*発表要旨は随時更新します。
| 口頭発表
千葉市動物公園のニホンザルにおける食物洗い行動の至近要因と経時変化
吉田彩乃(東邦大学・理学研究科)
文化的行動として知られるイモ洗い行動と同様の食物洗い行動は、飼育下霊長類でも報告されている。千葉市動物公園のニホンザルにおける先行研究では、低順位個体やストレス指標であるセルフスクラッチ頻度が高い個体ほど食物洗い行動が多いことから、緊張状態の高まる採食時に生じる転位行動である可能性が示唆されている。転位行動であるならば、採食時の中でもとくに社会的緊張が高い場合に行動頻度が高くなると予想される。そこで本研究では、採食時の社会的状況を解析し、至近要因について検討した。加えて、行動の長期的変化を明らかにするため、食物洗い行動の経時変化を解析した。
千葉市動物公園のニホンザル群を対象に、2024年から2025年にかけてオトナメス7頭の個体追跡を行い、食物洗い行動頻度に対する採食時の近接個体、攻撃交渉、採餌量の影響を検討した。また、2023年から2025年にかけて全24頭を対象に食物洗い行動の全生起サンプリングを行い、一般化線形混合モデルを用いて行動頻度、洗う対象、場所および洗い方の経時変化を解析した。
個体追跡の結果、採食時に他個体との近接時間が長いとき、採餌量が多いときに行動頻度が高いことが示され、その影響は低順位の個体ほど大きいことが確認された。近接時間と採餌量は、いずれも餌場での滞在時間を反映していると考えられることから、本結果は、食物洗い行動が採食時の潜在的な競争による社会的緊張に起因する転位行動である可能性を示唆している。全生起サンプリングの結果、2023年から2025年にかけて行動頻度は経時的に増加する傾向が示された。また、行動頻度の低順位メスへの偏りの低下、キャベツ中心に洗う傾向の低下、利用する水場の多様化、洗い方の一様化などの経時変化も認められた。これらの結果から、食物洗い行動においても、文化的行動で報告されているような行動頻度の増加や行動様式の構成割合の変化が生じたと考えられる。
野生ニホンザル(Macaca fuscata)におけるオスからメスへの攻撃が離合集散動態に及ぼす影響──高順位オスを「防衛者」として利用するメスの対抗戦略
山口飛翔(東邦大学・理学部/日本学術振興会特別研究員PD)
離合集散動態(FFD:fission–fusion dynamics)は霊長類の社会システムの重要な要素であるが、オスからメスへの攻撃がFFDに与える影響は検討されてこなかった。こうした攻撃は霊長類で広く見られるため、その影響を解明することは重要である。本研究では、金華山島のニホンザルB1群を対象として2018–2022年にデータを収集し、オスからメスへの攻撃がFFDに与える影響を検討した。なお、B1群個体を含む集団はすべてSGとし、オトナメスの50%以上を含むものを主SGと定義した。
2019年交尾期以降、B1群ではαオス(TY)とβオス(IT)が主SGを頻繁に出入りする行動が見られ、それに伴い主SGサイズも変動した。分析の結果、交尾期に高順位オス、特にTYの出入りに彼と親密な非発情メスが追随する傾向があり、これが主SGサイズの変動に寄与していたことが分かった。さらに、メスは主SGに高順位オスが不在の日に、いた日よりも多くの攻撃を受けたことから、非発情メスによる高順位オスへの追随は、彼らの防衛を受け続けるための戦略だった可能性が示唆された。
さらに交尾期には、TYがSG内に存在する日に限り、被攻撃リスクが高い日ほど、非発情メスはTYとの近接を強め、かつより多くのメスと近接していた。この結果は、被攻撃リスクが高まると、非発情メスがTYの周囲に集まる傾向があったことを示唆する。また、TYやより多くのメスと近接していたときほど、被攻撃頻度が低下したことも示され、被攻撃リスクに応じて空間的凝集性を変化させることが、オスの攻撃への有効な対抗戦略として機能していたことが分かった。
以上の結果は、オスからメスへの攻撃がニホンザルのFFDに強く影響したことを示している。今後、比較研究が進むことで、オスからメスへの攻撃と霊長類のFFDとの関係について、より包括的な理解が得られることが期待される。
Relationship between approach behavior and grooming duration during mating in Japanese macaques
Jaock Kim(京都大学・理学研究科)
Mating interactions in primates often involve social behaviors before and after mounting, and similar patterns are observed in Japanese macaques. Approach behavior reduces the distance between individuals and creates opportunities for physical contact, whereas grooming is one of the most common behaviors performed in close proximity. If approach behavior reflects the tendency to interact with a particular partner, it may also be associated with the duration of grooming. However, the relationship between approach behavior and grooming during mating context remains poorly understood. This study investigated the relationship between approach behavior and grooming duration during mating interactions in Japanese macaques (Macaca fuscata), and examined whether this relationship differed depending on whether mounting occurred within the interaction.
