登場人物
ゆり 女性
30代前半。
大人しくお淑やか。
宏人の婚約者だった。
浩司との出会いをきっかけに、前を向き始める。
皐月(さつき) 女性
30代前半。
ゆりの幼馴染。
仕事人間で責任感が強い。
親友のゆりと、後輩の浩司との恋愛を応援している。
浩司(こうじ) 男性
20代後半。
皐月の仕事先の後輩。
ゆりに一目惚れをし、隣で支えていきたいと願う。
ゆりの想いと、宏人の想いを皐月の次によく理解している。
桃香(ももか) 女性
20代後半。
浩司の幼馴染。既婚者。
子育てで大変な日々を送っている。
何かと気づくタイプで、姉御肌である。
道弘(みちひろ)男性
20代後半。
浩司の幼馴染。既婚者。
鈍感ではあるが、場を和ませるムードメーカー。
浩司の良き理解者。
宏人(ひろと) 男性
故人。ゆりの婚約者だった。
交通事故により、ゆりを庇い命を落とす。
毎日愛情表現をするくらい、ゆりを溺愛していた。
茜(あかね) 女性
道弘の妻。
※名前のみ登場
配役表
ゆり:
皐月:
浩司:
桃香:
道弘:
宏人:
浩司M
「世界に愛は必要ないのかもしれない。
それでも、人は愛を求めてしまう生き物だ。
愛で出来た穴は、愛でしか埋まらない。
そういう風に出来ている。
求めていなくても、求めてしまうのが、愛である」
-目覚ましが鳴る-
ゆり
「(起きる)んっ……」
-目覚ましを止める-
ゆり
「(欠伸)ぁ、もうこんな時間。早く朝ごはん食べて、待ち合わせ場所に行かないと」
-朝ごはんを作る-
ゆり
「今日は、トーストと目玉焼きとウィンナーかなぁ」
-回想-
宏人
「(大きな欠伸)」
ゆり
「おはよう、宏人」
宏人
「(眠そうに)おはよ、ゆり」
ゆり
「ふふっ、寝坊助さんだ」
宏人
「(後ろから抱き着く)ん、いい匂い」
ゆり
「後ろから抱き着くと危ないよ」
宏人
「ん、朝ごはん作ってくれてありがとう」
ゆり
「昨日残業で遅かったでしょ?朝ごはんは私が作ろうって思って早起きした」
宏人
「嬉しい。何作ってるの?」
ゆり
「ホテルの朝食風に、目玉焼きとウィンナー焼いてるよ。
トーストはもうちょっとで焼けると思う。後はサラダと、デザートにフルーツヨーグルト!」
宏人
「……目玉焼きとウィンナーってさ、水ちょっと入れて焼いてる?そのまま焼くと焦げるよ?」
ゆり
「え!?」
-フライパンの蓋を開けると、所々焦げ始めてる-
宏人
「ははっ、これはこれでパリパリで美味しそうだね」
ゆり
「ごめんね、宏人」
宏人
「作ってくれてるだけで嬉しいよ。残り、一緒に作ろうか」
-回想終了-
-フライパンの蓋を開けると、綺麗な目玉焼きとウィンナーが出来ている-
ゆり
「……綺麗に、作れるようになったよ」
ゆりM
「あの日以来、宏人の夢を見て起きることは少なくなった。
それでも、日常に溶け込んでしまった宏人との会話は中々消えず、今でもこうして思い出してしまう。
携帯の通知欄を見れば、皐月と浩司さんから連絡が入っていた。
今日は、二人とお出かけをする日。あの日の約束が叶う日」
皐月
「ぁ、来た来た。ゆりー!こっちー!」
ゆり
「ごめんね皐月。ちょっと遅れちゃった」
皐月
「大丈夫だよ。何事もなくこれて良かった」
浩司
「おはようございます、ゆりさん。今日のお洋服も素敵ですね」
ゆり
「ありがとうございます、浩司さん」
皐月
「今日行くところ、あそこの水族館でいいんだよね?」
ゆり
「うん」
皐月
「了解。じゃあゆっくり行こうか」
浩司
「足元、気を付けてくださいね。疲れたら言ってください」
ゆり
「はい。ありがとうございます」
ゆりM
「あの日から、変わらず接してくれる浩司さん。
本当に私の答えを急かすことなく、私のペースに合わせてくれている。
この行為に、甘えてしまっている。前に進むと決めたのに、進めない。
このままじゃいけないと分かっているのに……。
浩司さんは待つと言ってくれたけど、いつまでも待っててくれる訳じゃない。
その思いと焦りが、私自身を追い詰めていた」
-水族館-
皐月
「水族館なんて久しぶりに来たよ」
浩司
「皐月先輩もこういうところ来るんですね」
皐月
「なんだとー?浩司。もう一回言ってみろ」
浩司
「す、すいません」
ゆり
「ふふっ」
浩司
「仕事モードを出すのは卑怯ですよ先輩」
皐月
「出てしまうんだから仕方ないだろ」
浩司
「ゆりさんの前ではやめてください」
皐月
「(軽く笑う)分かったよ」
ゆり
「休みの日は、お仕事モード忘れて楽しもうよ」
皐月
「そうだね。ゆっくり羽を伸ばすよ」
ゆり
「うん。そうして?」
浩司
「ぁ、クラゲコーナー着きましたよ」
-クラゲの水槽前-
皐月
「ここでいいの?」
ゆり
「うん、ここ。宏人と写真を撮ったところ」
浩司
「(人に声を掛ける)すいません。
そこの水槽前で写真を撮りたいんですが、撮影ボタン押してもらっていいですか?
