物質の情報を解析する理論化学・計算化学的アプローチにより,凝縮系における複雑な化学反応や物性の機構解明を目指して研究を行っています。特に,光励起状態が関わる反応や物性の機構解明に取り組み,そのための新規高精度解析手法の開発も行っています。また,数多くの実験・理論研究者と共同研究も行っており,様々な化学現象の多角的な理解も目指しています。
Shunsuke Yabu, Hirofumi Sato, and Masahiro Higashi,* "Development of an exciton model of light-harvesting antenna LH2 considering charge transfer states and their fluctuations," J. Chem. Theory Comput. 2025, 21, 8199-8212 .
紅色細菌の光合成系で光エネルギー伝達の役割を担う光捕集複合体LH2の光励起状態を表すエキシトンモデルを開発しました。その際,機械学習を利用して電荷移動状態の揺らぎを効率的に記述しています。その結果,電荷移動状態の揺らぎが幅広い領域での光吸収に重要であることが明らかになりました。この研究は,京都大学 佐藤啓文研究室との共同研究として実施されました。また,この研究はJournal of Chemical Theory and Computation誌のSupplementary Journal Coverに選ばれました。
Yasunari Tamai,* Midori Akiyama, Lorenzo Vallan, Daiki Sasada, Katsuaki Suzuki,
Hironori Kaji,* Takumi Urakami, Hirofumi Sato, Masahiro Higashi,* Seiichiro Izawa,
Motohisa Kubota, Tomokazu Umeyama, and Hiroshi Imahori,* "Energy migration, charge transfer, and charge dissociation in self-assembling nonfullerene acceptor aggregates with zincporphyrin-nonfullerene acceptor dyads," Chem. Sci. 2025, 16, 15378-15386.
京都大学今堀研究室で開発された有機薄膜太陽電池アクセプター分子TACICの薄膜状態の構造と電子状態を分子動力学シミュレーションと量子化学計算で解析しました。その結果,典型的なアクセプター分子であるITICと比較して,薄膜中ではT字型の二量体構造が多く存在すること,またT字型構造ではHOMOとLUMOが分離するため輻射速度が抑えられていることを明らかにしました。この研究は,京都大学 今堀研究室・梶研究室・佐藤研究室,東京大学 玉井先生,東京科学大学 伊澤先生との共同研究として実施されました。
Rui-Mu Yu, Jin-Ping Li, Sumire Tobe, Shunsuke Yabu, Kanami Sugiayama, Li-Sheng Wang, Hirofumi Sato, Masahiro Higashi,* Yoichiro Kuninobu* and Hong-Liang Li*, "Selective α-Me–C(sp3)–H borylation of methyl sulfides controlled by substrate–ligand electrostatic interaction," Org. Chem. Front. in press.
イリジウム触媒の配位子の置換基により位置選択性が変わるC-H結合のホウ素化反応の機構を量子化学計算により解析しました。その結果,置換基に導入したフェニル基と基質間のπ-πスタッキングによる安定化が選択性発現に重要であることを明らかにしました。この研究は,Guangxi Academy of Sciencesの Hong-Liang Li Group,九州大学の國信洋一郎研究室,京都大学の佐藤啓文研究室との共同研究として実施されました。
Hikaru Sotome*, Masahiro Higashi*, Yuki Tanaka, Hiroshi Shinokubo, Yasuhiro Kobori, and Norihito Fukui*, "Effect of structural bending on the photophysical properties of perylene bisimide," J. Chem. Phys. 2025, 162, 114305 (11 pages).
名古屋大学の忍久保研究室で系統的に合成された湾曲したペリレンビスジミド誘導体の光物性を量子化学計算により解析しました。その結果、π平面が湾曲することで吸収エネルギーや振動子強度に大きな影響を及ぼすことを明らかにしました。この研究は大阪大学 五月女先生,神戸大学 小堀先生,名古屋大学 忍久保先生・福井先生・田中さんとの共同研究として実施されました。
Kanami Sugiyama*, Hiroaki Nakagomi, Yoshihiro Matano, Yoshifumi Kimura, Hirofumi Sato
Masahiro Higashi*, "Theoretical study on the solvent-dependent optical properties of 2-aryl-3H–1,3-benzazaphosphole oxide," J. Phys. Chem. B 2025, 129, 2701−2707.