Approach behavior was quantified using the Female-initiated Approach Score (FAS) and Male-initiated Approach Score (MAS), which reflect partner-specific tendencies to initiate social interaction. Based on these scores, the Difference in Approach Scores (DAS) was calculated as a pair-level measure, and its relationship with grooming duration was examined according to whether the interaction involved mounting. In females, grooming duration increased with DAS when mounting occurred before or after grooming, whereas no association between DAS and grooming duration was found when mounting did not occur. In males, grooming duration increased with DAS only when mounting did not occur, whereas no relationship was observed when mounting occurred. These findings suggest that grooming duration in Japanese macaques is associated with pair-level approach dynamics and that this association depends on both mating context and sex.
温泉に入るニホンザルにおける腸内微生物群集の機能的収束
北山遼(北海道大学・地球環境科学研究院/総合イノベーション創発機構)
長野県・地獄谷温泉のニホンザルは、ヒト以外の野生動物として唯一、恒常的な温泉入浴行動が報告されている。1960年代の初観察以来、60年以上にわたり、世代を超えた入浴という文化的行動を示す。これまで温泉研究では、泉温や含有成分が身体に与える生理的効果が主に注目されてきた一方、複数個体が同じ浴槽を利用する共同入浴がもたらす生物学的影響はほとんど検証されていない。本研究では、個体間で共有されうる生物学的要素として腸内微生物群集に着目し、温泉入浴がニホンザルの腸内微生物群集の類似性と関連するかを検討した。頻繁な入浴行動が観察される冬季に地獄谷野猿公苑で野外調査を実施し、サル糞便、サルが利用する浴槽の水、源泉の水を採取した。ショットガンメタゲノム解析により微生物ゲノムを網羅的に決定した。源泉水とサル糞便の間では微生物種の共有は認められなかった一方、浴槽水で検出された微生物種の76.9%はサル糞便中にも検出された。さらに、頻繁に入浴する個体と浴槽水との間では、特定の腸内細菌が株レベルで共有されていることが示された。入浴個体と非入浴個体の腸内微生物群集組成を比較したところ、分類学的組成には明瞭な差は認められなかった一方、機能プロファイルでは入浴個体同士の非類似度が有意に低く、機能的に類似していることが明らかになった。これらの結果は、温泉入浴が腸内微生物群集の分類学的構造を大きく変化させるのではなく、機能的な収束と関連する可能性を示している。また、浴槽水はサル由来微生物が一時的に蓄積する環境リザーバーとして働き、共同入浴を介した微生物共有の経路となる可能性がある。共同入浴は、単なる行動の共有にとどまらず、個体間で微生物学的特徴を共有する機会となりうる。温泉に入るニホンザルは、文化的行動、環境利用、腸内微生物群集の関係を検証するうえで有用なモデルである。
| ポスター発表
嵐山ニホンザルにおける、アカンボウの社会性と母親の子育てスタイルとの関係
水谷星夏(京都大学・理学研究科)
嵐山群のニホンザルにおいて、アカンボウの社会性と母親の子育てスタイルとの関係を調べた。
先行研究では、ニホンザルを含むマカク属の子育てスタイルは、放任性と拒絶性という二つの軸で説明され(Fairbanks ,1996)、拒絶的な母親に育てられた子どもほど早い段階で母親以外の個体と関わり社会的スキルを身につける(Fairbanks, 1996)ことが知られている。本研究では、現在の嵐山群で追試を行い、母親の子育てにスタイルはあるのか、子どもの社会性との関連はあるのかを調べるとともに、母親の子育て行動や子どもの社会的行動を、先行研究のように主成分分析でまとめるだけでなくひとつひとつ分析することで、それぞれの行動の役割の類似点と相違点を考えた。
2025年の春に生まれたアカンボウ全7頭とその母親を対象とし、個体追跡を行ってアカンボウと母親との交渉、アカンボウと母親以外の個体との交渉、母子間距離の変化を連続記録、母子間距離とアカンボウの近接個体を瞬間記録、母親からの授乳拒否や怒る行動を生起回数記録により記録した。
本研究では日齢による行動の変化があまり見られなかったため、日齢で1個体を2つに分割するにとどめ、変数には含めなかった。母親の行動の主成分分析を行った結果、保護性と拒否性を示す軸が抽出された。また母親の行動と子どもの行動の関係をグラフにすると、母親のグルーミング以外の保護的行動は子どもの社会性と負の相関を示し、母親の拒否的行動とグルーミングは子どもの社会性と正の相関を示した。