……ありがとうございます。皐月先輩、ゆりさん。この方が写真を撮ってくれるそうなので、並びましょう」
ゆり
「はい」
皐月
「ゆりは、私と浩司の真ん中」
浩司
「ゆりさん、笑ってください」
ゆり
「は、はい」
-シャッター音-
浩司
「(携帯を受け取り写真を確認する)ありがとうございました」
皐月
「ありがとうございます」
ゆり
「ありがとうございました」
浩司
「(二人に写真を見せる)こんな感じです。どうですか?」
ゆり
「綺麗」
皐月
「いいじゃん。ゆりもいい笑顔してる」
ゆり
「そ、そうかな?」
皐月
「私が言うんだからいい笑顔してるのよ」
ゆり
「ありがとう」
浩司
「お二人に写真データ渡しますね」
-写真を送信する-
ゆり
「……ありがとうございます。浩司さん」
浩司
「いえ。あの時言ったこと、やっと叶えられました」
-回想-
浩司
「うわ、全面クラゲの水槽なんですね」
ゆり
「宏人と、ここで写真を撮ったんです。
実はここ、リニューアルがあったらしくて写真はリニューアル前なんですけどね」
浩司
「なら、また今度撮りに来ましょう。俺と二人でとは言いません。
皐月先輩も一緒にきて、三人で撮りましょう」
ゆり
「そうですね」
-回想終了-
ゆり
「約束、守ってくれて嬉しかったです」
浩司
「言ったことは守りますよ」
皐月
「さて、お土産コーナーでも行く?」
浩司
「いいですね」
ゆり
「ぁ、その前に、御手洗に行ってきていい?」
皐月
「いいよ。ここで待ってるから行ってきな」
ゆり
「ありがとう。行ってきます」
-御手洗に行くゆり-
浩司
「……」
皐月
「……で?あんたはこのままでいいの?」
浩司
「な、なんのことですか?」
皐月
「あの頃から、あんた達の関係何一つ変わってないじゃない」
浩司
「いいんです。俺、言ったじゃないですか。このままでいい。応えてもらおうとは思ってないって。
本当の言葉で通じなくてもいいんです。その覚悟で言ってますよ、俺」
皐月
「そうか。(小声)……ゆりは、そうは思ってないけどな」
-回想-
皐月
「(背伸びをし、息を吐く)明日の資料、これくらいでいいかな。先方も納得してくれるといいんだが……」
-電話が掛かってくる-
皐月
「もしもし、ゆり?どうしたの?」
ゆり
「今、大丈夫?」
皐月
「うん、大丈夫だよ?どうした?何かあった?」
ゆり
「ううん。そういうわけじゃないんだけど……」
皐月
「じゃあ、なに?」
ゆり
「……あの、浩司さんの、こと」
皐月
「浩司?あいつがどうかした?まさか、またなんかあいつやらかしたの!?」
ゆり
「ちがっ、そうじゃなくて……えっと、このままで、いいのかな?」
皐月
「どういうこと?」
ゆり
「……浩司さんを、待たせてる」
皐月
「あいつも言ってたでしょ?急いで答えを出さなくていいって。ゆりのペースに合わせるって」
ゆり
「そうなんだけど、そういうんじゃなくて……」
皐月
「……浩司のこと、(好き)になった?」
※()はゆりには聞こえなていないので言わないでください
ゆり
「え?ごめん、皐月。今なんて?」
皐月
「あぁ、えっと、そうだね。浩司、宏人と並んだ?」
ゆり
「宏人と?……ごめん。分かんない」
皐月
「そっか」
ゆり
「宏人と並んでるのかは分からないけど、浩司さんと話せなくなるのは、嫌かな」
皐月
「(嬉しそうに聞いている)うん、そっかそっかぁ。
ゆりの気持ちも、浩司の気持ちも、私には痛いくらいに分かるよ。
ずっと見てきたからね。でも、浩司も言ってた通り急がなくていいんだよ。
今のゆりの気持ちに答えを出そうと思わなくていい。きっと自然と、その気持ちに名前が付くはずだから」
ゆり
「……うん。分かった。ありがとう皐月」
皐月
「どういたしまして」
ゆり
「夜遅くにごめんね」
皐月
「いいんだよ。また何かあったら連絡して」
ゆり
「うん。おやすみなさい」
皐月
「おやすみなさい」
-電話を切る-
皐月
「……これは、ゆりも答えを出す日が近づいてきたかなぁ。嬉しいような、怖いような……」
-回想終了-
浩司
「先輩?今何か言いました?すいません。周りがうるさくて聞き取れませんでした」
皐月
「いや、何も言ってないよ」
浩司
「そうですか?」
ゆり
「(戻ってくる)すいません。お待たせしました」
浩司
「いえ、大丈夫ですよ」
皐月
「じゃあお土産買って帰ろうか」
ゆり
「うん」
浩司
「なに買いますか?」
ゆり
「そうですね。なに買いましょうか」
皐月
「せっかくなら、それぞれに贈り物って感じでお土産買わない?」
浩司
「いいですね」
ゆり
「私が、皐月と浩司さんに選ぶんだよね?」
皐月
「そうだよ。私がゆりと浩司に。浩司は、私とゆりに。中身は帰ってから開ける。どう?」
ゆり
「面白そう」
浩司
「変なお土産選ばないでくださいね。先輩」
皐月
「あんたにだけ選んでやろうかー?浩司ー?」
浩司
「す、すいません。それだけはやめてください」
ゆり
「ふふっ。それじゃあ、選んだら出口集合にしましょう」
浩司
「はい。楽しみにしててください」
-お土産を選び終わり、出口に集まる-
皐月
「お、買えた?」
ゆり
「うん」
浩司
「はい。皐月先輩早いですね」
皐月
「じゃあこれ。ゆりと浩司に」
ゆり
「ありがとう皐月。はい、浩司さん。それと、これは皐月に」
浩司
「ありがとうございます。俺からは、これです」
皐月
