蛇腹太夫殺人事件



花魁道中とは、花魁が禿や振袖新造などを引き連れて    揚屋や引手茶屋まで練り歩くこと。今日でも歌舞伎や各地の祭りの催し物として再現されることがある。

1.エントリーとシナリオ概要

【シナリオ概要】


 遊郭『ばけや』の女郎、蛇腹太夫・薄雲が殺された。 神体山伏盗難事件で謎めいた遊女のことを知っていたPC1とPC2は、事件の調査へと乗り出した。 しかし蛇腹太夫の知己であるはずの修験の御六は、この件には手を出すなの一点張。 果たして二人は修験の御六の妨害を乗り越えながら、事件の真相に辿り着けるのか?

【事前情報】


 チャレンジ:3 クエリー:4(内バトル1) リトライ:3 初期グリット:4点
 想定時間:4〜5時間 推奨経験点:19点

【GMに要するルールブック】


・基本ルールブック(R1)(ブラックジャケットRPG(BJR)があるとシナリオの把握がしやすいが、必須ではない)

【エントリー】

【PC1:人の世に生きるもの】

 江戸の町に瓦版が舞う。 それは吉原遊廓『ばけや』の人気女郎、蛇腹太夫・薄雲が殺されたというものだった。 蛇腹太夫は君にとっても知った顔だ。共通の知人である修験の御六の元へ向かう君だったが、御六はいつになくそっけない態度で君を追い返した。「遊女が死ぬなんてのはよくある話です、さっさとお忘れなせえ」

【PC2:人ならざるもの】

 君のもとに、弱った蛇が現れた。 蛇は君に何かを告げようとしたらしかったが、何も告げられぬまま力尽きる。 君と共にそれを見届けた道祖神が、悲しげな面持ちで君にこんな頼み事をした。「人と妖の仲を取り持ってはくれないか。我らが完全な別離を迎えるには、まだ早い」

【GM向け情報:事件の全貌】

 第二話の戦いから三月から半年ばかり。 蛇腹太夫はかつて、ある藩のお殿様が妖怪との間に設けた子供だった。 妖怪の親諸共に処分されることが決まっていた子供・おなつ。その身を預かり、遊郭へと逃したのは、未だ経験浅い、若き日の修験の御六であった。 しかし妖怪の親の処分を担った盤外の陰陽師の追走を逃れる事は出来なかった。同時、同藩の御家騒動の最中で、当代の落し胤を疎む動きもあった。双方の思惑の一致の末、蛇腹太夫は盤外の陰陽師・般若の面の手にかかって散った。 人は勝手だと、妖怪憑キ蜘蛛は友の子の死に涙を流し、目撃者を消さんと般若の手が迫る。 ヒーローならざる英雄たちは、人妖のはざまを取り持つことができるのか。

2.導入フェイズ

【エントリー1:人妖の境】

登場:PC2、道祖神舞台:山道

【状況1】

 君がとある山道を通りかかった時のことだ。 そんな君のもとに、一匹の小さな蛇が現れた。 それは弱ったアオダイショウだった。 蛇は弱々しく君の足元へと這い寄り、ちろちろと舌を出す。 何事かを告げようとして、しかし、弱る体に耐えられず、そのままくたりと倒れて動かなくなった。

【状況2】

「……そうか、もう、それほどになるか」 どこからか声が聞こえた。声の元を探れば、雑草に覆われた道脇に、苔むした道祖神が祀られていた。 道祖神は蛇に見覚えがあるのか、「そうか、そうか」ともの悲しそうに言う。 そして、PC2へと告げた。「そこいくお方、お頼み申し上げます」「私はこの通り、満足に動けぬ身。しかし、ただ見ているだけというのは、あまりに忍びない」「全ては言えませぬ。人と我らが対等である為にも、我らは極力、共に歩み辿るべきだから」「これより先、あなたが知る人の子が、ある悲劇と対峙いたします。どうかその人の子の側で、その子の足取りを手助けし、見守ってやってはくれませんか」「どうか、人と妖の仲を取り持ってはくれないか。いずれ別れを迎える定めであろうとも、我らが完全な別離を迎えるには、まだ早い」

【エンドチェック】

□道祖神の依頼を受け、PC1のもとへと向かった□蛇の最期を見届けた

【解説】

 PC2がPC1の元へと向かうことになるシーン。 道祖神(お地蔵様)のポジションは、PC2の設定に応じて任意のキャラクターに改変して見てもいいだろう。訳知り顔で、しかし詳細を語らず、人と妖怪の縁を取り持てと依頼できる存在であれば何でもいい。 PC2の設定によっては、第二話で登場した村娘・お清が、蛇腹太夫が殺された件を知って、悲しみながら依頼をしに来る/道祖神にお祈りしている所に出くわすなどとしても良い。

【エントリー2:人人の境】

登場:PC1、御六舞台:江戸の街

【状況1】

「てえへんだてえへんだ~!」 江戸の街に瓦版が舞う。どこかで事件が起きたらしかった。 君もまた、その瓦版を手に入れた一人だ。目を向ければ、そこには吉原遊郭『ばけや』の女郎、薄雲が殺されたと言うものだった。痴情の絡れか、情念の果てか、はたまた女の嫉妬かと、瓦版の文面には下世話な想像を煽るような文面が踊っている。 だが、『ばけや』の薄雲という遊女を君は知っている。以前の山伏の民を巡る事件で、君たちは蛇腹太夫と名乗る彼女の世話になったのだ。その時垣間見た彼女は、そんな存在には見えなかった。 これは一大事と、君は薄雲との共通の知人である修験の御六のもとへと向かった。

【状況2】

 御六の貧乏長屋を訪れた時だ。「出ていけ!」 君は御六の部屋からいつになく険しい声がすることに気付く。どうやら先人がいるようだ。「……今生会わぬと誓っての沙汰だった筈。違えられては困る」「お行きなせェ。ここはアンタのようなお人が来るべき場所じゃねェ」 いつになく険しい御六の言葉と共に、一人の男が長屋から出てきた。顔を隠した身なりの良い人物は、長屋に未練の残る眼差しを向けながら、しかし足早に歩み去って行った。「……ありゃ、PC1さんじゃねェですかい。こんな昼っから何か御用で?」 君に気付いたか、御六がひょいと顔を出した。その様子はいつもとなんら変わらぬものだった。

