Hybrid-Spin System

研究の背景


立体分子構造形成と分子軌道拡張性が顕著になる「フェルダジルラジカル」に、安定性・多様性に優れた「ハロゲン原子置換」を施すことで、分子内および分子間での静電反発を利用した物質開発を進めてきました。それらを通して、分子構造と分子配列の対称性を操作し、無機物の対称性と安定性のもとでは形成が困難であるスピン配列の構築を実証してきました。数Kのオーダーでの磁気相関の制御 [J. Phys. Soc. Jpn. 83, 033707 (2014)]、不均一性の導入 [Sci. Rep. 7, 16144 (2017)]なども可能にしています。従来のラジカル系では成し得なかったスピン配列制御の新たな可能性を開くことができています。 

本テーマでは、スピン配列制御における更なる設計性の拡張を狙い、フェルダジルラジカルの金属錯体への展開に取り組んできました。これまでに、有機ラジカルが遷移金属に配位することで生じる強い分子内磁気相関を利用して、有機-無機ハイブリットスピンによるスピンサイズの変調を実証することができています。


有機‐無機ハイブリッドスピンの形成

図1(a)に示すように、これまでに取り組んできたスピン配列制御の基盤となるフェルダジルラジカルに、ピリジン環を修飾した分子骨格を設計しました。それを配位子として遷移金属に配位させることで、新規の分子性金属錯体の合成を可能にしました。このような錯体は、遷移金属がスピンをもたないZn2+の場合は、フェルダジルラジカルのみによってスピン配列が形成されます。さらに、結晶化エネルギーを高める配位子を選ぶことで、遷移金属を変えても分子の配列パターンをキープすることができます。よって、磁性元素の場合でも分子をユニットとしたスピン配列は同等になり、スピンサイズを変調することができます。

交替鎖を形成するMnとの錯体[Mn(hfac)2](o-Py-V)を例として紹介します。図1(b)は分子内でのスピンの状態を表しています。ラジカルの持つスピンSV =1/2と、Mn2+の持つスピンSMn=5/2が、反強磁性相関Jintra によって結合することで、合成スピン(有機-無機ハイブリッドスピン)が形成されます。図2は、磁化率となっています。インセットはその温度の積であり、高温領域では温度低下に伴い減少する振る舞いが見られています。100 K付近では、スピン2の磁気モーメントに相当する値へと収束しています。これを分子内反強磁性相関Jintraで繋がったSV =1/2SMn=5/2によるダイマーモデル(JintraSv·SMn)で考察した結果、よく再現することができ、Jintra=325 Kと見積もることができました。したがって、室温よりも十分に温度が低いときは基底状態のみを考えればよく、スピン2と見なすことができます。磁化率の低温側での鋭いピークは、スピン2の磁気状態が長距離秩序したことを示唆するものとなっています。

3のように、磁化曲線においても、スピン2の飽和磁化である4μB/f.u.を示すことが確認できています。加えて、一軸方向の急激な磁化の増加が見られており、メタ磁性転移が起こっていることが明らかになりました。これを引き起こす磁気異方性を検証するために行ったESRの実験結果が図4になっています。図4(a)の温度依存性のデータから、温度低下によって共鳴シグナルが出現することが確認できます。したがって、観測されたシグナルは低温で形成されるスピン2の状態間の遷移に対応していると考えられます。各軸方向の周波数依存性の結果(図4(b)はa軸方向の例)を、スピン2の状態間遷移として解析した結果が図4(c)になっています。非常によく説明することができ、磁気異方性の大きさを見積もることができました。

これらの一連の物性検証を通して、有機‐無機ハイブリッドスピン2の形成を実証することができました。ここで紹介した[Mn(hfac)2](o-Py-V)においては、図5のように強磁性‐反強磁性交替鎖のスピンサイズを1/2から2へと変調することができています。本系を通して初めて実現したスピン2の強磁性‐反強磁性交替鎖は、スピン4のハルデン鎖との関連性もあり、一次元スピン系の理解に向けた大変重要なスピンモデルとなっています。実際に、図3の破線で示すように、飽和磁化の1/4では非自明な磁化の変化が観測されており、量子状態との関連性が期待されます。

図1:(a)有機ラジカルを遷移金属に配位させた分子性金属錯体. (b) 有機‐無機ハイブリッドスピンの概略

図2: [Mn(hfac)2]・(o-Py-V)の磁化率とその温度の積. 実線は分子内ダイマー.

図3: [Mn(hfac)2]・(o-Py-V)の磁化曲線. 計算値はスピン2の古典スピンモデル.


図4: [Mn(hfac)2]・(o-Py-V)のESR測定結果. (a)温度依存性、(b)周波数依存性、(c)スピン2の遷移を考慮した共鳴モード解析.

図5: (a) [Zn(hfac)2]・(o-Py-V)と(b) [Mn(hfac)2]・(o-Py-V)の結晶構造とスピン配列 .