溶媒により量子発光収率が顕著に変わるホスホール誘導体の光物性をQM/MM RWFE-SCF法により解析しました。その結果、ねじれ型分子内電荷移動(TICT)状態が極性溶媒で安定化することが量子発光収率の溶媒依存性の原因であることを明らかにしました。この研究は京都大学の佐藤啓文研究室,新潟大学の俣野善博研究室,同志社大学の木村佳文研究室との共同研究として実施されました。また、この研究はJournal of Physical Chemistry B誌のSupplementary Journal Coverに選ばれました。
Dai-Yu Li, Jin-Ping Li, Shunsuke Yabu, Li-Sheng Wang, Hirofumi Sato, Masahiro Higashi*, Yoichiro Kuninobu*, and Hong-Liang Li*, "Ligand-enabled enantio- and site-selective remote C–H arylation of 2-(2-phenpropyl)pyridine derivatives," Org. Chem. Front. 2025, 12, 2232-2241.
パラジウム触媒の配位子により立体・位置選択性が変わるC-Hアリール化の反応機構を量子化学計算により解析し,π-πスタッキングによる安定化や立体反発による不安定化が選択性発現に重要であることを明らかにしました。この研究は,Guangxi Academy of Sciencesの Hong-Liang Li Group,九州大学の國信洋一郎研究室,京都大学の佐藤啓文研究室との共同研究として実施されました。
Yuki Nukumi, Hirofumi Sato, Ryosuke Saito, and Masahiro Higashi*, “Computational analysis of the thermodynamic stability and isomeric composition of cholestane,” Org. Geochem. 2024, 195, 104841 (5 pages).
コレスタンはコレステロールが地中で続成作用により生成する有機物です。その異性体比は地層の過去の歴史を知るために重要でバイオマーカーとして利用されています。本研究では,量子化学計算によりコレスタンの熱力学的安定性を解析し,その異性体比が熱力学的極限で得られることを明らかにしました。さらに,その安定性を決める要因も明らかにしています。この研究は,山口大学の齊藤諒介研究室,京都大学の佐藤啓文研究室との共同研究として実施されました。
Akira Yamakata*, Kosaku Kato, Takumi Urakami, Sota Tsujimura, Kasumi Murayama, Masahiro Higashi*, Hirofumi Sato, Yasuhiro Kobori, Tomokazu Umeyama, and Hiroshi Imahori*, “Boosting charge separation in organic photovoltaics: unveiling dipole moment variations in excited non-fullerene acceptor layers,” Chem. Sci. 2024, 15, 12686−12694.
有機薄膜太陽電池で電子を受け取るアクセプター分子として有名なITIC分子の薄膜中の構造を分子動力学シミュレーションにより解析しました。その結果,2つのITICは主に直線状に並んでいますが,V字型の構造も存在していることが明らかになりました。さらに,量子化学計算による解析の結果,V字型の構造の励起状態は電荷移動性が強く,光吸収により電荷分離が起こりやすい構造であることが明らかになりました。この研究は,岡山大学の山方啓研究室,神戸大学の小堀康博研究室,京都大学の佐藤啓文研究室・今堀博研究室との共同研究として実施されました。また,この研究はChemical Science誌のBack Coverに選ばれました。
Tomokazu Umeyama*, Daizu Mizutani, Yuki Ikeda, W. Ryan Osterloh, Futa Yamamoto, Kosaku Kato, Akira Yamakata*, Masahiro Higashi*, Takumi Urakami, Hirofumi Sato, and Hiroshi Imahori*, “An emissive charge-transfer excited-state at the well-defined hetero-nanostructure interface of an organic conjugated molecule and two-dimensional inorganic nanosheet," Chem. Sci. 2023, 14, 11914-11923.
京都大学の今堀博研究室で新規に合成された,ピレン分子がMoS2ナノシートに共有結合付加した有機-無機ハイブリッド材料の励起状態を理論計算により解析しました。その結果,ピレンの局所励起状態がMoS2の空軌道と相互作用することで電荷移動励起状態を形成し,発光スペクトルに顕著な溶媒依存性が現れることを明らかにしました。この研究は,京都大学の今堀博研究室,兵庫県立大学の梅山有和研究室,岡山大学の山方啓研究室との共同研究として実施されました。
Keiji Naka, Hirofumi Sato, and Masahiro Higashi*, “Theoretical study of the mechanism of the solvent dependency of ESIPT in HBT," Phys. Chem. Chem. Phys. 2021, 23, 20080-20085.