【状況3】

「ああ、その瓦版ならあっしも聞き及んでますよ。ですがそいつが何か?」「残念じゃアありますがね、吉原での遊女が生きた死んだなんてのは珍しくともなんともねえ話ですぜ」 御六はひどくそっけなかった。「気になるってェなら、投げ込み寺に線香の一つでも供えておやりなせェ。それだって、あっしらみてえな身分のモンには過ぎたものですよ」 御六はそう告げ、終始いつも通りの態度だった。まるで何事もないように…。

【状況4】

 一抹の違和感を抱きながらも、江戸の街へ戻る君。 江戸の町はいつも通りだ。遊女が一人死んだ所で、何も変わらない。 本当に、それは何でもないことなのだろうか? 思いを馳せる君の元に、一陣の風が吹き込んだ。 PC1とPC2は、いまふたたび邂逅を果たすことになる。

【エンドチェック】

□蛇腹太夫の死を知った□PC2と合流し、情報を共有した

【解説】

 PC1が蛇腹太夫の事件を知り、御六の様子に違和感を持つシーン。 御六の長屋を訪れていたのは、蛇腹太夫の両親の件に関わった人間の『誰か』だが、詳細は分からない。 状況3のPC1とPC2の合流シーンはPCの設定に合わせて自由に演出してもらおう。

3.展開フェイズ

【チャレンジ1:『ばけや』にて】

登場:PC1、PC2舞台:遊郭『ばけや』

【状況1】

 再びの邂逅を果たした君たちは、協力して事件の調査に乗り出すことになる。
--------------------【チャレンジ判定】※この判定には二人で挑むことが出来る。どちらか一人が成功すればチャレンジ成功となる。判定:情報を集める…<心理> or <交渉> or <経済>
失敗時:情報を得られない。リトライを1点消費し、次のイベントへ進む。--------------------

【状況2】

 調査の結果、分かったことは。 蛇腹太夫こと、薄雲の死を、店側もまた重要な事態とは捉えていないという事であった。 痴情の絡れや嫉妬の果ての、刃傷沙汰や無理心中。 金と欲の渦巻くこの場所では、そんなものは日常茶飯事であった。
 薄雲は遊郭で何者かに刺され、殺されたのだという。大ごとになることを恐れた店は、薄雲の死を奉行所へ届け出ることはなく、そのまま朝を迎えるに至った。 しかし何処から情報が漏れたか、翌朝にはその報道が瓦版となったのだという。 店の者たちは、どこから情報が漏れたのかと首を傾げはするものの、迷惑そうな素振りを見せるばかり。 ここはそういう場所だった。

【状況3】

 やがて君達の調査は行き詰まり始める。 手がかりが途切れ、人の口が重くなる。まるで誰かが先回りして邪魔をしているように。 君たちは現地での調査を一度諦め、薄雲の死体が運ばれたという『浄閑寺』という寺へ向かうことにした。

【エンドチェック】

□チャレンジ判定を終えた

【解説】

 『ばけや』はかつて見たような不思議な雰囲気はすっかり消えており、普通の遊郭となっている。 また、店のものは蛇腹太夫のことを薄雲としか呼ばない。もともとごく一部の人間だけが『蛇腹太夫』と呼んでいたらしいと分かる。 彼女の死を店側は惜しんではいるが、よくあることだと処理しているとわかる。むしろ「面倒を増やしたくない」といわんばかりの態度を取るだろう。 先回りして情報を遮断しているのは、もちろん御六である。

【クエリー1:生まれては苦界、死しては…】

登場:PC1、PC2舞台:浄閑寺

【状況1】

 投げ込み寺。それは、身よりのない遊女や、行き倒れの遺体が放り込まれることの多い寺についた俗称だ。 その中でも、吉原の遊女たちの投げ込み寺として知られる『浄閑寺』に君たちは足を向けた。 蛇腹太夫こと薄雲の話を聞けば、寺の和尚はすぐに合点が行ったようだった。「彼女の亡骸なら、今日埋める予定になっているよ」「見舞っていくかい。……この世のものとは思えない、綺麗な死に顔の仏さんだ」

【状況2】

 君たちは薄雲の遺体と面対する。 茣蓙(ござ)の上に横たえられた薄雲の遺体は、和尚の言う通り、死後時間が経過しているとは思えないほど整った死に顔であった。 腐臭もなく、虫が沸く様子も無く、死んでいると言われなければ眠っているかと錯覚しそうなほどだ。「長いことこの寺の和尚をしておりますが、こんな仏さんは初めて見たよ」「いいや、それより……まっとうな見舞いが来るのも、初めてかもしれないなあ」「華やかでも狭い籠の中で生きて、最後は寂しく一人で終わる。彼女たちは……そういう身のお人らだから」「もしもあなた達が、彼女のことを憎からず思っているのなら……忘れないでおいてあげるといい」「私は本堂へと戻ります。別れを終えられましたら、お声がけください」

【状況3】

 薄雲の胸には、鋭い刃物で貫かれたような大きく深い傷があった。傷口の周囲が僅かにかぶれ、青痣となり、膨らんでいる。毒でかぶれたような痕だ。しかしどのような毒が用いられたのかは分からない。 この亡骸を前にして、君たちはどんなやりとりをするだろう。

【エンドチェック】

□薄雲の亡骸を確認した□グリットを1点獲得した

【解説】

 PCたちが薄雲の死体と対面し、各々の心情を語り合うシーン。 描写では「どのような毒が使われたか分からない」としているが、PCが科学的な解析力に長けているなどの場合は、その毒の反応が「蝦蟇の毒」に近いことに気付いても良い。だが、本来であればここまで強力な毒性は持たない筈だとも気付ける筈だ。 和尚は遊女の死を悲しむ善良な人物として描写すると、次のイベントのモチベーションに繋がりやすい。

