな姫よ
詩人は嘆く
哀れなる哉 輝きに魅入られし その者の名は《宝石姫》
目眩るしく時は流れ 深い森に埋もれて 今はひっそり佇む城の中
永遠に老いることのない魔物の姫は 漆黒のビロウドのソファに横たわり
溜め息を散りばめたエナメルのドレスで 今日も輝石を口へと運ぶ
細い指先が摘むのは カクテルグラスに盛りつけられて 甘く輝くエメラルド
滴るようなルビーの上で冷たく輝く水晶に クリーム色の真珠を添えて
魔女の伝説を聞きつけて 一人の騎士が門扉を開いた
広間で彼が見たものは 途方もない財宝に埋もれて 孤独に震える一人の少女
流す涙は宝石となり ソファの下に零れて落ちる
堆く積もるアクアマリン ブルートパーズ サファイア 月石
騎士の姿を認めるや 彼女はその身を起こして云った
よくぞ参られた 勇敢な騎士 この城にある財宝は 残らずお前にくれてやろう
その代わりにひとつ この愚か者の願いを聞き届けてはくれまいか
どうかその曇りなき剣で 妾の頸を刎ねておくれ
父王も母君も既に黄泉の人となり 家臣も侍女も小姓さえ 誰一人ここに生きてはおらぬ
妾ひとりが取り残されて 石を食み生きるは辛すぎるのだ
騎士は願いを聞き届け 振り下ろされた剣が過たずその頸を打つ
大理石の欠片となりて 千々に砕けるその瞬間
姫が浮かべた微笑みは どんな宝石よりも美しかった
それから騎士は 何一つ財宝を持つこともなく 一人 城を後にしたという
今でもオルバという小国のあった場所 誰も立ち入ることのできない
深い森に埋もれて 城は佇んでいるという
数多の財宝を懐に抱き 哀れな姫の墓標となって
静かに静かに ずっと眠っているという
『今の世界なんか、なくなっちゃえばいい』
君は 笑顔と泣き顔の中間のような
奇妙な表情でそう言った
『幸せも怒りも悲しみも、暑さも寒さも、
空も海も、昼も夜も、全て溶かして』
君が仰ぎ見る空は ひどく憂鬱な灰色
君が見下ろした街も ひどく憂鬱な灰色
『神様とか言う愚かな奴が、光と闇を分けちゃう前の
何も無かった世界に戻そう』
まるで 自分が新しい神様になったように
君は手にしたシャープペンシルを振り上げる
小さな学校の屋上の 小さな神様の君
大丈夫 僕は君の崇拝者だから 君を止めたりしないよ
『そしたら、ずっと君と二人で、溶けたゼリーみたいな
世界に浮かんで、ずっとずっと幸せに眠っていよう』
君はそう呟いて 僕はただ微笑んで頷くだけで
そして君は 掲げたその手を 世界に向かって振り下ろした
その瞬間の 光 風 笑顔
昔は背中に翼があって 僕は自由に飛べたはずだった
いつの間に失くしてしまったのかさえ よくは覚えていないけれど
天使だったあの頃 僕はとても幸せだったはずなんだ
天使だった記憶さえ 今はもうほとんど忘れてしまった
ねえ 君 その背中の白い羽根は いつかどこかで僕が落として
君は偶然 それを拾っただけじゃないのかな
優しい微笑みを浮かべたまま
音もなく ふわり と 君は空へ舞い上がる
ねえ 君 僕がまだ翼を失くしてなければ 君と一緒に行けただろうか
僕が降りてきた場所は遠く もう僕は還れない
だから神様 降りてきて どうか 僕を迎えにきてください
このままじゃ 僕は還れない 誰か僕に翼をかえして
神様は返事の代わりに ふわり と ひとつ 雪を落とした
月の音が聴こえる 遠くあの空の向こう
淡く浮かんだ 優しいひかり
小さな鈴の鳴るような音が かすかに聴こえる