「ありがとう。なに選んでくれたのか楽しみだね」
ゆり
「うん。楽しみ」
浩司
「期待はしないでください。ほんと、女性が喜ぶ物分からないので。でも、無難な物を選んだとは思います」
皐月
「じゃ、帰ろうか。帰るまでは開けないこと!いいね?」
ゆりM
「楽しい時間はあっという間だった。
家に帰る頃にはすっかり陽が落ちていた。
浩司さんに家まで送ってもらって、一息ついた後にお土産を開ける。
皐月からはウミガメが描かれた栞。浩司さんからは、クラゲのクリスタル3Dストラップだった。
想い出が出来る度に思う。いつまで浩司さんは、傍にいてくれるんだろうって。
……ねぇ、宏人。私は、どうしたらいいのかな?本当の言葉も聞こえない私が、浩司さんの傍にいる資格はないんじゃないのかな?」
-翌日 夜-
-居酒屋-
桃香
「かんぱーい!」
道弘
「かんぱーい!」
桃香
「(飲む)ぷはぁ!あー、ひっさしぶりのお酒やばぁ」
浩司
「子育てお疲れ」
道弘
「今日は大丈夫なのか?」
桃香
「旦那が見てくれてるから大丈夫」
浩司
「そういえば、もう離乳食か?」
桃香
「そうそう。毎日大変だよ。食物アレルギーあったらどうしようとか、冷や冷やしながらあげてる」
道弘
「そりゃ大変だなぁ」
浩司
「道弘も結婚して暫く経つだろ?」
道弘
「(とても嬉しそうに)もう、毎日幸せ」
浩司
「幸せそうで何よりだよ」
桃香
「そういう浩司はどうなのよ」
浩司
「え?どうって……」
桃香
「進展ないの?」
浩司
「進展って言うか、昨日3人で出かけたかな」
道弘
「なんで3人?」
浩司
「俺と2人っきりは警戒するかなって思って、幼馴染の女の人呼んだ」
桃香
「幼馴染?私達みたいな?」
浩司
「うん。前に話したことあるだろ?俺が新入社員だった時に面倒見てくれた上司の人。
その人が、その、俺の好きな人の幼馴染なんだよ」
道弘
「いくら好きな人の幼馴染とはいえ、仕事場の上司とよく行けるな。お前の行動力には毎度驚かされるよ」
浩司
「オンとオフはしっかり分けてくれてる人だからな」
道弘
「その上司の人もだけど、俺達も浩司の好きな人と話してみたいよな?」
桃香
「分かる。あの浩司が、ここまでのめり込む人がどんな人かは気になる。
ね、浩司の好きな人紹介してよ。話してみたい」
浩司
「本人に聞いてみなきゃ分からないけど……一応聞いてみるけど断られたら諦めろよ」
桃香
「うんうん。それでいいから、お願い!一回聞いてみて!」
浩司
「分かったよ」
道弘
「いい返事期待してるぞ!」
浩司
「あんま期待すんなよ」
桃香
「今日は飲むぞー!付き合えー!」
道弘
「よっしゃー!」
浩司
「おい、話聞け」
桃香
「浩司も付き合えー!」
浩司
「明日も仕事なんだよ!」
-翌日 仕事場の休憩室にて-
-缶コーヒーを開ける音-
浩司
「あ゛ー、頭いてぇ」
皐月
「なんだ、飲みすぎか?」
浩司
「さ、皐月先輩。すいません、ちょっと昨日付き合わされまして」
皐月
「ハメ外すのはいいけど、程々にしなよ」
浩司
「はい。皐月先輩も休憩ですか?」
皐月
「そうだね」
-飲み物を買う-
浩司
「あの、一つ皐月先輩に聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
皐月
「ん?(飲み物を開け飲む)なに?」
浩司
「俺の幼馴染に、ゆりさんを会わせていいですか?」
皐月
「幼馴染?」
浩司
「はい。ゆりさんに、会ってみたいって」
皐月
「……いいんじゃない?最近のゆりは安定してるし、私と浩司以外の人と喋る機会も必要だしね」
浩司
「ありがとうございます」
皐月
「ゆりには自分で伝える?私から言ってもいいけど、どうする?」
浩司
「自分の幼馴染のことなので、自分から伝えます」
皐月
「分かった」
浩司
「その時は、皐月先輩も来ますか?」
皐月
「んー……いや、遠慮しとくよ。いつまでも一緒にいるのはゆりの為にならないし、浩司の幼馴染にも悪いからね」
浩司
「皐月先輩とも話してみたいって言ってましたよ」
皐月
「私と?」
浩司
「新人の頃、とてもお世話になった人だって、よく話してたので」
皐月
「そうか。それは嬉しいな。でも、気持ちだけ受け取っておくよ。また別の機会にお話ししたいって伝えておいてくれ」
浩司
「分かりました。伝えておきます」
皐月
「(飲み終わり)それじゃあ私は仕事に戻るから。ぁ、休憩終わったらでいいから部長のところに行ってくれ」
浩司
「ぁ、はい。分かりました」
-仕事終わり-
浩司
「やっと終わった。仕事量鬼すぎるだろ。
……ゆりさん、まだ起きてるかな。電話して出なかったら、メッセージ入れておくか」
-ゆりに電話をかける-
ゆり
「もしもし?」
浩司
「ぁ、もしもし。ゆりさん?突然電話してすいません。今、大丈夫ですか?」
ゆり
「はい、大丈夫ですよ。どうしました?」
浩司
「実は、俺の幼馴染がゆりさんと話してみたいって言ってるんですが、俺の一存では決められないので確認の電話をさせていただきました」
ゆり
「浩司さんの、幼馴染ですか?」
浩司
「はい。勝手にゆりさんのお話をして申し訳ないとは思ってるんですが、ぐいぐい来る幼馴染なので……ゆりさんが嫌なら、無理に会わせようとは思いません」
ゆり
「……私で良ければ、いいですよ?」
浩司
「い、いいんですか?」
ゆり
「はい」
浩司
「皐月先輩にも、来ていただきますか?
