夕闇落ちる繁華街
時折に響くクラクションは師走のいそがしさを連想させ得るに容易い。
目の端に灰色の町並みを流しながら、歩みを進める。
吐く息の白さは、自分が極寒の地へ迷い込んでしまったのでないかと錯覚させるほどだ。
これが現代社会の闇と言うべき物なのだろうか。
通り行く人は、どこかしら冷たい空気を漂わせ、誰しも自分以外に興味がない。
そんな邪推に頭を巡らせている… と、一つの考えにたどり着いた。
的を射ている
なぜそう思ったかというと、かく言う自分もそうであるかだ。
今日も何時も通りの日々だ。
つまらない日常がそこにあるだけ。
いつもどおり働いて
いつもどおりの時間に帰る。
そして泥水のように眠り、起きたらまたつまらない一日が始まる。
そんな日常。
ピピピ
定期的な電子音が鼓膜を叩く。
次の瞬間、現実に帰還した事を悟る。
「あぁ 朝か…」
気怠げな体をムクリと起こし、洗面台へ向かう。
「今日も冴えねえツラしてんなぁ・・・」
事実である。
職場はとある雑貨店
決して大きいとは言えない店内には所狭しと物が溢れている。
-見えてる物は大体商品-
そんな売り文句をかがけている。
店員は僕と店長の二人だけ。
日によっては自分だけの時も珍しくはない。
かと言って、業務量が多いかと言われればそうでもない。
店こそ繁華街の中心にあるのだが。
時期にも寄るが、時折パーティーグッズを探し買い求める酔狂な客が足を運ぶぐらいだ。
日がな一日、スマホでネットを閲覧して終わる日も珍しくない。
「いらっしゃいませぇ~」
覇気はない。
「あの、すいません」
凛とした
それで居てよく通る声が店内に響いた
「あ、はい。 何かお探しでしょうか?」
「これって...?」
彼女が手にしていたのは、古びたオルゴール
「あ... えっと...はい。」
「あの、これってお幾らですか?」
その箱を受け取り、値札の場所を改めるが、それは何処にも存在しない
「あれ...?」
正直な所、値札がついていない
なんて言うのは、そんなに珍しい話ではない。
「じゃあ・・・」
そんな時は、勝手に値段を決めてしまう。
そんな権利を、僕は持っている。
と、思う。
「500円で」
「え?」
しまった。
少々高すぎたか
「じゃあ、300円でいいです。」
「あ...いや...えっと...」
まだ高いようだ。
「じゃあ、 差し上げます」
「え?」
「あー、いや 良かったら差し上げます」
商売人としてはあるまじき行動である。
「でも。 これって売り物ですよね?」
「まあそうですけど、値札付けてなかったのは、此方の不手際なので。」
「いえ、でも...」
「じゃあ、また来て下さい。 それは広告費って事で。」
「えっと、本当に良いんですか?」
「ええ」
「じゃあ、ありがたく。」
そう言うと彼女は一礼して、店を後にした。
当然であるが、このままではただの横領だ。
レジを開け、ポケットにあった申し訳程度の小銭を入れる
これで、一応は大丈夫だろう。
なぜこのような事をしたかと問われれば当然。
「好みのタイプだったから」で、ある。
それからは特段変わらぬいつもの日常。
程なく店を締めて帰路につく。
明日も変わり映えの無い日が昇り、代わり映えの無い日が終わるのだろう。
名前ぐらい聞いておけば良かった。
後悔先に何とやら である。
ピピピ
定期的な電子音が鼓膜を叩く。
また、現実に帰還した事を悟る。
「あぁ 朝か…」
気怠げな体をムクリと起こし、洗面台へ向かう。
「今日も冴えねえツラしてんな」
何時もの職場、何時もの風景。
今日も何も変わらない。
変わるとすればそれは、あの子がまた来てくれたらいいな。と言う淡い期待感がある程度だ。
「あの、すいません」
聴いた事のある声にハッとした。
振り向くとそこには、昨日の女性が立っている。
まさか本当にくるとは夢にも思わなかった。
鳩が豆鉄砲を食らった。と言うのはまさにこんなツラを言うのかも知れない。
「あ...いらっしゃいませ。」
「あの、これなんですけど」
差し出された右手に視線を落とす。
「昨日、頂いたオルゴールを開けてみたら入ってたんです。
