オレンジ



──常世国に遣はして、非時香菓を求めしむ。今橘と謂ふは是也。(古事記より)
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1.シナリオ概要

【シナリオあらすじ】

 神子たちはヤマト神群の神、ワダツミより依頼を受け、絶界となったある孤島の事件を解決に向かう。 オレンジの実が成るその島で、停止した時間の中、島民たちは穏やかな時を過ごしていた。 失われた記憶の真実の中で、神子たちは神子と神の関係の一端を垣間見る。
■推奨レベル1〜2■シナリオテーマ『神の愛』『親と子』

【GM向け解説】


 このシナリオのテーマは「神の愛」「親と子」となっている。それぞれの親神との関わり方を神子達に問いかけるような進行を推奨する。このシナリオの中で、最も悩み、考えるべきは、NPCではなくPCたち当人であるべきだろう。 シナリオの内容から、叙情的なストーリー展開となる可能性が高い。特にPC3はその傾向が強くなるだろうことを、予言配分の際にGMは留意しておくことが望ましい。また、PC2の真実公開のトリガーが難しいので、アマデウスに慣れていないプレイヤーへ配布するのは避ける事が好ましい。 アマデウスに於いて普遍的な題材をテーマとしているため、基本的にはどの神群の子でも楽しむことが出来るだろう。 敢えて、特にシナリオの進行に関わりやすい神群を挙げるならば、ストーリーに登場するワダツミ・まつろわぬ神への関わりが深い『ヤマト神群』の神子、消えゆく神々というテーマに関わりやすい『ケルト神群』の神子、黄金の林檎伝説への造詣を持ちやすい『ギリシア神群』『北欧神群』の神子となるだろう。反面、『クトゥルフ神群』の神子などは、対人・対神における叙情的なやりとりが発生するため、神子の傾向によってはロールプレイが難しくなるかもしれない。 レベル1の神子だけであれば苦戦する内容に、レベル2の神子であればやや余裕をもってクリアできるだろう。 テーマ、難易度共に、ある程度アマデウスに慣れているプレイヤー向けのシナリオである。※このシナリオは「ワダツミ」がアマデウス公式NPCに未実装時に製作されたものです。今後のルールブックの増刊等で「ワダツミ」が実装された場合、設定などに齟齬が生じる可能性があります。

【まつろわぬ神とは】


 語意としては、古事記・日本書紀などにおける神々の争いや平定事業において、抵抗し、帰順しなかった神のことを指す。 このシナリオのエネミーは、そういった、過去にヤマト神群と対立した神の一柱の成れの果てである。アマデウスの世界観としては、2巻で説明されている悪魔と同じものだが、このシナリオではワダツミはまつろわぬ神へ敬意を払っている為、そうした呼称を意図して用いていない。 海神として一部のデータを改変しつつ、怪物『土蜘蛛』に該当する。詳しいデータは戦闘フェイズの項目に記述する。

【シナリオ背景(顛末まで)】

 神子たちはヤマト神群の神、ワダツミより依頼を受け、絶界となったある孤島の事件を解決に向かう。その島には、かつてヤマト神群との勢力争いに敗北した神が棲み、島独自の土着信仰が残っていた。ヤマト神群に属さぬ『まつろわぬ海神』は、その長きにわたる歴史の流れの中、伝承が廃れ、存在が消滅しかかっていた。海神は島民たちを神子とすることで己の存在を保っていたが、神子の1人である『丹波みなと』が外の世界の人々と縁を結び、外界へと憧れるようになったことから、自身の消滅の恐怖と、子が己のもとから離れていく寂しさに狂い、ついには怪物へと堕ちる。 嫉妬深い神は嘆き、怒り、子を、己の存在を知る島の人々を、島ごと絶界へと隔離した。忘れられないために。見捨てられないために。置いて行かれないために。