旋律にもならないけれど ちゃんと僕に届くよ
夜空に浮かぶ あの窓を開けて 君が歌ってる声
限界まで 耳を澄ませて 聴いているよ
月の音が聴こえる 明ける夜のまだ途中
白く消えてく 夢の輪郭
つまびく琴に零れる調べが さやかに聴こえる
気の向くまま 並ぶ音階 ちゃんと意味は解るよ
彼方に浮かぶ あの月のような 君の眠ってる顔
限界まで 息を潜めて 見守ってるよ
その呼吸も その鼓動も 君を形作る全てのリズムを
止めないように 乱さないように 僕が守るよ
月の音が聴こえる
星と銀の名を持つ魔術師 彼の者が統べるは言葉の魔法
左の瞳は翡翠の煌めき 幾千の空を翔ける風を視る
右の瞳は藍玉の輝き 幾千の大地を巡る水を視る
旅人の頭上には 月と星が縫い付けられた漆黒の帳
長く艶やかな髮を靡かせ 疾り抜けていく彗星の群れ
伝言を持たぬメルクリウス 黒猫の形をした夜を従えて
其の胸元に揺れるはギア・デ・プラタ 細い鎖と錆びた鍵
既に故郷は遥かに遠く されど歩みは決して止まらず
其の左手には 永遠を誓った証しの銀環
彼が恋うるは 虚ろの姫君
かつて其の美しさより “陽光の微笑”と謳われし彼女は 今や 微睡みの病に侵され
今日も褥の縁に佇み 茫洋と流れる時間の中で 深き海の底に眠る 人魚の姫の夢を見ている
彼が求むは 愛しの君を癒す術
如何なる薬も癒せはしないと 誰もが見捨てた憂いの姫
病める身体から抜け落ちて壊れ 世界の彼方に割れ散らばったのは 傷つき砕けた心の欠片
暗く冷たい水の底 満月の夜の尖塔の上 閉ざされた城の深き地下牢
拾い集めた心を組み上げ 魔術師は静かに魔法を紡ぐ
彼が探し求めた言葉の魔法は 虚ろの心に希望を満たし 憂いの瞳に光を灯した
声を失っていた唇が綻び 再び微かな笑みを形作った 瞼から溢れる涙は 色を取り戻した頬を伝って落ちる
取り戻されし“陽光の微笑”は 褥の縁から立ち上がり 其の手を取った魔術師に 何事かを囁いたという
しかし 伝承はそこで終わりを告げ 古びた書物は厳かに閉じられる
姫君が紡いだ最後の言葉が 如何なるものであったのか
其れを識る者は 誰もいない
ぱたり ぱたり 道路に 屋根に
空を見上げた私の上に 冷たい雫の 落ちる音
突然 泣き出した空 どこかで天使が泣いている
恐らく 誰かが地上に落ちて うっかり帰れなくなったりしたのだろう
貴方の髪を濡らした涙は 今頃になって 私を傘に閉じ込める
私は 溜め息をついて
泣き虫な神様の子供達と 彼らにつられて泣き出した
生まれたばかりの幼い空を見上げ
街中に涙を降らせながら この悲しみが通り過ぎて行くのを待つ
目の前のアスファルトの道を
完成したばかりの水溜まりを踏み散らして
傷つきやすい天使の一人が 足音高く駆け抜けていく
きっと貴方も 部屋の窓から 愛らしい彼等を眺めているのだろう
そして いつものように微笑みを浮かべて
どうしたらいいか わからなくなった天使が 途方に暮れてドアを叩くのを
優しく諭して 空に帰しているのだろう
雲のハンカチが頬を離れた
空に再び 薄く陽が射す
どうやら貴方が 泣きじゃくる天使の最後の一人を
無事に空へと帰したらしい
無用になった傘を回して 私は再び歩き出す
天使が叩いたドアの向こうで 貴方が私を待っているから
沈んでいく太陽が泣きながら 僕と漂う小舟を見ている
今朝せっかく真っ白なペンキで塗り直したばかりというのに
湖にそっと漕ぎ出した途端 僕と小舟は夕暮れの光で
