フラーレン (Fullerene)は,炭素のみで構成される球状の物質である.石墨,ダイヤモンドと同様炭素の第 3 の同素体であると言われている. 1970 年,北海道大学の大澤映二助教授はサッカ ーボール構造をした炭素分子の存在についての考察を『化学』に発表したが,和文だったため, 欧米の研究者の注目するところまでには至らなかった. 1985 年に Sussex 大学の Kroto 教 授(英国),Rice 大学の Smalley 教授(米国),Curl 教授(米国)らによって C60 が発見されたが,そのきっかけは星間物質の実験室的合成に関する研究だったと言われている.
C60 は,その形状が6角形と5角形からなる形を使ったドーム建築のデザインで有名な建築家バックミンスター・フラーの考案したジオデシックドームと類似していることから,彼の名をとってバックミンスターフラーレンと 名付けられた. また,C60 の発見者である 3 名の教授は,その功績が認められ,1996 年にノーベル化学賞を受賞した.その後,C70,C76,C78, C82,C84,C86,C88,C90,C92,C94,C96 などの高次フラーレンが発見されている.
星間物質(せいかんぶっしつ)は,恒星間の宇宙空間に分布する希薄物質の総称. 密度は,地球の上層大気よりも遙かに希薄であるが,地上から星雲として観測されることもある.星間物質が大量に凝縮して,星を構成する材料にもなると言われている.
左から
Kroto 教 授
Smalley 教授
Curl 教授
フラーレン C60 の構造 ジオデシック・ドーム(1967年モントリオール万博アメリカ館)
構造
C60 分子は 12 個の五員環と20 個の六員環で構成され,サッカーボール状の構造を呈している.
フラーレンは sp2 軌道の状態で三次元的な球状構造をとっており,内部に約 0.4 nm の空洞を有している.60 個の炭素全てが,近接する原子とケージ(かご)を形成しているため,分子は非圧縮性である. C70 や C76 などの他の高次フラーレンも,12 個の五員環と複数個の六員環で構成さ れている. C60 は常温常圧下で固体であり,その結晶は黒色の粉体である.有機溶媒に溶け,ワインレッドの溶液となる.注)1 nm = 10 Å
機能
C60フラーレン分子は1985年に発見されて以来,ヒト免疫不全ウィルス(HIV)の特効薬,化粧品,半導体材料など,さまざまな分野への応用が進められている.
いまだ研究段階ではあるが,フラーレンはヒト免疫不全ウイルス(HIV)の薬としての利用が検討されている.HIVの増殖にはHIVプロテアーゼ酵素が必要であり,その隙間にフラーレンがはまり込み HIVプロテアーゼの作用を阻害するというものである.
また遺伝子の導入にフラーレンが有効であるとの研究結果も出ている,遺伝子の導入にはウイルスを運び屋として使う方法があるが,臓器障害などの安全性の問題がある.C60フラーレンに4個のアミノ基をつけた水溶性フラーレン (TPFE) を用いれば遺伝子導入が可能との結果(動物実験)が出ている.
化粧品では,フラーレンが活性酸素やラジカルを消去する性質を利用して美肌効果や肌の老化防止を目的としたフラーレン配合の美容液やローションなどが販売されている.
フラーレン分子の応用研究の1つに,C60の中にアルカリ金属を挿入すると超電導を示すというものがある.そのため,フラーレン中心の空洞サイズを変える高次フラーレンの研究も盛んに行われている.
また,有機薄膜太陽電池への応用面では,C60フラーレンは光を吸収する波長が300 ~ 400 nmの短波長領域で強く,球状π電子共役系の特徴から有機薄膜太陽電池のアクセプターとしての利用が検討され,現在主流の単結晶シリコン太陽電池に代わる新たな太陽電池の開発が注目されている.
計算構造
C60 全体の直径はおよそ7.1Å ,原子間の距離は一重結合が1.445Å,二重結合が1.405Åと計算され,固体13C NMRによる測定でも1.45±0.015Å ,1.40±0.015Åの2通りの結合長が識別されている.