保護的行動が少なく拒否的行動が多い母親の子どもほど社会性が高いのは、母親との関係に不足しているものを子どもが他の個体に求めるからではないかと考え、グルーミングのみこの傾向に当てはまらなかったのは、グルーミングは授乳や抱っこといった他の保護的行動とは異なる性質を持つ行動であり、子どもの社会的行動や他個体との意思疎通を促進する働きがあるからではないかと考えた。
Seasonal variation in fecal cortisol level in wild Japanese macaques (Macaca fuscata)
Nabilla Rizky Fitriana1、村松祐莉1、新田春海1、延原利和2、延原久美2、小池敦子2、貝ヶ石優1、清水慶子3、横山ちひろ1(1 奈良女子大・生活環境、2 一社・淡路ザル観察公苑、3 動物内分泌研究所)
The Japanese macaque, Macaca fuscata, the only non-human primate species inhabiting Japan, is adapted to an environment characterized by marked seasonal variations. While environmental factors such as temperature and precipitation are known to influence stress responses via the hypothalamic pituitary adrenal cortex (HPA) axis in humans, the relationship between seasonal variations and physiological stress in Japanese macaques has not been sufficiently studied. This study evaluated the effects of seasonal changes on physiological stress in Japanese macaques at the Awaji Monkey Center. Fecal cortisol concentration was measured in 182 fecal samples collected from 137 individuals using enzyme linked immunosorbent assay (ELISA). The collected cortisol values were logarithmically transformed prior to analysis. Season, age group, sex, and hierarchical rank were included as explanatory variables, and individual identity was included as a random effect to account for repeated sampling. A linear mixed model was used for statistical analysis, and Tukey's post hoc tests were performed for factors showing significant differences. A significant effect of season on fecal cortisol concentration was detected. In contrast, age, sex, and rank showed no significant effects. Post hoc comparisons revealed that cortisol levels were significantly higher in winter compared to summer A marginally significant difference was observed between winter and early summer. These results suggest that the physiological stress of Japanese macaques is more strongly influenced by seasonal environmental changes than by age, sex, or hierarchical rank. The elevated cortisol levels observed in winter may reflect increased energetic demands associated with seasonal environmental conditions. Future analyses incorporating environmental variables such as ambient temperature will help clarify the mechanisms underlying seasonal variation in cortisol levels. The present study demonstrates the utility of non-invasive endocrine measures assessing stress and provides fundamental information relevant to the welfare, management, and conservation of Japanese macaques.
