宮松金次郎氏撮影の北京、上海、天津の路面電車写真/Tolya
奉天市地下鉄道計画[図面編]/中村屋与太郎
『大陸浪人路面電車』補遺 大連市電と新京(長春)市電の1940~50年代の車両動向を探る/岡田健太郎
荊州市地方鉄路ほか 湖北省の蒸機/柴田太郎
マニラのトランヴィア 破壊された「最先端」の路面電車/在羽テヌヒト
京東の新芽、如何に伸び如何に散らん −京城軌道「再」整理−/せきのりかず
宮松金次郎氏撮影の北京、上海、天津の路面電車写真/Tolya
『軽軽電車 01』では日本から輸出した北京の車両のみの掲載となった宮松金次郎氏撮影の1943年の写真群には北京オリジナルの電車や上海や天津 の写真が数多く含まれていた。
昨今の出版事情を考えると商業誌等で掲載される機会がほぼ見込めないこれらの写真を一斉掲載する。
奉天市地下鉄道計画[図面編]/中村屋与太郎
満洲国内で最大の都市であった奉天市(現、瀋陽)で計画された地下鉄道計画について、停留場図面を掲載する。
『大陸浪人路面電車』補遺 大連市電と新京(長春)市電の1940~50年代の車両動向を探る/岡田健太郎
『大陸浪人路面電車』出版後に新たに得られた資料や写真から判明した事実に基づき、大連市電と新京市電の1940 ~ 50年代の車両動向について、自説の再構築を試みる。
荊州市地方鉄路ほか 湖北省の蒸機/柴田太郎
中国蒸機ファンの間でも知られざる路線であった荊州市地方鉄路、また、中国蒸機の中でもマイナースポットであった湖北省の他の路線も、最末期の記録として紹介する。
ソマニラのトランヴィア 破壊された「最先端」の路面電車/在羽テヌヒト
80年前までマニラには「トランヴィア」という愛称で呼ばれた広大な路面電車網が存在していた。トランヴィアは「東洋の最先端」と謳われた存在であり、さらに一時は電車が日本語の行先表示を掲げて走る、広い意味での「旧外地の路面電車」だったことさえあるのだ。本稿では英語およびスペイン語の文献を参照しつつ、マニラとフィリピンの近代史も踏まえながら、 トランヴィアの歴史を紹介していく。
京東の新芽、如何に伸び如何に散らん −京城軌道「再」整理−/せきのりかず
日本統治時代の京城に生まれ、光復後のソウルに引き継がれ「近郊へのおでかけ電車」として親しまれ、多くの利用がありながらも朝鮮戦争での戦禍や復興都市計画に翻弄され結果的には高度化されず消えていった京城軌道線について、継続的な調査や周辺取材そして新資料などから「より彫りの深い姿」が見えてきたので、ここでそれらを基に改めて再整理したい。
2023年12月31日 初版発行
日中国交正常化前の鉄道車両輸出史(1946~1973)/柴田太郎
奉天市地下鉄道計画[概要編]/中村屋与太郎
朝鮮総督府官報掲載の軌道関連記事/Tolya
発展する西都を駆けゆくもの――時代に翻弄された平壌の鉄軌道/せきのりかず
ソウル市電300級年代記/文:ナカイ 画:梨畑
日中国交正常化前の鉄道車両輸出史(1946~1973)/柴田太郎
近年の中国向けの鉄道車両輸出は、CRH2をはじめとする高速鉄道や、地下鉄向けの電装品、各種部品の輸出契約が主力となっているが、国交正常化以前の状況については、ベールに包まれていて詳細がわからなかった。
本稿は、それを輸出契約統計、断片的な社史の記述、文革や当時の鉄道車両技術などの状況から読み解いたもの。
奉天市地下鉄道計画[概要編]/中村屋与太郎
満洲国内で最大の都市であった奉天市(現、瀋陽)。当時既に横浜市、神戸市、北九州地域に匹敵する人口を擁していた当地で計画された地下鉄道計画について、当地をとりまく状況に触れつつ計画書を概説する。計画路線、車両限界図、車両設計図、建築規程を付録しています。
朝鮮総督府官報掲載の軌道関連記事/Tolya
朝鮮総督府官報も韓国国立中央図書館のアーカイブで自宅にいながら容易に検索・閲覧ができるようになった。同官報には日本統治下の朝鮮内鉄軌道について開業や廃止などの重要記事が散見されるので軌道関連だけを抽出して「公式データ」参照用備忘録を作ってみた。手押軌道の解明を目指すツワモノが今求められている!
