都会の熊/Urban Bear
原井輝明/Teruaki Harai
2023
インスタレーション(床にロープ)/Installation (rope on the floor)
サイズ:約200×120×2cm(可変)/Approx. 200×120×2cm (variable)
動物虐待や環境破壊に対して抗議をしようと言うことではありません。私自身、牛や豚や鶏も食べるし、機会があれば猪や鹿、馬や鯨も食べます。ただ、駆除しなければならない様な状況が以前にも増していると耳にすることが切ないのも事実です。獰猛な動物が人間の生活圏内に入って来られるのは私達の生活も脅かされます。これまでに取れていたバランスが崩れている状況のなか、私達は何をするべきなのか、どのような社会を目指すべきか、考えさせられます。
This is not about protesting against animal abuse or environmental destruction. I myself eat cows, pigs, and chickens, and if I have the chance, I also eat wild boars, deer, horses, and whales. However, it is saddening to hear that the situation in which it is necessary to exterminate animals is increasing more than ever before. When ferocious animals invade human habitats, our very lives are threatened. In a situation where the balance we had maintained up until now has collapsed, we are forced to think about what we should do and what kind of society we should aim for.
こぼれたミルクを嘆いても仕方ない
原井輝明/Teruaki Harai
2023
インスタレーション(砂、フレコンバッグ、単管、チェーンブロック、等)
サイズ:約w2m×d2m×h2.4m
音もなくサラサラと落ちる砂は、17世紀のオランダの画家フェルメールが描いた「牛乳を注ぐ女」に描かれている一筋のミルクのように惹きつけられる。絵画と異なりいつかは無くなってしまう袋の砂だが、リアルに流れ出ているところがおもしろい。できるだけ長く続く様にと袋を大きくした。砂はエネルギーあるいは命の象徴として、こぼれる砂が有限であることを意識するために視覚化したものである。それは同時に時間を含んでおり、元に戻すことができない。有限であるから大切にしたいという気持ちを込めた。
アーティストトークに代えて
2023.3.18 原井輝明
17世紀のオランダの画家フェルメールが描いた「牛乳を注ぐ女」は性愛や性交渉を想起させる寓意であり風俗画として理解されているが、赤いスカートと紺色のエプロンは聖母マリアの隠喩であり牛乳を注ぐ行為は施しを表現しているという研究者もいる。個人的にはダブルミーニングが正しいと考える。芸術家は両儀的な事柄を敢えてぶつけて隠れて真意を表現したり、一つの場面で複層的な表現を込めることが多分にあるものである。
私は学生最後の研究発表でこの「牛乳を注ぐ女」を引用し「光のかけら」(1994)と言う作品を制作した。「こぼれたミルクを嘆いても仕方ない」の側の壁に見せた額装の作品がそれである。フェルメールの「牛乳を注ぐ女」の魅力は、牛乳が注がれている正にその時が描かれており、一筋のミルクが垂れているその情景にある。今回私は「こぼれたミルクを嘆いても仕方ない」では、ただ単に砂がこぼれ落ちる情景をできるだけ長く見てみたいと思い制作したのだが、それは「牛乳を注ぐ女」の魅力と同じものだと気付いた。
