グレゴリオ聖歌は、キリスト教の伝統的な歌唱形式の一つで、カトリック教会の公式な歌唱形式のひとつです。グレゴリオ聖歌は、中世初期に、ローマ教皇グレゴリウス1世によって編纂されたとされ、その後、ヨーロッパ中世の教会音楽の中心的な役割を果たしました。
グレゴリオ聖歌は、単旋律で、一般的には男声合唱で歌われます。テキストはラテン語で、旋律は簡潔かつ単純なもので、音楽的には力強く、精神性があふれています。
グレゴリオ聖歌は、カトリック教会の典礼や、特別な宗教的な祝日、儀式、祈りの場などで歌われることがあります。また、音楽史上でも重要な位置を占めており、多くの音楽家たちに影響を与え、その旋律や形式がさまざまな音楽のジャンルに影響を与えてきました。
「グレゴリオ聖歌」という名前は、6世紀のローマ教皇グレゴリウス1世(Gregorius I)に由来しているという説が広く伝承されてきました。
グレゴリウス1世は、教会の典礼や音楽を整える上で重要な役割を果たしたとされており、彼自身もグレゴリオ聖歌の作曲をしていたとされ、後の時代、人々はこの聖歌の伝統を彼の名前と結びつけ、「グレゴリオ聖歌」と呼ぶようになった信じられていたのです。
ただし、現在の研究者たちによると、実際にグレゴリウス1世がこの聖歌を作曲したかは定かではなく、現在知られているグレゴリオ聖歌のスタイルは、彼の死後200年以上経ったカロリング朝(8〜9世紀)の時代に、ローマとフランク王国の典礼を統合する中で整えられていったものであり、「グレゴリオ」という名前も、グレゴリウス1世を讃え後につけられたという説や、当時の教皇グレゴリウス2世を讃えてつけられたなど、はっきりとした名前の由来はわかっていません。
とはいえ、「グレゴリウスの名前」が聖歌と結びついたことで、この音楽は信仰と権威を象徴するものとなり、中世ヨーロッパ全体に広く伝えられていく大きなきっかけにもなりました。
グレゴリウス1世が鳩に耳打ちされて聖歌を授かった、という伝説もあるんですよ。
この美しい逸話は、神聖な音楽の起源を象徴するものとして、長く語り継がれています。
現代のグレゴリオ聖歌は、私たちがよく見る「五線譜」ではなく、
ネウマ譜(Neume)と呼ばれる、「四線譜」で書かれています。
このネウマ譜は、音の「高さ」や「動きの方向」は示しますが、
正確な長さやリズムは書かれていないのが特徴です。
たとえば──
音は全て▪️ で示される(リズムが示されない)
多くのネウマが「語るように歌う」ため、言葉の抑揚によって
リズムが決定される
現代のネウマ譜は四線譜ですが、初期のネウマには音高を表す線も存在せず、歌詞の上に動きの方向を示す線のみが示されているだけでした。
もともと音を覚えるためのメモとして始まったネウマが、教会で使ううちに少しずつ発展し、中世ヨーロッパの修道士たちが、手書きで美しく装飾された楽譜を作りあげていったのです。
※現代の四線譜のネウマ
※歌詞と線のみが記された線ネウマ
ネウマ譜は、ただの記号ではありません。
「文字と音楽と祈り」がひとつになった、中世のアートとも言えます。
写本には金色の装飾や、カリグラフィーが施されているものもありますよ。
グレゴリオ聖歌の特徴一つは、「ひとつのメロディーだけで歌われる」ということ。
これは「単旋律(たんせんりつ)」「モノフォニー」とも呼ばれます。
誰かが主旋律を歌い、他の人がハモるという形ではなく、みんなが同じ旋律を、ひとつの流れとして歌うのです。
また大きな特徴として、グレゴリオ聖歌には、拍やテンポの決まりがほとんどありません。
現代音楽のように拍子で数えるのではなく、言葉の自然なリズムに合わせて、語りかけるように歌うのが特徴です。
これは、日常の「話しことば」に近く、ラテン語の響きを大切にするグレゴリオ聖歌の世界ならではのスタイルです。
グレゴリオ聖歌は「歌う祈り」とも言われます。
メロディーを操るというより、言葉が自然に音にのって流れていくような感覚です。
まるで、水のようにゆっくりと流れる音楽です。
グレゴリオ聖歌は、単なる音楽ではありません。
それは、祈りの言葉を「歌う」ための音楽なのです。
この聖歌は、カトリック教会の典礼で、長い間にわたって歌われてきました。
その役割は、大きく分けて2つあります:
ミサ(礼拝)の中で始まりや聖書朗読の間、聖餐の前などに歌われる典礼聖歌としての役割
🕯️ 聖務日課と呼ばれる、修道院での毎日の祈りの時間に歌われる祈りの聖歌としての役割
また、グレゴリオ聖歌は、印刷技術がなかった時代 (中世) において、聖書や教義を人々に伝える口伝えの手段としても大きな役割を果たしていました。
当時は、聖書は高価で、誰もが読むことはできませんでした。
そのため、教会で歌われる聖歌こそが、信仰の言葉を人々に届ける手段だったのです。
つまり、グレゴリオ聖歌は「日常的に祈りをささげる音楽」でありながら、同時に「神の言葉を、耳で、心で伝えるための音楽」でもあったのです。
今でも、修道院や一部の教会では、毎日のようにこの聖歌が歌われています。
現代の忙しい私たちにも、心を落ち着ける静かな時間を届けてくれるかもしれません。
実は、グレゴリオ聖歌を「心のリセットのために聴いている」という人も増えています。
祈りの音楽としてだけでなく、癒しの音楽としても注目されているんです。
グレゴリオ聖歌は、千年以上の時を越えて今も歌われ続けている音楽です。
中世に誕生したこの祈りの歌は、時代とともに形を変えながらも、現在でも世界中の修道院や教会で、日々の祈りの中で生き続けています。
しかし、1962年から1965年に開催された第2バチカン公会議において、典礼の改革が行われ、各国の言語(母国語)によるミサが導入されました。
これにより、ラテン語で歌われるグレゴリオ聖歌の使用機会は大きく減少しました。
公会議の文書『Sacrosanctum Concilium(典礼憲章)』では、
「グレゴリオ聖歌はローマ典礼に固有のものであり、他の条件が同等であれば、典礼行為において第一の地位を与えられるべきである」とされていますが、実際には、多くの教会で現代的な音楽や各国語の聖歌が主流となっていきました 。
このような背景の中でも、グレゴリオ聖歌は学術的・芸術的な価値を持ち続け、一部の修道院や教会、音楽団体によって継承されています。また、瞑想やリラクゼーションの音楽としても注目され、現代の私たちの心にも静かな響きを届けています。
そして、こうした伝統を絶やすことなく未来へつなげるために、
国際グレゴリオ聖歌学会(AISCGre)および私たち日本グレゴリオ聖歌学会もまた、グレゴリオ聖歌の研究・教育・演奏活動を通して、その継承に力を注いでいます。
第2バチカン公会議の改革により、ミサはより親しみやすくなりましたが、
同時に、グレゴリオ聖歌という長い伝統が影を潜めることにもなりました。
それでも、この古の歌は、今も多くの人々の心に深く響いています。
グレゴリオ聖歌に興味を持った方のために、
さらに学べる・聴ける・調べられる、いくつかのリソースをご紹介します。
グレゴリオ聖歌は、知識や信仰がなくても、まず「聴いて感じる」ことができる音楽です。
一つのメロディーが、あなたの心の奥に静かに語りかけてくるかもしれません。