小豆洗い誘拐事件
小豆洗い誘拐事件
小豆洗いまたは小豆とぎは、ショキショキと音をたてて 川で小豆を洗うといわれる日本の妖怪である。
【PC1:人の世に生きるもの】
君は人間だ。 多少、不思議な力を持ち合わせてはいるかもしれないし、そうでないかもしれないが、紛れもなく人の世に根ざして生きてきた。これまで、おかしな出来事や、不可思議な現象は、全て物語の中のことだと思いながら。 そんな君の運命は、旅の最中、突然の大雨に見舞われ、雨宿りのためにとある荒屋へと足を踏み入れたことで変わっていく…。(町人や武士、農民など、カタギの身分であることが望ましい)【PC2:人ならざるもの】
君は人間ではない。 人の世に紛れて生きているかもしれないが、その力の所以は、紛れもなく人ならざる者としてのそれである。 今日も、これからも、人と交わることなく、人から隠れながら生きていく。そんな生活が続くと思っていた。 旅の最中か、あるいはただの散歩が故か、はたまた異なる理由でか。 そんな君の運命は、大雨の降りしきる中、とある荒屋へと足を踏み入れたことで変わっていく…。(妖怪や神霊など、明確に人間ではない存在が望ましい)【GM向け情報:事件の全貌】
【共通エントリー:大雨の峠にて】
【状況1】
越後の国に、枝折峠(しおりとうげ)という難所がある。 一帯にぶなの巨木が生い茂り、昼尚暗い秘境である。 その昔、平清盛に都を追われた中納言が尾瀬へと向かうその途中、このぶなの森へと迷い込み、苦心難渋した際に突如不可思議なる童子が立ち現れ、枝を折り乍ら一行を山頂まで導いたという故事がある故、枝折峠の名があるのである。 その峠より更に奥──。 篠衝く雨に煙る山深い獣怪を只管進む、二人の姿があった。【状況2】
袖振り合うも多生の縁。君たちは共に雨宿り出来る場所を探すことにした。 いくらかの捜索の末、近隣に打ち捨てられた荒屋があることに気付く。 君たちはその荒屋へと向かうことにした。【エンドチェック】
□PC1とPC2が出会った□雨宿りの為、荒屋へと向かった【解説】
このキャンペーンの主役となる、PC1とPC2の登場・合流シーンである。 立場を異とする二人が、何故同行することになるのか、どんな出会いを果たすのかを、文面に囚われず自由に演出すると良いだろう。【クエリー1:雨宿りを共に】
【状況1】
PCたちが荒屋へと足を踏み入れると同時、薄暗い室内に、ぱっと暖色の光が灯った。 見れば、どうやら同様に雨宿りにこの荒屋を使う一団があったようで、朽ちかけた囲炉裏へと火が灯されたところらしい。ぼんやりとした暖色の光と、ほのかな熱気が、雨水で冷えた君たちの体へと伝わってきた。【状況2】
囲炉裏の光に照らされて、そこには旅装束の五人の姿があった。 白装束と行者包みと呼ばれる白頭巾に身を包んだ、修験者然とした若い男が一人。 幼い子供二人と、その父親と思しき、旅芸人風の三人組。 そして腰に一本の業物を携えた、浪人と思しき、厳つい顔の大男が一人。 訪れた君たち二人を合わせ、計七名。【状況3】
修験者の男曰く。「諸国を巡る修行の旅の最中なのです。山は歩き慣れていた心算でしたが、天候を読み違えるとは不覚でしたな」 旅芸人と思しき三人組の、二人の幼児が口々に語る言葉曰く。「江戸に向かって、大きな一座に混ぜてもらうんだい」「そこでおっとうと一緒に一稼ぎするんだよ」 浪人と思しき武芸者曰く。「仕えたお家が取り潰しとなりましてな。幸いに次の仕え先が見つかりましたので、そこへと向かう道中でござる」【エンドチェック】
□自己紹介をした□グリット1点を得た【解説】
荒屋の中にいる七人の紹介と、PC同士が互いのことを知ることを目的としたクエリー。 PC2は人間のふりをしてここに紛れるのかもしれないし、うまく言い逃れるのかもしれないし、姿を見せないのかもしれない。 NPC達から適宜リアクションを行いながら、PCのロールを促していくと良いだろう。【クエリー2:小豆洗い】