実際に制作する際には、できるだけ長く続くように袋を大きくし、穴を小さくしたのだが、それでも現実の世界では砂の量に委ねられいくら袋を大きくしてもいつかは無くなってしまい、限られた情景であることには変わりなかった。更に、現実の難しさでは、砂が詰まり、砂が落ちる情景を安定して見せることができなかった。その様な作品を、鑑賞者に詰まった穴をつついてもらうことで、補助してもらうことで解決しようとした。この行為は、今回旧病院が会場だったことで、より一層意味合いが増すことになった。有限の砂は限られた命であり、鑑賞者が棒を使って穴を突く行為は医療的行為と重なって見えてきた。苦し紛れではあるが、場とアートが交差する本展のコンセプトとマッチするのではないかと考えた。このように、後付けの理由も巻き込みながら作品のコンセプトを強化しながら一つの作品に複層的な表現を込めながら制作している。
いずれにせよ、本作「こぼれたミルクを嘆いても仕方ない」では、有限の砂はエネルギーあるいは命の象徴として、大切にしたいという気持ちを込めて制作した作品であった。
マーガリン / Margarine
原井輝明 / Teruaki Harai
2022年、キャンバスにマーガリン
キャンバスに油絵具を塗るよりパンにマーガリンを塗る機会が多い生活をしている。動物性のバターに比べ、マーガリンは植物由来でヘルシーだと言われていた。それがマーガリンを作る過程でできるトランス脂肪酸なるものが体に良くないと言うことで、いつの間にかマーガリンは健康を害する食品になっていた様で、最近ようやくそれを知った。トランス脂肪酸の害はWHOが既に2003年に報告しており、海外では含有量の表示を義務付けたり、使用を禁止しているにもかかわらず、日本では企業任せで規制の動きはない。今では日本でも含有量を低く抑えられたマーガリンが作られており、心配する必要はないとのこと。周回遅れの認識に敏感になる必要を感じる。
作品タイトル:
「けむり」
制作年月:2019年5月
素材:フォトペーパーにインクジェットプリント(写真にデジタル加筆)
サイズ:147.0×207.9cm
制作者:原井輝明
<作者コメント>
2018年7月、健康増進法の一部を改正する法律、いわゆる受動喫煙対策法が成立し、徐々に施行が始まり、2020年4月には全面施行となるなか、学校・病院・児童福祉施設・行政機関に於いても2019年7月、喫煙場所は特例箇所を除き、敷地内は全面的に取り除かれています。本学でも人目の付かない場所に喫煙場所は移動されています。この様な流れのなか、本作品は、煙草について考える切っ掛けになればと思い、制作致しました。
この作品を見る人は何とも酷い情景に憤りを感じることでしょう。しかし、それこそがこの作品のねらいです。虐待とも受け取られかねない、部屋中が白く煙った中で尚も煙草を吸い続け、くわえ煙草で赤ちゃんを抱く男の姿を、絶対悪の象徴として描いています。見る者は、乳幼児に受動喫煙を絶対させてはならないと言う強い決意につながって来るのではないでしょうか。と、同時に、男の穏やかな顔を見るとジョットやレオナルド、ラファエロ、その他多くの画家が描いた「聖母子像」の名画のイメージと重なって来るかもしれません。何とも不釣り合いな組み合わせがこの作品の魅力でもありますが、穏やかな顔からは受動喫煙の害など微塵もない様に感じさせてくれます。元々この作品は「20年後の自画像」というテーマで制作されたもので、20年後をイメージするために孫を抱いている自身を登場させています。喫煙者である私は、20年後の未来には喫うと健康になる煙草が開発されていて欲しいと言う願望も込めています。
喫煙問題は、健康の面とマナーの面とを両方含んでいると思います。健康面だけでなく、マナー面にも配慮しながら嗜好したいものです。
原井輝明
作品タイトル:「はじまりの雨」
素材:コピー紙、泥、合板
制作年:2017
本展の「ダスト・イズ・マネー」は公害で苦しんでいた高度成長期時代に宇部興産社長が公害対策のスローガンとして掲げていたものと云うことで、「逆境をチャンスに変える」と云う理念が込められているらしい(*1)。空き店舗が広がる市の中心に位置する商店街を舞台に展開される本展は、この理念に倣ってタイトルが付けられている。このことを踏まえて今回の作品はイメージを膨らませていった。
