蓋の底で見る夢



これはスーパーマンがハッピーエンドを作る物語ではない。これは美しい大団円が約束された物語ではない。

選べない選択肢の中で、それでも尚、何かを選ばなければならない時。受け入れたくない理不尽の前で、それでも尚、時は等しく流れていく時。

その時、君は何を選ぶのか。膝をつくか。目耳を塞ぐか。歩みを止めるか。歯を食いしばるか。涙を堪えるか。前を向くか。

──ヒーローよ、命を見捨てる覚悟はあるか。

これは、幸福な物語ではない。けれどきっと、この世界にありふれた物語だ。
▼シナリオPDF

1.エントリーとシナリオ概要

【GM向けシナリオ概要】


 このシナリオは『ハッピーエンド』にはならない、ヒーローたちが『救いたいと願えども、決して救えないもの』と相対し、悩み、苦しむ物語である。ヒーローらしい爽快な救出劇を望むプレイヤーには向かないシナリオである事を、ゲームマスターは絶対の事前認識として自覚しておくこと。 シナリオ全体が大きなクエリーのような形を取っている為、物語の救いや着地点は、PLやGM、そしてキャラクター達自身が考えていくことになるだろう。ヒーローという輝かしい存在が、悩み苦しみ、痛みを抱えながら、次の一歩を歩み出すことを楽しめる(要は、悲劇をエンタメとして消化できる)プレイヤー向けのシナリオだ。

【事前情報】


 クエリー:3 チャレンジ:2 初期グリット:3 リトライ:1
 想定時間:2〜3時間 推奨経験点:0〜10点

【GMに要するルールブック】


・基本ルールブック(R1)

【エントリー】

【PC1:炎の彼方】

 1ヶ月前のことだ。 君は、ある非合法組織の実験施設の摘発に乗り出していた。激しい攻撃を繰り返す敵の本拠地を駆け抜ける君は、実験施設の中で生み出された、人と獣の合成獣(キメラ)──白いワニ型のエンハンスドを見つける。 エンハンスドは、炎にまかれる施設の中から、ぼろぼろのぬいぐるみを抱え、怯えるように地下の下水道へと身を投げ、姿を消してしまった。 以来、君はそのエンハンスドの行方を追っている。

【PC2:空腹の獣】

 君はある日、ごみ捨て場の近くで、白ワニ型のエンハンスドと出会う。 君に見つかった白ワニエンハンスドは、不器用な言葉で君に乞うた。ごめんなさい。もう逃げたりしないから。ぶたないで。たたかないで。いたいのはいやだよ。あついのもいや。ごめんなさい。 それは虐待された幼子と何も変わらない反応だった。 君はそのエンハンスドを放っておけなかった。

2.導入フェイズ

【イベント1:炎の彼方】

 登場:PC1 舞台:非合法組織の研究所(1ヶ月前)

【状況1】

 PC1は、ある非合法組織の実験施設の摘発に乗り出している。戦いは佳境を迎えており、君を迎え撃とうと、敵は激しい攻撃を繰り返す。 本拠地を駆け抜ける君は、実験施設の中で生み出された、人と獣の合成獣──エンハンスドたちの亡骸を見つける。 多くのエンハンスドたちは、培養液に満たされたシリンダーの中で、すでに息を引き取っている。しかしそのうちの一本が割れ、外へ転々と水の跡が続いていた。 その跡を追い、君は目にした。地下へ続くマンホールの蓋を開け、その中に飛び込もうとしていた、白いワニのような外見をしたエンハンスドの姿を。 白ワニは炎に包まれる施設の中から、手にぼろぼろのぬいぐるみを抱え、怯えるように地下の下水道へと身を投げ、姿を消してしまった。 以来、君はそのエンハンスドの行方を追っている。

