セックスしないと出られない部屋
セックスしないと出られない部屋
「少しベッドで寝てみてもいいか?」
「かまわんが……どうした?」
「たぶん、メドローア一回分くらいの魔法力が回復すると思う」
「そういうものなのか?」
「ああ。さっきはその、急に魔法力がなくなってテンパっちまってすぐ思いつかなくて……でも手を握ってもらったら、なんか安心して冷静になった」
矛盾がないか頭で考えながら、しどろもどろに説明する。
「いや、少しでもおまえの役にたてて良かった」
ほっと吐息を零しながら目を細める姿に、言って良かったと思う。
「それじゃ、ちょっと横になるな」
「ならば、その間はおまえに危険が及ばぬよう見張っていよう」
「だから、神域なんだから変なもんは出ねえって」
心が軽くなると同時に口も軽くなる。
「んなこと言ってねえで、おまえも一緒に寝ようぜ」
「はっ?」
ヒュンケルがまじまじと見てきた。
「あ、いや変な意味じゃなくて! おまえもグランドクロスしたんだから、体力消耗してるんだろ。だから、休んだほうがいいと思って!」
「そ、そうだな……」
動揺してるのか目がうろうろしている。
「なんだよ、もしかしてエッチなことを期待したのか?」
揶揄いがてら、人差し指で胸を突いてやると、ヒュンケルはさらに動揺した。
「そ、んなわけ、あるわけないだろう!」
言語が怪しくなり、顔を赤くしている。
案外、うぶなところがあるではないか。
ヒュンケルの新たな一面を見れたことに気分が上昇し、浮かれたままベッドに仰向けに寝っ転がる。
ぼすんと音とともにポップの身が沈んだ。
「ポップ、大丈夫か!?」
慌ててヒュンケルが駆け寄る。
「すっげえ! ふわっふわだ!」
「は?」
「いいから、おまえも寝てみろよ」
ポップはヒュンケルの腕を取って引っ張った。
「うわっ」
珍しく油断していたのか、なんの抵抗もなくヒュンケルの体が傾き、うつ伏せでベッドにダイブする。
「な、最高だろ!」
「た、確かに柔らかいな……」
鈍色の瞳と琥珀色の瞳が交差した。
とても近い距離。
ほんの少し身を乗り出せば届きそうな――
先に動いたのはどちらからだろう。
互いの距離が近づき口唇が触れあった。
瞬きほどの瞬間、けれど、久遠のような特別。
「なんで……?」
「おまえが好きだからだ」
「おれも、おまえが好きだ……」
その言葉はあっさりと口から零れた。
「墓場まで、持って行こうと思っていたんだがな」
ヒュンケルが困ったように笑った。
「おれも」
ポップも泣きそうな顔で笑う。
二人の細やかな笑い声が部屋にこだまする。
「なあ、おれのこと好きなのに、なんでヤるの嫌がったんだよ?」
「心を伴わん肉体の交わりはむなしいだけだ」
それは経験からくる言葉だった。
「おまえを愛してるからこそ、そんな思いはさせたくなかった」
くふくふと笑いが漏れる。思った以上に愛されていた。同時に、ヒュンケルすら覚えていない相手に小さな同情と嫉妬心が生まれる。
「そっか……」
やっぱり、このまましたくないなと思う。
義務的に身体を重ねたら、きっと顔も知らぬ者たちと同じになってしまう。
誰よりもヒュンケルの特別でいたい。
ふっと、天井を見上げると金色にキラキラと輝く文様が目に入った。
マホカトールに似ているが細部が違う聖なる魔方陣。
なぜ、こんなに大きいのに目に入らなかった?
その疑問はすぐに解消した。魔方陣の周りに小さな文様が刻まれた凹凸がある。きっと、あれが目くらましになっていたのだ。
「ヒュンケル」
「どうした?」
「脱出の糸口、見つかったみてえ」
天井を指さすとヒュンケルは首を傾げた。
「天井……あそこを貫けということか?」
「あそこにある魔方陣、見えてねえのかよ?」
「なんの変哲もない天井に見えるが?」
どうやら、あれは魔法力がないと見えないらしい。
であれば、ポップがメドローアを放つ以外に方法はないようだ。だが、それには問題が二つ。
一つはこのふわふわなベッドの上では体勢が安定しないこと。
もう一つは、ベッドに火が燃えうつる危険性があること。
魔方陣のことも含めすべて説明すると、
「ベッドから降りろ」
と、起き上がって先にベッドから降りた。ヒュンケルがそう言うならとポップも痕を続こうとしたが、ふわっふわでうまく身動きが取れない。
「うわっ……」
なんとか起き上がったと思ったら、足にシーツが絡まってふたたびベッドにダイブしてしまう。
「なにをやってるんだ、おまえは」
ヒュンケルが溜息を零しながら、ひょいとポップを片手で抱き上げた。
「うわっ」
落っこちないように慌てて首にしがみつく。
「急になにすんだよ!」
「助けたのに文句を言うな」
そう言いながら、空いているほうの手でベッドをがつっと掴んで横にひっくり返した。
どぉん!と派手な音が鳴り、ベッドがあった場所に広い空間ができる。
「これは……」
「どうしたんだ?」
「入口にあった文様が刻まれて桃色に光っている」
「おれには見えねえけど、まあおまえが言うならあるんだろうな」
「見えないのに信じるのか?」
「そりゃまあ、好きなやつの言うことだし。それに、おまえだって見えてねえのにおれのこと信じただろ」
「そうだな」
ヒュンケルの口角が上がる。
「しかし、魔方陣が二つか……こりゃ、同じタイミングで壊さねえとだめなやつだな」
「それはオレも同感だ。どっちが壊す」
「そりゃ、お互い見えてないほうだろ」
この部屋がどうやって作られたのか、どういう仕組みで作動しているのかはわからない。だが、ひとつだけわかることがある。
この部屋は愛を試すために作られたと言うことだ。
そう考えれば、ヒュンケルと口づけた途端に魔方陣が見えたのも頷ける。
「それじゃあ神様におれたちの愛を見せつけてやるか!」
ポップはにかっと笑って炎と氷の魔法を生み出した。
「うむ」
ヒュンケルはしごく真面目な顔で剣を突き立てた。
「んじゃ、せーのでいくぜ!」
「承知」
「せーの!」
「グランドクロス!!!!!!」
「メドローア!!!!!」
二つの必殺技が放たれ、魔方陣が刻まれた場所が崩れる。
入ってきた時と同様、部屋が強い光に包まれた。
「うわっ」
「くっ」
やがて光が治まると、部屋は家具の一つもないがらんどうになっていた。
資料に記されていた通りの部屋に。
ただ、違うのは天井と壁に大きな穴が空いているということだ。
「これ、やばくね……?」
「う、うむ……」
ぴしっ、とどこかで亀裂音が響いた。
壁がぼろぼろと崩れ、天井の一部が崩落する。
「ポップ!」
ヒュンケルがポップを引き寄せ覆い被さった。
「り、りりり、リレミト!」
二人の身体が青い光に包まれ、次の瞬間には神殿の外に脱出した。
それと同時に、ガラガラと大きな音を立てながら崩落していく。
「これ、どうしたらいいんだ……?」
「そうだな……」
その光景に両思いになった喜びがふっとび、途方に暮れたのだった。
happy End…?