色彩は澱み



──それがどこの街での出来事であったのか、場所は伏せることにしよう。

1.シナリオ概要

 それがどこの街での出来事であったのか、場所は伏せることにしよう。 それは人里離れた片田舎での取るに足らない出来事であったのかもしれないし、有象無象に溢れた都心で情報の波に埋もれていくような些細な出来事であったのかもしれない。 けれどこの物語はどこかで起き、そして君たちはそれを体験する。 それだけは確かだ。 場所は伏す。さる山間部にあるダムから、このシナリオは幕を開ける。

【はじめに】


 このシナリオは新クトゥルフ神話TRPG(7版)のシナリオだ。 舞台となる街の住人であるPCたちが地元のダムを訪問している所から物語は幕を開ける。ダムで発生した事故を引き金に、タイムリミットが迫る中でPCたちは真相を追うというシティシナリオである PC達は舞台となる街の住人を想定している。街は山間部にダムを有していることを除き、特に設定はない。作中に登場する以外の設定はGMが自由にセッティングして構わない。 想定プレイヤー数は3〜4人。 想定プレイ時間は音声セッションで6時間ほど。(※子供と犬が死亡する描写が含まれます)

【推奨技能とか】


 シティシナリオの調査で活用できる〈目星〉〈聞き耳〉〈図書館〉などの調査技能。 また、必ず活躍するとは限らないが、〈水泳〉や〈自衛程度の戦闘技能〉を持っていれば選択の幅が広がるだろう。 選択ルールである「幸運を消費する」ルールを適応すれば、技能不一致による事故を補えるだろう。

【推定難易度】


KP:★★★☆☆PL:★★★☆☆

備考


 本シナリオはハワード・フィリップス・ラヴクラフト作の「宇宙からの色(The Colour Out of Space)」を元にしている。舞台は現代日本ではあるが、作中で登場する各種用語は同作に登場する用語・人名の当て字を用いている。 もしKPやPLが同作への造形が深いのであれば、舞台を1920年代のアーカムへと変更し、原作のその後を描く物語としてみても良いだろう。その場合の細部の辻褄合わせは、卓ごとで自由にして構わない。

2.シナリオ本編

【導入】

◼︎【1.根井食ダムの悲劇

 山間部に建つ、根井食(ねいはむ)ダムの傍らで、君たちはその日の昼下がりを過ごしていた。 根井食ダムは某県某市に存在する多目的ダムだ。都市部である平野を囲むようにして並ぶ丘陵と谷の間に作られたこじんまりとしたダムで、近隣の水源や治水の役割を担っている。 観光用に一般開放もされており、電力会社が主催する見学ツアーも存在している。そうでなくとも都心部から程よく近く程よく遠いその立地は、人混みに疲れた都会人が、人気を避け、自然を求めて、ふらりと足を運ぶにも適していた。 ダム湖を見下ろすオープンテラスで、見学ツアーの一人として、近隣に存在する公園で釣りをしながら、あるいはダム運営の従業員として、君たちはその日、根井食ダムの湖を目視していたのだ。
〈聞き耳〉観光者向けの自動音声がダムの歴史を伝えている。『根井食ダムは1969年よりダム建設のための予備調査が開始され、2年後の1971年より賀怒奈川(がどながわ)の治水と水力発電、農業水利を目的として、特定多目的ダムとして建設されました…』〈目星〉観光客の一人と思しき子供が、はしゃぎながら柵を乗り越え、身を乗り出した。
 悲劇はその直後に起きた。観光客の子供が足を滑らせ、ダム湖の中へと転落したのだ。事態に気付いた保護者とスタッフが慌てて子供を救出しようと動き出す。転落した子供もパニックを起こしながら、はるか下方の湖の中で身悶え、コンクリート壁に手をついた。〈目星/ハード成功〉子供がコンクリート壁に手をついた時、何かが壁から剥離したように見える。 その次の瞬間、湖が突如、奇妙な色に輝き始める。目視しようと努めるたびに色を変えるスペクトル光は、その場にいるもの全ての目を灼き、爆発のような発光の中に全てを飲み込んだ。 君たちの意識はその中で遠ざかっていく。

