招待講演

上條良夫 先生早稲田大学 政治経済学術院

行動交渉理論とその応用:

不平等の固定化と均等分配規範の発生に関する考察

交渉は、コミュニケーション、社会的交換、経済取引の中心にある。本講演では、交渉モデルを分析単位とし、Kamijo and Yokote(2022)が提唱した行動交渉理論(Behavioral Bargaining Theory: BBT)に基づき、交渉と日常・経済行動を理解するための新しい視点を提供する。交渉状況を分析するための重要な道具として、交渉のパイに対するエンタイトルメント(人々の分配期待や所有意識)の安定性をという概念を導入する。最初に形成されたエンタイトルメントの組が安定している場合、交渉は直ちに終了すると予想され、不安定な場合、交渉は遅延または失敗に終わる可能性が高くなると考えられる。安定性を用いた分析を通じて、以下の現実を理解する上で有用と考えられる三つの結果を得ることができる。

第一の結果は、安定したエンタイトルメントの境界条件を示す、不平等キャップ定理(Inequality Cap Theorem)である。これは、対称的な交渉問題であっても、2人のプレーヤーの間の不均等な分配が安定しうることを示唆すると同時に、そのような不平等の範囲には制約(制約は損失回避性によって規定される)があることを示している。その一方で、対称ではない二者関係であっても、平等な結果が安定になりうることも示している。つまり、二者間の分配の結果は多様になりうる。

第二に、社会の全構成員に対して安定なエンタイトルメントを要求することにより、分配規範を数学的に定義することが可能となる。我々は、対称的な状況で生じる分配規範が、分配の黄金律である、パイを50対50で分けるという均等分配規範であることを示す。つまり、二者間関係では存在していた安定な分配の多様性が、社会レベルで考えた際には一つに収斂するのである。

最後に、均等分配規範の出現についての考察を行う。そもそも規範とは、一度それが存在すれば、人々がそこからわざわざ逸脱しないもの、として理解できるものである。それでは、最初の規範はどのように生まれるのだろうか。エンタイトルメントを更新していくダイナミックな過程を検討することで、均等分配規範が出現する十分条件について考察し、資源の枯渇状況、集団構成員の異質性の程度、社会学習の可能性、などが重要な要素であることを確認する。


参考文献

(1) Yoshio Kamijo and Koji Yokote, Behavioral bargaining theory: Equality bias, risk attitude, and reference-dependent utility

https://www.waseda.jp/fpse/winpec/assets/uploads/2022/12/E2208.pdf

(2) Yoshio Kamijo, Fixation of inequality and emergence of the equal split norm: Approach from behavioral bargaining theory

https://www.waseda.jp/fpse/winpec/assets/uploads/2023/01/E2209.pdf