宇部市の山間部から瀬戸内海に流れる厚東川の河口には、どべ(へどろ)が黒く溜まっており、このへどろを使い、何かできないかと考えた。その際、創世記の一節“神は土のちりで人の形を造り、命の息を鼻から吹きいれた”と云う下りを思い出した。土のちり〜このへどろで人の形を作り、創世記を描くことにした。価値のないものから価値を生む、それこそが創造
厚東川の【ドベ】を使って何かできないかと考えたとき、「神は土のちりで人のかたちを造った」と言う聖書の一節を思い出した。本展の「ダスト・イズ・マネー」は公害で苦しんでいた高度成長期時代に宇部興産社長が公害対策のスローガンとして掲げていたものと云うことで、「逆境をチャンスに変える」と云う理念が込められていると言う。私が思い浮かべた「ダスト」は厚東川のドベであり、「マネー」は形あるもの、つまり本展の作品だった。また「神」を「芸術」に読み替えて「芸術は価値のないもので価値あるものを創る」とも言える。
*1:「宇部方式の歩み」宇部市ホームページ<http://www.city.ube.yamaguchi.jp/machizukuri/kankyouhozen/kokusaikankyou/ubehoushiki/ayumi.html>
原井輝明
「미즈도리다지(水鳥たち)」 約10×15m、インスタレーション(石炭)、2017
미즈도리다지(ミズドリたち)
約10×15m
インスタレーション(石炭)
2017
宇部は石炭で栄えた街であることはよく言われているにも拘らず、そこで働いていた朝鮮の人達のことはあまり語られることがない。理由はともかく、危険な仕事の労働力を海外に求め、結果、この渡辺翁記念会館に代表される様に宇部の繁栄に繋がったことは事実である。残念なことに、日本人は寄り付かない危険がわかっていた長生炭鉱で海外の労働者に頼り、事故が起きた。183名の犠牲者のうち約7割の137人が朝鮮人労働者だった。その犠牲者の遺体は1人も引き上げられることなく今も海の底に眠ったままという。
作品「미즈도리다지(水鳥たち)」では、戦後、要注意歌謡曲に指定された「イムジン河」(現在は解除)に詠われている『水鳥』をモチーフに、星のまたたき、或いは十字架にも見える形を、朝鮮半島の方向へ向けて描いた。(偶然にも村野藤吾設計のこの建物の形や方向も重なっていることに驚いた。)
長生炭鉱の水没事故が、歯切れの悪い言い方でなく敬意のある扱いで、宇部の歴史の一部となることを祈る。
渡辺祐策翁と長生炭鉱水没事故周辺の出来事
渡辺祐策 1864年7月18日(元治元年6月15日)- 1934年(昭和9年)
沖ノ山炭鉱を創業 1897年(明治30年)
長生炭鉱開坑 1914年
渡辺祐策他界 1934年(昭和9年)7月20日
渡辺翁記念会館 1935年(昭和10年)10月着工 1937年(昭和12年)4月竣工
国民徴用令 1939年(昭和14年)7月 朝鮮 1944年(昭和19年)9月
第二次世界大戦は、1939年から1945年までの6年間
真珠湾攻撃 1941年12月8日
長生炭鉱水没事故 1942年(昭和17年)2月3日 犠牲者183名 そのうちの7割、137人は朝鮮人労働者
宇部興産設立 1942年(昭和17年)
朝鮮徴用 1944年(昭和19年)9月
終戦 1945年(昭和20年)
炭鉱閉山 1967年(昭和42年)
出典:
ウィキペディア:https://ja.wikipedia.org/wiki/渡辺祐策
ウィキペディア:https://ja.wikipedia.org/wiki/渡辺翁記念会館
ウィキペディア:https://ja.wikipedia.org/wiki/国民徴用令
ウィキペディア:https://ja.wikipedia.org/wiki/宇部興産
ウィキペディア:https://ja.wikipedia.org/wiki/宇部炭鉱
ウィキペディア:https://ja.wikipedia.org/wiki/要注意歌謡曲指定制度