■【2.目覚めと不穏

 目を覚ますまでの間、君たちの意識は断片的な光景を認識する。それは君たちの意識が目覚め、眠り、目覚めていく中で目にした光景であったのだろう。光の影響で目がイカれたのか、思い出せるそれらの光景は、どれもこれもあの光帯の色味がかった狂った色彩をしていた。 ダムの傍らで倒れている多くの人々……駆けつける救急隊員とパトカー……搬送中の車内……忙しなく行き来する看護師たち……。 そして君は目を覚ます。まず目に入ったのは白い病院の天井で、君たちは同じ大部屋のベッドに横たえられている。ナースコールを押せば、すぐに看護師が駆けつけ、簡単な問診や状況の説明を君たちに行う。探索者同士の合流や情報交換も、このタイミングで済ませておくことが望ましい。
■何が起きたのか? 子供がダム湖に転落した際に、ダム湖内部に蓄積されていたガスが空中へと突出し、ダム湖周辺にいた人々に被害を与え意識を奪った。通報を受けた警察や救急により、君たちは病院へと搬送された。あの事故から12時間ほどが経過している。
■探索者たちの肉体 検査を行う限りでは異常はない。警察からの聴取が終わり次第、帰宅しても問題ないと判断される。
 探索者たちは警察から聴取を行われたのち、解放される。警察は事故が発生した当時の状況を詳しく聞きたがり、PCたちの話を聞いても、どこか納得していなさそうな反応を見せる。彼らはこの時点では詳しいことは話さないが、転落した子供について尋ねられれば、「残念ながら、助かりませんでした」とだけ答えるだろう。 帰り際、探索者たちは〈聞き耳〉を行なって良い。聴取を行なっていた刑事の一人が、疲れた面持ちをしながら、医師と共に廊下を歩いていく。技能に成功することで、探索者たちは彼らの会話の断片を聞き取れるだろう。
「長いことこの仕事をやっちゃいますがね、あんな死体、見たことがない。本当にガスなんですか?」「状況を考えるに、そうとしか説明が……時間をかけた詳しい検査が必要になってくるでしょうね」

■【3.奇妙な調査員、異変、雷

 探索者たちは各々の自宅へと帰り、その後数日間は何の変哲もない日常を過ごす。 地元のテレビではダムの事故は大きく取り上げられ、運営会社の安全管理の不備を指摘したり、保護者に対する同情と嘲笑が混ざったような報道がバラエティを賑わせているだろう。 そんなある日のこと、君たちのもとに、一人の男がやってくる。男は根井食ダムの運営会社に雇われた調査員であると話し、当時現場にいた人々に、その後異常がないかを確認して回っているのだという。
「あの後、体に異常は起きていませんか?」「何か不調を感じたら、いつでもこちらへご連絡ください」
 男は探索者に名刺を手渡す。名刺にはダムの運営会社の名前と、男の携帯電話番号、飛鳥日 阿見(あすかび・あみ)という名前が記載されている
 男が去った翌日からだ。君たちは身体の不調に気付き始める。まず違和感を覚えたのは味覚だ。固形物を食べると灰のような不快な味が付き纏い、日に日にその不快な味は強さを増していく。そうして、やがて君の味覚を完全に奪ってしまう。併発しながら、嗅覚もまた不調を訴えた。ふとした瞬間に腐敗物のような悪臭を突発的に感じ、これもまた日に日に感じる間隔を狭めていく。 決定的だったのは、男と出会ってから三日後、ダムでの事故が起きてから二週間が経った頃のことだ。探索者の体に、不気味な腫瘍ができる。1cm程度のできもののようなそれは、触れると痛みを発し、潰せば中からは臭い膿を出した。体外に排出された膿は僅かに奇妙な色彩(ダムで見たあのスペクトル光に似ていた)を見せるが、空気に触れれば間も無く色を失い、汚らしい灰色へと変わってしまう。 これらの間に病院で検査をしたとしても心身に異常は検出されず、原因は分からない。探索者は飛鳥日の電話へと連絡を取るかもしれない。飛鳥日は忙しく動き回っているのかなかなか電話には出ず、留守番メッセージの録音依頼音声だけが虚しく響く。探索者の体に膿が出始めた頃合いで、ようやく飛鳥日は探索者に折り返しの電話をかけ、「明日の正午に、駅前にある名日ビルの2階に来てくれ」と告げる。 
 その日の夜のことだ。その日は昼から雷が煩く、予報になかった大雨が街を襲った。いくらかの雷はどこかに落ちたらしく、夜空には稲光が幾筋も走り、不気味な風と大粒の雨粒が窓をうるさく叩きつける。爆弾低気圧の影響であると告げるニュースが、街のライブカメラを映し出す。都市部、河川、そして根井食ダム──その中に奇妙な人物が映り込んだ。雨具を持たず、ダムの上に立つ男の姿。それは飛鳥日の姿だ。飛鳥日は暴風に晒されながら、みすぼらしい手製の看板を、滑稽なほどの必死さで掲げていた。看板の文字が君たちの目にも映る。