瞬く間にオレンジに染まった
ああ これじゃ台無しじゃないか
今夜はせっかく彗星で飾ろうと思っていたのに
僕はまた明日 塗り直しをすることになって
そっと溜め息を吐く
夜が慌ただしく夕暮れを追いやって行く
僕と小舟はまた色を変えた
湖水に跳ね返った月を拾って 僕はそれをつくづくと眺め
明日の朝 小舟の舳先に飾ってやろうと思いつく
どうせまた夜明けには色が変わるのだろうから
昼にはまたペンキを買いに 町に行かなくてはならない
そして僕は波の上から 小さなコインを幾つも集めてポケットに入れた
昇りゆく太陽が もう沈む時のことを考えている
ああ また何も変わらない新しい一日が始まるのだ
すっかり色の変わった僕と小舟は ゆらゆらと揺れながら
ゆっくりと岸へと向かった
詩人は謳う 戦火の国に皇子あり その名をcygnus 齢は二十四
静かな眼差しに宿るのは 不屈の闘志と強き意志
鋼鉄の心臓を積んだ白馬を操りて 風の如くに戦場を駆ける
黒衣を纏うその姿 恐ろしくも麗しき黒鳥の君
冷たい微笑のその下に 熱く滾るは心の焔
草原を踏みしめる軍馬の嘶き 整然と並ぶ騎馬隊 高く掲げるclaymore
相対するは敵国の将は 勇敢なりしと噂に名高き戦姫 異国の花の名を持つ娘
戦の発端を開いた父は既に亡く 国を憂いて先陣に立つ その姿はかくも儚き
戦乱の前の一瞬の静謐 遠く視線が交差する 争いの火蓋は切って落とされた
響く剣戟の隙間を縫って 戦姫のrapierが陣へと迫る
冷笑を持って迎えた彼の心の奥に その時去来した感情は如何なるものであったろう
かの切っ先は届くことなく 戦姫は破れ 皇子の前へと引き出される
取り押さえられてもなお輝きを失わぬその瞳 皇子は皮肉に唇を歪め 恭しく腰を折った
「ようこそ、姫君」
屈辱と怒りに頬を紅く染め 顔を背けた姫の傍らに膝をついて その顎を掴んだ彼は ひどく優しげに言葉を紡ぐ
「私は争いを好まぬ。すでに決着はついた、兵を退いてはくれぬか」
驚きに言葉を失う戦姫 その唇を奪って囁いた言葉は 他の誰にも届かなかった
かくて忌まわしき戦禍は去り 春の訪れと共に歴史は巡る
冷酷と名高きかの皇子は やがて寛大にして偉大なる王として後の書物に名を残す
その傍らに寄り添ったのは 咲き誇る極彩の花のような 美しい妃であったという
詩人は謳う かつて戦火の国に皇子あり その名をcygnus 齢は二十四
今は心優しき王君 流血の贖いを嫌い 異国の花を愛した
詩人は謳う 戦火は消え 燈火となりて 永く平和な時代を赫した
謳い継がれる物語 その真偽は 今は風だけが知っている
夜空色した街を抜けて 茜色した君の許まで
湖に揺れる濃紺 新緑 水面に跳ねた小石が輝く
世界の縮図がここに在るから
僕らは迷わず明日を目指す
濁った顔の 群衆 群衆
澱んだ視線の 群衆 群衆
足早に ただ歩き続ける 彼らの瞳に君は見えない
僕らが纏う風に散らされ 灰色の道は揺らいで消える
無色に塗り込められていた 色彩の渦が溢れ出す
広げた両手に希望を集めて
微笑む君は暁の人
指差す地平のその彼方 重なり連なる稜線へ
闇のヴェールを払いのけ 煌めきの糸を織り込んでいく
その手のひらに祈りを宿して
佇む君は輝きの人
夜明けを待ちわび見上げる空の 流れ行く雲を薔薇色に染め
目覚める木々の葉の上に 朝露の欠片を散りばめる
ねえ そこで待っていてね 必ず僕らは辿り着くから
世界の全てを遍く照らす 光という名の君の許へ