【チャレンジ2:妖の恨み】

登場:PC1、PC2舞台:浄閑寺の本堂

【状況1】

 薄雲への参礼を終え、浄閑寺を後にしようとする君たち。 本堂の和尚へと挨拶へ向かおうとした時、そこで驚くべき光景を目にする。 そこでは寺の僧たちが蜘蛛の巣にからめとられ、意識を失っていた!
「……人は勝手だ」 暗い本堂の奥から、恨めしい声が響く。「勝手に産んで、勝手に弄んで、勝手に生かして、勝手に殺した」「だから止めたのに。だから止めろといったのに。なのに、なのに、なのに──…!」 月明かりに照らされ、遊女のような陰影の女が姿を現した。しかし決定的に異質なのは、背にはおぞましい蜘蛛の足を生やしていることか。 それは、明らかにおどろおどろしい妖怪であった。しかし今、女はその目から、ぼろぼろと涙を流し、顔を怒りに染めていた。 そうして、心から憎いものを見る目で、君たちを睨み据える。ざわざわと、その身が震えた。
「──殺してやる」「手向けだ。あの子への。殺してやる。許さない。許さないぃ…!!」「貴様ら、全員、皆殺しだ──…!!」 その身が爆ぜた。君たちが恐れる『何か』に爆ぜた。 それは一体、なんだっただろうか。
-------------------------【チャレンジ判定】判定1:恐怖に耐えろ…<意志>(二人で判定を行い、この判定に成功した者のみが判定2に行ける)判定2:蜘蛛の妖怪を鎮めろ…<心理> or <交渉>
失敗時:この判定に成功するまで次のイベントに進めない。リトライが0未満になった場合、シナリオは終了する。任意のバッドエンドとして余韻フェイズへ移行する。-------------------------

【状況2】

 君たちは怒りと哀しみに荒ぶる蜘蛛の妖怪を鎮めた。 膝を付き、人の姿へと戻った蜘蛛の妖怪は、そのままくずおれると床に頭を付いて泣きじゃくりはじめる。「どうして? 何故、あの子が死ななければならなかった?」「ただ生きていただけだ、ただ生まれただけだ、それすら人は許さないのか」「恨んでやる、憎んでやる、祟ってやる、末代まで皆殺してくれる。うう、うううぅー…!」 蜘蛛の妖怪は蛇腹太夫の死について何かを知っているようだ。君たちは彼女から話を聞き出すことにした。

【エンドチェック】

□チャレンジに成功した

【解説】

 この蜘蛛の妖怪とは憑キ蜘蛛である。 このキャンペーンは百寄夜會が生まれる前の物語として設定してある。その為、憑キ蜘蛛も百寄夜會の幹部ではなく、ただの強力な力を持っただけの一妖怪だ。 また、この時代はまだテレビが生まれる前の時代なので、いわば彼女は全盛期だ。千を超える姿を持ち、相手が最も恐れるものへと形を変える、恐ろしい大妖怪として扱う。 『判定1:恐怖に耐えろ』では、PCたちが恐るものは何か、それをどう乗り越えるか、などを演出してもらうと盛り上がるだろう。

【クエリー2:境の子】

登場:PC1、PC2舞台:浄閑寺の本堂

【状況1】

 蜘蛛の妖怪は、自身の名を憑キ蜘蛛と名乗る。 憑キ蜘蛛が語ることによれば、こういうことだった。
「あの子の親は、私のダチだった。 ……妖怪だよ。当たり前だろう。蛇の妖怪サ。 バカな子でねェ。人の男なんぞにのぼせ上がった。 男も男だ。惚れ込んで、妻に迎えるなんて言って、夫婦の契りなんぞ交わして、その癖……。 男には立場があった。 ヒトのことなんて、私は知ったこっちゃないけどね。 どこぞの藩の、何某っていう、人の社会で立派な立場をお持ちの人サ。 男は女を妻にすると言って聞かない。 だが周りの人間どもにしてみりゃア、殿様が妖怪にたぶらかされて、気が触れたようにしか見えない。 結局……あの子は、人間たちに殺された。 お殿様に内緒で、周りに雇われた陰陽師が、塵も残さず始末したそうな」
「あの子は、その夫婦の間の子だ。 本来だったなら、合わせて殺される筈だった、半ばの子だ。 だが、半端な情でも沸いたのか、なんなのか……。 あの子は生き延びた。生き延びさせられた。 遊郭に送られて、体売って、遊女になって……。 何度も言ったサ。『こっちにおいで』って。 何度、隠しちまおうかと思ったか。 ……それなのに、あの子は結局、最後まで首を縦に振っちゃくれなかった」

【状況2】

「その挙句の始末がこれさ! あの子は死んだ、殺された! どこの馬の骨とも知らない畜生に! 人の都合を押し付けられて!!」 再び怒りを擡げた憑キ蜘蛛は、蜘蛛の糸で君の首を締め上げ迫る。「あの子は何故死ななけりゃならなかった!?」「ただ生きてただけだ、ただ生まれてきただけだ!」「ヤイ人間、答えなよ! 手前ら一体何様の心算だ!? それでも手前は──…!!!」
 私たちに、人を恨むなと、そう言うのか。 憑キ蜘蛛はそう問い、そして、泣き崩れた。

【状況3】

「……お前達が……そこまで言うのなら……」 泣き止んだ憑キ蜘蛛は、呻きながらPCたちを見る。恨めしい眼差しはそのままに、しかし、そこには確かな揺れる色があった。「ならば、私へ示してみせろ。お前たちの『精算』を」「それが叶わないのなら──」「私は、貴様ら人間を、今度こそ許しはしない」