『水を飲むな!』


 突風に煽られ、飛鳥日の体が傾く。それと同時にカメラが切り替わり、スタジオのニュースキャスターが映し出された。キャスターは映り込んだ予想外のものに僅かに慌てた様子を見せるが、落ち着いて次のニュースへと戻っていく。それはちっぽけな放送事故として処理されてしまう。 彼の携帯電話には幾度かけても繋がらず、ダムの運営会社へと電話をかければ、電話に出た職員は困惑したように告げた。
「このところ、同様の問い合わせを度々頂いており、困惑しておりましたところで……弊社からはそういった調査員は派遣しておりません。新手の詐欺ではないかと、警察と相談を進めているところです」
 君たちの体は変わらず不調を訴えるが、病院で幾度検査を受けても原因は分からず、ダム会社も「現在調査中です」の一点張り。 君たちの周囲では、君たちの他にも、同様の不調を訴え始める者がじわじわと出始める。だがそれは、この街に住む人々に限られ、インターネット越しの知人や、遠方に住む知り合いは、その限りでは無いようだった。異変は、この街の中でだけ起きているのだ。 飛鳥日からの連絡は変わらずない。 街から離れればいい。それは明白であるというのに。 君たちは今、この街から離れたくないと、何故だか強く感じている。

■宇宙からの色のデータ処理をこのタイミングで行う

〈能力値吸収(弱)〉探索者はPOW50とのPOW対抗ロールを行う。失敗で1d10ポイントのSTR、CON、POW、DEX、APPを永久的に失う。また、耐久力を1d6点失う。〈精神攻撃INT70とのINT対抗ロールを行う。失敗で1d6点のマジック・ポイントと1d6点の正気度を失う。これによって失われたマジック・ポイントはその地域を離れない限り回復することはない。 詳細は基本ルールブック279頁を参照すること。
 以後、シナリオ内で1日が経過する都度、KPは〈精神攻撃〉の処理を探索者へと行う。 〈能力値吸収(弱)〉は、厳密にはダムでの発光を目撃した際に発生したものだが、じわじわと影響を及ぼしたものとしてこのタイミングで処理を行う。以後は探索者がダムに近づくまではこの処理を行うことはない。 〈精神攻撃〉によってマジック・ポイントがゼロになった探索者は、意識を失い病院へと搬送される。シナリオを無事円満にクリアし、宇宙からの色の影響をこの街から引き離すことができれば、シナリオ終了後に目を覚ますことになるだろう。探索者としてこのシナリオ内で探索を続行することは難しいので、その場合は諦めて、二枚目のキャラクターシートを作成しよう。 また、この攻撃の影響で、探索者は自分の居住地域(シナリオの舞台となる街)に精神的に縛り付けられることになる。その地域を離れるには、POWロールでハードもしくはイクストリームの成功をしなければならない。この成功率は探索者の精神力が弱まっていくにつれ難易度をあげていく。 探索者が最終的に自発的に街から離れることを物語の決着として望むのであれば、この処理に成功できるかどうかのゲームとなっていくだろう。もちろん、それは根本的な解決になることはなく、探索者は離れたとしても、この街の住人たちはやがて宇宙からの色に生命力を吸い尽くされ、死亡することになるだろう。