長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会:http://www.chouseitankou.com
長生炭鉱/山口県宇部市|沸点36℃:http://ameblo.jp/st0323st0323/entry-12081558617.html
長生炭鉱:http://orange.zero.jp/zbc54213.wing/tyousei-tankou.html
灰縄を綯う
Make an ash rope
原井輝明 × ザ・テンポラリー・スペース
Teruaki HARAI × the temporary space
老人一人の死は図書館一軒の消失と同じこと。第二回高齢化に関する世界会議で、アナン事務総長がアフリカのことわざを引用して発言された内容です。
地域資源を考える上で、老人の知恵や知識を資源として捉えました。姥捨山という昔話に出てくる老婆の知恵(とんち)によって、村が救われるというお話を参照し、地元に根付いた長年伝わる知恵を次の世代へと引き継ぐための架け橋になることを願ったプロジェクトです。
原井輝明は、これまで見向きもしていなかった老人を改めて対象として見つめ直すことで、生の力強さ・尊さ・繋がりなどを再確認しようと作品制作に取り組みしました。
ザ・テンポラリー・スペースは、今回、大田慶と鈴木啓二朗で構成されている。大田慶は、祖先の土地のフィールドワークと現地の住人の持つ知識や知恵を取り上げた写真作品で、鈴木啓二朗は、山口県内の特産品に共通する栽培技術である接ぎ木が、長年、果樹栽培の礎になってきた事実を探求し、県内の数カ所の果樹農家を訪ね、各農家にまつわる歴史や知恵を掘り起こし、象徴的な作品制作に取り組みました。
■原井輝明 Teruaki HARAI
1965年宇部市生まれ。1994年東京藝術大学大学院博士課程後期単位取得後退学。油彩画を中心とした作品を発表する傍ら、2004年より活動団体FCAを主宰し、地元商店街でシャッター壁画プロジェクト、駅舎アートプロジェクトなどを展開。身近な社会問題から想起される懸念を、絵画から派生する表現方法を用い展開している。
■ザ・テンポラリー・スペース the temporary space
the temporary spaceは、得意な能力や技術を持ち寄る不特定多数で構成され、その構成は主題に合わせて変化し、一時的にしか存在しない情況や経験の創出を目的としている。活動の主軸にはコラボレーションのアイデアがあり、1人では作り出せないものの創出や共有を通して、生活や芸術の再分析と新しい解釈を深め、新しい価値観の創出や提案を試みる。今回のメンバーは、大田慶と鈴木啓二朗によって構成される。
大田慶は、主に「センス・オブ・ワンダー」を思考的基盤とした写真作品群を制作するほか、直観的筆致に理性的抑制を加える構成方法に人間の人生を重ね合わせた抽象画を制作している。その他、 子どもたちの創造性を伸ばすことを目的とした素材を問わないワークショップをおこなっている 。
鈴木啓二朗 愛知県名古屋市生まれ、山口市在住。2004年に名古屋市立大学人文社会学部国際文化学科を卒業後、2010年にアメリカ、テキサス州ヒューストン大学大学院美術学部彫刻科修士課程修了。人生観や視覚的修辞法などを主題に、国内外で様々なプロジェクトを展開している。
<協力>
錦湯
庭の千草
The Last Rose of Summer
原井輝明
Teruaki HARAI
日常から感じる様々な障害の原因を夢想することが制作の意欲へと繋がり、作品制作を通して障害を乗り越えようと踠く自身がある。初めて眼鏡に頼らなくてはならなくなり身体の衰えに漸く気付くなかで、高齢者の問題がより身近に感じられる。日本の老年人口割合は26.6%(2015年)、世界一の老人大国で光明を見出したいと思った。