発展する西都を駆けゆくもの――時代に翻弄された平壌の鉄軌道/せきのりかず
西京、西都、そして柳都の雅名を頂いた朝鮮半島随一の古都、その平壌に生まれ、走り、そして混乱と破壊の中で誰にも見送られず消えていった「外地の電車」の姿や時代背景を、今に残された絵葉書や当時の新聞記事から掘り出し、まとめたもの。彼の地を走った電車の様子を、時代を、少しでも感じていただければ……
ソウル市電300級年代記/文:ナカイ 画:梨畑
韓国の路面電車では最も有名なソウル市電300級。この形式のみを詳細に述べた文献は過去になく、全貌を明らかにすべく、確定的な情報を集めて文献調査と検証を行った。合わせて、現役時代の30年間の激しい形態変化をイラストで辿ってゆく。
2019年12月31日 初版発行
中国・韓国で見た路面電車の保存車、レプリカ、新造レトロ車たち/Tolya
奉天瀋陽電車史/中村屋与太郎
京城電気の車両たち/春日原
朝鮮からの渡来人 京城 66/ 芸南・呉市 45/ 土佐電 100 形/在羽テヌヒト
釜山は急行電鉄の夢を見るか-釜山都市圏電車興亡記- /せきのりかず
中国・韓国で見た路面電車の保存車、レプリカ、新造レトロ車たち/Tolya
「旧外地」で昔ながらの路面電車を楽しめるのは大連に少数残る旧型車のみになってしまった。その他については、博物館等で保存されている実物車両やレプリカ、あるいは新造レトロ車を通じて“残り香”を求めるしかない。保存車や復元車の見分は、「いつでも行ける」という先入観からか軽視されがちで、今まで一覧化されたものはなかったように思う。訪問ガイドとして、実見した範囲のものを写真中心にできるだけ紹介してみた。
奉天瀋陽電車史/中村屋与太郎
瀋陽、かつて奉天と呼ばれた地にあった市内電車はその設立および終戦までの運営には日本の勢力が大きく関わっていた。しかし終戦後に当地は国共内戦を経て中華人民共和国の建国後に竹のカーテンの向こう側となってしまい、市電は文化大革命の最中、毛沢東存命中の1974年に路線そのものが消滅してしまった。本稿では電車開業以前の馬車鉄道および戦後の市電全廃後のトロリーバスを含めた奉天・瀋陽の電車史を概説したい。
京城電気の車両たち/春日原
大韓帝国末期に創業したソウルの市街電車は創業以来植民地期にかけて路線を伸ばし、その過程で多様な車両が登場した。本稿では解放までに存在した各車両を概説する。京城電気が制定した形式については趣味媒体ではほぼ初発表。(のはず)
朝鮮からの渡来人 京城 66/ 芸南・呉市 45/ 土佐電 100 形/在羽テヌヒト
1947年、戦災の傷癒えぬ高知市を大地震と津波が襲った。壊滅した街で再び立ち上がろうとする人々に希望を与えたのは、呉からやってきた新型電車の軽やかな汽笛だった。ところがこの電車、元を辿れば19世紀末期、朝鮮半島最初の鉄軌道を走った車両だった……!? 彼らはなぜ内地へとやって来たのか。そして朝鮮に残った仲間たちは何を経験したのか。「旧外地」から内地へと渡った唯一の電車、京城電気66形の忘れられた足跡を紐解く。
釜山は急行電鉄の夢を見るか-釜山都市圏電車興亡記- /せきのりかず
インターバン、それは路面電車スタイルの大柄な電車が、もしくは軽快な都市型電車が、市街地や郊外を豪快にかっ飛ばす痛快な鉄道形態。アメリカや日本の印象が強いインターバン電車が、もしかしたら戦前の朝鮮半島に存在していたかも知れない。その姿を、その導入背景を、写真や統計・資料集だけでなく市民に向けて発信された「新聞記事」からも掘り起し、当時の様子を辿ってみた。さてその実態や如何に…。
2019年8月12日 発行予定
旧外地文献の探し方/中村屋与太郎
日本統治時代の朝鮮エリアの状況 意外に残る様々な文献/せきのりかず
資料鉄のススメ(中国編)中国路面電車研究を例として/岡田健太郎
旧外地文献の探し方/中村屋与太郎
