耳石標本

 本資料は魚類1030個体以上の耳石の乾燥標本群である(【図1】).耳石とは脊椎動物の耳の中にある炭酸カルシウム結晶のことであり,平衡感覚を司る役割を持っている.

 魚類は,扁平石・礫石・星状石の3種の耳石を左右それぞれ一組ずつ合計6個持っており(山本2020;【図2】),今回収集したのはその中で最も大きい扁平石である.耳石には,浅海魚の場合,1年ごとに1輪ずつの(木の年輪のような)模様が刻まれる.また,形状は魚種によって異なり,ニベ科魚類のイシモチ(石持ち)という名称は,耳石が大きいことが,名称の由来となっている(【図3】).また,水中コミュニケーション,特に海中で発する音を受容するために用いられるともいわれる.サメやエイ,マンボウの仲間では,耳石が結晶とならず,小さな砂粒状である場合(特に平衡砂という)もある(山本2020).

 史学分野において,耳石は人々の食生活を知る資料ともなりうる.具体的には,縄文時代の貝塚から出土した耳石のうちにはマグロなどの外洋性の魚類のものが含まれることから,当時の人々が,舟で沖に出て漁を行ったことが指摘されている(港区立博物館および国立科学博物館の展示による).また,耳石をもとに江戸時代の徳川将軍家へ献上された魚の種類を特定する試みもなされている(大江2012).

 理学分野においては,1年に1輪ずつの模様が刻まれる性質が,数少ない年齢算出の手段として用いられている.また,種類によって耳石の種類が異なること,耳石が筋肉より残存しやすいことを利用して,高次捕食者(鯨類,海鳥類)の胃内容物を調査して食性を解明する研究もなされている(大泉ら2001).さらに,耳石の採集は容易であるため,児童・生徒による理科実習の一環として,教育現場で導入する試みも見られる(伊藤・平野2018).

 なお,本資料は筆者が収集したもので,生物部の活動の一環として,魚体長と耳石長・耳石重との関係性についての調査にも使用した(渡邊ら2019).

 

参考文献

伊東眞由子・平野幸希,2018.身近な魚類の耳石の教材化について.教育デザイン研究 9: 144-153

大江文雄,2012.岡山藩から徳川幕府に献上されたニベ科魚類.自然環境科学研究,25: 29-38

大泉宏・渡邊光・杢雅利・川原重幸,2001.日本近海に生息するハダカイワシ科魚類の耳石による種同定マニュアル. CD-ROM Version 1.1J. 独立行政法人水産総合研究センター国際水産資源研究所:http://fsf.fra.affrc.go.jp/seika/jisek-i/Myctophidotoliths/OtolithGuide.html (accessed: 2023.9.19)

渡邊明仁・細田翔汰・山口修平,2019.魚の種類と耳石の大きさの相関.東京生物クラブ連盟口頭発表要旨集 52: 34-45

山本直之,2020.聴覚と平衡感覚.魚類学 第三版,矢部 衛・桑村哲生・都木靖彰(編),pp. 143-145.恒星社厚生閣,東京.


(渡邊 明仁)