【エンドチェック】

□憑キ蜘蛛の問いに答えた□蛇腹太夫の生まれを知った□グリットを1点獲得した

【解説】

 憑キ蜘蛛から語られる蛇腹太夫の出生の背景。彼女は妖怪なので、妖怪視点の話しかできない。 この物語での憑キ蜘蛛は、人間を恨んでこそいるが、決定的な一歩を踏み出している訳ではない。ここでPCたちや和尚たちに対して行っている行動は、友人の子が理不尽に死んだことに対する八つ当たりだ。この物語でのPCたちの行動が、彼女が人間を恨む衝動に、待ったをかける形となるだろう。 蛇腹太夫の母親に関する設定は特に用意していない。「蛇女房」や「沼御前」をモチーフとしてはいるが、架空の妖怪だと思って欲しい。必要であれば、GMが自由に設定をつけて構わない。

■NPC:憑キ蜘蛛 このキャンペーンはカシャネコがコトアゲセヌ國でクーデターを起こす前の物語、転じて百寄夜會という組織が生まれる前の物語となっている。 そのため、この憑キ蜘蛛は、ただの一妖怪である。 彼女は友人の娘の理不尽な死や、これまで見てきた様々な事象から、人間のことを嫌っている。だが、今のところは完全に敵対する存在と成り果てている訳でもない。 PCたちが事件を解決できないようであれば、PCの首を撥ね飛ばし、江戸の人間を片っ端から無差別に殺して回るつもりでいる。だがそんなことをすれば、彼女自身もただでは済まないだろう。

【バトル&クエリー3:天狗の験比べ→】

登場:PC1、PC2舞台:夜の江戸

【状況1】

 浄閑寺を去る段になれば、周囲はすっかり日が暮れていた。 君たちは夜の江戸を行く。 夜であっても、人の気配を感じる江戸の街。 その中を行く最中──りぃんと、鈴が鳴る音を聞いた。 耳に留まらぬのであれば、それで構わぬと言いたげな小さな鈴の音。 それは君たちを試すように、暗い、暗い、路地裏から聞こえたらしかった。

【状況2】

 路地裏へと足を踏み入れ、どこをどう曲がったかも定かではなくなり、今の位置がどこであるかも分からなくなった頃合いに。 りぃんと、背後から鈴の音がした。振り返れども、音の主はどこにもいない。 声だけが暗がりの中から聞こえてきた。「──試す真似をして申し訳のうございます。友の訃報を頼りに、鞍馬の山より江戸へと参った、しがない鼻高天狗でござい」 声は御六の声だった。 しかし声の主は自身を天狗と称し、線を引くような態度で接し続けた。「蛇腹太夫の一件から、どうぞ御手を引いて頂きたいのです」「元より人の世では、四十九日を過ぎる間もなく忘れられる巷説でございますれば」「どうか、全てをお忘れ頂きたい。何卒、何卒……」
>忘れると答える「ありがとうございます。そのお言葉に嘘偽りが無いことを祈ります」「であればどうか、この仙丹をお飲みくだされ」 視線の先にいつの間にか、知らない丸薬と水が置かれている。(この薬を飲む場合、PCの意識は奪われ、目を覚ますと一月が経過しており、御六は二度と姿を表さなくなりシナリオエンドだ。要はバッドエンドというやつなので、ノーと言ってもらおう)
>忘れないと答える「──真相を得たとして、何としますか」「遊女の死も、妖怪の死も、共に人の法度では裁けぬもの。下手人を見たとして、その精算に何を為しますか」「仇でも討ちますか」「その手を血にでも染めますか」「……そんな価値も、意味も、何一つございません」「何より、あの女は分かっていたのです。己の死期も、迎える顛末も、最初から。その上で、逃げることを選ばず、自ら其れを選んだのですよ。ならば外野に、一体何が出来ましょう?」 蛇腹太夫殺人事件の犯人を見つけたとして、その犯人が人の法で裁けない手合であったのなら、君たちはどうするだろうか。何を以って、沙汰とするだろうか。 天狗は言う。仇を討ち、手を血で染めるだけの価値はないのだと。 昼の、表の、人の世界へ帰るべきだと。 その言葉に、君たちは何と答えるだろうか。

【状況3】

「……分かって下さらないお人だ」 天狗が暗闇の中で、苦々しげに呻いた。「言って話して聞いて下さらないのなら……致し方ありません」「然らば、これで仕舞いの覚悟。これにて全て、手切れとしましょう」「──お眠りなされ。お忘れなされ。全ては最初(はな)から、夢幻」 いかなる仕掛けを用いたか。はたまた真実、妖術か。 ゴウ、と風が天へと舞い上がり、江戸の喧騒が遠く消える。 月を背にしてそこに立つ、鼻高天狗の面を被った男が、りぃんと鈴を鳴らした。
(道中戦闘を行う)

【道中戦:戦闘情報】

【エネミー】

・鼻高天狗

【エリア配置】

■PC初期配置 エリア1・エリア2■エネミー初期配置 鼻高天狗:エリア3

【勝敗条件】

勝利条件:鼻高天狗の撃破敗北条件:PCの全滅

【備考】

 PCがロストした場合、「戦闘不能」として扱い、戦闘終了後解除する。 PCが2人とも「戦闘不能」になった場合、シナリオは終了する。 任意のバッドエンドとして余韻フェイズへ移行する。 PCが勝利した場合、このイベント内で使用されたグリットは全て回復する。

■鼻高天狗(修験の御六)