【エンドチェック】

□PC1が白ワニエンハンスドの姿を目撃し、行方を探すことにした。

【『蓋の底で見る夢』エントリー1補足情報】

 あなたが追っていた非合法組織は、バイオテクノロジーの知識を悪用し、安価で強化兵士を作り出してはヴィラン組織に輸出するといった行為を働いていました。 主な商品は人と動物を組み合わせた合成獣型のエンハンスドで、人間に後天的に動物細胞を投与することで肉体を強化していたようです。 兵士となった人間の多くは、セカンド・カラミティで親を失った、身寄りのない子供たちであることが明らかになっています。 この非合法組織は何らかのヴィラン組織の直轄傘下ではなく、下請けのような形で悪事を働いていました。 そのため、背後に具体的な公式・非公式ヴィランNPCの存在があるわけではありません。

【イベント2:空腹の獣】

 登場:PC2 舞台:ごみ捨て場の近く(エントリー1の1ヶ月後)

【状況1】

 PC2はその日、ヒーローとして、夜のパトロールを行っていた。 ヴィランたちとの戦いはなく、街は平和な眠りにおちている。君がパトロールを終えようとしたとき、君は偶然、ごみ捨て場の近くで、白ワニ型のエンハンスドを見つけた。 君に見かったことに気づいた途端、白ワニは怯えたようにその場にうずくまり、頭を抱え、不器用な言葉で命乞いを始めた。「ごめんなさい。もう逃げたりしないから。ぶたないで。たたかないで。痛いのはいやだ。熱いのもいや。ごめんなさい、ごめんなさい…」 それは虐待された幼子と何も変わらない反応だった。 さて、どうしよう。

【状況2】

 白ワニは君が敵対者ではないと知ると、怯えながらも警戒を解くだろう。 同時、彼の腹から、ぎゅるるるる、と腹が鳴る音がする。白ワニはおそるおそる君に尋ねた。「なにか、たべるものを、もってませんか」「どうすれば、それを、もらえますか」 君はそのエンハンスドを放っておけなかった。 名を問われれば、エンハンスドは自分をNo.82だと答えた。

【エンドチェック】

□PC2が白ワニエンハンスドと知り合い、彼を助けることにした。

3.展開フェイズ

【クエリー1:幼子の仇】

 登場:PC1 舞台:墓地など(依頼を受けるのに適切な場所)

【状況1】

 白ワニエンハンスドの行方を追うPC1は、とある夫婦から、地下下水道に現れる白いワニの話を聞く。 彼らは幼い我が子をワニに食われ、殺されたのだという。「どうか、娘の仇を討ってください。これ以上の被害が出る前に。 ……どうして、どうしてあの子がこんな目に…!」「お前、それ以上は。……受けてもらえますか、ヒーローさん」 目を赤く腫らした両親はヒーローに依頼する。 それを受けるか、それとも…。

【エンドチェック】

□PC1が選択した□グリッドを1点獲得した

【クエリー2:救済問答】

 登場:PC2 舞台:飲食店など〜病院

【状況1】

 PC2は、救助したNo.82に食事を振る舞った。しかしそれを食べた時、No.82は悶え苦しみ、食べたものを全て吐き戻してしまった。彼は激しい痙攣を繰り返し、意識を失ってしまう。

【状況2】

 病院で彼の体を調べてもらった結果、No.82は人肉しか食べられないことが判明する。戦闘用に改造された肉体は、彼が対人戦闘にすすんで臨むよう、悪夢のような改造が施されていたのだ。医師は告げる。「言いたくありませんし、認めがたい事実ですが……珍しい話ではありません」「死刑囚の死肉を食べさせる、再生能力を持つ超人種の血肉を分け与える……それも、選択自体は可能でしょう。しかし、それは本当に救いになりますか?」「……彼は人間の社会では生きてはいけません。せめて静かに眠らせてあげるべきです」 安楽死を勧める医師に、君が選ぶ答えは…。

【エンドチェック】

□PC2が医師の勧めについて考えた(結論を出せなくてもいい)□グリッドを1点獲得した

【チャレンジ1:地下へ、地下へ】

 登場:PC2 舞台:病院

【状況1】

 そのやりとりを物陰から聞いていたNo.82は病院から逃げ出してしまう。 PC2は彼のあとを追う。
–––––––––––––––––判定:<運動>-20% or <知覚> or <隠密>-10%……後を追う。
失敗時: 決戦フェイズでグリットが使えなくなる–––––––––––––––––
 No.82はマンホールから地下下水道へと逃げていく。 君はその後を追い、同じく下水道へ向かう。