【探索情報】

 以後、探索者は街の中で自由に情報を収集していくことになる。 以下に、このシナリオで得られる情報や、発生するイベントを記載する。KPは探索者の行動宣言や調査目的に合わせて、適宜自由に情報を与えていくと良いだろう。時間の管理に関してもKPの処理に一任する。日が変わる都度に発生する〈精神攻撃〉の処理がある限り、探索者たちに時間があまり無い事は十分伝わることだろう。

■名日ビル

 探索者同士の合流がまだの場合、KPはここで探索者同士の合流と、自発的な調査に乗り出すことを促すと良いだろう。
 探索者が謎の調査員・飛鳥日について調べたいのであれば、最も手っ取り早いのは彼が指定した場所である名日ビルへと向かうことだ。飛鳥日は探索者全員に同じ時間・同じ場所を指定する。探索者同士の合流にも役立つはずだ。 名日ビルは駅前に建つ陰気で小さなテナントビルだった。建てられて古いのか、外壁は色褪せ、雨風に晒されて変色したコンクリートが顕となっている。一階は美容院、三階は消費者金融、二階は看板を掲げていないが、ポストには電気やガスの督促状が溜まっている。宛先は飛鳥日阿見となっていた。 二階に足を踏み入れれば、入り口には鍵がかかっていなかった。 そこは剥き出しのテナントに最低限の家具だけが詰められた無機質な事務所だった。室内にしみついた煙草の匂いとヤニの跡が、時代遅れな風情を醸し出す。だがそれらは、部屋中に立ち込めた火と煤の臭いに比べれば微々たるものである。部屋の中央の床は黒く焦げついており、燃え残った段ボールや書類辺が周辺に散らばっている。ここで誰かが書類を燃やしたような雰囲気だった。
〈目星〉で、偽造された名刺や書類の燃え残りの中に、「根井食ダム」の名が散見していることに気付く。理由は定かではないが、飛鳥日が根井食ダムについて独自に調査を行っていたのだろうことは明らかであった。 また、燃え残った資料を繋ぎ合わせることで、断片的に明らかとなる資料もあった。例えば、何かしらの科学調査の実施資料と思しき資料には、飛鳥日が根井食ダムから持ち帰った『何か』を解析した結果と思しき情報が記載されていた。
【『何か』の解析記録の一部】・ビーカーに入れておいたものは、数時間でビーカーもろとも消滅した。・鉛の箱に入れて保管していたものは、徐々に小さくなっていき、一週間で完全に消滅した。・展延性を持ち、可塑性がある(柔らかい)・高温・低温環境下で影響を受けることはない。・常に発光している。特に暗闇では輝きが顕著になる。・分光器を用いて観測した電磁波スペクトルは、既知のどんな色とも異なるように思う。・塩酸・硝酸・王水等のあらゆる試薬を用いても傷がつかない。強い酸を使うとわずかに冷える。

■根井食ダムのライブカメラ映像

 探索者によっては、ニュースで放送されていた、根井食ダムのライブカメラ映像に着目するかもしれない。根井食ダムのライブカメラ映像は、普段からインターネット上でリアルタイムで公開されている。 アーカイブ等は存在しないため、即座に調査を開始しない限りは、飛鳥日と思しき人物のその後を目視できることはない。しかし翌日以降に調査を始めれば、ニュースの映像を見た好事家たちによって、当日のライブカメラログの一部切り抜きがSNS等を介して流布していることがわかる。 切り抜き映像には、ニュースでは放送されなかった箇所も残されている。バランスを崩しかけた飛鳥日は、あわやダムへと転落かと思われたが、寸でのところで踏みとどまる。しかし手にしていた看板を取り落としてしまい、看板はダムの下流へと放り出されていく。飛鳥日はしばし茫然としていたが、やがて暴風にもみくちゃにされながら、映像内からフレームアウトしていく。 映像内の様子から、飛鳥日は看板を探しに、下流の川へと向かったのではないかと君たちには感じられる。もちろん、台風のような大雨と暴風の最中で、川の様子を見に行くのは危険極まる行為だ。確認に向かうのは雨がやんでからの方がいいだろう。
〈図書館〉〈コンピューター〉でより詳細に当日の根井食ダムについて調べるのであれば、昨晩は根井食ダムのダム湖に幾度も落雷が発生したと話題になっている。有志による写真や映像も投稿されており、そこには湖の中央に、何度も稲光が突き刺さる様が鮮明に映し出されているだろう。 また、子供の転落事故発生当時の映像を探すならば、適切な調査の結果として見つけられても良い。だがライブカメラ映像には転落した子供の湖面での姿は残されておらず、その後発生した衝撃によってノイズと共に映像は暗転してしまう。これを指して「ガスの突出による影響」と説明されているものが多いが、中にはそれ以外の事故や陰謀論を疑う声もあり、インターネット上の情報はどこまでも煩雑なものとなっており、確信を抱けるものではない。