【エナジー】ライフ:40 サニティ:50 クレジット:16

【能力値・技能値】

 【肉体】20 【精神】21 追憶75% 意志80% 【環境】17 交渉99%

【移動適正】地上


【パワー】

■トラッシュトーク属性:攻撃 判定:交渉99% タイミング:行動射程:2 目標:1体 代償:ターン10 効果:目標は〈意志〉-20%で判定を行う。この判定に失敗したキャラクターは3d6点のショックを受ける。このパワーは臨死状態のキャラクターを目標にできない。──無を有へ、夢を現へ形作る、小股潜りの甘い舌。
■虚言属性:攻撃 判定:なし タイミング:行動射程:2 目標:2体 代償:ターン10効果:目標は〈心理〉-20%で判定を行う。 この判定に失敗したキャラクターは1d6+4点のショックを受ける。 このパワーは2ラウンド目から使用できる。──嘘は真。真は嘘。所詮この世は夢の中。それならせめて良い夢を。
■悪運属性:強化 判定:なし タイミング:特殊射程:なし 目標:自身 代償:なし効果:君が判定に失敗した時に使用できる。その判定を振り直す。 このパワーは1イベントに1回まで使用できる。──悪党の強運を悪運という。
■ペインレス属性:妨害 判定:追憶75% タイミング:特殊射程:なし 目標:自身 代償:なし効果:君がダメージかショックを受けた直後に使用できる。   そのダメージかショックを1/2(端数切り捨て)にする。   このパワーは1ラウンドに1回まで使用できる。──真か偽か。まるで効いているように見えない。
■アウトキャスト属性:妨害 判定:なし タイミング:永続射程:なし 目標:自身 代償:なし効果:君が受けるダメージを常に-2点、ショックを-1点する。──言葉が通じるだけの別の生き物。ヒトの枠組みの外にいるもの。
■イカサマ属性:妨害 判定:なし タイミング:特殊射程:3 目標:1体 代償:クレジット2効果:目標がダメージロールを行なった際に使用できる。   そのダメージロールの出目の一つを振り直させる。──「バレなきゃイカサマじゃアないんですぜ」
※ダメージロール…エナジーの減少量を決定するダイスロール全般を指す

【戦闘解説】 1ラウンド目は「トラッシュトーク」を使って、PC達を早い段階から臨死に入れてしまおう。 2ラウンド目に入ったら「虚言」を使って攻撃していこう。 ダメージやショックを受けた場合、まず「イカサマ」でダメージロールの出目を操作し、次にダメージ量次第で1ラウンド1回の「ペインレス」、最後に「アウトキャスト」での永続軽減として処理する。「悪運」は「ペインレス」や「トラッシュトーク」の判定が失敗した場合の補佐として使おう。

【→クエリー3戦闘後】

【状況4】

 君たちは天狗との勝負に勝った。 パキン、と音を立てて鼻高天狗の面が割れる。その下から現れたのは、やはり修験の御六その人であった。「……知られちゃア仕方ありません。奉行所へ突き出すなり、なんなり、お好きにどうぞ」「おや? ご存知じゃありませんか? あっしはハナからペテン師ですぜ」 この期に及んでそんなことを言う御六。 君たちは御六から、知っていることを洗いざらい引き出すことにした。

【状況5】

 君たちの言葉を受け、御六はようやく、本当にようやく観念したといった様子で口を開いた。「憑キ蜘蛛の言う通り、薄雲の母親は妖怪ですよ。 お殿様と愛し合って、子を為したってのも本当で。 最期は藩に雇われた陰陽師の手で、塵も残さず逝ったってのも真実でさァ」「始末を担ったのは、正道を捨て、妖魔を狩る為に魔の道へと踏み入ることを選んだ者。 情けを捨て、言葉を捨て、外道盤外へと堕そうとも、ただ殺すことを以て人界を守ることを選んだ邪道の陰陽集団。 人なれど人でなく、妖でなくとも妖の力を振るう、人にも妖にもなれぬ者。 人別帳に名の載らぬ、裏の世界の人間でさァ。 今回の下手人も、その一端に連なる者でしょう」
「……薄雲の父母は、そうなる自分達の未来を予想していたようで。 一人の天狗に、娘を託した。 縁から逃れ、その子がその先も生きていけるようにと願った。 だが生憎この天狗、山から降りてきたばかりで、人の世の道理も、世渡りの術も録に知らぬ唐変木。 願いに応えようとしたはいいが、人縁の根深さを分かっちゃいなかった。 諸国を流れ流れて────仕舞いには浮世のしがらみから逃れる為と嘯いて、娘を遊郭へと売り飛ばしやがった」
「ロクな暮らしじゃなかったでしょうに。それでも娘はしたたかに生き、育った。 母親譲りの奇妙な術を使いこなして、人と妖の間をどっちつかずで行ったり来たり。 ついた仇名が蛇腹太夫。……そうしてその奇妙な術故に、手前の死期を手前で悟った」「蛇腹太夫は天狗を呼びだし言ったんで。 『借りを返してもらおうか。自分が死んだら、その後の事を託す』とね。 断れる筈がねえでしょうよ。天狗は再びそれを請け負った」「……勝算はあった。 母親は塵も残さず消されたが、娘は体が綺麗に残り、 まして『殺人』として、世に報じられる始末。 母親を仕留めたのとは別人でしょう。量るに未だ経験浅い、新米の術師だ」
「一月(ひとつき)。 一月、時間を稼げれば、蛇腹太夫の最期の望みを叶えられる。 だからどうか、一月だけ、時間が欲しい」
「……蛇腹太夫は報復なんざ望んじゃいません」「悔しくねえわきゃア、ねえんですよ……」「浮世憂き世。理不尽で塗り固められたのが現世です。 正道だけでは納得できぬ四方山ごとが、この世界には多すぎる。 ……これも結局その一つ。 だから……全ては最初(はな)から、夢幻。そう思わせてくだせえよ」
 御六はそう語り、結んだ。 しかし君たちは薄雲の死を嘆く憑キ蜘蛛の言葉を聞いたばかりだ。 確かに御六のやり方ならば、蛇腹太夫の願いを叶えることはできるだろう。しかしその死を嘆く憑キ蜘蛛の気持が浮かばれることはない。 人と妖の縁を取り持つにはどうすればいいのか。 下手人へ、沙汰を下すことは必要だ。死した者ではなく、遺された者のために。

【状況6】

 君たちの答えを聞き届けると、御六もまた、観念したようにそれ以上引き止めることはなかった。「ならば、これ以上は何も言いやせん。 ですが、お二人に手を貸すことも、守ることも……これより先は叶いません」「巻き込みながら身勝手なと、謗ってもらって構わねえ。 それでもあいつの最期の望みだけは、何が何でも叶えてやりてェ。 そのためには、ほんの僅かな綻びすらも許されねえんで」
「だから、せめて──…どうか、ご武運を」 彼は頭を垂れ、苦々しげな声でそう告げた。