立ち止まる道 絶える人
去り逝く水の色 縫い止められて動かない影
移ろわぬ季節の嘆き
白昼の訪れ
灰色に染まる滅びの名残
命を失くした亡骸の街
一瞬の悪夢
人の手に宿りし白焔の罪
囁く声 啜り泣く声 姿無き悲しみの靴音
何ひとつとて 動くもの無く
時の止まったこの地で
彷徨う月は 何を思う
彷徨う君は 何を想う
君が隣にいるだけで 世界はこんなに薔薇色で
君が隣にいるだけで 世界はこんなに美しい
そっと繋いだ指先と そっと見上げた君の横顔
幸福の住処がどこなのか 初めて知った午後3時半
私の中のいくつものドア 全ての鍵は君の手の中
そっと優しく差し込んで 震える指でゆっくり回して
小さく隙間が開いたなら 震えるその手で押し開けて
君が隣にいるだけで 世界はこんなに煌めいて
君が隣にいるだけで 世界はこんなに素晴らしい
そっと近づく君の唇 心音が奏でるストリンジェンド
どうか夢なら醒めないで 瞼を閉じて願った1秒
私を開く鍵をその手に 淡く微笑む君は幻
心臓の上で停まった指から 流れ込むのはきっと猛毒
なのにどうして こんなに甘美で
なのにどうして こんなに愛しい
君が隣にいるだけで 世界はこんなに薔薇色で
君が隣にいるだけで 私はこんなに幸せで
君が 隣に いるだけで
ガラスの向こうの遠い満月
ガラスの中の娘に恋した
街の外れの路地に佇み エレキで夢見るそのフィラメント
冷たい路上でただ煌々と 命が尽きる夜を待っている
空から降りて月はキスした
愚かなヒトね と娘は笑った
どんなにキスを重ねても 二人が重なることはないのに
どちらも光 どちらが偽り
どちらが地上で どちらが虚空
異なる存在 異なる身体
異なる輝き 異なる時間
あたしは自分の光で輝く
あなたは誰かの光で輝く
あたしはいつも同じ場所に居て
あなたはいつも空を翔けてる
愚かなヒトね と娘は笑った
それでも月は娘に恋した
たとえガラスが隔てていても 想いを隔てるものなどないと
そしてある晩 月の真下で
ガラスの中の娘は死んだ
ちらちら明滅する姿 最期に溢れた眩い光
そうして 娘は呆気なく消えた
冷えたガラスの中は空っぽ 焦げて焼き切れたフィラメント
それでも月はずっと見ていた
瞬きもせず ずっと見ていた
疚しさよ育て 彼の心に 私を独り置き去りにして
虚しさよ満たせ 私の胸を 彼に代われる贄など居ない
寂しさよ募れ 彼の心に そして旅路を引き返させよ
魔力よ宿れ 我が唇に 彼を呼び戻す呪文を唱えよ
白い死体の山を踏み分け 新しい血を杯に注ぎ
幾つも重なる封印の奥 あどけない少女の姿で嗤う
天を衝く塔の地下深く 恋に狂える悪魔が独り
世界は平然と時を刻み 門柱は崩れ 鉄扉は軋み
それでも彼は戻ってこない 私の心を封印したまま
幼い贄の少年達が 怯えの瞳で私を見つめる
さあ跪き頭を垂れよ 運命を憂い涙を零せ
無駄な悪魔の食事となるを 自ら望んだわけではあるまい
どんなに贄を喰らえども もはや魔力は戻らぬのだから
こうして 人を喰い続ければ
いつか戻ってきてくれるだろうか
天を衝く塔の地下深く その手で再び悪魔を弊しに
“なぜ殺してくれなかった
いっそ殺してくれればよかった
お前に恋などしてしまうなら”
深き螺旋の底まで降りて 銀の剣を振り上げておいて
奪われたのは命ではなく 私の心と血塗れの唇
ああ なんと 愛しき憎き騎士
その長い指 漆黒の髪 太陽の光が宿りし双眸
白き喉笛を噛み裂いたなら その血はどんなに紅いのだろう
