次世代技術として期待される量子計算機は,従来の計算機では長時間かかる計算を高速で解くことができる.それ故,量子計算機を使っても破られない (解読が困難な) 暗号の設計・実現が必要となる.それが「耐量子計算機暗号」である.耐量子計算機暗号を実現する既存の方式として,(1)格子暗号,(2)符号ベース暗号,(3)多変数公開鍵暗号と(4)同種写像暗号があげられる.本研究室では,「符号ベース暗号」を用いた耐量子計算機暗号について研究を行っている.符号ベース暗号とは, 誤り訂正符号を用いた暗号であり,ランダムなノイズを加えることによって暗号文を撹乱し,暗号文から平文を求めることを困難にしている. 本研究では,符号ベース暗号の代表的なものとしてMcEliece暗号(図1)を利用し,耐量子計算機暗号を実現する.
図1 Polar符号を用いたMcEliece暗号
ブロックチェーンとは,独立したブロックを連結したチェーン上のデータ構造であり,ブロックと呼ばれる単位でデータを管理し,チェーンのように連結して保管する技術のことである(図2).ブロックチェーンは分散型台帳技術といわれる仕組みを使った「非中央集権型」のデータ管理技術であり,従来の「中央集権型」技術における中央管理者による不正,データの改ざんが困難などの特徴があり,安全かつ透明性の保たれる資産管理や医療情報管理などへの活用が期待される.また近年,オンラインショッピングの主流に伴い,宅配物の配送中の荷物盗難,紛失,すり替えといった問題が生じている.本研究室では,ブロックチェーン技術を用いて,荷物の偽造防止に加えて,追跡可能,かつ,より透明な宅配システムを実現する.
図2 ブロックチェーンのイメージ
秘密計算とは,データを暗号化したままの状態で様々な演算ができる技術のことである.例えば,あるデータ利用者が特定の会社の社員の平均年収を求めたい場合を考える(図3).ここで,社員の年収は個人情報の1つであるため,個人情報漏えいを防ぐには,暗号化して利用者に渡す必要がある.しかし,通常の暗号方式では,暗号化した情報を復号せず計算処理を行うことができないため,暗号化した情報を復号することなく演算を行うことができる秘密計算技術が必要になる.これによって,利用者は,全社員の年収を知らなくても,秘密計算を行うサーバを介して,その最終結果である平均年収のみを知ることができる.本研究室では,秘密分散法を活用し,効率的かつ軽量な秘密計算技術について研究を行い,その応用の1つである秘匿検索の検討も行っている.
図3 秘密情報(年収)を秘匿化したまま平均年収を計算する
秘密分散とは,ある秘密情報を複数の異なる値(分散値と呼ぶ)に変換し,複数の参加者に送信する技術である.秘密分散の応用の1つである「視覚復号型秘密分散法」は,1994年にNaorらによって提案され,ある秘密な画像データを従来の秘密分散における秘密情報として扱い,その秘密画像を複数の部分画像(分散画像とも呼ばれる)に分割する技術である.また,分割した分散画像を集めて,集めた分散画像を重ね合わせることで元の情報である画像を復元することができ,従来の鍵暗号を用いた手法のような複雑な復号処理を必要とせず,低計算コストな画像の分散・復元システムを実現する(図4).本研究室では,分散画像を,OHPシートや透明フィルムのように物理的な媒体に印刷し,画像データを保護する研究を行っている.
図4 共通の「カギ」で,見えなかった情報が見えるようになる
次世代の無線通信では,高速・大容量の通信を実現するために,高周波の利用が不可欠である.一方,高周波は直進性が高く,障害物のある環境での安定した通信が課題である.そこで,電波の伝わり方(電波伝搬)の制御を可能とする装置としてIRSが考案され注目を集めている.IRSとは,電波の位相を制御する反射素子を面的に複数備えた装置であり,IRSで電波を反射させることで障害物を回避した通信が可能となることから,IRSを介した無線通信方式の検討が進んでいる.また,IRSによる電波伝搬の制御を応用した物理層セキュリティ技術や無線電力伝送等の研究も行われている.
