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明治の招魂祭(戦没者慰霊祭)で生まれたとされるオチのある熊本弁のお笑い芝居。戦前から運船利平らの名人を生み、熊本の祭りに欠かせない存在となった。戦後のばってん劇団はラジオ中継で人気が沸騰、昭和38年に東京浅草の舞台(写真)も踏んだ。現在もばってん城次、キンキラ一太らがテレビでもにわか姿で活躍している。
お米(よね)ばあさん姿で繰り出す強烈な熊本弁で大活躍した肥後にわかを代表する存在。ラジオ、テレビ、映画にも進出し全国区のタレントになった。歌手としても多くの作品を発表。中でも「帰らんちゃよか」は、同郷の島津亜矢に歌いつがれている。2006年死去。著書に「あんたがた甘えちゃおらんかい」(山手書房)など。
初笑い公演
キンキラ劇団が毎年続けている新年恒例の肥後にわか舞台。親子二代の女にわか師・キンキラ陽子団長はじめキンキラ一太ら劇団員のほか、ばってん劇団出身のばってん城次、タレント大田黒浩一、民謡歌手田中祥子、ばってん荒川Jrらが熊本弁たっぷりの笑いを繰り広げる。2013年にはくまモンも登場して会場を大いに沸かせた。
毎年8月、阿蘇郡高森町である風鎮祭(ふうちんさい)で見られる伝統的なにわか。町部の青年が組織する5つの「向上会」が荷車やトラックを改造した移動舞台で町中を巡り、要所で笑いを振りまく。日用品で作る「造り物」と並ぶ祭りの目玉。2019年に、にわかとして全国3例目の国選択無形民俗文化財に選ばれた。
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にわかとは何かー。というと実は簡単ではないのですが、とりあえずは「オチのある笑いの方言寸劇のこと」、肥後にわかは「熊本弁で演じる吉本新喜劇みたいなもの」と言えばてっとり早いかもしれない。
もっと言えば、松竹新喜劇や吉本新喜劇の基になり、現代の漫才やお笑いもにわかから発展したんだとか。そして日本の近代演劇も、西洋演劇を父に、にわかのを母に生まれたらしいんですよ。
〈 俄(にわか)といふ言葉は。物に当て。思案工夫もなく。思ひもよらざる事に。卒忽(そつこつ)と。つ かつかひょこひょこいひ出し仕る事をはいふなんめり・・・〉
これは江戸時代の古典「古今俄選」によるにわかの説明。分かったような分からないような説明ですが、江戸時代には芝居の形にはなっておらず、思いつきの一発芸的なものだったようです。
そのにわかは江戸時代に大坂の祭りの雑踏で生まれ、京都、江戸から全国に広がったといわれます。熊本でも祭りの場での地域住民による素人芸として古くから見られたようですが、早くに舞台劇化した大坂や博多のにわかの影響で明治になって笑いの寸劇に発展してプロ化。喜劇の影響を受けた新しいにわかが昭和20年代に「肥後にわか」と呼ばれるようになっています。
にわか学会の調査ではかつては全国70カ所、最近も全国20カ所でにわかの存在が確認されています。しかし、昭和30,40年代の高度成長期に多くの素人にわかが姿を消し、今でもプロ劇団として存続しているのは熊本だけ。熊本では今も熊本、高森、南阿蘇など7カ所で素人によるにわかも存続しています。
詳しくは以下に、管理人が熊本日日新聞に連載した「肥後にわか〜笑いの来た道」のまとめとなる最終回の紙面を見てもらうのがいいかもしれないですね。
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なんだかんだ言っても、まずは見てもらうのが一番。各劇団(と言っても出演者にはダブりあり)のにわかからピックアップしてみました。
2017年劇団きゃあ公演
2020年劇団肥後仁◯伽
2017キンキラ劇団
2023年健ちゃん劇団
2023年南阿蘇村吉田新町鎮火祭のにわか
1998年佐賀にわか(筑紫美主子)
博多にわか(博多にわか振興会/福岡)
2003年美濃流し仁輪加(岐阜)
芝居形式のにわかと違って短い会話形式で笑わせる「ひとくちにわか」。にわかのオチの部分でもあり、方言による小話みたいなもんでしょうか。博多にわかが有名ですが、熊本にもちゃんとあります。肥後にわか全盛期に多くのラジオ、テレビの台本を書いた宮村嘉青さんが熊本弁を題材につくった「ひとくちにわか集」からいくつか紹介します。題名をクリックしてください。
(1)いっちょ=ひとつ
(2)こすたくりん=けちんぼ
(5)うすとろか=恥ずかしい
(9)せからしか=うるさい
(10)そんくりゃァ=そのくらい
(11)どぎゃん=どう、どんなに
