私の研究について紹介します.私が取り組む分野は非平衡ソフトマターと呼ばれており,物理分野だけでなく,化学・生物分野とも強い関わりを持つ凝縮系物理学の分野の一つです.その中でも,私はアモルファス固体 (非晶質固体) の転移現象やレオロジー,ダイナミクスに興味を持ち,分子動力学計算を用いた研究に取り組んでいます.以下,研究対象であるアモルファス固体 (非晶質固体) ,ガラス転移,ジャミング転移,ジャミング系におけるレオロジーについて説明します.
「液体は流れて粒子配置が不規則,固体は流れず粒子配置が規則的である.」このような文章が教科書に載っていても不思議ではないでしょう.しかし,世の中には液体とも固体とも区別が難しい物質があります.例えば,マヨネーズのようなコロイド粒子系や砂山,あるいはクリームのような泡などは何もしない静的な状態では固体のように形状を保つことができます.しかし,外力を与えると,形状を保つことができず,液体のように容易に流動します.また,スマートフォンなどの液晶画面や窓ガラスは一見固そうですが,割れやすいということも我々はよく知っているでしょう.これら物質は液体のように粒子配置が不規則な状態で,固体のように粒子の運動が凍結しているという共通点があります.
では,上記の物質はどのようにして生成され,どのような性質があるのでしょうか?通常,液体を冷却または圧縮すると凝固点で結晶化します.しかし,急速に冷却・圧縮したり,不純物を混合させると,結晶化し損ない,系は液体のように乱れた粒子配置のまま固まります.この状態の固体はアモルファス固体(非晶質固体)と呼ばれます.例として,粒子が原子・分子サイズの金属や酸化物から,粒子サイズがミリメートルの粉体まで,幅広い長さスケールの物質がアモルファス固体を形成します.また,配置が不規則で混み合っているという点において細胞集団もアモルファス固体を形成すると言えます.近年では,ガンや細胞の炎症などの医学研究をアモルファス固体の観点から行おうとする機運が高まりつつあります.
アモルファス固体は構成粒子のサイズによって,ガラス系とジャミング系の2種類に分かれます.
金属や酸化物など,粒子サイズが小さな液体を急速に冷却・圧縮すると,僅かな温度・密度の変化に対し粘性が劇的に増大します.この現象はガラス転移と呼ばれています.しかし,系の粘性が急激に増大するにも関わらず,粒子配置など構造の顕著な変化を散乱実験など通常の手法では捉えることができません.そのため,粘性の急激な増大を説明することは困難であり,ガラス転移は物理学の難問の一つと言われています.そのガラス転移を解く鍵として注目されている現象の一つに動的不均一性と呼ばれるものがあります.動的不均一性とは過冷却液体において,変位の大きな領域と小さな領域がクラスターを形成して共存するという現象です.通常の相転移現象における相関長の発散のように,動的不均一性におけるクラスターのサイズはガラス転移点に近づくほど増大するなどの重要な知見が報告されているものの,動的不均一性の起源については未だ解明されていません.その一方,過冷却液体中には特徴的な粒子構造が不均一に存在し,これらとダイナミクスに相関が存在していることが報告されています.これは過冷却液体のダイナミクスが静的な構造によって特徴づけることが可能であり,動的不均一性の起源が静的な構造にあることを示唆しています.また,近年機械学習によって静的な構造から粒子ダイナミクスを予測する研究が盛んに行われています.その精度は比較的高く,動的不均一性の起源が静的な構造にあるという示唆をより強固なものしていると言えます.また,静的な構造のみを機械に学習させることで,過冷却液体中に特徴的な構造が空間不均一に形成されること,そしてその構造と粒子ダイナミクスに相関があるということが報告されています.
箱にボールを詰めると,密度が小さな場合には箱を振ると中のボールは動くことができます.これは液体状態に対応します.しかし,密度が上昇し,ある密度を超えると,ボール同士は互いに接触を避けることができず,不規則な配置のまま,箱を振っても中のボールは動くことができません.これは固体状態(アモルファス固体)に対応します.この液体状態からアモルファス固体への変化はジャミング転移と呼ばれます.このジャミング転移は徐々に起こるクロスオーバーではなく,圧力や粒子間接触点数などの様々な物理量が臨界的に振る舞うことが知られています.また,ガラス転移と同様に,転移点に向かって粘性率が発散することも知られています.アモルファス固体を形成する点や,粘性率の発散などの共通点があることから,一見ジャミング転移は温度ゼロのガラス転移のように思われます.しかし,ガラス系とジャミング系における粘性率の挙動からなどから両者は異なる現象であるということが示されました.
このジャミング転移はエマルションや粉体,泡などにおいて観測されています.また,生物細胞集団も充填率が高まることで剛性を獲得し,ジャミング転移を起こすことが報告されています.さらに,機械学習で用いられるニューラルネットワークもジャミング転移に関連するということが報告されています.従って,ジャミング転移の物理,特にその臨界性を理解することは幅広い分野において非常に重要です.
レオロジーとは変形に対する物質の力学応答のことです.固体のレオロジーは非線形レオロジー・粘弾性レオロジーの二つの手法で測定されます.まず,非線形レオロジー研究では固体に準静的に剪断歪みを与えます.剪断歪みが非常に小さい場合,剪断応力は剪断歪みに比例し,弾性的な応答が観測されます.しかし,剪断歪みがある大きさよりも大きくなると,剪断応力が一定になり,応答は塑性的になります.この弾性的な応答から塑性的な応答への変化は降伏と呼ばれます.次に,粘弾性レオロジー研究では固体に非常に小さな振幅の周期的な剪断歪みを与えます.この場合,系は剪断応力が剪断歪みに比例する弾性と,剪断歪み速度に比例する粘性を合わせた粘弾性が観測されます.
ジャミング系のうち,高密度な系では上記の固体で観測されるレオロジーが同様に見られます.しかし,密度が低下し,ジャミング転移密度近傍になると,系のレオロジーはジャミング転移の臨界性が絡むため,非常に複雑になることが知られています.まず,非線形レオロジーでは剪断応力が剪断歪みの1/2乗に比例する,ソフトニングと呼ばれる新たな非線形レオロジーが近年発見されました.また,粘弾性レオロジーでは剪断弾性率が剪断歪みの周波数の1/2乗に比例する挙動が見られます.以上に挙げた,通常の固体とは異なる物理量の冪的な挙動が非線形レオロジーと粘弾性レオロジーの両方で見られ,非常に注目を集めています.しかしながら,両者は独立に研究が進められており,ジャミング系の非線形レオロジーにおける冪的挙動と粘弾性レオロジーにおける冪的挙動を組み合わせるとどうなるのかという問いに対する答えは得られていません.私は分子動力学計算を用い,剪断応力や剪断弾性率の測定を通じ,非線形レオロジーと粘弾性レオロジーを組み合わせるという研究に取り組んでいます.
H. Bessho, T. Kawasaki, and K. Miyazaki, Soft Matter (in press)