【状況1】
ざあざあと、ごうごうと、雨音と濁流の音は離れた荒屋の中にいても尚続く。 会話は途絶え、しかし眠りには遠い夜半。 君たちの耳には、雨音と轟音に紛れるようにして、小さな異音が耳に入って久しい。 ざあざあ、ごうごう。 ざあざあ、ごうごう。 しょき。【状況2】
(知っている場合は「おお、博識でいらっしゃる」などと添える) 武芸者が声をあげる。「ああ、小豆とぎの逸話なれば、拙者も幼少の折に聞いたことがござる」「川のほとりで、『小豆洗おか、人取って喰おか』と歌いながら小豆を研ぐのだ。その音に気を取られると、いつの間にやら川べりへと導かれ、川へと落ちてしまうのだとか。どうだ?」 怖い話が好きなのか、どこか楽しそうな様子で武芸者は語る。修験者はそれを聞き、「そうした逸話もありますな」と言った。「何分、多くの地にて語られる妖怪でございます。概ねは変わらねど、細部は変わる。拙僧の知る話には、こんな逸話もありましたな──小豆洗いは、人を攫うのだとか」【状況3】
「拙僧が思うに──多くの場合、怪談とは方便なのでございます」「たとえば、武芸者様が口にされたもの。 川べりへと導かれ、落ちて死んだはその身の不幸。 しかし遺される者はたまったものではありません。 不注意で足を滑らせて死んだのだと罵られるよりも、小豆洗いに誑かされたと憐れまれる方が、遺される者の心は幾分か救われるものでございます」「拙僧の話も同じく。 人攫いに子を奪われた親が、姿わからぬ誰かを憎む方便として使ったのが、小豆洗いというものなのでしょう。 ……あるいはただ、こんな大雨の日には、外へ出るなとややこへ教えるためのものかもしれません」「人は都合の良い夢を己にとっての誠と信じる。 浮世憂き世とはよく言ったもの、どうにもならぬ辛いことも多いのが人の世です。 ならば夢を夢と知らぬまま、信じて逝けるのであれば、そいつは正しく現と言えるのじゃあありませんか」【エンドチェック】
□小豆洗いの話をした□グリットを1点獲得した【解説】
このキャンペーンのメインテーマとなる、怪談という方便と、夢と現実に対する問答。 留意すべき点としては、これはキャンペーンのメインNPCである修験の御六の考えであり、PCが必ずしもその考えに賛同する必要はないという点だ。 NPC同士のやりとりなどもある為、PLのストレスにならないような進行を努めよう。【チャレンジ1:夜襲】
【状況1】
夜も更け、各々は眠りへと落ちる。 幸いに、荒屋の中には、未だ使える小部屋も残っていた。 それぞれに分かれ、眠りへと落ちる。【状況2】
突然の襲撃者を退けた君たち。襲撃者は暗闇の中、音を立てて廊下へと飛び出していく。 暗闇に紛れ、その目鼻立ちは分からなかった。 その騒音を聞きつけ、他の者たちも目を覚ましたらしかった。「どうかしやしたか!」 修験者が顔を出す。【状況3】
幼児たちの泣き声がする。 廊下へ出てみれば、二人の子らが障子戸の先を指差して泣き喚き、その傍ら、腰を抜かした父親が、青ざめた顔で室内へと目を向けていた。 障子を開き、中を見やる。暗くて見えない。 稲光が走った。 雷により、室内が明るく照らし出される。 ──血が溢れていた。 武芸者が、恐怖に戦いた顔で、目を見開いて死んでいた。 腕には血に濡れた彼の業物が握られ。 その首は── 一刀のもとに斬り伏せられたように両断され、胴と泣き別れていた。【エンドチェック】
□襲撃者を退けた□武芸者が死んだ【解説】
ここで襲ってきたのは、武芸者に化けていた朧傳々である。 朧傳々はPCたちを喰ってしまおうとしたが、思っていたよりも腕が立つ(チャレンジ成功)ことや、人でないもの(PC2)が混ざっていることに気付いた為、やり方を変えた。肉体ではなく、恐怖を以て魂を食らわんとすることにしたのだ。共犯者であるセッコもそれを見抜き、口裏を合わせている。【クエリー3:夢か現か】
【状況1】