【エンドチェック】

□PC2がNo.82を追いかけた

【チャレンジ2:逃避行の果て】

 登場:PC1 舞台:下水道

【状況1】

 PC1は白ワニエンハンスドの行方を追い、彼の拠点があるとみられる下水道を調べていた。
–––––––––––––––––判定:<生存> or <心理> or <追憶>+10%……下水道を調べる
失敗時:決戦フェイズで、エリア4・3・2を『エリア:水中』として扱う。–––––––––––––––––
 PC1は白ワニエンハンスドの拠点を見つけた。 そこには脱皮を繰り返した痕跡や、明らかに人間のものとわかる一人分の骨、幼い子供の服、研究施設で見たぼろぼろのぬいぐるみが落ちていた。

【エンドチェック】

□PC1が白ワニエンハンスドの拠点を見つけた

【クエリー3:命の選択】

 登場:PC1・2 舞台:下水道

【状況1】

 白ワニエンハンスドの拠点に辿り着いたPC1のもとに、病院から逃げ出してきたNo.82が現れる。彼を追ってきたPC2もまた。二人のヒーローに、白ワニエンハンスドこと、No.82は問う。「いっぱいがまんしたよ。いたいのも、あついのも、おなかへったのも」「でもね、がまんできなかったの。おなかがへったから。 だからね、たべちゃったの。おいしかったの。おともだちだったのに」「ねえヒーロー、どうしたらいいの、どうしたらくるしくなくなるの」「ぼくは生きてちゃいけないの?」

【エンドチェック】

□PC達がエンハンスドの問いに答えた□グリットを1点獲得した

4.決戦フェイズ

【決戦:蓋の底で見る夢】

 登場:PC1・2 舞台:下水道

【状況】

「死にたくない、死にたくないよ、死にたくないよ…!」 ヒーローたちの答えを受け、No.82は、悲しみの慟哭をあげながらヒーローたちへと襲いかかる。ヒーロー達が優しい言葉を投げかけたとしても、彼自身が恐怖と絶望により恐慌状態に陥っている為、それを信じず襲いかかってくるだろう。「うそだ! そういって、ぼくをころす気なんだ!」 興奮と過度の空腹により、No.82の瞳孔が、爬虫類のように縦に割れる。不器用ながらも人の言葉を話していた喉からは、悪夢のような怪物の咆哮が迸る。理性を失い、彼は一匹の危険な獣へと姿を変え、ヒーローたちへと襲いかかった。 ただ生きるために、君達を食らわんと。

 決戦フェイズとなる。ヒーローは決戦フェイズでNo.82ことホワイト・クロコダイルを殺してもいいし、生かしたまま戦闘不能にさせてもいい。ホワイト・クロコダイルは正気に戻ってもいいし、戻らなくてもいい。 彼の肉体的な事情は、ヒーローたちが根本的に解決することはできないものである、とした方がいいだろう。

【戦闘情報】

【エネミー】

・ホワイト・クロコダイル×1

【エリア配置】

エリア4:ホワイト・クロコダイル
エリア4かエリア3:PC1エリア1かエリア2:PC2

【勝敗条件】

勝利条件:ホワイト・クロコダイルの撃破敗北条件:味方の全滅

【備考】

・エリア4に『エリアタイプ:暗闇』適応・ホワイト・クロコダイルのクレジットが0になった時、ホワイト・クロコダイルは戦場から脱落し、ヒーロー側の勝利となる。ホワイト・クロコダイルはヒーローに確保されることなく下水道の奥に消え、二度と人間の前に姿を現さない。