先に皐月先輩にはお伝えしたんですが、付き添いには来ないってお返事でした。
ゆりさんが嫌なら、もう一度皐月先輩に連絡しますが……」
ゆり
「大丈夫ですよ。皐月が来なくても、一人で大丈夫です」
浩司
「そ、そうですか?」
ゆり
「はい。それに、もし過呼吸が起きても、浩司さんが傍にいてくれるでしょう?」
浩司
「はい」
ゆり
「だから、大丈夫です」
浩司
「分かりました。会う日が決まったら、また連絡しますね」
ゆり
「はい。よろしくお願いします」
浩司
「いきなり電話してすいませんでした。おやすみなさい、ゆりさん」
ゆり
「おやすみなさい、浩司さん。ぁ、今外ですよね?お仕事お疲れ様です。気を付けて帰って下さいね。それじゃあ」
-電話を切る-
浩司
「……あー、ほんと、好きすぎる」
浩司M
「まさか、皐月先輩の付き添いを断るとは思わなかった。
きっとそれだけ、ゆりさんが前に進めている証拠なのかもしれない。
だから期待してしまう。俺の言葉が届くんじゃないか。聞こえるんじゃないかって。
急がなくていい、応えなくていいって言ったのは俺の方なのに、来るはずもない未来を願ってしまう。求めてしまう。
溢れすぎないように、求めすぎないように抑えるので精一杯だ。
ゆりさんを悲しませたくない。宏人さんを裏切りたくない。皐月先輩に幻滅してほしくない。
この願いは本心なのに、いつの日か届いてほしいと、切に願ってしまう。
これが、人間なのかもしれない。俺も、過去の男達と同じで、醜い感情を抱えているのかもしれない」
-数日後-
-街中を歩く浩司とゆり-
浩司
「すいません、ゆりさん。俺の幼馴染の我儘を聞いてもらって」
ゆり
「いえ。浩司さんにも、私と皐月みたいな関係の人がいるんだなって、少し嬉しくなりました。
それに、幼馴染の方がお二人もいるなんて、ビックリです」
浩司
「そうですかね?あいつらはただ俺を弄りたいだけだと思いますけど。
ぁ、ゆりさんと話したいって言うのは本当ですよ」
ゆり
「どんな人なんですか?」
浩司
「そうですね。道弘は何かと世話焼きですね。飲みの誘いをよくしてきます。
桃香は皐月先輩みたいな人ですね。男勝りと言いますか、観察力がある人です」
ゆり
「皐月みたいな……。
浩司さん、前に皐月のことを尊敬してるって言ってましたよね?」
浩司
「はい。言いました」
ゆり
「その、桃香さんのことも、尊敬してるんですか?」
浩司
「尊敬……いや、どうなんだろう」
ゆり
「桃香さんのこと、どう思ってるんですか?」
浩司
「んー、口煩い幼馴染としか思っていないですね」
ゆり
「そういう意味じゃなくて、えっと……」
浩司
「(察する)ぁ、桃香は既婚者ですよ。子供もいます」
ゆり
「(ほっとする)そうなんですか」
浩司
「はい」
ゆりM
「浩司さんの話を聞きながら、私は胸の痛みを不思議に思っていた。
なんで会ったこともない桃香さんのことが、あんなに気になったんだろう。
どうして既婚者だって聞いて、ほっとしたんだろう。
なんとも言えない胸の痛みとモヤモヤした感覚に、私は戸惑っていた」
浩司
「因みに、道弘も既婚者です。数年前に結婚しましたよ」
ゆり
「そうなんですね」
浩司
「俺だけ除け者です」
ゆり
「そんなこと言わないでください」
浩司
「そうですね。ぁ、そろそろ待ち合わせの場所に着きますよ」
ゆり
「あ、皐月に連絡しておかないと……」
浩司
「ゆっくりでいいですよ」
ゆり
「ありがとうございます」
-鞄から携帯を取り出し、皐月に連絡を入れる-
浩司
「そのストラップ……」
ゆり
「え?ぁ、はい。浩司さんから頂いたストラップです。鞄に付けてみたんですが、変ですか?」
浩司
「いえ、そういう意味じゃなくて……いや、ビックリしたな。実は、皐月先輩からの俺へのお土産、ゆりさんへあげたものと同じなんです」
-鞄から同じストラップを見せる-
ゆり
「同じ、ですね」
浩司
「そうですね。因みに俺から皐月先輩へは、イルカのぬいぐるみをあげました。ゆりさんは何を貰いましたか?」
ゆり
「栞です」
浩司
「栞ですか。いいですね。ぁ、ゆりさんから頂いたペン、仕事場で大事に使ってます」
ゆり
「本当ですか?嬉しい。皐月には手帳をあげたんです」
浩司
「昨日仕事場で見ましたよ。皐月先輩、嬉しそうでした」
ゆり
「良かったぁ」
浩司
「皐月先輩に連絡入れられました?」
ゆり
「はい。楽しんでおいでって」
浩司
「そうですね。楽しみましょうか」
-待ち合わせ場所近く-
-横断歩道の向こう側に桃香と道弘がいる-
桃香
「ぁ、おーい!浩司ー!」
道弘
「こっちだこっちー!」
浩司
「あそこでバカでかい声で叫んでるのが道弘で、隣でぴょんぴょん飛び跳ねて手を振ってるのが桃香です」
ゆり
「元気な人達ですね」
浩司
「元気すぎるくらいですよ。行きましょう、ゆりさん」
ゆり
「はい」
浩司
「(嬉しそうに微笑むが、表情が一変)ゆりさん!危ない!」
ゆり
「ぇ……」
-クラクションの音-
-ゆりを庇い、倒れこむ-
浩司
「いっ……あっぶねぇ」
桃香
「浩司!」
道弘
「二人とも大丈夫か!?」
-桃香と道弘が駆け寄ってくる-
-逃げ去る車-
道弘
「うっそだろ。あの野郎、逃げやがった!」
桃香
「道弘!警察と救急車呼んで!」
道弘