ゲノムと形態から紐解くヤクシマザルの進化史
伊藤毅1、早川卓志2、栗原洋介3、半谷吾郎1、兼子明久1、夏目尊好1、愛洲星太郎1、本田剛章1、若森参1、谷地森秀二4、姉崎智子5、近江俊徳6、羽山伸一6、川本芳7(1 京都大学、2 北海道大学、3 静岡大学、4 横倉山自然の森博物館、5 群馬県立自然史博物館、6 日本獣医生命科学、7 高宕山のサル観察クラブ)
ヤクシマザル(Macaca fuscata yakui)は屋久島の固有亜種であり、本土亜種(M. f. fuscata)との遺伝的・形態的差異が認められている。この特異性の背景として、約7300年前の鬼界カルデラ噴火に伴う環境変化と、それによる極度のボトルネックの経験が示唆されてきた。本研究では、骨格標本の形態解析と全ゲノム解析に基づき、ヤクシマザルを含むニホンザルの進化史を推定し、その特異な遺伝的・形態的特徴をもたらした進化的要因を検証した。核ゲノムに基づく集団構造解析の結果、ニホンザルは本州中部地方を境界とする東日本、西日本、および屋久島の3つのクラスターに分化することが示された。これら3系統はおよそ20〜30万年前に分岐したと推定されるが、その後も系統間で複数回の遺伝子流動が生じており、網状進化の様態を呈することが明らかとなった。屋久島集団はおよそ10万年前には遺伝的に隔離され、集団サイズが著しく減少したと推定された。ヤクシマザルの遺伝的多様性は本土集団の3分の1程度であった。頭蓋の形状には亜種間で顕著な差異が認められるものの、自然選択の痕跡は検出されなかった。また、ヤクシマザルのオスにおいては、発達の不安定性の指標である左右非対称性のわずかな増加が確認された。ヤクシマザルの遺伝的・形態的特徴は、鬼界カルデラの噴火という比較的最近の短期的イベントだけではなく、10万年以上に及ぶ長期の島嶼隔離に起因する遺伝的浮動や近親交配の影響を強く受けていることが示唆される。
ニホンザル嵐山群のオトナオスによる他個体の喧嘩への介入とその判断基準― 介入は群れの安定に寄与するか?
奥田雪乃(京都大学・理学研究科)
ニホンザルは、他個体の喧嘩に介入することがある。この行動は、血縁個体や親密な個体への利他行動とも捉えられるが、群内の攻撃を抑制し、群れの安定に寄与する側面もある。これまで第一位オスは、攻撃者よりは被攻撃者を、雌雄間の喧嘩ではメスを援助する傾向があることが知られ、こうした介入は群内の攻撃抑制に貢献する可能性がある。先行研究はオスの介入後の援助対象や攻撃対象に着目したものが多いが、オスが周囲で起こるさまざまな喧嘩の中で、どれにより強く介入するかはあまり調べられていない。そこで本研究では、オスを個体追跡中に周囲で生じる喧嘩を可能な限り記録し、それに対するオスの反応の強さを四段階に分けて評価した。調査は、嵐山モンキーパークの餌付けニホンザル群のオトナオス全3個体を対象に2025年の交尾期に行った。その結果、全てのオスで物理的攻撃を伴う激しい喧嘩や、他のオスとメス間の喧嘩への反応は強くなる傾向があり、被攻撃者への援助の方が多かった。一方、喧嘩に関与したメスとオスの親密度は反応の強さに影響しなかった。これらの結果からオトナオスは、少なくとも交尾期には、親和的な個体を特別に援助するのではなく、喧嘩の状況に応じて喧嘩への反応を変えていると考えられる。さらに、遠方での喧嘩に対して威嚇声を発するだけの弱い介入は第二位、第三位オスも第一位オスと同程度行っていた。喧嘩の当事者が負傷に至るリスクの高い喧嘩により強く介入し、被攻撃者援助が多いことから、第一位オスのみではなく第二位、第三位オスの介入も、群内の攻撃抑制につながると推測される。本研究では、介入の判断基準を調べ、弱い介入まで記録したことで、これまで十分に評価されなかった第二位、第三位オスによる介入をより詳細に調べられた。その結果、順位によって程度は異なるものの、介入行動を通じた群れの安定の維持は、複数のオスによって担われていることが示唆された。
