Ferromagnetic-Leg Ladder

研究の背景


小さなサイズのスピンが低次元的に配列している場合は、量子スピン系の典型とされています。単純なケースを考えれば、単一の電子が周りからの束縛が緩い状態にあるために、電子のスピン自由度が持つ本来の量子性が強められます。強い量子性は揺らぎを増強し、それによって複数の状態が絡み合うことで、私たちの常識的な感覚では理解できない量子現象が引き起こされます。

スピンが単純に直線状に並んだ一次元鎖系では朝永・ラッティンジャー液体と呼ばれる特殊な臨界的状態が発現することが知られています。一次元鎖を2本並べて繋げたものは梯子(ラダー)に対応します。厳密に状態を考察することが難しくなるために、実験理論の両面から様々なアプローチで議論がなされてきました。超伝導状態発現との関連性も指摘され注目を集めた背景もあります。これまでに報告されてきたラダー系は全て2本の反強磁性的な一次元鎖が繋がったものでした。強磁性的な一次元鎖が繋がったラダー系(フェロレッグラダー)の実現は報告されていませんでした。量子スピン系の根幹的理解を深めるために、フェロレッグラダーを実現し、その量子状態を検証することが求められていました。



フェロレッグラダーの実現


本研究では、有機物の設計性と多様性を効果的に活用することで、スピン1/2のフェロレッグラダーを初めて実現することに成功しました。さらに、その後の物質開発によって、磁気相関を変調した新たなフェロレッグラダーを創り出すこともできました。図1はそれらの温度磁場相図となっています。これら一連の物性検証を通して、梯子の段方向(ラング)の磁気相関が強い場合には、量子的な基底状態(ラングシングレット)が安定化することが確認できました。ラングが比較的強い3-Br-4-F-Vの相図がその典型となっており、磁場によってラングシングレットを壊すことで量子相転移が引き起こされ、磁気秩序相が出現しています。また、3-Br-4-F-Vと3-Cl-4-F-Vにおいては温度低下に伴う逐次相転移、3-I-Vにおいては低温高磁場領域に非自明相の出現が明らかになりました。

図1:相互作用の比率が異なる3種類のフェロレッグラダーにおける温度磁場相図. スピン1/2を持つ有機ラジカル系の物質群で分子への元素置換のパターンが異なる.

ラダー間フラストレーションが引き起こす量子相


ラングの強い3-Br-4-F-Vにおいて、NMR測定により磁場誘起相の詳細を明らかにしました。図2(a)は核スピン格子緩和率の温度依存性になっています。右側のインセットから分かるように、相境界においては明瞭なダブルピークが観測されています。臨界緩和現象をともなう二段階の相転移(逐次相転移)を示唆しており、その他の実験結果とも対応した結果となっています。磁場誘起相における19F-NMRスペクトルの温度変化が図2(b)になっています。高温領域(1.2 K, 4.2 K)では、常磁性的なシングルピークが見られています。中間温度領域(0.70 K、0.77 K)では、常磁性的なシングルピークとそのショルダーに連続的強度を持つスペクトルが出現しています。低温領域(0.24 K、0.62 K)では、常磁性的な振る舞いは完全に消失し、ダブルホーン型スペクトルが観測されています。このダブルホーン型スペクトルは、スピン密度波やスパイラル構造など、スピン構造が格子よりも長周期になる非整合磁気状態の形成を示唆しています。これはフェロレッグラダー同士の弱い繋がりにおいて磁気相関の競合(フラストレーション)が生じている証拠となります。さらに、中間温度領域では、低温領域の非整合相と常磁性相におけるスペクトルが同時に出現していることから、緩和時間の結果も踏まえると、特定の成分のみが非整合に秩序化した何らかの部分秩序(partial-order)になっていると考えられました。フェロレッグラダーとそれらの繋がりが作るフラストレーションに起因した特異な量子相であると期待されます。

ラングが弱い3-I-Vでは、他の2つとは大きく傾向が異なる温度磁場相図となっています。第一原理的な分子軌道計算計算からは、ラダー間に加えてラダーの内部にフラストレーションを引き起こす強磁性磁気相関の存在が示さており、それが他の2つとの違いをつくり出していると考えられました。磁化曲線においては、飽和磁場近傍に低温で安定化する何らかの磁場誘起相の存在が示唆されました。強磁性相関をベースとしたフラストレート系における飽和磁場近傍であることから、スピン多極子秩序の形成が期待されます。

図2:(a)3-Br-4-F-Vの19F-NMRの核スピン格子緩和時間. インセット右は逐次相転移に対応する部分の拡大. (b)3-Br-4-F-Vの19F-NMRスペクトル. 常磁性相、partil-order相、3D秩序相を反映.

1次元的量子臨界現象

 3-Cl-4-F-Vと3-I-Vにおいては、フェロレッグラダーの特徴である強磁性的な一次元鎖の性質が強く反映されています。 磁気相関の違いからラングシングレットは形成せずに、飽和磁場に対応する量子臨界点を持ちます。3-I-Vの量子臨界点近傍における相境界を拡大したものが図3(a)、そのべき依存性を両対数プロットしたのが図3(b)となっています。ここから分かるように、3-I-Vの臨界指数は測定範囲内において一般的な三次元ボーズ・アインシュタイン凝縮(BEC)のΦ(=1/ν) = 3/2ではなく、Φ = 1に従っています。この臨界指数は擬一次元的なBECに由来していると考えることができます。弱く反強磁性的に結合した強磁性鎖において、飽和磁場から離れるに従い三次元BECのΦ = 3/2から、擬一次元的性を反映したΦ = 1に臨界指数がクロスオーバーすることが予想されています。 このクロスオーバーが見られる条件は3-I-Vの足方向の強磁性的な相関が強い梯子鎖という条件と類似しており、本測定結果はクロスオーバー後の臨界指数を観測したと考えられます。このような擬一次元的なBECの振る舞いを示す磁性体はこれまでになく、本研究はその最初の報告例として重要な研究成果となります。同系の3-Cl-4-F-Vに関しても同様な量子臨界現象が観測されています。

図3: (a) 3-I-Vの飽和磁場Hc近傍の相境界.実線は線形フィットの外挿. (b) Hc - H vs Tの両対数プロット. 約1 K以下で疑一次元BECのΦ = 1 (実線) に従う.

今後の展開


本系は、フェロレッグラダーとフラストレーションに関連する唯一の実験モデルとなっており、これまでの研究を通して様々な新奇量子特性が明らかになってきました。磁気励起や磁気輸送特性などを検証していくことで、更なる革新的な研究成果が期待できます。また、一連の物性設計は、数Kのオーダーで磁気相関を変調できる高度なスピン配列制御技術を実証する研究成果にもなっています。