【エンドチェック】

□天狗との験比べに勝利した□蛇腹太夫殺しの犯人を知った□御六と別れた□グリットを1点獲得した

【解説】

 御六の話を簡単にまとめると、・御六は過去に蛇腹太夫の両親から、幼い彼女を逃すよう依頼を受けた。・しかし失敗し、追手から逃れる為、彼女を遊郭へと隠した。・成長した蛇腹太夫は、自分の術で自分の死期を悟り、死ぬ前に御六に何かを依頼した。・依頼された何かについて、御六は何が何でも叶えてやりたいと考えている。その為、PCたちにも今は話せず、PCたちに協力することも出来ない。 ということになる。 説明セリフが長いので、読み上げるのが大変そうだったら上記箇条書きで説明してもいいし、PCのリアクションを促しながら進めても良い。PLのストレスにならないよう気をつけながら進めよう。

■NPC:修験の御六 過去に幼い蛇腹太夫を陰陽師の手から逃そうとするが、未熟さ故に失敗し、遊郭へ逃すことしか出来なかった。 そのことに責任を感じ、蛇腹太夫から最後に託された願いを叶えようとしている。 内心では蛇腹太夫の死を悔やんでいるし、下手人を恨んでもいる。だが、依頼への責任感と、恨んでどうなるという諦観から、自分の気持ちに蓋をして、見て見ぬふりをしている。 憑キ蜘蛛と同じく、その気持ちを受け取り、その役目を叶えるのは、PCたちの役割となるだろう。 蛇腹太夫のことは妹のように思っていたらしい。

【チャレンジ3:花魁道中百鬼夜行】

登場:PC1、PC2舞台:江戸

【状況1】

 憑キ蜘蛛の無念を晴らす為、御六の望みを叶える為、蛇腹太夫を殺した下手人への対応を考える君たち。 果たして、何を以って沙汰とすればよいのか。 そも、どうすれば蛇腹太夫を殺した下手人を見つけ出すことができるのだろうか?
-------------------------【チャレンジ判定】※判定1には二人で挑むことができる。
判定1:下手人への報復方法を考えよう…<作戦>+10%必要成功数:1
失敗時:この判定に成功するまで次のイベントに進めない。リトライが0以下になった場合、決戦フェイズへ突入する。-------------------------
 君たちは、その答えを既に知っている。 見つけられないのであれば、おびきだせば良い。 下手人に、『蛇腹太夫は生きている』と思いこませることができれば、下手人は偽・蛇腹太夫の前に再び姿を現すだろう。祓ったと思った妖怪が、実は祓えていなかったなんて噂が立てば、下手人の立つ瀬はない。
 ──怪談話を、作り上げるのだ。

【状況2】

 君たちは江戸の街に噂を作り出すことにした。夜な夜な、死んだ筈の遊女が、この世のものとは思えぬ伴を連れながら江戸の街を歩き回るという、そんな怪談話を。 これぞ名付けて、『花魁道中百鬼夜行』。
-------------------------【チャレンジ判定】※判定2・3は一人が複数の判定を行うことはできない。
判定2:江戸の街に噂を流そう…<操縦> or <心理> or <隠密>必要成功数:1判定3:『花魁道中百鬼夜行』を作り出そう…<科学> or <霊能>必要成功数:1
失敗時:敵が君たちの目的を悟る。決戦フェイズ開始時にPCは二人とも【毒4】のBSを付与される。-------------------------

【エンドチェック】

□花魁道中の噂を流すことに成功した

【解説】

 いかなる沙汰を下すかはPCの自由にして構わない。だが何をするにしても、まずは下手人を引きずり出さなければ始まらない。 PCがどちらも男で、花魁役が難しい場合は、憑キ蜘蛛に協力を依頼してもいいし、第二話で出てきたNPCたちの力を借りてもいいだろう。 御六抜きで行われる、PCたちの手による、PCたちの狂言芝居だ。

4.決戦フェイズ

【決戦:蛇腹太夫殺人事件】

登場:PC1、PC2舞台:夜の江戸

【状況1】

 人気のない夜の江戸に、お囃子が響く。 その音を聞けば、江戸の住人たちは震え上がり、硬く戸締りをし、布団を頭まで被って顔を伏せた。夜店の店主たちも震え、その囃子の聞こえない場所まで逃げ出した。 その行列が、この世ならざる者たちであるのだと、このところ、彼らはかたく信じて疑わなかった。 天狗、河童、ろくろ首、一つ目小僧……数多の妖怪たちが跳梁跋扈するその行列の中央に、傘を差した美しい女の姿。 江戸の人々は噂する。あれは殺された蛇腹太夫の祟りであるのだと。 夜な夜な江戸の街を歩みながら、己を殺した下手人を探しているのだと──…。

【状況2】

 生温い風が吹き、それきり止んだ。 生臭い臭いが漂った。 行列の行灯がふつりと消える。 いつしか、行列の周囲から、数多の蝦蟇の声がしはじめる。「おかしな噂が流れているから、ついにそちらに堕ちたかと様子を見にくれば……一体全体、如何したものやら」 人気のない江戸の街。その暗がりの先に。 般若の面をつけた、男とも女とも、大人とも子供とも取れる、奇妙な人影が立っていた。「……困りますねえ。きちんと死んでもらわないと、私が師匠に怒られちまう」「本人だか別人だか知りませんが、一人も二人も同じこと」「──もう一度、死んでもらうと致しましょう」 そう告げると、般若の面は君たちへと襲いかかってきた。
 この人物が蛇腹太夫殺しの下手人だ。 いざ、夜の江戸を舞台に、決戦が始まる。

【解説】

 下手人・般若の面が誘き出され、ついに姿を現すシーン。 PCはどこで相対しても良いが、人間であるPC1は素顔を隠すなどして、人間であることを隠しながら戦うことが好ましい。 般若の面は蛇腹太夫が生きているのか死んでいるのか、確信が持てていない。殺した筈だと思っているが、怪談話の噂から、もしかして、を拭いきれずにいる。その不安を払拭する為にも、こんなふざけた仕掛けをしてくれた者は皆殺しにする気でいる。 般若の面は盤外視座(出典:BJR)の陰陽師だが、PLやGMがBJRを所持していない場合は、「能面をつけた、人ならざる力を使う、過激な陰陽師」と思っておけば十分である。