アイルランド民謡『The Last Rose of Summer』では「夏の名残のバラ 一人寂しく咲いている 他の花々は既に枯れ散り 近しき花も芽も消え失せた 美しいバラ色を思い起こせば ただため息をつくばかり / 直ぐに私も後を追うだろう 友情が崩れ去り 愛の光輪から宝石が零れ落ち 真の心が枯れ果て 愛する者がいなくなったら この荒涼たる世の中で 誰が一人で生きられようか?」と季節の過ぎたバラに見立てて年老いた老人を愛おしむ詩が詠われている。今回、後世に伝えたい老人の知恵を考えるとき、この唄が思い出された。また、錦湯を会場に作品制作に取り組む上で、老人の入浴を描きたいと思った。そこで、山中学の写真集や、入浴を題材にしている名画を参考に描くことにした。私達が生産年齢を過ぎてしまった老人でさえも大切にしたいと思う気持ちの象徴的な作品を制作したいと考えた。その気持ちは中山が写真集で命名している『羯諦』の意味を考えるとよりいっそう深く老人を敬う気持ちが強くなる。子供を何人も生んだに違いない腹の皮は、膣を囲む様に皺が幾重にも重なり、腹から内腿に波紋の様に広がっており、生む役目を終え後はあの世からの迎えを待つだけの様な全裸の老婆の写真に付けられた題名である。調べてみると「般若心経」に出てくる『羯諦』の意味を訳したものがあった。「往き,往きて,彼岸に到達せし者よ。まったき彼岸に到達せし者よ。悟りあれ,幸あれかし」。中山はしわくちゃの老婆達にこう呼びかけているのだと分かったとき、本当にこれらの老婆が美しく見えてきた。逆にアングルの『浴女』はまだ経験不足の青二才かと物足らなく思えるほどだった。
そう思えてから、それまでは邪険に振舞っていた論理的ではない迷信を、よく引き合いに出し説教する親の言葉も、むしろ意味や由来・謂れ、どの様なメッセージが秘められているのか、聞き出すことにした。また、縄の綯い方も教わった。親孝行ではない。本展を控え、老人の知恵をなんとか引き継ごうと云う打算である。また、老年と云うには申し訳ない知人の人達にもその他の迷信を教えてもらった。ウィキペディアによると、【迷信】は「合理的な根拠を欠き、社会生活に実害を及ぼすもの」らしい。しかしながら、今一度、なぜその様なことを言う様になったのか、真意を探ると迷信も、直接的な言い方を避けたメタファーであり、親の言葉を聞かない子供に聞かせるための代弁だと多少の理解ができ、親思いの温かい言葉に思えてくる。メタファーである迷信も老人の知恵なのかもしれない。
参考:
・『庭の千草』アイルランド民謡
・山中学(2009)『羯諦』ポット出版
・“Chi-Circle”(発行年不明)「『羯諦。羯諦。』は喜びの歌」<http://www.bea.hi-ho.ne.jp/good-luck/book/giyatei.html>(参照2016-12-28)
<協力>
錦湯、井上妙子さん(山陽小野田市)、篠原紀子さん(宇部市)、正木宣子さん(宇部市)、他
接ぎ木を伝えること...
Initiation of Grafting...
ザ・テンポラリー・スペース 鈴木啓二朗
the temporary space Keijiro SUZUKI
海や山などの豊かな自然環境や穏やかな気候に恵まれた山口県で、世代を超えて続くものとは何か。そう考えたときに、農家の方々の存在が頭に浮かび、「接ぎ木」という技術に興味を持ちました。親の世代が子供や孫の世代になっても生活に困らないことを願って、小さな苗から収穫ができるように大事に育てていく。リサーチを進めていくことで、果樹全般は「接ぎ木」をすることで果物がしっかりと生育していくということがわかりました。
今回のリサーチでは、山口県内の6つの果物や接ぎ木についての歴史や知恵を探求しました。
これらの果物は長年にわたり人々の生活の糧となってきた産物であり、「接ぎ木」という技術が代々受け継がれ、将来の世代に向けた先祖や親の願いの象徴でもあります。
以下は上述の6つの果物について
・西暦1180年頃に平家の落人によって伝授された接ぎ木によって出来上がったがんね栗
・1704年に日本海を漂流して長門市大日比にたどり着いた果実から始まるナツダイダイ(夏み
かん)と幕末・明治期の萩市士族救済としての夏みかん産業の発展
・150年ほど前には既に存在し吉田松陰も食したであろうと推察される萩市の西条柿