図5 IRSで電波を反射させ障害物を回りこんで通信を行う
日本は地震などの災害が多く,それによって基地局が破壊され,通信が途絶えてしまう可能性が高い.被災者の安否や位置などの情報が分からないと,迅速な救助活動を行うことができない.そのため, 災害時には一時的に通信を担うソリューションが必要となる.すでに,災害時に通信不可能になったエリアにおいて,ドローンを用いてネットワークを構築し,安否情報を収集するシステムが考案されている.これにより、被災者の安否情報を災害センターや被災者の家族などに届けることができる.しかし,実用化のためには安否情報に含まれる個人情報漏洩の対策や,通信端末のバッテリー消費を減らすための計算量の削減について考慮する必要がある.そこでShamirの秘密分散法という計算量の少ない手法を応用してアクセス制御を可能にし、軽量で安全に安否情報を共有するための暗号方式の実現を検討している.
図6 ドローンネットワークを用いた情報共有
近年, インターネットの普及や情報通信技術の発展などによって, 世界的に取り扱われる情報の量が指数関数的に増加を続けている. 一方で,既存の電気や磁気を用いた記憶装置は記録密度の限界が見え始めており, 将来的には,情報の取扱量に記憶容量の増加が追いつかなくなると考えられている. そのため, より記憶密度が高く, 大容量化しやすい情報ストレージの研究が行われており, DNAストレージにも注目が集まっている. DNAストレージとは, 情報を塩基配列に変換し, DNAとして保存する手法である(図7). DNAは生物の遺伝情報を保持する媒体として広く自然界に存在し, 高い情報密度と耐久性を持つことで知られている. 従来, DNAから塩基配列を読み取るためにはかなりのコストと時間をかけなければならず, 情報ストレージとして用いるのは非現実的であったが, 近年になって安価かつ高速に塩基配列を読み取る装置が実用化されたことで, DNAストレージの実現に期待が高まっている.
図7 DNAストレージの流れ
打音検査とは,ハンマーなどで検査箇所を叩き,発生する音で内部が損傷しているかを判断する非破壊検査の1つである.この検査は主に国内のトンネルや橋梁等の建造物に対して行われる.これらの多くは高度経済成長期に建設され,2040年には半数以上が建設から50年以上経過するなど,老朽化が問題になっている.老朽化による事故を防ぐために打音検査が行われているが,2つの課題がある.1つは検査打音に車の走行音等,周囲の環境音が雑音として重なって打音が聞こえにくいこと,2つは作業者の技量差によって判定精度が異なることである.この課題を解決するために,観測音から雑音を抑圧して打音を抽出した後,機械学習を用いて検査箇所が健全部か損傷部かを自動判定することにより,作業者を支援するシステムの研究をしている.
図8 打音検査
心筋梗塞などの虚血性心疾患は世界でも主な死因となっており,早期発見・早期治療が重要な課題である.心臓に血液を運ぶ冠動脈の閉塞により心筋細胞が壊死し,心臓の一部に運動異常を生じる.この病気の診断では,壊死した部位を特定するために超音波・CT・MRI検査等による画像診断が用いられる.超音波検査は,リアルタイムに心臓の動きを観察することができ,安価で患者への負担が少ない手法であり,臨床において広く用いられている.しかし,従来の超音波検査による診断は病気や治療の効果を判断する明確な指標が無く,診断が医師の経験や知識に依ることが問題である.これには,自動化された正確かつ効率的な機械学習アルゴリズムの開発が期待されている.本研究は超音波動画像からピクセル単位で細胞の細やかな動きの量と方向を推定することで,機械学習により心筋梗塞を予測する研究を行っている.
図9 医療画像処理