【想定されるシナリオの流れ】

1.万神殿でワダツミから予言を授けられる。          ↓2.危険な旅を超えながら、橙之島で調査を行う。 想定される情報の流れは以下の通り。『橙之島』の暗示を公開→『橙之島』の真実を公開→『少女』の暗示を公開⇄『PC1』の真実を公開→マスターシーン『対立』発生→『少女』の真実を公開→『PC3』の真実を公開→『PC4』の真実を公開→マスターシーン『親子』発生→決戦フェイズへ          ↓3.決戦フェイズで『まつろわぬ海神』との戦闘を行う。→戦闘中に『PC2』の真実の公開を想定。          ↓4.戦闘を終え、終了フェイズを行い、ストーリーをまとめる。

2.導入フェイズ

【プレイヤーの予言】

■PC1

◆暗示 君はワダツミから依頼を受け、事件を解決するため、とある孤島へ向かうことになる。 君の任務は怪物の退治だ。◆真実 ワダツミは君に告げた。「今回の事件には、一柱の神が関わっている。 正しき名は語られていない、まつろわぬ神だ。 あれは私と同じ、海の神だった。 遥か昔、我々は対立した。私が勝利し、あれは力の大半を失った。一つの島から二度と出ぬ事を条件に、私はあれにトドメを刺さなかった。 伝承の風化と、時による穏やかな消滅を願っていたのだが……それは私の傲慢だったらしい。 君達に頼むのは怪物退治であり、同時に神殺しそのものでもある。 いにしえの不出来を押し付けてすまない。どうか、心してかかってくれ」 この真実が公開された時、好きなインガを1つ自由に配置できる。◆トリガー 「橙之島」の真実が公開される。 この真実が公開されたとき、マスターシーン「対立」が発生する。

■PC2

◆暗示 君はワダツミから依頼を受け、事件を解決するためとある孤島へと向かうことになる。 君の任務は島民たちの救出だ。◆真実 君は未来の光景を幻視した。どす黒い空の下で荒れた海。波間に攫われそうなほどの小さな島。その島に迫るおぞましい大津波。 絶界により逃げ場を失っていた島民たちは、ただ呆然とそれを見ていることしかできなかった。 かくして、島は津波に飲み込まれ海の底へ沈む。これはまだ夢だが、このまま行けば真実となってしまうだろう。 神子として、このような惨劇は食い止めなければならない。 この真実が公開された時、好きなインガを3つ自由に配置できる。◆トリガー 青のインガが第三段階に到達する。 戦闘フェイズ終了までにこの予言が公開されていない場合、予言は真実となる。

■PC3

◆暗示 君はワダツミから依頼を受け、事件を解決するため孤島へ向かう。 初めて訪れる島のはずなのに、何故だか見るものすべてが懐かしい。これは一体…? 君の任務は違和感の理由を突き止めることだ。◆真実 君は未来の光景を幻視した。それは自分が一人の少女の胸を貫き、彼女を殺害する夢だ。 彼女は安堵したような顔を向け、君へ微笑みかける。「また会えてよかった」 そして君の腕の中で息絶えた…。 これはまだ夢だが、このまま行けば真実となってしまうだろう。それが悪いことなのかどうかすら、今の君には分からないのだが。 この真実が公開された時、好きなインガを一つ自由に配置できる。◆トリガー 「少女」の真実が公開される。 冒険フェイズ終了までにこの真実が公開されない場合、予言の夢は真実となる。

■PC4

◆暗示 君はワダツミから依頼を受け、事件を解決するため孤島へ向かう。 しかし、君は万神殿に招かれた段階で、己の果たすべき本当の任務を理解していた。 君の任務は本当の任務を達成することだ。◆真実 君は過去の光景を幻視した。 それは旅人と思しきPC3が、この島の人々と楽しいひとときを過ごしている夢だ。PC3は島の人々と交流を深め、再会の約束を交わし島を去っていく。 その背を睨みつけるおぞましい気配があった。それは島の人々とPC3の再会を厭い、島を去るPC3へ呪いをかけ、島の記憶を消してしまった。 あなたの本当の任務は、この事件で発生するあまねく悲劇を回避することだ。 この真実が公開された時、好きなインガを1つ自由に配置できる。◆トリガー PC3の真実が公開される。 この真実が冒険フェイズ中に公開された時、マスターシーン「親子」が発生し、決戦フェイズに突入する。

