Research Area

【研究テーマ】塗布型有機トランジスタ低電圧駆動化に向けたキャリア輸送界面構築

 おもな成果

  • 高撥液絶縁層・印刷電極界面の最適化[1,2]

  • 高撥液絶縁層上への低分子系半導体塗布製膜と理論限界スイッチング[3]

  • 高分子系半導体・高撥液絶縁層・印刷電極界面最適化と高急峻スイッチング[4,5]


[1] G. Kitahara et al., Org. Electron. 50, 426-428 (2017).

[2] G. Kitahara et al., MRS Adv. 3, 2981-2936 (2018).

[3] G. Kitahara et al., Sci. Adv. 6, eabc8847 (2020). (open access)

[4] G. Kitahara et al., MRS Commun. 9, 1181-1185 (2019).

[5] G. Kitahara et al., Adv. Funct. Mater. 2105933;1-11 (2021).

【背景/課題

有機半導体は、軽い・柔らかいという特徴や、半導体分子を溶かした溶液の塗布・乾燥によって半導体デバイスを簡易に作製できるという特徴を有する。これらにもとづき、電子デバイスの軽量化・ウェアラブル化や製造の省資源化・省エネルギー化等、既存のシリコン等の無機半導体とは一線を画したエレクトロニクスを実現するための材料として期待されている。有機半導体を用いた電子デバイスとして、発光ダイオード、太陽電池、薄膜トランジスタ(TFT)等が挙げられる。特に近年、TFT向けの塗布型材料や塗布製膜技術が著しい発展を遂げてきた。例えば、常温常圧の塗布により電気伝導特性に優れる高品質な半導体結晶膜が得られるようになり、実用化への指標の一つである移動度については、アモルファスシリコンを凌駕する値(>1cm2/Vs)が達成されている[6]。また、TFTは半導体・電極・絶縁層の3種類の材料から構成されるが、電極・絶縁層についても塗布製膜技術が発展してきており、TFT作製プロセスの全行程を通した低温化の実現に期待がなされている[7]。

 一方でこのような塗布半導体膜を用いて、高移動度を維持しつつ低電圧・安定駆動を同時に実現することが容易でないことが課題となっている。TFTにおいて低電圧・安定駆動を実現する最もプリミティブな方法は、キャリア輸送を阻害する原因となるトラップ密度(Trap DOS)を低減することである。TFTにおいてキャリア輸送は、半導体・絶縁層の2次元界面で行われるため、この界面の最適化が重要であるとされる。近年、高撥液絶縁層上に高品質な剥片状半導体を貼り合わせた有機トランジスタにおいて、高移動度・高急峻スイッチング・安定駆動を同時に達成できることが報告された[8,9]。特にスイッチング特性は、物理的な理論限界に匹敵する優れた性能を示し、有機半導体と有機絶縁層界面において、トラップが著しく抑制された輸送界面が実現していることが要因として示唆されている。このようなトラップ抑制界面は"Ideal Interface"と呼ばれ、ダングリングボンド(未結合手)のない有機半導体ならではの優れた特性とされている(実際、"Ideal Interface"のトラップ密度は、無機半導体(シリコン等)を下回る水準であると見積もられている[9])。

 以上の背景から、高撥液絶縁層界面を用いた"Ideal Interface"の形成は、塗布型有機TFTの低電圧・安定駆動化においても、重要なコンセプトと言える。一方で高撥液な表面とは、液滴が強くはじかれ濡れ広がりにくい性質を有した(テフロン加工されたフライパンのような)、表面自由エネルギー著しく低い表面に相当する。一般的に半導体塗布のためには、基板上で溶液を濡れ広がらせて薄い液膜を作ることが必要となる。そのため、高撥液絶縁層表面高均質な半導体塗布製膜を行うことは従来法では困難であり、塗布型有機TFTの低電圧・安定駆動を阻む要因となっていた。


以上を踏まえ、本研究者はおもに、以下に取り組んでいる。

  • 高撥液絶縁層上に半導体層・電極を塗布構築したデバイス構造の実現

  • 上記デバイス界面が、いかに"Ideal Interface"であるかの定量的検証 


[6] H. Sirringhaus, Adv. Mater. 26, 1319-1335 (2014). (open access)

[7] K. Fukuda et al., Adv. Mater. 29, 1602736;1-22 (2017).