ニホンザルの毛づくろいにおける文化的変異の候補か?:嵐山での口使用毛づくろいの広まり
柴田尚輝(京都大学・理学研究科)
ニホンザルの毛づくろいは、毛をかき分けてシラミ卵を探索し、発見したシラミ卵を毛から引き抜いて食べるという一連の動作で構成される。この過程で、シラミ卵を引き抜く際の指の使い方に個体差があることが知られている。一方、口を使ってシラミ卵をとる行動(以下「口使用毛づくろい」)は、高崎山や淡路島、地獄谷などで記述的な報告はあるが、群れ内のどのくらいの個体がこの行動を行うのか、定量的かつ、網羅的な調査は行われていない。本研究では、京都市にある嵐山モンキーパークの4歳以上のメス計56頭を対象として、口使用毛づくろいをする個体がどれほどいるか調査を行った。指または口を問わず、シラミ卵をとろうとする動作をピックアップ行動と定義をし、何ピックアップ目で口ピックアップ行動が見られたかを記録した。この記録に基づき、対象メス56頭を口使用毛づくろいを(1)する、(2)まれにする、(3)確認されなかったがしないとは断定できない、(4)しない、の4つに個体を分類した。調査の結果、(1)と(2)に分類された個体は45頭、(3)は7頭、(4)は4頭だった。(1)、(2)の個体がオトナメス全体の80%以上を占めており、これは、Whitenら(1999)が用いた「排除法(method of exclusion)」において、常習的(customary:少なくとも1つの年齢性区分において個体の大部分で見られる)というレベルに相当する。今後、口使用毛づくろいが全く見られない群れが見つかれば、排除法で文化の基準を満たす可能性がある。一方で、どこの群れでも口使用毛づくろいが多少なりとも見られた場合、文化の基準は満たさないが、嵐山でこの行動が広く普及をしている理由については疑問が残る。今後の展望として、本研究と同様の手法で他地域のニホンザル群の口使用毛づくろいの調査を行い、地域間でこの行動の有無や広まりを比較することで、毛づくろい行動の地域差を文化的、環境的要因から検討したい。
ニホンザルのアカンボウは他個体の注意を集めやすいのか?動画提示実験による検討
齊藤葵1、延原久美2、延原利和2、山田一憲1、勝野吏子1(1 大阪大学、2 淡路ザル観察公苑)
哺乳類のアカンボウは幼児図式と呼ばれる特有の外見的特徴を有する。アカンボウらしい特徴として大きな瞳や大きな頭,小さな身体,小さく短い手足,不器用な動きなどが挙げられる。このような特徴は私たちヒトの養育欲求を引き起こすことが明らかになっており,近年霊長類でも同様にアカンボウらしい特徴が養育行動を引き起こす可能性が指摘されている。ヒト以外の霊長類がどの程度アカンボウに関心を示しているかをヒトと比較することは,ヒトがアカンボウをかわいいと感じるメカニズムの進化的起源を明らかにするうえで重要である。本研究ではヒト以外の霊長類である野生ニホンザルがアカンボウの特徴に視覚的選好を示すかどうかを実験的に検証した。先行研究ではアカンボウらしい特徴のうち目の大きさや額の広さなどの顔の特徴や毛色などに着目して画像提示を行うものが多かったが,本研究では「不器用な動き」にも着目した。不器用な動きを含むアカンボウらしい特徴を提示するために今回は動画刺激を使用した。淡路島餌付け集団の1歳齢以上のメスを対象に,選好注視法を用いてアカンボウが歩く動画と,その母親であるオトナメスが歩く動画を同時に提示した。実験は交尾期に行った。それぞれの刺激への注視時間の長さを比較し,参加個体はオトナの歩行動画よりもアカンボウの歩行動画に対してより長く注視すると予測した。結果,サルは両刺激に対して強い関心を見せたが,視覚的な選好に有意な偏りはみられなかった。したがって,ニホンザルではオトナの歩行動画よりもアカンボウの歩行動画に対してより強い視覚的選好を示すわけではないことが分かった。本研究では,刺激には生後5か月のアカンボウの動画を使用したため,アカンボウらしさが生後直後よりも減少していた可能性がある。今後は非交尾期のデータを収集する。