■NPC:般若の面 立ち絵 邪道の陰陽集団・盤外視座(出典:BJR)の陰陽師。 般若の能面を付けた、男とも女ともつかぬ曖昧な印象の人物。 蝦蟇のサイオンであったが、蠱毒の材料となりながらも生き残ったことで、人とも妖ともつかぬ生きた呪物としての力を得る。以来、人と妖怪の双方を羨みながら憎み、嘲りながら屠ることに快楽を見出すようになった。 盤外の陰陽師としての経歴は浅く、この件が初陣である。その為、実力はあるが、精神面での熟達には程遠い。 要は、実力のある三下だ。騙し賺しの報復に、弄ばれる程度には。

【戦闘情報】

【エネミー】

・般若の面

【エリア配置】

■PC初期配置 エリア1・エリア2■エネミー初期配置 般若の面:エリア3

【勝敗条件】

勝利条件:般若の面の撃破敗北条件:PCの全滅

【備考】

・決戦終了後に発生するクエリーのグリットは、先行して獲得したことにしてもよい。

■般若の面

【エナジー】ライフ:90 サニティ:90 クレジット:30

【能力値・技能値】

 【肉体】35 白兵80% 運動50% 生存99% 【精神】40 霊能90% 意志50% 【環境】20 隠密40% 交渉44%

【移動適正】地上・水中


【パワー】

■般若の呪属性:攻撃 判定:なし タイミング:特殊射程:3 目標:2体 代償:ライフ2効果:行動順ロール直後に使用できる。このラウンドの間、目標は何らかの判定に失敗するたび、ライフを2点ずつ失う。──妬ましい、妬ましい、彼我の境を定める、全ての命が妬ましい。
■蠱毒人格属性:回復 判定:生存99% タイミング:特殊射程:なし 目標:自身 代償:サニティ4効果:ラウンド終了時に使用できる。   自分にかかっている状態異常を全て解除するか、 自分のライフを5d6点回復する。──その内には一の蝦蟇と九十九の毒虫達の魂が宿る。
■悪霊退散属性:攻撃 判定:霊能90% タイミング:行動射程:3 目標:2体 代償:ターン12効果:1d6点のスティグマを目標に与える。 その後、目標のクレジットが5以下であった場合、 目標はラウンド終了時まで『BS:疲労』を受ける。 このパワーは1ラウンドに1回まで使用できる。──盤外の陰陽師としての業。妖魔を祓い、現世との縁を断つ術。
■蝦蟇の毒属性:攻撃 判定:白兵80% タイミング:行動射程:1 目標:2体 代償:ターン10効果:目標は〈生存〉-20%で判定を行う。   失敗で2d6点のダメージと『BS:毒4』を与える。──生まれながらに宿す力。触れる身を侵し、心を溶かす蝦蟇の毒。
■境界歩き属性:移動 判定:なし タイミング:行動射程:なし 目標:自身 代償:ターン2効果:君は隠密エリアを除く任意のエリアに移動する。このパワーは1ラウンドに1回まで使用できる。──彼岸と此岸、現世と隠世、人と妖、その境を歩む者。

敗北台詞例:「馬鹿な! 貴様、人間…!?」「ま、まさか、蛇腹太夫は本当に生きて…!?」 など
【戦闘解説】 PCがエリア1と2に分かれている場合は、『境界歩き』を使って距離を詰めつつ、『悪霊退散』と『蝦蟇の毒』で同時に攻撃していくと良いだろう。特に『悪霊退散』は代償こそ大きいが、回避不可のスティグマを与える強力なパワーだ。行動順ロール次第では早めに使ってPCにラウンド限りの『BS:疲労』を押し付けて手数を減らし、『蝦蟇の毒』をお見舞いしてやろう。 行動順ロール直後に『般若の呪』、ラウンド終了時に『蠱毒人格』を使うことを忘れないようにしよう。

5.余韻フェイズ

【クエリー4:いずれ来る未来で】

登場:PC1、PC2、般若の面舞台:夜の江戸備考:般若の面が戦闘中にPC1が人間だと気付かなかった場合を想定

【状況1】

 君たちの攻撃を受け、般若の面は倒れる。 倒れた陰陽師は忌々しげに、呪いの言葉を吐き捨てた。「……お世継ぎがね、生まれなかったそうですよ」「件の藩でございます。 妖怪狂いの殿様から終ぞ世継ぎが生まれず、次の主を誰にするかとお家騒動。 余計な漣を残すわけにはいかないと、落とし胤の始末を委ねられたのが当方というわけで。 まったく可哀想なお話! 浮世憂き世、実に理不尽に塗れてございます。これが恨まず、憎まずいられましょうや?」
 般若の面は忌々しいものを思い出したとでも言いたげに、憎らしげに続ける。「……だというのに。その女、世迷いごとをほざきやがった」「忘れもしない。『私は私として生きた。私が人か妖かなど、どちらだろうと些細なこと。外野が好きに決めればいい、せいぜい後はご勝手に』!? ふざけたことを!」「恨めしい筈だ、憎らしい筈だ、理不尽に殺されたのだから、それが当然の筈だ!」 般若の面は忌々しげにPCたちを睨みつけながら──あるいは、般若の面の目には、真実そこに蛇腹太夫が見えていたのかもしれないが──怒りも露わに吐き捨てた。「だからお望み通り、人間として死んだことにしてやった。 痴情の縺れでくたばった、愚かで無様な、取るに足らない遊女として! それなのに貴様、何故生きている! 何故──!!」

【状況2】

「人と妖は相容れないもの。 理解してしまえばもはや妖怪は妖怪では無く、ただの現象。それは妖怪にとっての死。 まして人は──…理解できぬものを、理解できぬもののまま、受け入れることは出来ない生き物だ。 それが好奇にせよ、恐怖にせよ……勇気にせよ」
 PC1の脳裏には、これまでのことが思い起こされる。 雨の日の荒屋で、外へと一歩を踏み出した時のこと。 虚無僧の襲撃を受け、守られるだけを良しとしなかった時のこと。 蛇腹太夫の死を知って、遊女の死程度と打ち捨てるを良しとしなかった時のこと。 それらを見透かすように、般若の面は負け惜しみの言葉を放つ。
「今はいいでしょう。次もいいでしょう。ですが、世の行先で必ずや──妖と人は袂を別つ」「その時、貴様らは『人』に仇為す悪となるのだ」 その言葉に、君たちは何と答えようか?