■絶界化の影響について

 シナリオの舞台となる『橙之島』は、神子たちが到着した段階では、絶界とは思えないほどのどかで牧歌的な日常が繰り広げられる平和な島だ。この島に発生している絶界化の影響は、NPC『丹波みなと』以外の島民が、無自覚のうちに、島の外へ関心を抱かなくなっているということ・かつて島を訪れた外部の人間(PC3を含む)のことを完全に忘れてしまっているということである。 また、島民たちはみな無自覚の神子として生活を送っているため、多くの老人は伝説の子と似た状態になっている。その為、年齢に反して健康で元気な者が非常に多い。また、年齢を聞いたならば、通常の人間の寿命ではあり得ないほど長寿の者もいるかもしれない。そして彼ら自身は、そこになんの違和感も持っていない。

【導入】

 万神殿へ集められた神子たちは、ワダツミから予言を授けられる。『日本海のはずれにある、ある島が絶界に取り込まれてしまった。 絶界は少しずつ勢力を増している。このまま放っておけば、他の土地にも影響が及ぶだろう。 絶界が発生した理由は、島に海獣の怪物が現れたことが原因だ。 島へ向かい、この怪物を退治してきてほしい』 GMはプレイヤーたちへ予言を配布する。 かくして神子たちは各々の任務と思惑を胸に絶界へと向かう。

□道中

 万神殿から絶界の先『橙之島』へ向かうには「危険な旅」の判定を行う。 試練表には、公式サイト配布シナリオ「消えた第七艦隊」付属の「大海試練表」を使用する。 「危険な旅」の判定を終えたタイミングで、冒険フェイズに突入し、予言『橙之島』の暗示を公開する。

3.冒険フェイズ


 このシナリオのメインフェイズは1サイクルとなっている。 冒険シーンには、公式サイト配布シナリオ「消えた第七艦隊」付属の「大海シーン表」の一部そぐわない文面を任意で改変し使用する。

【予言『橙之島』】

■予言『橙之島』

◆暗示 日本海遠洋に存在する小さな島。 希少な独立種のオレンジの産地として有名。 島民は約2000人程度の限界集落。ごく僅かな子供たちの笑い声や、老人たちの近隣間との交流が和やかに続く、現代から切り離されたような独自の生活が、今も続く島。◆真実 島の人々と交流を深めた君は、あることに気付く。この島の人々はみな、無自覚の神子なのだということに。 彼らは日常の中で、どこの神群にも属さぬ独自の神への信仰を持っている。この島の神が島民たちの夢の中で彼らに己の血を分け与え、彼らは無自覚の神子として、島の神の加護のもとで、今日まで生きてきたのだ。 島の灯台の頂上にはその神を祀る古いほこらがあり、その社は今、『丹波みなと』という少女が灯台守となって管理しているという。 予言『少女』の暗示を公開する。◆トリガー PCの誰かがこの真実を得る。

 オレンジの木々を見て、親神の誰かが神子へと語りかける。(口調は随時変更すること)『絶界にオレンジか! この国に珍しい……。ああ、いや、人間としての意味じゃあないぜ。『黄金の林檎』伝説って知ってるか? 林檎って訳されちゃいるが、ありゃ実際はオレンジの事だ。だからオレンジは、昔から神の食べ物だとか、不死の源だとかいわれてる。 西洋の神にとっちゃ、少し特別な果物なんだ。でも、ヤマト神群の神話じゃあんまり聞かねえから、珍しいなぁって思ってさ』

■『黄金の林檎』伝説

 ギリシア神話や北欧神話を中心に、さまざまな国や民族に伝承される民話や説話の果実。  醜怪な敵役が隠したり盗んだりした黄金の林檎を、英雄が取り戻すというあらすじのものが多い。  また、親神たちはこう口にしているが、ヤマト神群の伝承にも「非時香菓(トキジクノカクノコノミ)」の伝承でオレンジ(橘)は登場する。そこでも不老不死の果実として取り扱われているので、ヤマト神群の親神やワダツミから、この点への注釈を入れるのも自由である。(このシーンの目的は、『オレンジは神話上、不老不死や蘇りの為の果物とされている』という認識をプレイヤーに持たせることだ)
 『橙之島』の真実が公開された時点で、『少女』の暗示を公開する事が出来る。PC1の真実公開や、マスターシーン『対立』を終えた後に暗示を公開するか、終える前に暗示を公開するかはGMの自由にして構わない。

