Quantum critical phenomena in a square lattice

研究概要

有機物の設計性と多様性を効果的に活用した新物質開発により、四角形を二次元的に敷き詰めたスピン配列を実現した。

●四角形に生じるフラストレーションの効果により、秩序と無秩序の狭間の量子臨界的振る舞いが観測された。

●四角形がもたらす量子現象の実現により、量子物性の解明と制御に向けた新たな可能性を開いた。

1: 四角形から成るスピン配列における量子臨界状態のイメージ図.

研究背景

 磁性体の量子物性を機能化した量子磁性材料の実現は、次世代型科学技術に向けた重要な研究テーマの一つです。材料となる磁性体において、如何にして量子状態を安定化させるかが根本的な課題となります。それを解決し得る有力な機構の一つが磁気相関の競合であるフラストレーションです。フラストレーションを持つ磁性体は、電子の持つスピン自由度が絶対零度まで凍結しない量子スピン液体状態を実現し得ると予言され、魅力的な量子物性の舞台として今日に至るまで精力的な物性検証が進められてきました。代表的なモデルは三角形をユニットとするスピンの並びによって形成されています。その三角形の形状によってフラストレーションをつくりだすことができます。一方、四角形の形状だけではフラストレーションをつくることができず、スピンの繋がり方(強磁性相関と反強磁性相関の組み合わせ)を適切に設計することが求められます。原子軌道の重なりが造り出す無機磁性体では、構造的特徴によって、そのような四角形の形成が極めて困難です。無機物を主体として進められてきた今日までの磁性体研究では、その実現例は報告されていませんでした。最近私たちは、有機物の設計性と多様性を取り込んだ磁性体の開発により、スピンの繋がり方を設計することで四角形のフラストレーションをもつスピン配列の構築を可能にしました。更なる物質開発によって生み出される新たな四角形のモデル物質によって、どのような新奇量子現象が発現し得るのかに注目が集まっていました。

研究内容

今回、安定有機ラジカルの1つであるフェルダジルラジカルをカチオン化してアニオンであるSbF6と組み合わせることで、新規ラジカル塩[m-MePy-V-(p-F)2]SbF6の合成に成功しました。スピンを担うフェルダジルラジカルどうしの分子軌道の重なりによって、四角形を二次元的に敷き詰めたスピン配列が形成されています(図2)。さらに、3つの反強磁性相関と1つの強磁性相関の組み合わせによりフラストレーションが生じています。フラストレーションのある系では、一部のスピンが実質的に孤立化することで磁気相関の競合を解消しようとする量子現象が引き起こされます。四角形をベースとする本系では、それによって非磁性の量子状態を安定化する作用が働きます。典型的な磁気秩序状態とそのような非磁性量子状態のどちらがより安定になるのかは、四角形を形成する磁気相関の大きさの相対的な関係によって繊細に変化します。

本系の比熱及び磁化の温度依存性を調べた結果、磁気的な秩序状態への相転移を示唆する振る舞いは観測されませんでした。一方で、低温では温度に比例する線形比熱が観測され、一次元的なギャップレス励起状態の存在が示唆されました。ESR共鳴吸収シグナルの温度依存性においても、温度低下に伴う内部磁場の発達とともに、一次元的な相関の発達を示唆する吸収線幅ΔH1/2の臨界性が確認されました(図3)。さらに、極低温領域における磁化曲線では、量子臨界点近傍で予想されるゼロ磁場からの非線形的な増加が観測されました(図4)。これらの結果は、二次元正方格子の磁気秩序状態と非磁性量子状態のどちらとも異なる振る舞いとなっており、相境界における量子臨界現象に対応していると考えられました。従って、本系では、四角形の各辺に対応する4つの磁気相関の絶妙な比率によって、秩序と無秩序の境目に近い状況が実現しており、2つの狭間の量子臨界現象が発現していることが明らかになりました。

今後の展開

量子物性の基礎学術的な観点においては、四角形のフラストレーションという新たな研究対象を提唱し、四角形という新たな視点を通してフラストレーションがもたらす量子多体現象の解明に大きな進展をもたらすことが期待できます。応用的な観点では、本系の量子臨界状態では、電子の移動を伴わない輸送特性が期待でき、次世代科学技術の根幹となる重要な知見をもたらすと期待されます。

図2: 新規ラジカル塩[m-MePy-V-(p-F)2]SbF6において、4種類の分子間磁気相関(J1J4)に係わる分子接近と、それによって形成される四角形のスピン配列。四角形の頂点(球)がスピンの位置。

図3:新規ラジカル塩[m-MePy-V-(p-F)2]SbF6における(a)ESR共鳴吸収シグナル。対応する(b)共鳴吸収磁場と(c)共鳴吸収線幅の温度依存性。

図4: 新規ラジカル塩[m-MePy-V-(p-F)2]SbF6における磁化の磁場変化。磁場が15 T付近まで非線形の緩やかな変化を示す。極低温80 mK においてはより顕著になる。

更新日 2021/6/16