あの時 お前が欲したならば
この魂など手放してもよかったのに
この苦しみが罰だと言うなら
神とは悪魔より残酷なものに違いない
永遠という名の牢獄 灼熱の恋が我が身を焦がす
罪悪感よ襲え 彼の心に 悲しき悪魔を思い出させよ
奇跡よ集え 私の身体に 老いさらばえて死に逝けるように
贄を積んだ荷馬車を曳いた 黒い牝馬の嘶きが響く
瓦礫に埋もれた鉄扉が開き 晩餐の支度が整えられる
今宵の皿の上にもきっと 彼の代わりは居ないのだろう
朽ち果てた塔の地下深く 恋に狂える悪魔が独り
射手座の彼女が呟いた 可愛い私のスコルピオ 毒を持たない優しい蠍
沙漠のように乾いた味気ない毎日が
嫌になって飛び出して落下した
引き絞られた弓が狙いを澄まして
いつ射抜かれるのだろうアルナスル
そんな恰好良くなんかないよ 気取った名前も似合わない
臆病で小心者で 後退りだってできないんだ
貴方は素敵よスコルピオ 私が保証してあげる
だけど君がそう言って微笑うから
僕は少しだけ強くなれる
それが空腹だってことも知らずにいた
どうすれば満たされるのかも分からずに
煌めいた視線が矢のように
いつ射抜かれたのだろうアンタレス
そんな風に優しくされたら こっちの方が参ってしまう
急に気紛れに悲しくさせて 一体なにがしたいんだ
貴方を教えてスコルピオ その心臓に触れたいの
同じアソシエイションの中で藻掻いて
追い詰める君 逃げる僕
完全に捕まってしまったら
もしかしてそれは幸せなのかな
そしたら僕は君を刺して 毒で動けなくしてしまってから
ゆっくり千切って食べてしまおうか なんて
そんなくだらない妄想をしながら
今夜も廻り巡る君と僕と
それから
何も視えない空のどこか
今も光っているはずの
アルナスル アンタレス
王子様なんていない 心に棲んだ天使が嘆く
鏡に映った文字にサヨナラ 愛してたなんて嘘吐きね
どんな理想も所詮は理想 叶わないから美しいのよ
ガラスの靴を叩き割り サンドリヨンは高らかに嘲った
PM12でお迎えに 誰かが来ると思っていたの?
長い階段を駆け降りて 今すぐここから逃げ出さないと
悪夢が彩る幻想 舞踏会は終わらない
出て行く勇気は自分の中に 何年も前から芽生えていたでしょ
困惑の眼差し達にサヨナラ 好きだったなんて戯れ言ね
迎えの来ないスノウホワイト 甘くて温い夢に浸って
いつまでそうしているつもり?
お姫様なんかじゃない 心に飼った悪魔が呟く
齧った林檎に毒があったと 思い込んで泣くのは自由ね
目を醒ますなら今しかないの 口づけなんか必要ないわ
おとぎ話ではなく 現実の自分を見つめて
ドレスなんかで飾らなくても 裸の本能こそ美しい
王子様なんていない
王子様なんていない
王子様なんていない
眠れぬ夜には酒を呑むのさ
そう言って詩人は笑った
もしもそれでも眠れなければ
そんな夜には詩が生まれる
ニュクスと私の秘密の子
唆したのはディオニュソス
そう言って詩人は笑った
汚れた紙の上をペン先が滑る
心地よい筆記音の産声をあげて
彼の指先を借りて産み落とされる
享楽と苦悶の果ての赤子
苦しい夜には酒を呑むのさ
自分の才能に溺れて死ぬ為に
分厚いカーテンの向こうで
エオスが窓を叩く音がしている
ああとっくに夜は明けていたのだ
忌まわしい一日がまた始まる
さっき産まれたばかりの我が子を
くしゃくしゃに丸めて屑籠に放り込み
気づかない方が幸せなこともあるさ
そう言って詩人は笑った