ざあざあと降り続く雨は未だ深く、夜の帷は未だ降りたまま。 荒屋の中は、重苦しい疑心暗鬼に包まれていた。【状況2】
君たちの言葉と、親子の様子を見て取って、やがて修験者が口を開いた。「……舞首という妖怪をご存知か」「相模国のあたりで話される伝承でしてな。 その昔、小三太、又重、悪五郎という三人の武士がいた。 ある日、酒の勢いで3人が口論となり、やがて刀の斬り合いとなった。 彼らは互いに互いを斬り合い、やがて、三人とも首を落とし死んだ。 海へと転がり落ちた亡骸は、首だけになりながらも争い続けていると、そうした話でございます」【エンドチェック】
□修験者の問いに答えた□グリット1点を得た【解説】
「見なかったことにしよう」と持ちかけられたPCがどう返すかというクエリー。 チャレンジ1の結果を以て、御六は妖怪たちがPCたちの命も食おうとしていることを理解した。このクエリーはPCたちに線引きを求めると同時、これを聞いているセッコ(と朧傳々)に対する牽制の問いかけである。 また、シナリオとしては、PLたち(PCたち)が修験者を怪しみ、意識を向けることを目的としている。【チャレンジ2:怪談噺】
【状況1】
不信と疑心暗鬼を抱きながら、君たちは結局、分かれて夜を明かすこととした。 大部屋に留まるという案もあったが、やはり、人殺しかもしれぬものと共にはいられぬというのが、辿り着いた総意であった。 PC1とPC2は、燻る火を宿した、囲炉裏の側で夜を明かすことになる。 君たちは不寝番を望むだろうか。それとも、眠るだろうか。 この空間の中、君たちはどんな話をするだろう?【状況2】
ざあざあ。ごうごう。 ざあざあ。ごうごう。 夜は更けていく。 しょき。 しょき。 雨音と轟音に混ざって、異音も変わらず、かすかに響いている。【状況3】
チャレンジ判定に成功することで、PC1は眠りに落ちることを堪え、PC2は香りの源を見つけることができる。 その香りは、囲炉裏の残火から漂っていた。よくよく見れば、灰の中に、丸薬のようなものが仕込まれていることが分かる。それは残火に炙られることで、この部屋を満たす睡眠薬だったのだ。人ならざる者であるPC2がともにいたからこそ、その眠気に耐えられたのだろう。【エンドチェック】
□障子戸の先へと踏み出した【解説】
御六の「仕掛け」にPC二人が気付き、怪談の舞台裏を覗くことを選択するイベント。 転じて、何も知らぬPC二人が互いに協力して、歩み出すシーンでもある。 この選択を以て、PCたちは本当に、狂言怪談の渡世の片棒を担ぐ第一歩となるのだ。 このキャンペーンは、全体的にPC1が主人公・PC2がその相棒といった雰囲気になりやすいよう作っているが、PCの設定によってはその限りではないこともあるだろう。GMはPLの設定に合わせ、クエリーの対象や問い方(何なら質問の内容も!)を変えていくと良いだろう。【決戦:小豆洗い誘拐事件】
【状況1】
外へと出た君たちが川べりへとたどり着けば、轟音響く川の側で、あの修験者が旅芸人の父親と組み合っている! 父親は血走った目で修験者を殺そうとしており、修験者は地面へと引き倒され、それに抗っているようだ。 PC達は介入してもいいし、しなくてもいい。さて、どうする?【状況2】
「ああ、参った。起きちまったんですかい、何て御仁らだ!」「眠っていてくれりゃあ、おかしな夢を見ただけと、そういうことにしてあげられたのに!」 PC達の姿を見留めた修験者は、驚いたようにそう言う。【状況3】