【エネミー一覧】

■ホワイト・クロコダイル

【エナジー】ライフ:80 サニティ:50 クレジット:12

【移動適性】地上・水中【能力値】肉体:50 精神:20 環境:5【技能値】白兵:65% 生存:80%知覚:100% 追憶:10%隠密:80%
『ブラインドファイト』属性:強化 判定:なし タイミング:永続射程:- 目標:自身 代償:なし効果:「暗闇」による効果を受けない。キミが暗闇のエリア、もしくは隠密エリアにいる間、キミが与えるダメージに+1D6点の修正を得る。
『ギリースーツ・ボディ』属性:強化 判定:隠密90% タイミング:特殊射程:- 目標:自身 代償:サニティ2効果:行動順ロールの直後に使用可能。隠密状態になる。
『アンブッシュ・ファング』属性:攻撃 判定:- タイミング:行動射程:2 目標:1体 代償:ターン6効果:目標は<運動>で判定。失敗した場合、2d6点のダメージを目標に与える。その後、目標は追加で<知覚>の判定を行う。この判定が失敗した場合、君は「隠密」状態となる。
『スプラッタ・テイル』属性:攻撃 判定:白兵75% タイミング:行動射程:3 目標:2体 代償:ターン10効果:目標は<知覚>で判定。失敗した場合、2d6点のダメージと『束縛』を与える。
『ヘルプ・ミー』属性:攻撃 判定:心理45% タイミング:行動射程:3 目標:2体 代償:サニティ4効果:目標は<意志+20>で判定。失敗した場合、ターンカウンタを+6する。このパワーは1ラウンドに1回使用できる。
『蓋の底で見る夢』属性:強化 判定:なし タイミング:特殊射程:なし 目標:自身 代償:クレジット3効果:行動順ロールの直前に使用する。そのラウンドの間、与えるダメージを+2、受けるダメージを+2する。(与えるダメージも受けるダメージも増加する)このパワーは毎ラウンド必ず使用しなければならない。(つまり、4ラウンド目までに何らかの決着がつかない場合、クレジットが0となり『ホワイト・クロコダイル』は自動的に戦闘不能になる)
──────────────────────────────────

■ホワイト・クロコダイル(No.82)について

 元はセカンド・カラミティにより親を失った孤児。非合法組織に売り飛ばされ、肉体改造を施され、エンハンスドとなった。 人であった頃の記憶はなく、研究所で改造されて以後の僅かな記憶しか持たない。 PC1がエントリー1で行った摘発により発生した火災に紛れる形で研究所を逃げ出し、1ヶ月の間を下水道で過ごす。 人の食事を肉体が受け付けず、強化された肉体により長らく飲まず食わずで飢えを耐え忍んでいた。しかし限界は訪れ、偶然知り合い、縁を深め、友人となっていた少女を耐えきれずに捕食した。少女の肉はとても美味しかった。 自分が悪い事をしたという自覚はある。助けを乞う友の声を覚えている。自分に優しくしてくれたPC2と、病院の先生たちが同じ形をしているということにも気付いてしまった。けれど彼の空腹は、もはや限界に達していた。 以上を基本設定とし、『人の肉しか食べることの出来ない戦闘用のワニ人間』という点を動かさないのであれば、あとはGMとPLが好きなように演出や設定を加えて構わない。

5.余韻フェイズ

【シナリオの結末(一例)】

 決戦フェイズで仕留めているのならば、その結末として。生かして終えたのならば、やがて迎える餓えの結末として、No.82は死亡する。死に至るまでの過程の中で、ヒーローたちが彼に何かをしてやれたのか、あるいは何もできなかったのかは、PLが自由に決めて構わない。 そこにNo.82が『救い』を見出したか否かは、GMが自由に解釈し、描写して構わない。 荼毘に付され、埋葬される『被害者』だった子供。悪党の餌食となった末に、『加害者』へと転じてしまった化物。その死を見届けながら、君は何を思うのか。
 これは、ヒーローたちが相対した、ある不幸な事件の物語。 けれどきっと、この世界にありふれた一晩の物語。
 彼は死んだ。 君は生きている。
 君はこれからどうしようか、ヒーロー?