「お、おう。(電話する)もしもし警察ですか?信号無視のひき逃げです。車のナンバーは……」
浩司
「ゆりさん、大丈夫ですか?」
ゆり
「(顔面蒼白で過呼吸を起こしている)は、はっ……」
浩司
「ゆりさん!」
-回想-
宏人
「(嬉しそうに微笑むが、表情が一変)ゆり!危ない!」
ゆり
「え?」
-ガシャンと大きな音がする-
-悲鳴とパトカー、救急車の音が響き渡る-
ゆり
「ひ、ろと……」
宏人
「ゆ、り……大、丈夫?」
ゆり
「宏人、宏人……痛い、痛いよぉ」
宏人
「大丈夫。大丈夫、だから……すぐに、助けが、くるから。泣かない、で……」
ゆり
「ひろ、と……宏人、は?」
宏人
「(微笑む)だいじょう、ぶ……俺は大丈夫、だから……だから、ほら……」
-徐々に浩司の声が聞こえる-
浩司
「……りさん」
宏人
「……笑って」
-回想終了-
浩司
「ゆりさん!!」
ゆり
「(はっとして宏人の名前を呼びかける)ひ、ろ……浩司さん」
浩司
「大丈夫ですか?怪我してませんか?」
ゆり
「浩司、さん。浩司さん」
浩司
「はい、なんですか?」
ゆり
「(浩司と宏人がごちゃごちゃになる)浩司さん。ひ、ろと。宏人。血が……怪我、怪我して……」
浩司
「(ゆりの肩を掴み)ゆりさん!!」
ゆり
「ッ……」
浩司
「血なんて、出てませんよ。怪我もしてないです。ちゃんと生きてますよ。
手、貸してください。(自分の胸にゆりの手を当てる)ほら、分かりますか?ちゃんと心臓、動いてますよ」
ゆりM
「浩司さんの手に誘導されて触れた場所からは、確かに生きてる鼓動がした。
ドクン、ドクンと私の手を伝って"生きてるよ"って伝えてくれる。
私の隣を歩いてくれてた浩司さんは、今ちゃんと目の前にいて、生きている。
その事実だけが、私を例えようのない感情にした」
ゆり
「……生き、て……る」
浩司
「はい。ちゃんと生きてます」
ゆり
「(ボロボロと泣き出す)ッ、う、ひ、うぅ」
浩司
「ゆ、ゆりさん?」
ゆり
「(泣きながら)浩司さんが、いなくなってしまうかと、思いました。また、私の隣を歩いていた人を、失ってしまうかと。
宏人みたいに、いなくなっちゃうんじゃないかって。私だけまた守られて、助かって、のうのうと生きてしまうんじゃないかって!
浩司さんは、優しいから、私のことも責めないで、待っていてくれるから!宏人と同じくらい"好きな人"だから!失いたくないの!」
浩司
「……え」
ゆり
「浩司さんが、死んじゃうかと思ったぁ!うわああああああ!」
浩司
「ッ……大丈夫。大丈夫ですから。ゆりさんを置いて、逝きませんよ」
浩司M
「俺はただ、泣きじゃくるゆりさんを抱きしめることしか出来なかった。
道弘が呼んでくれた警察と救急車が到着してからは、大変だった。
警察の事情聴取を受けて、救急車の中で手当てを受けた。
検査入院をする程の怪我ではなかったけど、手首を捻挫していたらしい。
自分を庇ったせいだと、ゆりさんをまた泣かせてしまった。
念の為皐月先輩を呼んだが、怒られたのは言うまでもない。
ただ、俺の中で、ずっとゆりさんの言葉が気になっていた。
"宏人さんと同じくらい、好きな人だから"という言葉が……」
-カフェにいる5人-
道弘
「ははは、いやぁ、にしても。災難だったなぁ」
桃香
「笑いごとじゃないでしょ。ほんと、手首の捻挫だけで良かったよ」
浩司
「念の為、明日検査に行くように言われたけどな。まぁ、日常生活は出来るから大丈夫だよ」
皐月
「今日はゆりだけって話だったのに、すいません私まで」
道弘
「いえいえ、いいんですよ!あなたのことは新人の頃からお世話になったと聞いてますから」
皐月
「そうですか。ぁ、挨拶が送れて申し訳ありません。皐月と申します。
聞いているということはご存じかもしれませんが、浩司の上司を努めさせていただいております。
ゆりとは幼馴染で、連絡を受けた時は心臓が止まるかと思いました」
道弘
「ご丁寧に自己紹介ありがとうございます。俺は道弘って言います。浩司の幼馴染です」
桃香
「同じく、幼馴染の桃香です。そして、あなたが浩司の好きな人ね?」
ゆり
「……え?ぁ、ゆりと申します」
桃香
「聞いてた通り、可愛くて優しい人」
道弘
「浩司には勿体ねぇなぁ」
浩司
「(苦笑)どういう意味だよ」
道弘
「そのまんまの意味だ」
桃香
「ゆりさん。浩司のことお願いね」
ゆり
「え?」
道弘
「こいつ、恋愛に対してトラウマあってさ。でも、ゆりさんみたいな女性なら大丈夫だな」
ゆり
「私は、そんな人間じゃ……」
浩司
「ゆりさんは、それくらい素敵な女性ってことです。恋愛のトラウマすら消してしまうほど、俺にとっては大事な人なんですよ」
ゆり
「(照れる)ッ、ありがとうございます」
皐月
「(何かを察する)ゆり、言葉……」
ゆり
「え?」
皐月
「ううん、なんでもない」
道弘
「ん?言葉がどうした?」
浩司
「あんまりゆりさんに突っかかるなよ道弘」
道弘
「おーおー、こえーこえー」
桃香
「ゆりさんのこと本気で好きなんだねぇ」
浩司
「うるせぇ」
桃香
「私の旦那、そんな真っ赤にならないから新鮮だわ」
道弘
「桃香の旦那は慣れすぎてんだよ」
桃香
「海外の人だからねぇ。愛情表現に関しては異常よ。ほんと毎日毎日、飽きずによく言うわよ」
道弘
