A氏による証言
A氏による証言
記録開始
誰かがこれを聞いているのなら、きっと俺は死んでるか、運よく生き残ったかのどちらかだ。どちらにせよ俺はコイツを地図からランダムに選んだ住所に送り付けるわけで、まあ……これを聞いてるアンタにゃ迷惑をかけるよ。この先を聞く勇気がないなら今すぐこのボイスレコーダーを捨てるべきだぜ。ただ捨てるんじゃだめだ、念入りに、壊して、誰の目にも入らない場所に捨てろ。それでも運がなかったらもう……ご愁傷さまだな。本当にすまないって思うぜ。
あー、何で俺がこんなバカなことをしようと思ったのか。俺自身にもわからねぇよ。でも誰かに言いたくなっちまったのかもしれないな、言ってはいけない絶対の秘密ってやつを。
(笑い声)
俺は受験戦争を勝ち抜いてきた勝ち組だった。しかもBGI(北京ゲノミクス研究所?)のエリートサラリマンだ!ヤッタ!……BGIから内定を貰ったとき、俺は母親に電話して、親父に電話して、少し豪勢な洋食屋でお祝いをした。思えばあの時はこんなヤベェことに手を染めるなんて思ってもみなかった。ともかく俺はBGIで研究職にありついて安泰な生活を手に入れたと思ったわけだが、残念ながらそんな時間は長くは続かなかった。我ながら優秀だった俺はインストチュートのヒトゲノム解析研究に大変役立ったらしく、昇給と同時にあるプロジェクトに参加させられることになった。
昇給で機嫌が良かったんだろう、俺は容易くうなずいた。
俺はその日のうちに飛行機に押し込められて、田舎くせぇ壮族自治区のよくわからねぇ建物の中に連れてこられていた。俺を連れてきた奴に「ここは何処だ」と聞くと「大跃进大学だ」と返しやがる。何だよ大跃进大学って、馬鹿じゃねぇの?"大跃进"の大学ってなんだよ、農業大学か?こりゃ完全に偽名だってすぐに気づいたぜ。ともかく俺は大跃进大学とやらの建物内をひたすらに歩かされた。記憶が曖昧でどんな風に歩いていたかはハッキリしないが、とにかく階段を下っていたことだけは覚えている。15分ほど階段を降り続けると、俺は真っ白な部屋に来ていた。周りの人間はみな防護服を着ていて、それは当然俺も着させられた。
上司からは「とある生物のゲノム解析をやってもらいたい」とか言われていたが、ここでそれをやるのだろうかと思った。
偉そうな男が俺の前に現れて社交辞令。俺も社交辞令。それから本題に入って、やはりここでゲノム解析をやれというらしい。それで俺は渡されたサンプルを片手に机で作業を始めて……そう、それは生き物ではなかった。ゲノムなんてなかった。サンプルはやはり細胞片なのに、解析機にかけてもDNAの一片も検出されやしない。俺は偽物を渡されたんじゃないかと疑って顕微鏡で観察してみたが、それの精巧たるや!1㎜に満たない細胞片に、ぎっしりと詰まったディティールは何だ!これが本物でないはずがない!……じゃあ何でゲノムが無いんだ。
細胞片は1時間ほどで空気に溶けて消えた。
不可思議な現象であった。俺は自分の正気を疑ったが、周りの連中も同様に細胞片をロストしたらしい。みな間抜けな面を晒していた。
すると先ほどの偉そうな男がまたやってきて、「やはりだめだったか」などと言った。男は「サンプルが消えて戸惑っているかもしれないが、気にするな」「再度サンプルを確保次第……そうまた明日も同じ作業をやってもらいたい」と続けて言う。