【エンドチェック】

□般若の面の言葉に答えた□グリットを1点獲得した

【解説】

 般若の面への報復の内容は好きにしてもよい。 時代物として仇討ちを完遂するもよし、殺人犯として奉行所へと届け出るもよし、妖怪たちに引き渡し後の事を任せるもよし、赤っ恥をかかせた後で逃がすもよし。 おすすめは「蛇腹太夫が本当に死んだのか生きているのか分からないまま放逐する」という顛末だ。答えが分からない事で、般若の面は憑き物のように、殺したはずの存在に脅かされ続け、矜持を傷つけられ続けることになるのだ。 状況1では蛇腹太夫の死の理由と瓦版が撒かれた理由、そして蛇腹太夫自身の考えが般若の面の口から語られるシーン。状況2は、般若の面がPCへと未来を思わせる問いを投げかけるシーンとなる。般若の面がPC1を人間だと気付いておらず、蛇腹太夫が生きてるのか死んでるのか分かっていない体で書かれているが、実際の反応は卓の流れに合わせて調整すること。 この問いに、人と妖の境界を渡り歩いてきたPCたちは、最後にどんな答えを返すのか。キャンペーンの最後に相応しい答えをびしっとキメてもらおう。

■NPC:蛇腹太夫・薄雲 本名「おなつ」。薄雲とは遊女としての名であり、蛇腹太夫とは妖怪としての通称である。 人間の父と妖怪の母の間に生まれた半妖だが、自分がどちらの存在かなど、些細な事だと考えていた。自分は自分と、己の生き方にプライドを持っていた女性。 不可思議な呪いを使いこなし、その力で自分の死期を悟る。しかしそれを己の延命の為に使うのではなく、懐妊していた我が子を守る為に使った。 御六には捻くれた言葉ばかりを向けるが、確かな信頼を抱いていたようだ。妹が兄にそうするように。

【余韻:杯中の蛇影】

登場:PC1・PC2・御六舞台:江戸

【状況1】

 蛇腹太夫の死から一月が経った。 君たちは、修験の御六が為さんとした、『蛇腹太夫の最期の願い』の顛末を見届ける。
 天狗の面を被った御六が、柳の木の下で、憑キ蜘蛛へと何かを手渡す。 それはおくるみに包まれた赤子であった。静かに眠る子供には、どこか蛇腹太夫の面影があった。 静かに赤子を受け取り……憑キ蜘蛛は、天狗の顔を一度平手打ちすると、そのまま夜闇へと姿を消していった。
 戻った御六は、顛末をかく語った。「おなつ。それが薄雲の浮世の名です」「まったくどこの馬の骨をひっかけやがったんだか、子供(がき)こさえてたんですよ。たった一人で」「本来なら、遊女の子供は堕されるか、よくて禿か店の使いとして育てられるが常ですがね。 あの女は、そのどちらも拒み、産み落としやがった。 もうすぐ死ぬ身だと手前が一番分かっていたから、馴染みの天狗へ言いつけた。 ──『この子が幸せに生きていけるよう手配を整えろ、手段は問わない』」「おかげさまで、あの陰陽師どもは、最後まであの子のことは知らずに終わった。 あの赤児は、人の世を離れ、妖怪として育てられることになるでしょう。 ですが、憑キ蜘蛛は赤児を愛するでしょうよ。 文字通り、赤児がこの世を去るまでずっと、ずっと。 そして、それまでの間だけは……憑キ蜘蛛は人との縁を保ち続けることでしょう」 説明を終え、遠くを見ながら、御六は感傷に浸るように呟いた。独り言のような声音だった。「そして……お二人の作った怪談の中で、妖怪・蛇腹太夫はこれからも生き続ける」

【状況2】

 PCたちの言葉を受け、御六も調子を取り戻したようだった。 すっきりとした様子で立ち上がったペテン師は、軽い調子で言う。「あっしも、しばらく江戸を離れやす。ちょいとやりすぎやした。 奴らとこれ以上やり合ったら、命がいくつあっても足りねえや」「それに……」 照れ臭そうに笑って、御六はPCへと言った。「笑わねえでくださいよ? ……お二人を見てたら、なんだか、夢以外も見たくなってきちまいましてね」

【状況3】

 ふと振り返れば、誰もいないはずの柳の木の下に、美しい女の影が見えた気がした。 女の影は、見届けるように静かに揺らめき……そうして、瞬きをするころには、姿を消してしまっていた。
 それは風に揺られた柳を見間違えただけなのか。 それとも本当に、『何か』がいたのか。 ──全ては……誰かが語った言葉の中だけに。

 それから二百年の時を超え。 人と妖の均衡は遂に打ち破られることとなる。 けれどそれは今ではない。君たちの生きた『今』ではない。
 時は江戸末期・天保年間。 幕末の動乱を間近に控えながらも、しかし文明開花の音は未だ遠く。 二百年に渡り続いた平穏な時代の中で、町人文化花盛り。そんな時代。
 時に衝突し、時に利用し、時に手を取りながら。 それはまだ、人と妖の境界が曖昧でいられた時代。
 これは、双方の縁を人知れず取り保った、無名の英傑たちの怪談話だ。

【狂言怪談/了】

■成長点初期グリット:4点クエリーグリット:4点リマークグリット(想定):2点------------------------------------------------合計:10点