カウントダウン企画6日目+書き下ろし
カウントダウン企画6日目+書き下ろし
春の式典が六日後に迫るなか、パプニカ城は朝早くから準備に追われる者たちで活気づいていた。ピリピリとしている文官、式典に使う道具を手に右往左往する騎士、意中の相手に告白するのだと息巻く魔法使い、露天が楽しみだとはしゃぐ女官たち。さまざまな者たちが廊下を行き交う。
かく言うヒュンケルも金糸を使い複雑な文様が刺繍された若草色のローブを運んでいた。ポップが儀式で着る衣装だ。登城したと同時にレオナに掴まり、工房に取りに行くことになったのだ。
地図を頼りに工房に訪ねると、ぎりぎりまで作業したのであろう、そこにいた針子は全員うつろな目をしていた。
人の流れをかいくぐりながら歩を進め目的地に到着する。重厚な扉をノックすると部屋の中から「どうぞ」と女性の声が聞こえてきた。
「失礼する」
一声掛けてから扉を開けて入室する。そして目の前に広がる光景に目を丸くした。部屋の中央に下着姿のまま幾人もの女官に囲まれるポップの姿がそこにあった。
あらかじめ聞いてはいたが、ここまでとは思わなかった。
顔にはほんのり白粉がのっており、ぷるりと瑞々しい口唇には紅が差されていた。肌全体に香油が塗られているのか、いつも以上に艶だっている。額はバンダナの代わりに透かし細工の施された金のサークレットがはまっていた。それでも負けん気の強いくせ毛はどうにもならなかったのか、いつも通りぴょんと上を向いている。
「やっと衣装がきたか」
ポップが安堵の溜息を零した。
「ヒュンケル様、お衣装をこちらに」
唖然とするヒュンケルに、女官長が手を出しながら意味ありげな視線を向けてきた。
やはりあの位置では隠れきれなかったか。
ポップがなにも言わないということは、女官長の胸のうちに留めてくれたようではあるが。
感謝と気まずさで複雑な思いを抱えるヒュンケルなどお構いなしに、さっとローブは奪われ、
「準備の続きをしますよ」
その言葉を合図にポップの姿が女官たちに隠される。衣擦れの音や指示を出す声、鈴の音のようなものが響く。
人の隙間から黒髪がぴょこんぴょこんと揺れ動くのが見えた。
「終わりました」
人垣が割れ、隠された姿があらわになる。
ヒュンケルは思わず息を呑んだ。
そこには、性別不詳のうつくしい『なにか』がいた。
化粧を施された母親似の顔はいつもより女性よりで、父親似の髪質は男性然としている。ほどよく筋肉のついている身体は裾の広がったローブで覆われ、身長のわりに華奢に見えた。耳には大きな緑色の石の耳飾りがつけられ、金の台座の下部に連なった細い金の棒がしゃらりと音を鳴らす。
ポップに似たそれを呆然と見つめていると、
「耳が重てぇ」
うんざりとした声が響いた。
ぱちん、と膜がはじけた。
目の前の『なにか』が愛おしい『ひと』に戻る。気が抜けると同時に、あまりにもポップらしい言葉にくつり、と笑い声が漏れた。
「どうせ似合ってねえよ!」
それを嘲笑と受け取ったポップが口唇を尖らせた。
「いや、とても似合っているとも」
ヒュンケルは素直に思ったことを口にした。
「あまりに似合いすぎて、精霊に渡したくなくなった」
いつもはバンダナで隠れている耳殻に口づける。森林の匂いに似た爽やかで、けれどいつもと違う香りが鼻腔を掠めた。
「そっ、んなことしたら、春が来なくなるじゃねえか」
ポップの頬が染まったのは怒りからではないだろう。
「攫ってはだめか?」
耳飾りを長く節くれ立った指で弄ぶ。
しゃらり。
「ダメに、決まってんだろ……」
澄んだ音のなかに弱々しい拒絶が混じる。
「それは残念だ」
耳飾りから手を離すと、ポップの手が伸び袖をきゅっとつかまれた。
「六日後」
「うん?」
「儀式が終わったら、迎えに来てくれよ」
上目遣いの瞳がヒュンケルを捕らえる。
「承知した」
誘われるまま口唇を重ねると、後ろから「きゃあっ」と小さな歓声が上がった。
しまった。女官たちの存在を失念していた。
「ば、ばっかやろっ、ひ、ひひ、ひとまえ!」
ポップが慌てふためく。
「おまえこそっ!」
狼狽え見つめ合う二人の間に、年若い女官が音もなく入り込み、ポップの口唇に紅筆を走らせた。
さらにもう一人の女官が黙ってヒュンケルに布をさしだす。
意味がわからず首を傾げると、
「くち……紅がついてる」
耳まで真っ赤になったポップが涙目で言った。
「そ、そうか……」
思わぬ失態に強い混乱と羞恥が生まれる。
ぎこちない動きで布を受け取り、なんとか口唇を拭う。
「お二人とも」
女官長が冷ややかな声で言った。
「衣装を乱す行為は儀式が終わるまでご遠慮ください」
二人の顔が、これ以上ないくらい赤く染まった。