旧外地の交通について調べるためにまず何をすればいいのか。日本国内で満洲各都市の交通研究をするにあたり、文献を探すことに慣れていない方にも参考となるよう、調べ方の参考になるサイト、オンラインで公開されている資料、そして日本国内で戦後中国の文献を閲覧できる図書館や資料館を紹介する。
日本統治時代の朝鮮エリアの状況 意外に残る様々な文献/せきのりかず
日本統治時代の朝鮮半島の鉄道軌道は、複数の紹介記事やサイトがあるとはいえ、当時の社会背景も含め様々なことを知りたくなると自ら情報をあたることになる。しかし韓国だと文字解読などで難しいのでは…、との心配は御無用。これを読み、様々な情報を直に感じていただきたい。
資料鉄のススメ(中国編)中国路面電車研究を例として/岡田健太郎
満鉄を始めとする、日本にルーツを持つ大陸の鉄道車両。その研究については、以前は日本に残っていた戦前戦中の情報や、70年代末期の改革解放後に中国を訪れたファンの残した写真しか手がかりが無かったが、近年は中国側の資料の充実や、ネット情報の充実により、日中双方向から検証することが、可能となった。その、様々な検証方法について「日中戦争期に中国に渡った電車についての研究」を例に、解説していく。
2018年12月31日 初版発行
[特別企画] 宮松金次郎が見た北京1943
続・平壌に京城の電車/ナカイ
京城軌道 その姿/せきのりかず
奉天馬車軌道顛末記/中村屋与太郎
北京市電簡略考察① 武蔵中央1形/郭維(翻訳:岡田健太郎、ナカイ)
新京市電の中古電車たち/岡田健太郎
[特別企画] 宮松金次郎が見た北京1943/編集部
鉄道趣味界の始祖にして大御所、故・宮松金次郎氏は1943年初頭、日本占領下の北京 を訪れている。宮松氏が残した写真は武蔵中央電気鉄道1形や京王電気軌道23形、美濃電気軌道単車など日本由来の車両たちが北京を闊歩するたいへん貴重なものであ る。今回は現所有者である後藤廣氏の許可のもと、特別企画として本誌に掲載する。
続・平壌に京城の電車/ナカイ
京城(ソウル)市電の主力であり最も有名と思われる300級電車は同型車が京城軌道と釜山市電に存在したが、同車が平壌にも存在したことを新たに発見された資料を用いて検証していく。服部朗宏「平壌に京城の電車」(『鉄道ピクトリアル』2004/12(755)) の続編記事。
京城軌道 その姿-入植地の開発と鉄軌道/せきのりかず
韓国の首都として賑わうソウル。そこが京城と呼ばれた時代、戦後ソウルとして羽ばたきだした頃、その街の片隅に私鉄電車が走っていた。それは軽便鉄道として生まれ、小さな電車になり、そして大きく生まれ変わるべく様々な画策があった。その電車の成り立ちや成長の過程を、外地という側面から見てみたものである。
奉天馬車鉄道顛末記/中村屋与太郎
奉天(現、瀋陽)にて1907年から1923年まで運行されていた馬車鉄道について、既 に東京では1903年に電車へ転換され国内で衰退の一途を辿っていた馬鉄が奉天で新設 されるまでの経緯、そして電車に転換されるまでの日中間の摩擦を概説する。 (初出:満洲研究会(2018)『曠々満洲』)
北京市電簡略考察 第1回:武蔵中央1形→北京500形/郭維
1939年廃線となった八王子市の旧武蔵中央電気鉄道1形電車の内の5両は北京市電に転売された。北京市電廃止までの同車の歩みを中国側資料を元に追っていく。析木分野(郭維)がweb上にて発表した「北京有轨电车简略考察•八轮机车(1)武藏中央电铁1型」(https://zhuanlan.zhihu.com/p/33800166)の日本語訳版。
新京市電の中古電車たち/岡田健太郎
新京市電は逼迫する交通需要を満たすべく計画から僅か1年足らず開業したため、日本各地から中古電車が調達された。極めてバラエティー豊かな車両群については趣味者の間で断片的な事実として語られていたが、今回は日中双方の資料を調査し、多種多様な車両がいかにして新京に集まったのか、そしてどういった経過を辿ったのかを紐解いていく。