【マスターシーン『対立』】

□発生タイミング:PC1の真実が公開された時

 橙之島に関する情報が少しずつ明らかになってきた。しかし真実に至るにはもう少し情報が足りない。 調査を続ける神子たちは島で一夜を過ごす。 気のいい女将の経営する小さな民宿での一夜。島の人々が寝静まった夜半。 柔らかな月光が差し込む障子窓の向こう、遥か眼下に夜の海が寄せては返している。 神子達が眠る夜半。
 襖が開く。音もなく。 何かが入る。音もなく。
 それは部屋の中に入り、しばらくの間、PC3を見つめるようにじっとしていた。 しかしやがてそれは動いた。『武器』を抜き、PC3の胸へと、振り下ろす…!

*神子たちは『武勇』で難易度5の判定を行う 成功した場合、襲撃者の攻撃を防ぐ事が出来た。格好良く自由に演出をしてもらう。ただし、成功していても、この時点で襲撃者の正体は明らかにはならない。この判定は全員が行う。 失敗した場合、PC3は2d6のダメージを負う。
*成功時 襲撃者の攻撃を神子たちは防ぐ事が出来た。 襲撃者は武器を収めると、一目散に障子窓を開き、その先の海へと身を躍らせて逃げてしまう。 月明かりに逆光となったその素顔が誰のものかは、分からないまま…。
*失敗時 襲撃者の攻撃を神子達は防ぐ事が出来なかった 襲撃者の武器がPC3の体を傷つける。その時、神子達は確かに聞いただろう。他ならぬ襲撃者自身が狼狽え、悲鳴を堪えるように息を飲んだのを。 襲撃者は武器を収めると、一目散に障子窓を開き、その先の海へと身を躍らせて逃げてしまう。 その後ろ姿が、PC3には、何故だかひどく懐かしいものに思えて仕方がなかった…。

【予言『少女』】

■予言『少女』

◆暗示「あ、お客さん!? 珍しー! ゆっくりしてってください、ゆっくり!」 丹波みなと(たんば・みなと)。島の灯台守を勤める少女。 両親は幼い頃に他界し、今は島の人々に支えられながら、灯台守として生活している。 日に焼けた褐色肌の眩しい、活発で明るい陽気な少女。島の外の世界に興味津々であり、神子達にも親身になって接する。◆真実「……ねえ。あなたにとって、神様ってどんな存在?」 彼女の正体はマスターシーン「対立」の襲撃者であり、自覚ある島の神の神子である。 彼女はPC達と(おそらくは)同じように、神子として親神を慕い、敬っている。けれど、年齢相応の少女として、外の世界へ憧れているのも本心だ。 その関心の発端は、かつて島を訪れたPC3との交流にある。彼女はPC3と交流を深め、外の世界が存在する事を知り、強い興味を抱くようになった。しかし彼女の親神はその感情に嫉妬し、彼女たちが己の手元から離れていかぬよう、この島を絶界に閉じ込め、彼女以外の島民達のPC3との交流の記憶を消してしまった。 親神の行いが正しい事ではないという分別はついている。 外の世界への興味もある。しかし、寂しいと子らへ縋り、見捨てないでと訴える、名も知らぬ己の『親』を、 彼女は見捨てる事が出来なかった。◆トリガー PCが丹波みなとに対し交流判定を行う。 交流の結果、感情を結べたか否かで、マスターシーン「親子」での彼女の立ち位置が変化する。