オルゴールは頂きましたけど、これは頂いていないので。」
律儀にも返しに来たと言うのだ。
よく見ると、どうやら髪留めのようだ。
「そうなんですね、態々ありがとうございます。 でも、宜しければ、それも一緒に貰ってあげて下さい。」
「いえ、流石にそれは。 じゃあ、これのお代だけでも」
「大丈夫ですよ。僕はそれの存在を知らないので。」
「えっと・・・」
「気に入らなかったら破棄して頂いて結構です。それに、その髪留めにも値段がついていない。」
彼女は申し訳なさそうな、それで居て困った顔をしたと思うと、何か気がついたかのように
「じゃあ、良かったらこれ。」
「?」
「知人が主催するクリスマスパーティーのチケットなんですけど」
「え?」
「こう言うの慣れてなくて、良かったら一緒にどうですか?」」
何を言ってるのだろう。
ほぼ初対面の男をパーティに誘うなんて。
しかし。
「行きます!」
即答である。
「良かった。では、明日8時に駅前で」
「わかりました」
「じゃあ、また明日」
言葉少なくそう言うと、彼女は笑顔で店を去っていく。
さて、そうと決まれば店なんて開けてる暇は無い。
さっさと帰って仕度をしなければ。
店長に「明日は休む」と連絡を入れておこう。
何時もより早く起きた。
準備に抜かりがあっては一大事だ、確認に確認を重ねるに越したことは無い。
あまり気張っても、ロクな事がないのは解ってはいるが、こればかりは仕方がない。
気がつくと、待ち合わせ場所に居た。
予定時間よりもだいぶ早いが。
待つ
ただただ待つ。
しかし何故だろう、待てば待つほど緊張という得てし難い感情が押し寄せてくるのは。
待つ。
そろそろ頃合いだろうか。
待つ。
時計に目をやると、予定時刻だ。
待つ。
気がつけば予定時刻はとうに過ぎて居る。
しかし、連絡のしようが無い。
連絡先など知らないのだから。
来ないのなら仕方がない、何か急な予定でも入ったのだろう。
寂しくないと言えば嘘になる。
だが、まあ。そんなものだろう。
「もう少しだけ待とう。」
待つ、待つ。
降る雪は執拗に体温を奪っていく。
そのせいか、眼の前の人の波は閑散とし始めている事に気がついた。
「もう、来ないな。」
ベンチから腰を上げる。
「ごめんなさい!」
聞き覚えのある声が耳に響いた。
「あれ?」
「あの、本当にごめんなさい!」
「あはは... てっきり来ないと思ってた」
「あの、チケット失くしちゃって... 探してたら全然間に合わなくて... 電車もなんか止まっちゃってて!それでその...連絡しようと思ったんだけど...!」
なんだ、ちゃんと来ようとしてくれたじゃないか。
「うん、いいよ。 平気。」
「ほんと、ごめんなさい!」
「いいって。 それで、今からえっと、会場に?」
「そうだ!時間!」
チケットを確認すると、裏面には
【入場は21時までに起こし下さい。】
と明記されている。
言うまでもないが、そんな物はとうに過ぎている。
「もう、入れないみたい?」
そう伝えると、彼女は泣き入りそうな声で
「本当にごめんなさい」
つぶやくように言った。
さて、どうしたもんだろう。
電車もすでに無くなったであろう
このまま、彼女をほっていく訳にはいかない。
いや
そんな選択肢は元から無い訳で。
「あの、もし良かったら、これからウチでコレの続きでもしない?」
用済みなったチケットを取り、ひらつかせ、たどたどしく笑う。
断られたならば、その時はその時だ。
彼女は一瞬、キョトンと目を丸くしたかと思うと
「うん」
優しげな笑顔を浮かべ、彼女はそう答えた。
正直な所、クリスマスケーキなんて買った事は無いし、どこに売ってるのかも良くわからない。
チキンだって某チェーン店の物ぐらいしか知らないし、パーティーなんて開いた事もない。
だけど
きっと、何とか成るだろう。
彼女の手を取り、僕は歩き出す。
寒さなんて吹き飛んでしまったようだ
つないだ手は何よりも暖かく
見上げた空は白く、どこよりも明るく見えた。
12月25日。そう、今日これが
僕の初めてのクリスマスになった。