[8] W. L. Kalb et al., Appl. Phys. Lett. 90, 092104 (2007).

[9] B. Blülle et al., Phys. Rev. Applied 1, 034006 (2014).

研究内容/成果

1.高撥液絶縁層・印刷電極界面の最適化

 本研究で用いる高撥液絶縁層として、あらゆる絶縁材料のなかでも最高の撥液性を示すCytop(サイトップ; AGC Inc.)に注目した。本材料は実際に、"Ideal Interface"が実現できる絶縁材料として、有機TFTでしばしば用いられている[8,9]。塗布型有機TFTの全行程の低温化には、半導体層形成のみならず、電極形成過程も塗布化(印刷化)することが求められる。高撥液絶縁層上への電極の印刷形成は、半導体層の塗布構築同様課題であったが、2016年、Cytop表面を光改質することで電極の印刷形成が可能であることが示された[10]。これはSuPR-NaP法(スーパーナップ法)と呼ばれ、タッチパネル向けの高精細配線印刷技術として提案されたものであった。

 本研究では、SuPR-NaP法で得られるCytop・印刷電極構造を、TFTにおける絶縁層・ソース/ドレイン電極として用いるための基礎検証を行った。ここでは、絶縁層の検証を中心に行うため、半導体層には容易に形成できる蒸着多結晶ペンタセン(塗布でない)を用いた。この系において、光改質を行ったCytopの絶縁性を膜厚に応じて調べ、20 nm程度まで極薄化し高キャパシタンス化することで、2 V以下でのTFT低電圧駆動が可能であることを示したOrg. Electron. 50, 426-428 (2017).)。また、ゲート電極・Cytop絶縁層・印刷電極のMIM(Metal-Insulator-Metal)構造において、Cytopの静電容量は良好な周波数応答を示し、かつ統計的に優れた絶縁性が得られることを示した(MRS Adv. 3, 2981-2936 (2018).)。以上より、SuPR-NaP法におけるCytop絶縁層は、印刷向けの工程を経た後でもゲート絶縁層として問題なく適用できることがわかった。


2.高撥液絶縁層上への低分子系半導体塗布製膜と理論限界スイッチング

 有機半導体には、大きく分けて低分子系と高分子系がある。ある種の塗布型低分子系半導体は、溶液中に溶かした棒状分子が層状に自己整列することで、高品質・高性能な結晶膜が得られるという特徴がある[11]。この秩序の良さ(結晶性の高さ)に由来して、低分子系は高分子系と比べ高移動度を実現しやすい系とされている。しかしながら、低分子系結晶薄膜を高撥液絶縁層上へ直接塗布製膜することはきわめて困難であり、高移動度とトラップ抑制の両立が課題となっていた。

そこで本研究では、高撥液なCytop絶縁層上に均質性の高い半導体結晶膜を塗布形成できる新たな製膜法を開発したSci. Adv. 6, eabc8847 (2020).。低分子系半導体材料として、優れた薄膜形成能を有する棒状分子Ph-BTNT-Cnを用いた[12]。ここで、高撥液表面への塗布製膜実現のため、液滴表面張力を低下させる工夫を行った。具体的には、液滴界面に形成される半導体分子膜が液体・固体・気体の三元界面を一様に(途切れることなく)覆った状態を維持できるしかけを導入した。結果、高撥液な絶縁層表面でも半導体液滴が丸くなることなく、まるで親液性表面上であるかのように濡れ広がった状態を保持できることが分かった(シャボン膜が割れずに膜を維持できる現象と類似している)。これにより、安定した半導体膜成長が可能となり、高撥液Cytop絶縁層表面上へ均質性の高い半導体結晶膜の製膜に世界で初めて成功した。また得られた塗布型TFTにおいて、高移動度・高急峻スイッチング・安定駆動という総体的に優れたデバイス特性を得ることができた。特に、得られたスイッチング特性は最小SS値63 mV/decで、これは物理的な理論最小値(60 mV/dec)に匹敵しており、トラップ密度は有機トランジスタとして世界最低水準であることが見積もられた。


