わたしは、霊長類の採食生態学と個体群生態学を両輪として、研究を進めてきました。生息地でサルたちが何頭生きられるのかという問いに答えるには、サルが森の中のどのような資源を食べ物として利用し、それをどれだけ消化吸収する能力を持ち、そしてその資源がいつ、どれだけ森林に存在するかについて、深い理解が必要です。その意味で、わたしの研究は、霊長類と、彼らの住処である森林のかかわりについての研究だと言えます。
主な調査対象は、屋久島のニホンザルと、ボルネオ島の霊長類ですが、ほかのアジア・アフリカ諸国でも研究を行っています。
動物の数を決める要因は何なのか?これは、動物生態学でもっとも基本的な問いです。わたしは、標高によってさまざまな環境が存在する屋久島という環境を利用して、ニホンザルの密度に食物環境が与える影響を調べてきました。さらにこれをニホンザル全体の比較、全世界の霊長類群集の比較に発展させ、「食物の季節性は霊長類の数にどのように影響するか」という、一般的な問題に取り組みました。
屋久島での個体数調査は、瀬切川上流域に長期調査地を定めて継続して行い、現在は森林の移り変わりと、サルやシカなどの動物の数の変動を総合的に理解することを目指しています。
屋久島は、標高によって大きく異なる環境がすぐ近くに存在しているという、動物が生息環境から受ける影響を明らかにするには最適な場所です。博士課程で、「ヤクザル調査隊」の成果の上に立って、屋久島上部域で、ニホンザルの行動観察に基づく本格的な調査を2年間行いました。 このときの調査が基礎となって、食性、活動時間配分、食物選択、ナトリウムの確保、遊動、社会関係、攻撃的交渉、行動的体温調節など、幅広いテーマについて研究を進め、ニホンザルが環境の季節変動や地域差に対し、どのように適応しているのかについて研究しました。
霊長類は果実、葉、花、樹皮、昆虫、キノコなどのさまざまな種類の食物を食べることで、彼らの周りに住む生き物にさまざまな影響を与えています。種子散布のように多くの研究がされている研究分野がある一方で、果実食以外の採食行動が与える影響については、まだほとんど分かっていません。霊長類の生態系での役割を、さまざまな方面から解明していきたいと考えています。
わたし自身は、果実消費/種子散布系と葉の採食において、霊長類の役割の量的な側面について研究を進めてきました。霊長類などの哺乳類の遺伝子試料を集めてくれる存在として、ヒルやハエに着目した研究も進めています。
屋久島のニホンザル研究を通じて明らかになったことを広く霊長類全体の中で考えてみると、ニホンザルが温帯という霊長類にとって辺縁の生息地に暮らす種であることがわかります。本来熱帯で暮らす霊長類が、温帯へ進出して行った過程でどのような生態学的な適応が必要だったかを明らかにするには、熱帯と温帯の比較、温帯の中での比較が必要です。屋久島の自身の資料と、文献調査をもとにして、霊長類の生息環境としての温帯の特徴を明らかにする一連の研究を行いました。
ボルネオ・スマトラ・マレー半島などの、東南アジア熱帯雨林には、一斉開花・結実という現象があります。1-5年の予測不可能な周期で、森林全体の樹木の多くが同調して開花し、その後結実します。その一方で、それ以外の時期の果実生産は、中南米やアフリカの熱帯に比べて低調だといわれています。
このような強い季節性に対して、果実食の動物はどのように反応しているのでしょうか?とくに、霊長類は果実生産の中心である林冠を利用できる、数少ない大型動物のひとつです。霊長類は、大型類人猿であるオランウータン、小型類人猿のテナガザル、マカク、リーフモンキーなど数種類が同所的に生息しており、彼らが一斉開花・結実のある独特な環境で、どのように資源を分割させながら共存しているのかを明らかにするのは、たいへん興味深い問題です。
わたしは、東南アジア熱帯雨林の霊長類群集の共存のメカニズムを明らかにするため、2006年から2008年までマレーシア領ボルネオ島・サバ州のダナムバレー森林保護区で調査を行いました。ダナムバレー森林保護区に、生息する5種の昼行性霊長類のうち、特にレッドリーフモンキーに着目し、結実の季節変化に対する、食性や遊動などの機能の変化を明らかにしました。また、5種すべてを対象にして、土地利用を25か月間調査し、時空間的なニッチ分割の実態を明らかにしました。
典型的なジェネラリストである霊長類は、さまざまな食物を食べます。それぞれの食物は異なる分布、物理、栄養特性を持っており、それに対して、どのように霊長類はどのように柔軟に対応しているのでしょうか。わたしも含め、多くの霊長類生態学者は、遊動や活動時間配分など、食物を探索する過程に見られる行動面での適応を主に研究してきました。
食物を口に入れて以降の、消化の過程で、着目しているのが腸内細菌の役割です。霊長類1個体は500-1000種程度の腸内細菌を持っていると考えられ、腸内細菌の遺伝子の総数は、宿主である霊長類のゲノムの遺伝子数の100倍にも達します。これらの遺伝子を、どのように霊長類が利用しているのかは、採食生態学の大きなフロンティアです。
大学院生たちと協力しながら、食性の季節変化と腸内細菌叢の変化、試験管内発酵実験による腸内細菌の発酵能力の評価、日本、中国、タイ、マレーシア、モロッコ、ウガンダ、ガボンのさまざまな霊長類の腸内細菌と、宿主との共進化についての研究を進めています。
屋久島でも、わたしたちがふだん調査している西部林道や瀬切の森から離れ、集落の近くでは、ニホンザルによる農作物の被害が発生しています。これらの地域でのニホンザルの分布調査を通じて、屋久島のニホンザルの管理についての提言を行っています。また、学部生時代には、観光客によって餌付けされた比叡山のニホンザルの管理についての研究を行いました。