修験者は真相を斯く語る。「西国で、人攫いが続きやしてね。 河原者たちの子供を誑かしては、慰み者にして殺して捨てる、そりゃあひどい話でさァ。 奉行所へと申し出た所で、被害に遭ったは、人別帳に名前の乗らぬ無宿人の子らばかり。 ──…人別帳に名前がねえってことはね、人じゃねえってことなんですよ。だからお上にゃ取り合っちゃ貰えない」「そのせいか、いつしかこんな噂が流れた。子供らを攫い、殺したのは、小豆洗いの仕業だ。妖怪の仕業なのだから、仕方がないのだと」「ですがねえ……噂ってのは、火のない所に立ったりしません。まして、怪談話なんてのは尚の事」「その男は、自分で流してたんですよ。己で重ねた悪行を、妖怪変化になすりつけた。妖怪ってのはそういうもんです、そりゃ確かだ。──…だが、奴は筋を通し損なった」「誰だって、嫌でしょう。『身に覚えのないことを、自分のせいにされるのは』!」【状況4】
「その男一人の命で片がつくってんなら、そりゃあ自業自得だ。ですがどうにも、そうはいかねえ理由(わけ)が生じた」「人も妖怪も、結局のところ大差なんて無いんでさァ。悪い奴が悪い、それだけで。 男が西国から姿を消したその後も、諸国を点々としながら同じ事件が相次いだ。 ……奴ら、取り憑くだけじゃ飽き足らず、味を占めやがった。 まさか行きずりのお二方まで食おうとするほど、業突張りとは思わなんだよ!」「「夢を現にしてやっただけさ!」」【解説】
舞台裏の種明かしと真相の説明。 NPCのセリフが長い為、PLのストレスにならないよう、適宜リアクションを促すなどして進めると良いだろう。【戦闘情報】
【エネミー】
・朧傳々×1・セッコ×1・小豆洗い(データ後述)【エリア配置】
■PC初期配置 エリア1・エリア2■エネミー初期配置 エリア4:小豆洗い エリア3:セッコ エリア2:朧傳々【勝敗条件】
勝利条件:エネミーの全滅敗北条件:味方の全滅【備考】
・チャレンジ2に失敗している場合、セッコを2体に増やす。・修験者からの支援として、以下のパワーを適応する。■小豆洗い
【エナジー】ライフ:60 サニティ:60 クレジット:30
【能力値・技能値】
【肉体】10 運動30% 【精神】10 霊能60% 【環境】10 交渉20%【移動適正】地上、水中
【パワー】
■小豆を数える属性:妨害 判定:なし 射程:3目標:2体 タイミング:行動 代償:ターン6効果:目標は〈知覚〉-20%で判定を行う。失敗でターン・カウンタを+10する。このパワーは1ラウンドに1度まで使用できる。──ぶちまけられた小豆の数をどうしても数えたくなってしまう。【余韻:幽霊の正体見たり枯れ尾花】
【状況1】
戦いは終わり、妖怪達は退散していく。後に残るは、呆けて正気を失った男が一人。 いつしか雨はやみ、朝日に照らされた晴れ空が広がっていた。「サテ、これにて一件落着。巻き込んじまってすみませんね」 修験者とは思えぬ粗野な口ぶりで、男は一連の顛末の種を明かした。【状況2】
「人は皆夢ン中で生きてるんです。それなら悪い夢ばかり見るこたァねェと、あっしは思いやすね。凡て夢なら嘘も嘘と知るまでは真実なんで」 悪びれず、一連の顛末をそう締める男。 その手口は、あの小豆洗いを騙った、拐かし犯とどう違うのか。「……どうしてまた、ああも都合よく、雨が降ったと思います?」 言葉無き言及を悟ってか、ペテン師はニヤリと笑い、懐から取り出した鈴をリンと鳴らした。 川の中から、神々しい白い鱗を持つ龍──…蛟(みずち)が姿を現した。 その側に、小僧のような影が幾人か。その手には、小豆を洗う笊(ざる)を持っている。 それらは君たちの方を見やると、ぺこりと一礼し、朝日の中へと消えていく。「言ったでしょう。人も妖怪も、結局のところ大差なんて無いんでさァ。悪い奴が悪い、それだけで」「勝手に悪名流されて、迷惑してたらしいですよ。話が通じる奴らで助かりました」【状況3】
「名乗り遅れやした。修験の御六と申しやす。ご覧の通りの騙しすかしの小悪党、まっとうな人間じゃあございやせん。もう二度とお会いすることもねえでしょう。今日晩見たことは、悪い夢と思って全てお忘れなせえ」「左様なら、どうぞお達者で」 そう言って、男……『修験の御六』と名乗ったペテン師は、君たちの前から姿を消した。 一夜限りの夢幻。 けれどそれは、君たちが人と妖の境を巡る騒動へと巻き込まれる、最初の物語であったのだ。