・明治20年(1887年)に林幸太郎という百姓が植えたみかんの木を起源とし、山本萬之丞とい
う百姓による接ぎ木によって島全域に広がり、宮本常一の生家でも栽培していたという周防
大島のみかん
・明治37年(1904年)から始まる秋芳町のなし
・終戦に伴い韓国から山口へ帰国後に始め現在では西日本最大のりんご園となった徳佐りんご
今回展示している作品は、これら6つの果樹から枝(穂木)を譲っていただいて、長寿紅という品種の姫りんごの木(台木)に接ぎ木をし、栗、夏みかん、柿、みかん、なし、りんごを一本の木に実らせようと試みた象徴的な作品です。この1本の木からこれら6つの果樹に関する歴史、知恵、願いを感じ取っていただければ幸いです。
■ザ・テンポラリー・スペース 鈴木啓二朗 Keijiro SUZUKI
2004年名古屋市立大学人文社会学部国際文化学科を卒業後、2010年にアメリカ、テキサス州ヒューストン大学大学院彫刻科にて修士号を取得。人生観、視覚的修辞法、コミュニティー・プロジェクトなどを主題にインスタレーション作品やプロジェクトを国内外の展示会で実施。また、アメリカ、ドイツ、フランスなど、海外での滞在制作に複数参加。アーティスト活動の他に、アシスタント・キュレーターやレジデンス・プログラム・コーディネーターとしてアーティストの支援活動に従事。また、国内外のアーティストやアート団体とコラボレーションを主軸にした活動を進める団体として、the temporary spaceを設立し、その運営やプロジェクトの実施に携わる。
<協力>
きららオーガニック 寺川啓子さん(美祢市)、がんね栗 片山哲雄さん(岩国市)、夏みかん 西本ヒサエさん(長門市)、西条柿 烏田農園(萩市)、掘永農園 堀永淑子さん(美祢市)、りんご 友清りんご園(山口市徳佐)、みかん 柑きつ振興センター 兼常康彦さん(周防大島町)、周防大島文化交流センター 山根一史さん(周防大島町)、岡部園芸(山口市)、 錦湯
フィールドオブドリームス、ステイトメント
原井輝明「Wind of The Pluto」
ボブ・ディランの「Blowing' In The Wind」は多くのアーティストに影響を与えている曲である。その詩は「人はどれだけの道を歩けばヒトとして認められるのだろう」「彼らはどれだけの爆弾を撃ち合えばもう止めようと気が付くのだろう」「彼らはいくつの耳を持ったら人々の悲鳴が聞こえるのだろう」「彼らはどれだけの人が死ねば死に過ぎたと気がつくのだろう」「答えは風に吹かれているのだと」と云う様な意味が歌われている。1963年に発表された曲は50年以上も経った今でも、社会はあまり変わっていないと思い知らされる。黒人の公民権運動やベトナム戦争がテロ事件や原発稼働に変わっただけのこと。いつの世も弱い者の声は届かないと云うことなのか。
作品「Wind of The Pluto」のプルートーとはローマ神話に出てくる“冥界を司る神”の名で、冥王星の語源にもなっている。プルトニウム(原子番号94)はここから由来しているらしい。ちなみに、天空神/ウラヌス(天王星)は、ウラン(原子番号92)。海の神/ネプチューン(海王星)は、ネプツニウム(原子番号93)であるとのこと。云うまでもなくいずれも放射能物質である。
核実験や核兵器の使用がどれだけ大気を汚染し、使用された場所以外の離れた土地にまで影響を及ぼしているのかわからないとされているのが現状で、因果関係を科学的に証明されなければ止めさせる理由にならないと云う核の危険軽視の野放し状態は、原発再稼働でも同じ作用が働いている。個人的には放射線障害で最も恐ろしいのは奇形である。命を縮めることは放射能であろうが病であろうが交通事故であっても、本人だけの問題であるが、奇形として子孫に継がれることは耐え難い。
奇形であっても、それが当たり前のように拡がるか、または、特別な体を持った人間が崇拝される様な社会になれば苦しむ必要はなくなるのかもしれないが、そのような成熟した社会になるには、プルトニウムの半減期に要する時間と同じくらい気が遠くなるような時間が必要かもしれない。