交尾期のニホンザルの雄における勃起の生起文脈:性的覚醒との関係を考える
油目直己(京都大学・理学研究科)
陰茎の勃起は雄の交尾を可能にする生理反応であり、通常は性的刺激と関連して生じると理解される。一方、霊長類において、睡眠時や薬物投与による勃起も報告されており、勃起単独では性的覚醒を判断できないと考えられている。ニホンザル(Macaca fuscata)でも、交尾以外での勃起が観察されることがあるが、どのような行動文脈で生じるのかについての量的記述は限られている。本研究では、交尾期のニホンザルの雄を対象に、勃起が生じる文脈と勃起度合の変化を探索的に調べた。調査は京都市の嵐山モンキーパークで行い、7歳以上の雄5個体を対象に個体追跡を実施した。15秒を1観察単位として、追跡個体の陰茎の勃起度合を3段階で記録した。また、発情雌への0.5 m以内近接時およびグルーミング、マウンティング場面では、動画から詳細な勃起度合を記録した。その結果、発情雌と近接していない時には、採食中、休息・移動中において勃起が多く観察され、その出現には個体差がみられた。グルーミング場面では、他個体からグルーミングを受けていた32事例のうち17事例で勃起が確認され、他個体をグルーミングしていた50事例のうち33事例でも勃起が確認された。交尾場面では、マウンティング・シリーズの開始時から常に完全に勃起しているとは限らず、シリーズが進むにつれて各マウンティング直前の勃起度合が高まる傾向がみられた。以上より、交尾場面の勃起は性的刺激と対応する一方、交尾以外の文脈でも勃起は生じることが示された。特に、通常性的交渉とはみなされないグルーミングと勃起の結びつきは、交尾期では他個体との近接や接触が性的覚醒を引き起こす可能性を示唆する。ただし、性的覚醒とは関係ない内因により勃起が生じた可能性も排除できない。今後、これらの行動や状態と勃起が結びつく要因を検討することで、勃起と性的覚醒についての議論を深めることができるだろう。
カメラトラップで明らかにする大隅半島のニホンザルにおけるアカンボウが撮影される時期の季節性―出産期推定に向けた検討―
川添達朗1、藤田志歩2、座馬耕一郎3、浅井隆之4(1 神戸大学・人間発達環境学、2 鹿児島大学・共通教育センター、3 長野県看護大学・看護学部、4 南九州野生動物保護管理センター)
ニホンザルの出産期は緯度と関連するが、分布の南限に近い大隅半島における実態は明らかでない。発表者らは2020〜2021年に鹿児島県稲尾岳周辺でカメラトラップ調査を行い、オトナメスとアカンボウ(母親の腹側で運搬される体毛の黒い、生後2か月齢以下と推定される個体)の撮影記録を得た。撮影日を周期的スプラインで表現した一般化加法混合モデルの階層ベイズ法により、撮影の開始とピーク、終了のそれぞれの日を推定した。年を固定効果、調査地点と日をランダム効果として考慮し、アカンボウを伴うオトナメスが撮影される確率の季節変化曲線とその不確実性を事後分布として得た。この曲線がピーク時の20%となる時点を閾値として開始・終了時期を定義したところ、6月26日(95%信用区間:6月14日–7月7日)ごろからアカンボウが撮影され始め、8月25日(95%信用区間:8月2日–9月8日)にピークを迎え、11月15日(95%信用区間:10月19日–12月9日)ごろに終わるという結果が得られた。ただし、出産行動そのものを直接観察しておらず、映像からの月齢推定にも誤差が生じうるため、得られた結果はアカンボウが撮影されるタイミングの季節性を示すものであり、真の出産期の推定に向けては、直接観察との照合による本手法の精度検証が今後の課題である。また、近年の温暖化にともないニホンザルの出産時期が変化している可能性を示唆する報告もあることから、本手法を用いて全国各地のカメラトラップデータを収集・解析し、より広域での出産期の地理的・経年的変動を検討することも今後の展望として挙げられる。