(おまけ2)衛生車=バキュームカー
(おまけ3)ごたる=如たる。・・・のようだ
各劇団はイベントなどでのにわか出演を受付中のはずです^^ 詳細は各劇団へお問い合わせ願います。
▼キンキラ劇団 キンキラ陽子団長 hi5niwaka@gmai.com(当サイトが代理で受け付けます)
▼劇団きゃあ 大田黒浩一 座長 096(351)0715(合同会社にぎわい屋)
▼劇団肥後仁和伽 森都かおる芸能音楽事務所 096(372)1317
▼健ちゃん劇団 浦上健二座長 090(9583)3357
明治・大正期には県内いたるところで、住民による仮装や踊り、笑いの一発芸などを交えた「俄踊り」が見られたようです。やがてにわかは踊りから笑いの芝居に発展(プロ劇団の影響も)して、笑劇としてのにわかが一般的になりました。古いにわかの痕跡は県内各地に残っていますが、以下の地域では今も地域住民による伝統的なにわか(笑劇)が見られます。
高森町 高森のにわかは毎年夏の風鎮祭で5つの青年組織「向上会」の若者が披露する高森弁のにわかが見られる。時事問題などを織り込んだ笑いの寸劇形式で、荷馬車やトラックの荷台を改良した移動舞台でお囃子とともに町中を移動しながら要所で披露する。2019年に国無形民俗文化財に選ばれた。
南阿蘇村吉田新町 吉田新町のにわかは毎年夏の鎮火祭で披露される高森町とよく似たにわか。かつては移動舞台で通りを巡ったというが、近年は屋外の仮設舞台で披露している。演じ手である若者の減少で、2023年には青年にわかに加え、成年にわかも登場した。
南阿蘇村両併 両併でも両併夏祭りで地区住民によるにわかが見られる。高森や吉田新町をまねて近年に始まったといわれる笑いの寸劇形式のにわか。2023年は成年組と高校生の2組が舞台に上がった。
玉名市伊倉 江戸中期に大坂からから伝わったと言い伝えが残る笑劇のにわか。にわか保存会を組織して保存、普及活動に取り組み平成16年には美濃や博多にわかなどを招いて全国交流大会も開いた。ベテラン組によるこなれたにわかで、近年は老人会などのイベントに登場している。
にわかはかつて全国各地にありましたが、現在も見られる主なところを紹介します。
◆福岡・博多にわか 5月の博多どんたくなどで見られる博多弁のにわか。半面をつけて行うのが特徴。芝居形式もあるが、 今は地口オチ(シャレ)にこだわった「一口にわか」が主流。昭和半ばには博多淡海などがプロとして人気を誇った。
◆佐賀・佐賀にわか 筑紫美主子が作ったとされる佐賀弁のにわか。博多淡海、ばってん荒川とともに九州のにわかを代表する存在だった。じいさん姿で笑わせ、泣かせた。今も素人劇団が活動する。
◆岐阜・美濃流しにわか 毎年春の美濃祭りの宵に披露される美濃弁のにわか。松などで飾ったにわか車に太鼓を載せ、笛とともに囃子を奏でながら旧市街を流して歩き、町の辻々でにわかを披露するなど伝統を感じさせる。国無形民俗文化財。
◆高知・佐喜浜にわか 、室戸市の佐喜浜八幡宮の秋の祭礼に奉納されるにわか。にわか本来の姿とされる一夜漬けの稽古で披露され、オボン持ち(プロンプター)が存在するのが特徴。国無形民俗文化財。
このほか長崎や、大阪南河内、広島などで今も見られるようです。
肥後にわかー笑いの来た道 (松尾正一、熊本日日新聞社、2021年) 県内に残るにわか、大阪など県外のにわかを訪ねながら肥後にわかの歴史をたどり、にわかの笑いに込めた庶民の思いに迫った。
歌舞伎・俄研究 (佐藤恵里、新泉社、2002 年) 高知・佐喜浜に残る膨大な俄台本を歌舞伎と比較ししつつ読み解き、にわか学会の全国調査を基に民俗芸能としてのにわかの特性を浮き彫りにした。
俄を演じる人々(松岡薫、森話社、2021年) 10年以上に及ぶ高森のにわかの研究をまとめ、にわかを守る若者の姿、地域の中におけるにわかの意味に迫った。
熊本の俄とつくり物−明治・大正期新聞記事−(安田宗生、龍田民俗学会、2009年) 明治・大正・昭和の熊本の新聞に見えるにわかと造り物の記事をくまなくピックアップし、にわかの実態に迫る資料集。
古今俄選(岩波書店「新個展文学体系82」、1998年) 江戸・享保期に大阪の祭りの中から生まれたとされる初期のにわかの姿を記した貴重な古典。
熊本県高森町文化財調査報告書 第1集「高森のにわか」(高森町教育委員会、2024年) 2019年に国選択無形民俗文化財に選ばれた高森のにわかを中心に、にわかが演じられる風鎮祭(ふうちんさい)の催し、歴史や県内各地のにわかについても調査報告した。管理人も参加。全文がダウンロードできます。