溶媒によって発光スペクトルが顕著に異なる2-(2′-hydroxy-phenyl)-benzo-thiazoleの励起状態を解析しました。溶媒の水素結合受容能の差により,励起状態プロトン移動や分子のねじれの有無が生じ,発光スペクトルが大きく異なることが明らかにしました。また,混合溶媒で見られる発光ピークが特定の凝集体に由来することも明らかにしました。この研究は,Physical Chemistry Chemical Physics誌のInside Back Coverに選ばれました。
Minami Kimura, Tadashi Ito, Hirofumi Sato, and Masahiro Higashi*, “Theoretical study on isomerization of α-acids: A DFT calculation,” Food Chem. 2021, 364, 130418 (6 pages),
ホップに含まれるα酸はビールの原料のひとつです。α酸が異性化すると,ビールの苦味の主成分であるイソ-α酸が生成します。本研究では,量子化学計算と溶媒モデルを用いてα酸の異性化機構を解明しました。シス体とトランス体の活性化自由エネルギー差は実験結果とよく一致し,活性化エネルギーの差は溶媒和エネルギーに起因することを明らかにしました。さらに,NMR化学シフトの計算から,イソ-α酸のプロトンの位置がこれまで提案されたものとは異なることも明らかにしました。
Satoru Arimitsu*, Tsunaki Yonamine, and Masahiro Higashi*, “Cinchona-based primary amine catalyzed a proximal functionalization of dienamines: Asymmetric α‑fluorination of α‑branched enals,” ACS Catal. 2017, 7, 4736-4740.
琉球大学の有光暁研究室で開発された立体・位置選択的フッ素化反応のメカニズムを量子化学計算により解析しました。その結果,アミン触媒と酸触媒が協奏的に位置選択性と立体選択性を制御していることを明らかにしました。さらに,酸触媒は基質の特定の立体構造を非古典的C-H 水素結合により安定化していることも明らかにしました。この研究は琉球大学の有光暁研究室との共同研究として実施されました。
Asaka Agena, Satoru Iuchi, and Masahiro Higashi*, “Theoretical study on photoexcitation dynamics of a bis-diimine Cu(I) complex in solutions," Chem. Phys. Lett. 2017, 679, 60-65.
安価な光学材料として注目されているビスジイミン銅(I)錯体の溶液中の光励起ダイナミクスを解析しました。金属から配位子への電荷移動遷移で,擬ヤーン・テラー効果により引き起こされる配位子の平坦化ダイナミクスの実験結果を再現することに成功し,励起ダイナミクスは周囲の溶媒の影響を大きく受けることを明らかにしました。この研究は名古屋大学の井内哲研究室との共同研究として実施されました。また,この研究はChemical Physics Letters誌のFront Coverに選ばれました。
Masahiro Higashi* and Shinji Saito*, “Quantitative evaluation of site energies and their fluctuations of pigments in the Fenna–Matthews–Olson complex with an efficient method for generating a potential energy surface," J. Chem. Theory Comput. 2016, 12, 4128-4137.
光合成系において,光エネルギーを伝達する役割を担う光捕集複合体は,内部に含まれる色素の励起エネルギーの大きさと揺らぎを最適化することで,高速なエネルギー伝達を実現しています。しかし,タンパク質の調整機構を解析するには膨大な時間のサンプリング計算が必要となるため,非常に困難でした。我々は長時間のサンプリング計算を可能にするため,色素の励起エネルギーを効率的に解析可能なMMSIC法を開発しました。また,開発した手法を用いて,光捕集複合体FMOタンパク中の色素の励起エネルギーの大きさと揺らぎを定量的に再現することに成功しました。さらに,エネルギー伝達機構を解析し,各色素の励起エネルギーの揺らぎの違いが高速なエネルギー伝達に重要であることも明らかにしています。
Masahiro Higashi and Shinji Saito*, “Direct simulation of excited-state intramolecular proton transfer and vibrational coherence of 10-hydroxybenzo[h]quinoline in solution," J. Phys. Chem. Lett. 2011, 2, 2366-2371.
我々が開発した凝縮系のポテンシャルエネルギー面を高精度・高効率に生成可能なEE-MCMM法を用いて,シクロヘキサン中の10-hyrdoxybenzo[h]-quinolineの励起状態分子内プロトン移動とそれに伴うコヒーレント振動を解析しました。コヒーレント振動の振動数や寿命を再現することに成功し,振動が励起する起源を明らかにしました。さらに,溶媒は溶質と衝突して振動モードの寿命を短くするだけでなく,面外振動への分子内振動緩和を抑制し寿命を伸ばす効果を併せ持つことも明らかにしました。
Masahiro Higashi and Donald G. Truhlar*, "Electrostatically embedded multiconfiguration molecular mechanics based on the combined density functional and molecular mechanical method," J. Chem. Theory Comput. 2008, 4, 790-803.
分子力場と修正Shepard法を組み合わせることで,外場を考慮した量子化学計算の効率を劇的に向上させ,凝縮系の化学反応のポテンシャル面を高精度・高効率に生成するEE-MCMM法を開発しました。なお,本研究で開発した手法は、溶液中や生体中の基底状態や励起状態の様々な化学反応に適用しされており,熱揺らぎの効果の解析に非常に有効であることも示しています。