「こいつ言葉うまいんで、ゆりさん気を付けてください」
浩司
「おい、ゆりさんに変なこと言うなよ」
ゆり
「そんなことないです。浩司さんの言葉のうまさに助けられてますよ」
浩司
「ゆりさん」
道弘
「そかそか。改めて、浩司のことよろしくお願いします」
浩司
「その言葉は場違いだろ」
道弘
「あー、そうだったな。二人を見てたら付き合ってる雰囲気にしか見えなかったから勘違いしたわ」
桃香
「ごめんなさいね、ゆりさん。不快な思いさせちゃったかしら?」
ゆり
「い、いえ。大丈夫です。お気になさらないでください」
桃香
「ありがとう。挨拶も出来たことだし、今日はもう解散しましょうか」
道弘
「そうだな。ゆっくりした挨拶はまた別日にしようぜ。二人も、今日は事情聴取とかで疲れただろうしな。
ここの会計俺が持つから、みんなは外で待っててくれ」
桃香
「それじゃあお言葉に甘えましょうか」
-外に出て待っている-
浩司
「ゆりさん、寒くないですか?」
ゆり
「大丈夫です」
桃香
「ゆりさん」
ゆり
「?はい。なんですか?」
桃香
「浩司の言葉、ちゃんと聞こえない部分もあるかと思うけど、それでもこいつ、口に出した言葉には責任を持つ男だから」
ゆり
「え」
皐月
「どうして、そのこと……」
桃香
「浩司から相談されてたんです」
浩司
「ばっ……」
桃香
「最初は"愛の言葉が聞こえない"なんてどういう意味なんだろうって思ってました。
でも、ゆりさんを見てて思ったんです。馬鹿正直で素直な人間が、ストレートに言えばいい言葉を、慎重に遠回りな言葉を選んで話してる。
その理由はなんだろうって考えた時に、その相談と繋がった」
ゆり
「……私は」
桃香
「いつか、浩司の言葉、聞こえるといいね」
ゆり
「……はい」
桃香
「あぁ、あのバカは気づいてないから安心して。私も言うつもりないし」
ゆり
「ありがとうございます」
道弘
「会計終わったぞー」
桃香
「道弘ー!このまま飲み行くぞー!付き合えー!」
道弘
「は!?今から!?ちょっ、茜に電話するから待っ!」
桃香
「いいからいいからー!」
道弘
「ぁ、浩司!また連絡するな!皐月さんとゆりさんも、またー!
いてて、引っ張んなって桃香!」
桃香
「じゃあねー!」
-嵐のように去っていく-
皐月
「あんたの幼馴染、クセ強いな」
浩司
「あはは、よく言われます。
……すいませんでした。名前を隠してたとはいえ、相談してて」
皐月
「いや、いい。誰かに相談したくなるのも分からなくはないからな。……私達も帰ろうか」
浩司M
「台風のような1日は、あっという間に去っていった。
皐月先輩と別れ、ゆりさんを送っている間、なんて声を掛けていいか分からず、お互いにだんまりを決め込んでいた。
その静けさを破ったのは、ゆりさんが俺の名前を呼ぶ声だった」
ゆり
「浩司さん」
浩司
「はい。なんですか?」
ゆり
「……あの、私のこと、どう思ってますか?」
浩司
「え?そうですね。皐月先輩と同じように、支えていきたいって思ってますよ。
優しくて明るくて綺麗な人です」
ゆり
「そうじゃ、なくて……それも、嬉しいんですが。
もっと、こう、直球な言葉で……私のこと、どう思ってますか?」
浩司
「……好き、です」
ゆり
「……」
浩司
「ゆりさんのこと、好きですよ。一人の女性として、大好きです」
ゆり
「(泣きだす)ッ、なんで……聞こえっ……聞こえ、ます」
浩司
「……」
ゆり
「浩司さんの、言葉、ちゃんと、聞こえますっ」
浩司
「(嬉しそうに)やっぱり」
ゆり
「え」
浩司
「あの時、パニックになってたから気づいてなかったかもしれませんが、俺が事故に遭った時、ゆりさん俺のこと好きって言ってくれたんですよ」
ゆり
「気づき、ませんでした」
浩司
「そうでしょうね。あれはもう勢いというか、無意識に口から出てた言葉だと思うので、俺もはっきりとした確信が得られませんでした。
でも、道弘と桃香が話してる時、俺がゆりさんに好意を持ってる言葉を、あの二人が使ってても、ゆりさんは一切聞こえない素振りをしなかった。
そこで確信しました。再び強い精神的ストレスを受けたきっかけで、戻ったんじゃないかって。
トラウマをもう一度経験させてしまったのは、申し訳ないですけど。
偶然起きた事故とはいえ、少しはゆりさんの中で変わるきっかけになったんじゃないかって思います」
ゆり
「私っ……」
浩司
「宏人さんのこともあります。言葉が聞こえたとしても、自分への返事を急がせたい訳じゃありません。
さ、夜も遅いですし、帰りましょう。ゆりさん」
ゆり
「待って」
浩司
「ゆりさん?」
ゆり
「わ、私……」
浩司
「……急がなくて、いいんですよ。ゆりさんのペースでいいんです」
ゆり
「(浩司の言葉を遮って)浩司さんが事故に遭った時、本当に怖かったです」
浩司
「……」
ゆり
「私と宏人を受け入れてくれた浩司さんを、失うかと思いました。
宏人と同じように、失ってしまうかもしれないと思うと、心が壊れそうでした。
浩司さんの優しさに溺れて、宏人との想い出に縋って、甘えて、待たせて……浩司さんを苦しめてるんじゃないかって!」
浩司
「そんなことはないです」
ゆり
「だから、ちゃんとけじめをつけさせてください。
宏人を忘れる為じゃない。私と浩司さんが前に進む為に。
