Fourfold Spin Chain

研究概要  

 スピンの持つ量子性が顕著に現れる磁性体は量子スピン系と呼ばれています。強い量子ゆらぎの影響により、様々な量子多体効果が報告されてきました。中でも、スピンを直線的に繋げたスピン鎖は、2016年のノーベル物理学賞の対象でもあり、量子相関のトポロジーの観点から近年改めて注目を集めています。

 これまでに合成した新規有機ラジカルβ-2,6-Cl2-Vでは、3種類の4倍周期スピン鎖を実現することができました。複数の磁気相互作用から形成される高周期のスピン鎖の報告例は多くはありません本系は、従来の無機物を主体とした磁性体開発では実現されていなかったユニークな量子スピン鎖です。従来の磁性体では珍しい多彩な量子状態実現が明らかになりました。特徴的な実験結果としては、ゼロ磁場ギャップと1/2磁化プラトーが観測されています。量子状態の考察によって、量子揺らぎをもつsinglet状態と磁気秩序状態が共存したユニークな状態が発現が明らかになりました。さらに、飽和に近い高磁場領域では、実効的Isingスピン鎖を形成していることも分かりました。スピン鎖の高周期性が多彩な量子状態を創り出すことを実証する興味深い研究成果となっています。

4倍周期性がもたらす多彩な量子状態  

(物性研究6 (2017) 064216にて詳しく解説しています)

 第一原理的な分子軌道計算から、3パターンの分子接近(3種類の交換相互作用)によってスピン1/2の反強磁性的な4倍周期スピン鎖の形成が示されました。磁化率のブロードピークと30K付近の変曲点(図1)、磁化曲線のゼロ磁場ギャップと1/2プラトーなど(図2)、3種類の交換相互作用により多彩な磁気特性を発現しています。それらは、量子モンテカルロ法によって非常に良く再現することができ、実際に3種類の交換相互作用の大きさを見積もることができました。 それらの値をベースとして、摂動法を用いた考察を行うことで、この4倍周期スピン鎖の量子状態を定性的にも理解することができました。

 低磁場領域(0<H<H1/2)では、J3で繋がれたスピンのペアがsinglet状態を形成して、楕円内のスピンの磁気モーメントが消失しています。 ここで摂動計算から、残されたスピン間には実効的な反強磁性相関Jeffが働くことが導かれます。 よって、1/2プラトー以下の磁場領域では、J1Jeffから成る実効的な反強磁性ボンド交替鎖となっています。この実効的なボンド交替鎖は、弱く結合することで磁気秩序状態が発現しており、量子揺らぎをもつsinglet状態と磁気秩序状態が共存したユニークな状態が発現しています。

 1/2プラトー以上の磁場領域(H>H1/2)においては、最も小さいJ1で繋がれたスピンのペアが完全に磁場方向へと向きを揃えており、自由度をもたない状態にあります。さらに、非常に強いJ3で繋がれたスピンのペアに関しては、singletの基底状態と磁場によって安定になるtriplet励起状態の2準位のみを考えればよくなります。それらを摂動的に考慮すると、実効的スピンSeffと実効的強磁性相関Jzによるイジング型強磁性スピン鎖with弱い反強磁性XY型相互作用Jxyとなっていると考えられました。このような特異なスピン鎖は、 JxyJzの大きさによっては、実効スピンの朝永・ラッティンジャー液体状態の実現も期待できる非常に面白い量子状態となっています。

図1: β-2,6-Cl2-Vの磁化率とその温度の積. 実線は量子モンテカルロ法による4倍周期スピン鎖の計算値.

図2: β-2,6-Cl2-Vの磁化曲線. インセットはその磁場微分(上)と低温低磁場部分(下). 実線with□は量子モンテカルロ法による4倍周期スピン鎖の計算値.