【マスターシーン『親子』】

◆発生タイミング:PC3の真実が公開された時、PCが丹波みなととの交流判定に成功している


 己の神子が他の神の子と再会した事を知った島の神は嫉妬に狂う。 島を凄まじい地震が襲い、空が俄かにかき曇り、一瞬にして大嵐が到来する。街の人々に混乱が走る。 オレンジ畑の木々が揺れ、白い花が、金色の果実が地面へと落ちていく。「お父さん! やめて、やめてよ!! ずっと一緒にいるから、私が一緒にいるから! だからこの人たちに手を出すのはやめて、お父さん!!」 みなとが海へと叫ぶ。それに答えるように、一瞬にして凄まじい風と波が押し寄せ、彼女の体を海へと攫う。だが、猛る海は鎮まらない。
 海原が蠢く。水平線が盛り上がり、おぞましい何かが姿を現さんとしていた。「津波が来るぞ! 高台へ!」「早くしろ!」「母さんこっち!」「急げー!」 理由を知らぬ街の人々は混乱し逃げ惑う。しかしこの島が絶界である限り、彼らに逃げ場があるはずもない。
 神子達は目にするだろう。海面に現れ、天を覆った巨大な海獣の姿を。 己を忘れる己の子らを、己と共に深海の奥底へと連れて行かんとする、荒れ狂うまつろわぬ神の成れの果てを。(*…エネミー「まつろわぬ海神」の脅威「暴虐の神子」を使用しない)

◆発生タイミング:PC3の真実が公開された時、PCが丹波みなととの交流判定に失敗している。


 己の神子が他の神の子と再会した事を知った島の神は嫉妬に狂う。 島を凄まじい地震が襲い、空が俄かにかき曇り、一瞬にして大嵐が到来する。街の人々に混乱が走る。 オレンジ畑の木々が揺れ、白い花が、金色の果実が地面へと落ちていく。「お父さん! やめて、やめてよ!! ずっと一緒にいるから、私が一緒にいるから!」 丹波みなとが海へと叫ぶ。それに答えるように、凄まじい突風が陸から海へと駆け抜け、みなとの体を海へと引き寄せる。
 海原が蠢く。水平線が盛り上がり、おぞましい何かが姿を現さんとしていた。「津波が来るぞ! 高台へ!」「早くしろ!」「母さんこっち!」「急げー!」 理由を知らぬ街の人々は混乱し逃げ惑う。しかしこの島が絶界である限り、彼らに逃げ場があるはずもない。
 神子達は目にするだろう。海面に現れ、天を覆った巨大な海獣の姿を。 己の子らが己を完全に忘れる前に、己と共に深海の奥底へと連れて行かんとする、荒れ狂うまつろわぬ神の成れの果てを。「……また会えてよかった」 神子達へ背を向け、丹波みなとは顔を涙で歪めながら、震える声で告げる。不器用に笑う。「でもね、やっぱり……お父さんには、私が付いていてあげないといけないみたい」 そうして、彼女は君たちの目の前で海へと身を投げる。(*…エネミー「まつろわぬ海神」の脅威「暴虐の神子」を使用する)

◆発生タイミング:メインフェイズ終了時点でPCが情報「少女」の真実に辿り着いていない時


 己の神子たちが他の神の子と再会した事を知った島の神は嫉妬に狂う。 島を凄まじい地震が襲い、空が俄かにかき曇り、一瞬にして大嵐が到来する。街の人々に混乱が走る。 オレンジ畑の木々が揺れ、白い花が、金色の果実が地面へと落ちていく。
 海原が蠢く。水平線が盛り上がり、おぞましい何かが姿を現さんとしていた。「津波が来るぞ! 高台へ!」「早くしろ!」「母さんこっち!」「急げー!」 理由を知らぬ街の人々は混乱し逃げ惑う。しかしこの島が絶界である限り、彼らに逃げ場があるはずもない。
 神子達は目にするだろう。海面に現れ、天を覆った巨大な海獣の姿を。 己の子らが己を完全に忘れる前に、己と共に深海の奥底へと連れて行かんとする、荒れ狂うまつろわぬ神の成れの果てを。
 それと相対するように、岬に少女の姿があることにPC3は気がつく。 それが誰なのかを、PC3はついぞ思い出す事が出来なかった。彼女はPC3へ微笑みかけ、嵐の中で何事か叫んだようだった。 また会えてよかった! 彼女はそう叫んだのではなかったか? けれど神子たちが真実に至る事は、ついになかった。 神子たちの目の前で、彼女は荒れ狂う海へと身を投げた。(*…エネミー「まつろわぬ海神」の脅威「暴虐の神子」を使用する)(*…また、このルートの場合、戦闘終了時に、「暴虐の神子」に対するPC3の予言が現実となる演出を行う)
 マスターシーン『親子』が終了した時点で、プレイヤーとGMは即座にクライマックスフェイズに突入するか、残りのサイクルで休憩や交流などの処理を終えてからクライマックスフェイズに突入するかを自由に選んで構わない。