……(深呼吸)長い間、お待たせしてしまってごめんなさい。
私、浩司さんが好きです。好きになってしまいました。
遅くなりましたが、私と正式に、お付き合いをしてください」
浩司
「(言葉が出ずに固まる)」
ゆり
「宏人との想い出を、抱えていくと言ってくれた浩司さんが、好きです。
宏人の想いを、私の宏人への想いを否定せずにいてくれた浩司さんが、好きです」
浩司
「(驚きすぎて言葉に詰まる)待っ」
ゆり
「私は、浩司さんが好きです」
浩司
「っ……ぇ、夢じゃない?」
ゆり
「夢じゃないです」
浩司
「……嬉しい。触れて、いいですか?」
ゆり
「はい」
浩司
「(抱きしめる)……好きです。ゆりさんのことが。あのカフェで、初めて会った時から……」
-回想-
浩司
「あれ、先輩?」
皐月
「え?」
-振り返ると男性が一人立っている-
皐月
「あんた、なんでここに?」
浩司
「打ち合わせをここのカフェでやっていたんです。って言うかすいません。オフの日に話しかけてしまって」
皐月
「いや、いいよいいよ」
-店員が飲み物を持ってくる-
皐月
「あ、ありがとうございます。カフェラテはあっちで……はい、分かりました。ありがとうございます」
ゆり
「皐月、この方は?」
皐月
「あぁ、仕事先の後輩」
ゆり
「こんにちは」
浩司
「ぁ、は、はい!こんにちは」
ゆり
「ゆりです。いつも皐月がお世話になってます」
浩司
「ぁ、こ、浩司と申します!いえ、いつも先輩にお世話になっております」
-回想終了-
浩司
「宏人さんのことを、想い続けているゆりさんのことが、好きです」
-回想-
浩司
「……宏人さん、でしたよね。お名前。どんな方だったんですか?」
ゆり
「え……」
浩司
「ちゃんと、ゆりさんの心にいる方のことも知っておかないとと思いまして……」
ゆり
「……宏人のことを聞いてきてくれたのは、浩司さんが初めてです」
浩司
「……」
ゆり
「みんな、私に気持ちが届かないと知ると掌を返すようになりましたから」
浩司
「俺はっ、そんな奴らとは違います。ゆりさんはそのまま、宏人さんのことを想ってていいんですよ」
ゆり
「……ありがとうございます。
……宏人は、かっこいいんです。なんでも出来て、欠点なんかない人で、毎日朝と夜に愛の言葉を囁くんです」
浩司
「すごいですね」
ゆり
「皐月だけには欠点を話したみたいなんですけど、恥ずかしがって答えてくれなかったんです。
だから未だに宏人の欠点は知りません。私の中で、宏人はずっと欠点がない人なんです」
-回想終了-
浩司
「……本当に、俺でいいんですか?諦めの悪い男ですよ?」
ゆり
「(泣き笑い)浩司さんしかいません。あり得ません。その諦めの悪いところに、救われました」
浩司
「ゆりさん。好きです。大好きです。愛しています。
宏人さんの分まで、生きます。幸せにします。俺と、付き合ってください」
ゆり
「はい。こんな私ですが、よろしくお願いします」
浩司M
「この日、彼女の世界に、愛が戻った。
長かった空っぽの日々も、終わりを告げる。
愛なんて、消えたところで困らないのかもしれない。
けれど、心が満たされないまま生き続けるのは、辛いことだ。
愛で出来た穴は、愛で埋めるしかない。
この日、空っぽだった二人の世界が、愛で満たされた」
-数年後-
-結婚式場の鐘が鳴る-
道弘
「まさか本当に結婚まで行くとは思わなかったよなぁ」
桃香
「こら。祝いの席なんだから、そういう言葉は慎みなさい。
でも、ゆりちゃんに浩司を託して良かったわね」
道弘
「そうだなぁ。お似合いだったしなぁ。あの二人。お、そろそろ花嫁の入場だぞ」
-拍手が式場に響き渡る-
-式場のドアが開き、花嫁が一人で姿を現す-
桃香
「え?」
道弘
「お父さんと歩くんじゃないのか?」
皐月
「あの二人は、あれでいいの」
桃香
「皐月ちゃん?どういう意味?」
皐月
「……ゆりを託すのは、お父様の仕事じゃないから」
道弘
「おい、桃香?なんか、ゆりちゃんの隣に、誰かいないか?」
桃香
「え?……ほんとだ。誰か、いる?ぇ、でも、誰?」
-回想-
ゆり
「あの、浩司さん。結婚式の、入場のことなんですけど……」
浩司
「何か気になることでもありましたか?」
ゆり
「……入場の時、宏人と、歩きたいんです。ダメ、ですか?」
浩司
「宏人さんと?俺は、それでも構いませんけど……ご両親は、なんて?」
ゆり
「許可は、貰ってます。ただ、浩司さんが、嫌じゃないかなって……」
浩司
「嫌じゃありませんよ。寧ろ、宏人さんからゆりさんを託された感じがして、嬉しいですね。
それに、親御さんからは結婚の挨拶の時に託されましたので……宏人さんと、歩いてきてください」
ゆり
「……はい。ありがとうございます」
-回想終了-
皐月M
「宏人と歩きたい。それは、長年ゆりが願っていたこと。叶えたかったこと。
私の目には、確かに二人が歩いていた。
綺麗に着飾ったゆりを、嬉しそうに見つめ、ゆりと腕を組んで歩く宏人の姿が……。
それは、他の参列者にも不思議と見えていたんだろう。
けれど誰も止めようとせず、何も言わず、ただ見守ってくれていた」
-前方で待っている浩司を見つめながら、誰にも聞こえないように呟きながらゆっくり歩いていく-
ゆり
「……私、ちゃんと歩けてるかな?」