2012年に半経験的分子軌道計算(PM6)法で構造予測を行った結果がファイルとして残っていたので参考までにデータを追加資料として紹介した.計算構造を精査するとC=C結合距離は1.385Åと1.469Åの2種類で構成されていて,ベンゼン環の6個の結合は同じではない.PM6計算法が発表された翌年(2008年),フラーレンについてPM6計算を行った報告があり,固体13C NMRによる測定値と合理的に一致するものであるという見解が述べられている(追加資料). 当時主流であった半経験的分子軌道法PM3, AM1等との比較結果と思われる.
PM6法によるHOMO, LUMOは-9.667eV, -2.872eVで,実測値や高度計算法による結果とは大きく異なっている.この種の研究で実測値を再現する計算法として使用される密度汎関数法(pbepbe/6-311g(d,p))ではLUMO -4.18eV, HOMO -5.87eVである.
ステレオ立体図
ステレオ立体図
PM6法による計算は,密度汎関数法や非経験的分子軌道法による計算を行うための予備的な計算として実行したものであったが,周囲の動向を勘案しそれ以上の計算は行わなかった.各種の計算法による報告については追加資料に示した.
大澤映二先生
先生とは,異常に長い単結合を単結晶X線解析で発見した際に,その結合伸長は through-bond 相互作用によるものではないかと指摘して頂いたのを機に共同研究を行い,アメリカ化学会誌への投稿が実現した.いつもその時代の化学の最先端の位置におられたという意味ではフラーレンを語る時のイントロ登場は当然と思っている.
可視部の吸収スペクトルについての論文
Improved Spectrophotometric Analysis of Fullerenes C60 and C70 in High-solubility Organic Solvents
Alexander TÖRPE and Daniel J. BELTON, Analytical Sciences, 2015, 31(2), 125.
PM6法による計算結果
pm6 ef precise fullerene.MOL GEOMETRY OPTIMISED USING EIGENVECTOR FOLLOWING (EF). SCF FIELD WAS ACHIEVED PM6 CALCULATION MOPAC2009 (Version: 11.366W) Sun Mar 18 15:14:47 2012 No. of days left = 288PM6計算構造についてコメントした論文
Validation of semiempirical PM6 method for the prediction of molecular properties of polycyclic aromatic hydrocarbons and fullerenes
Andrea Alparone, Vito Librando *, Zelica Minniti, Chemical Physics Letters 460 (2008) 151–154 . doi:10.1016/j.cplett.2008.05.028
PM6 geometry of C60 (rC–C = 1.469 Å, rC@C = 1.385 Å) is in reasonable agreement with the experimental one (rC–C = 1.450 ± 0.015 Å, rC@C = 1.400 ± 0.015 Å) determined from solid- state 13C NMR measurements [39].
PM6法 J.J.P. Stewart, J. Mol. Model. 13 (2007) 1173.
フラーレンの炭素間結合の長さは 0.140 nm と 0.146 nm と報告している論文
Carbon nanostructures fullerenes and carbon nanotubes.
S Ahmad. IETE Technical Review 16 (3-4), 297-310, 1999.
MP2計算では1.446Åと1.406 Å
Large-scale Møller-Plesset (MP2) calculations have been carried out to determine the equilibrium geometry of C60. Electron correlation is shown to have a significant influence on the calculated bond distances (1.446 and 1.406 Å). The results are compared to other levels of theory and to recent experimental findings.
M. Hiser, J. Almlof, and G. E. Scuseria: Chem. Phys. Lett. 181, p. 497 (1991).
C60 全体の直径はおよそ7.1 ,原子間の距離は一重結合が1.445,二重結合が 1.405 と計算 (MP2) され(13),NMRによる測定でも(14)1.45±0.015 ,1.40±0.015 の2通りの結合長が識別されている.
Photophysical and Electronic Properties of Five PCBM-like C60 Derivatives: Spectral and Quantum Chemical View
Huan Wang, Youjun He, Yongfang Li, and Hongmei Su, J. Phys. Chem. A 2012, 116, 255–262. 資料
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(2019.8.25)