■まつろわぬ海神とオレンジ

 『まつろわぬ海神』の正体は何なのか? その正体がこのシナリオ内で詳しく語られる事はない。神代の時代にヤマト神群との勢力争いに敗北した、今は名も語られぬ神の一柱というだけだ。 『黄金の果実』との関わりも、シナリオ内で細やかな設定は存在しない。もしかしたら『まつろわぬ海神』はかつては西欧に属する神であったのかもしれないし、タイタン神群の何者かによる干渉を受けた事があるのかもしれない。その解釈をどう定めるかはGMとPLの自由である。『まつろわぬ海神』の背後に黒幕めいた存在が居り、そこから新しいキャンペーンへと繋がっていくなどしても、それはそれで面白いかもしれない。

4.戦闘フェイズ

【エネミーデータ】

◆本体『まつろわぬ海神』

■怪物Lv4(基本・290P・「土蜘蛛」より一部改変)タグ:神・水生命力70 防御値4 攻撃値4【怨嗟】ヤマト神群のPCが受けるダメージが1d6点上昇する。【怨嗟の声】本体の生命力を減少させたPCは変調「絶望」を受ける。──現代の世には語られぬ奇妙な海獣の姿をとって顕現した、かつての神の成れの果て。鯨の如き巨体は波を操り、島と子らを海の底へ誘う。

◆パラグラフ1『水牢』

■脅威Lv2(基本・290P・「糸絡み」より一部改変)分類:術式 タグ:水 判定:技術威力--- 攻撃値+0 耐久度10 防御値+2【水牢】欄外にいないPC全員を捕縛状態にする。──怪物の操る水と波が、牢のように神子を捕らえ、その足を阻む。

◆パラグラフ2『衝撃波』

■脅威Lv2(基本・274P・「衝撃波」より一部改変)分類:攻撃  タグ:衝撃  判定:霊力威力1d6+1 攻撃値+0 耐久度12 防御値+0【波動:青】青の属性でないPC全員を攻撃対象に選ぶ。【衝撃】誰か一人でもこの攻撃でダメージを受けた者がいると、すべての領域にあるインガを1つ取り除く。──打ち寄せる波の力。自然の暴威と一体と化したその一撃は、あらゆる運命を薙ぎはらう。

◆パラグラフ3(-)『暴虐の神子』

■脅威Lv3(基本・276P・「暴虐の神子」より一部改変)分類:攻撃 タグ:独立・実体・人 判定:頭脳威力3d6 攻撃値+0 耐久度15 防御値-2【ムードダウン】この脅威カードが攻撃を行ったとき、好きな領域のインガを一つ減らす。──父を見捨てられぬと語った少女は最早何も語らず、ただ神子へ武器を向けるのみ。その頬を、海水ばかりがしとどに濡らす。

◆パラグラフ4(3)『親神の慟哭』

■脅威Lv3(02・222P・「鋭い一撃」より一部改変)分類:攻撃 タグ:実体・衝撃 判定:技術威力3d6+2 攻撃値+2 耐久度11 防御値+1──それは悪魔の咆哮か。あるいは寂しい親の成れの果てか。憎悪と共に放たれる一撃はあまりにも鋭い。

◆パラグラフ5(4)『黄金の林檎』

■脅威Lv1(基本・272P・「再生」より一部改変)分類:術式 タグ:独立・実体・強化 判定:愛威力--- 攻撃値+0 耐久度8 防御値-1【超再生】脅威カードを一つ選んで未行動状態にし、この脅威の次のタイミングで行動させる。──神の食料。不死の源。あるいは、まつろわぬ神が嘗て、身を寄せていたかもしれぬ土地の残滓。

■エネミーの行動方針

 パラグラフ1『水牢』でPCたちを捕縛状態にして達成成功率を下げ、パラグラフ2『衝撃波』でPC2の予言達成を阻む。 パラグラフ3『暴虐の神子』はマスターシーン『親子』で『丹波みなと』が入水しているか否かで使用の有無を決める。パラグラフ5(4)で再生させる脅威カードはパラグラフ3『暴虐の神子』か4(3)『親神の慟哭』の脅威カードとなる。