宏人
「歩けてるよ」
ゆり
「……私、前を向けたかな?」
宏人
「うん。頑張った」
ゆり
「……」
宏人
「……綺麗だよ。ゆり」
ゆり
「(泣き始める)っ……」
-浩司の前に立つ-
浩司
「……ゆりさん」
ゆり
「……浩司、さん」
宏人
「浩司くん。ゆりのこと、お願いね」
浩司
「……はい。宏人さん」
宏人
「(ゆりと組んでいた手を名残惜しそうに離す)……ゆり。
(何かを言いかけるが思い留まり、微笑む)……行ってらっしゃい」
ゆり
「(振り返らず、泣きながら浩司だけを見つめる)……行ってきます。宏人」
宏人
「……うん。結婚おめでとう、ゆり。浩司くんと、幸せにね」
※ここだけは泣いて言っても構いません。
ゆり
「……ッ、うっ、あぁあああああああ」
浩司M
「俺達の結婚式は、普通とは違った。
お父さんが花嫁と歩かない。参列者の全員が、花嫁と歩く男性を見た。新婦が大泣きする。
何もかもが不自然な式だった。それでもみんな、何も言わず、何も言えずに、見守ってくれていた。
でも、俺は確かに託された。確かに会話をした。きっとあれは夢でもなんでもない、現実なんだ」
皐月
「まさか、宏人との婚約指輪を、自分達の結婚指輪にするとはね」
浩司
「俺は、二番目には変わりませんから」
皐月
「そういうとこ、あんたのイイ所よねぇ」
浩司
「それに、大元のデザインは変えずに、今の俺達に合うように細かいデザインを付け足しただけですよ。
……確かに、世間的に見たらおかしいかもしれません。
けど、他の人からしたらただの結婚指輪にしか見えません。重い過去があるって事実も、知りません。
俺と、ゆりさんと、皐月先輩だけが、真実を知っていたらそれでいいんです」
皐月
「……そうだね。あーあ、それにしても、これで私の役目も終わりか」
浩司
「なに言ってるんですか。皐月先輩には、ゆりさんの傍にいてほしいです」
皐月
「ゆりの隣には、もうあんたがいるでしょう」
浩司
「皐月先輩の立場を奪う為に、ゆりさんと結婚した訳じゃありません。
これからも、ゆりさんの親友として、幼馴染として、自分の上司として、傍にいてほしいです」
皐月
「……」
浩司
「まだまだ不甲斐ない自分を、叱ってください」
皐月
「……私は随分、言うようになった後輩を育てたなぁ。なら、一つだけ言わせてもらおうかな」
浩司
「な、なんですか?」
皐月
「それだ。それ」
浩司
「それ?」
皐月
「敬語。何年ゆりと付き合ってるの。もうそろそろ、外してもいんじゃない?」
浩司
「でも……」
皐月
「ヘタレか。ゆりも、きっと外してほしいと思ってるよ」
浩司
「そうでしょうか」
皐月
「ま、それはお互い様か……未だにお互い"さん付け"なのは、初々しすぎると思うけど」
浩司
「それは、二番目の俺が、呼び捨てにするのは宏人さんに悪いかなと思いまして」
皐月
「(溜息)バカ。あんたはもう、宏人を越えてるよ」
浩司
「え」
皐月
「……宏人から、託されたんでしょう?だったらもう、二番目じゃない。
あんたは、一番でいいの。確かに宏人の存在は二人にとっては大きいと思う。
だけど、今ゆりの隣にいるのは浩司、あんたよ」
浩司
「あ……」
皐月
「いい加減、自分を出しなさい」
浩司
「……はい。ありがとうございます」
皐月
「全く」
浩司
「皐月先輩」
皐月
「なに?」
浩司
「万が一ゆりさんを泣かせることがあったら、またあの時みたいに、ネクタイを掴んで怒ってください」
皐月
「そうだね。まだまだあんたにゆりを託すのは、幼馴染としては不安かな。
その時はお望み通り、ネクタイ掴んで怒ってあげる」
浩司
「(嬉しそうに)はい。お願いします」
皐月
「ほんと、あんたが宏人と並ぶ男だなんて、思わなかったよ」
浩司
「言ったじゃないですか。諦めないって」
皐月
「……そうだね。確かにあんたは、諦めなかったよ」
道弘
「おーい!浩司、皐月ちゃーん!」
桃香
「写真撮影するよー!早くおいでー!」
ゆり
「浩司さーん!皐月ー!」
浩司
「はーい、今行きます!……行きましょう、皐月先輩」
皐月
「……あぁ、行こうか」
-みんなの騒ぐ声と風の音が、誰かの笑い声をかき消す-
宏人
「(軽く笑う)」
※入れても入れなくてもいいです。宏人役の想いのままに。
-エピローグ-
ゆりM
「あの日、私の世界から愛が消えた。
消えたところで困らないのかもしれない。
けれど、心は満たされないまま、空っぽのまま生き続ける」
浩司M
「あの日、俺の世界に光が差した。
モノクロでしかなかった世界に、色が付いた。
支えたい。傍にいたい。諦めたくない。
そう思ったのは、初めてだった」
宏人M
「この日、彼女の世界に、愛が戻った。
長かった空っぽの日々も、終わりを告げる。
愛なんて、消えたところで困らないのかもしれない。
けれど、心が満たされないまま生き続けるのは、辛いことだ。
愛で出来た穴は、愛で埋めるしかない。
この日、空っぽだった二人の世界が、愛で満たされた。
……長かった俺の役目も、これで終わった。
ゆりが苦しむ日々も、浩司くんのおかげで終わりを告げる。
あぁ、守れてよかった。見届けられてよかった。託せてよかった。
……俺は、幸せだよ。だから、ほら、笑って!
いつまでも、笑顔で……幸せでいてね。ゆり」
-幕-