3.高分子系半導体・高撥液絶縁層・印刷電極界面最適化と高急峻スイッチング

 高分子系は低分子系と比べ、膜質・電気特性の均一性や、製膜の容易さという点で優れている。ただし高分子系と言えども高撥液表面上への塗布製膜法は一般に難しく、報告は非常に限られている。また高分子系は、膜中に無秩序さを不可避的に含むため膜中トラップが低分子系と比べ多いとされ、急峻スイッチング(トラップ抑制)に着目した研究はほぼなされていないのが現状である。

 本研究では、高分子系半導体と高撥液Cytop絶縁層、さらに印刷電極を用いて、塗布型TFTでいかに"Ideal Interface"に近づけることができるかを調べた。Cytop上への高分子系半導体の塗布製膜手法として、シリコーンゴムPDMSによる圧着・剥離を用いたプッシュコート法を用いた[13]。高分子系半導体材料として、高分子系として優れた輸送特性が報告されているドナーアクセプター(D-A)型高分子PDVT-10を用いた[14]。またCytop上への電極印刷形成は、先述したSuPR-NaP法を用いた[10]。

 このようにして得られた塗布型TFTにおいて、スイッチング性能はSS値120 mV/decという世界最高レベルの急峻さを示した(Adv. Funct. Mater. 2105933;1-11 (2021).)。また本スイッチング特性は、プッシュコート法で製膜した場合は、絶縁層界面の材料によらず得られることがわかった。そこで半導体膜のX線回折測定を行ったところ、プッシュコート製膜では、絶縁層界面によらずに一定の優れた結晶性が得られることがわかった(従来は、界面が高撥液であるほど、結晶性が増強するとされている)。これより、プッシュコート製膜で得られる半導体膜のトラップ抑制能は、絶縁層よりもむしろ半導体分子構造に依存していると言える。本研究のPDVT-10の場合は、半導体側鎖の長鎖アルキルがトラップを不働態化するバッファ層として働くために、絶縁膜表面のトラップの影響を受けにくくなっていると考察している。また、急峻スイッチングが得られていることからPDVT-10の膜中トラップが少ないと考えられるが、これはPDVT-10主鎖の平面性が高く回転自由度が低いために、面内輸送が阻害されにくいことに起因していると考えている(最後の議論は、文献[6]を基にした推察にとどまる)。

 一方で、高撥液Cytopと親液性SiO2界面で駆動安定性を比較したところ、Cytop絶縁層により駆動安定性が著しく向上することがわかった。また、Cytop界面デバイスにおけるPDVT-10と印刷電極の接触抵抗は、SiO2界面デバイスと比べて(従来の高分子デバイスと比べても)きわめて低い値であることがわかったMRS Commun. 9, 1181-1185 (2019).。これらは、化学的に安定なCytopが、絶縁層表面への分子吸着絶縁層バルクへのキャリア貫通を抑制し、絶縁層中に輸送を阻害する固定電荷を形成しにくい結果であると考えている。以上総括すると、絶縁層界面を振ってデバイス特性を調べることで各種トラップの起源(発生個所)を切り分け、総体的なデバイス特性向上の設計指針を得た


[10] T. Yamada et al., Nat. Commun. 7, 11402 (2016). (open access)

[11] H. Minemawari et al., Nature 475, 364-367 (2011).

[12] S. Inoue et al., Chem. Mater. 30, 5050-5060 (2018).

[13] M. Ikawa et al., Nat. Commun. 3, 1176 (2012). (open access)

[14] H. Chen et al., Adv. Mater. 24, 4618-4622 (2014).

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