5.終了フェイズ


 以下のエンディングはいずれも「想定され得る可能性の高いシチュエーションの顛末」です。 実際のED描写は、神子たちの性格やロールプレイなどに応じて、柔軟に行うと良いでしょう。

【顛末 -Good End-】

分岐条件:全ての真実が公開されている
 丹波みなとは戦闘終了時点で、無呼吸状態で海から引き上げられる。この時点で彼女の意識はなく、危険な状態にある。PCたちが彼女の蘇生を望み【嘆願判定】に成功するのであれば、丹波みなとは息を吹き返す。
『分かった、力を貸そう……貴様!?』 親神の驚く声が神子の脳裏に響く。顔を上げたなら、水が引いていく浜に、うすらぼんやりとした人影が立っていた。最早その顔立ちすら定かではない影は、意識を失った丹波みなとへ手を伸ばし、その手の中からぽろりと黄金の果実……オレンジの実を一つ、零した。 そうして、瞬きを一つする頃には、その人影はあとかたもなく消えてしまった。浜にはオレンジの実だけが打ち上げられている……。『……最後の力を振り絞ったか。……愚かな。それならば何故最初から……』 親神のつぶやきが、むなしく浜に響いた。
「……どこかで、お会いしたことあります?」 丹波みなとが生還した場合、目を覚ました丹波みなとは己の親神や、神子に関わる記憶や知識を完全に失っている。それはPCたちと過ごした記憶や、かつてPC3と出会った時の記憶も同様だ。 丹波みなとは『忘却の子』として生きることになるかもしれない。あるいは、何も知らぬ一般人として、以後の一生を終えるかもしれない。少なくとも、暴走した己の親神の呪縛からは逃れる事が出来たのだといえる。「なんだか……初めて会った気がしなくって。会えて、すごく嬉しくて……なんでかな?」 その問いにどのように答えるのかは、神子たちの自由だろう。
 事件解決後、神子たちは再び万神殿へと招かれる。そこで改めてワダツミから礼を言われる。『まずは、ありがとう。君たちは本当に頑張ってくれた。古のしがらみに終止符を打ってくれたこと、感謝する。 あの島を覆っていた歪んだ時の流れも、少しずつ自然に戻って行くだろう』
『……少し、独り言をこぼそうか。あれは堕ちた神ではあったが、しかし、神の愛とはいつも身勝手なものだ。 私たちもまた、己の子を愛し、時に嫉妬し、時に執着する。 私たちは何も変わらない。だから私は、あれを悪魔と呼びたくはないのだよ……』
『……つまらない話をしてしまったね。さあ、君たちはお帰りなさい。 きっと、君のお父様やお母様が、君を心配しているだろうから』

【顛末 -Bad End-】

分岐条件:PC2の予言の真実が公開されない
 神子たちは『まつろわぬ海神』を打ち倒すことに成功した。 しかし、運命の輪は残酷に回り続ける。──島へと押し寄せる大津波は止まらない。
『(PC名称)! もう駄目だ、お前だけでも!』
 神子たちは、親神たちの力によってその津波から守られる。神子たちの眼前で、島の全ての家と、全ての人々が、津波に飲み込まれていく。 かくして、『橙之島』は海の底へと沈み、この世界から完全に消滅する。 波が去ったあとには、一面に凪いだ海原、そこにたゆたう一個のオレンジだけが、残されたものの全てとなるだろう。 戦いを終え、万神殿へ戻った神子たちをワダツミが礼とねぎらいの言葉と共に出迎える。
『まずは、ありがとう。君たちはよく頑張ってくれた。古のしがらみに終止符を打ってくれたこと、感謝する』
『そして、お疲れ様。絶界が、あの島一つで収束したのならば、それは……まだ、幸いだった。彼らは波の下の都に行き、そこで彼らの父と、幸せな時を過ごすのだろう。 きっと最初から、こうなる運命だった。……そう考えると良い』
『さあ、君たちはお帰りなさい。 きっと、君のお父様やお母様が、君を心配しているだろうから』