■飛鳥日阿見の死体

 賀怒奈川(がどながわ)周辺を調査するのであれば、探索者には二通りの方法がある。一つは、時間をかけてしらみつぶしに川を調べる方法。この手法を取れば半日ほどで、以下の情報にたどり着くことになるだろう。 もう一つは〈ナビゲート〉〈自然〉を使って、地図上の立地情報等から飛鳥日の看板が流れつく場所に目鼻をつけ、調査箇所を絞って調査を行うことだ。この手法であれば3時間もあれば、以下の情報にたどり着くことができる。
 増水した賀怒奈川の下流、木々が茂った水辺にて、君たちは飛鳥日の看板が引っかかっているのを見つける。映像で見た通り、それはダンボールと木片を組み合わせて作り上げた手製の看板で、マジックペンで黒黒と「水を飲むな!」と記されていた。おおよそ、まっとうな人間が振り回すものとは思えない。 看板のもとへと近づけば、君たちはひどい悪臭を感じることになる。悪臭の根源を探れば、君たちは看板から少し離れた木に引っかかっている、不気味な灰色の亡骸を目撃することになるだろう。全身が灰色に変色し、乾涸びているはずなのに、溶け落ちたような皮膚に全身を包まれた男は、変わり果ててこそいたが、紛れもなく飛鳥日 阿見の成れの果ての姿であった。 この光景を目撃した探索者は正気度ロールを行う。(成功/失敗=1/1d8)
 また、死体を発見したタイミングで、この場にいる探索者は全員〈目星〉を行う。判定に成功することで、変わり果てた死体から、歪な形をした怪魚が一斉に離れていく様を目にする。怪魚の鱗はギラギラと奇妙に変色しており、それは君たちの体を苛む膿が発する異常な色彩に酷似していた。 探索者がこの怪魚について詳しく調査を行いたいのであれば、〈自然〉〈サバイバル:KPが適切と判断する立地〉の通常成功か、〈手さばき〉のハード成功などの技能によって、魚を捕らえることができる。それは奇形となった川魚である。捕らえた川魚は、持ち帰れば長生きはせず、24時間も経たずに死亡する。死亡後の魚の亡骸は、飛鳥日の亡骸と同様に、ひどい悪臭を放ち灰色に変色する。

■橋の下ホームレスの不審死

 探索者は飛鳥日の死体について、警察へ通報を行うかもしれない。警察による数時間の事情聴取という名の拘束のあと、探索者たちは開放される。 探索者たちが類似の現象がこの町で発生していないかを調べるのであれば(あるいは単純にこの街の中で起きた奇妙な出来事を調べただけかもしれない)、警察関係者への〈言いくるめ〉〈信用〉による情報の引き出し、過去の地元新聞のバックナンバーに対する〈図書館〉の成功など、適切な手段で調査を行えば、以下の情報を入手できる。 一週間前、賀怒奈側流域の橋の下を拠点としている三人のホームレスが死体で発見されたという。ホームレスたちの死因は不明であり、死体は損傷が激しく、悪臭を気にした近隣住民の通報によって発見されたという。 また、この街では、橋の下をはじめとした河川敷周辺を生活拠点としているホームレスは少なく、山や都心部の公園などを拠点とする者が多いらしい。原因は定かではないが、彼らの中の不問律として、「川には近寄らない方が良い」という認識があるようだ。 探索者たちが川から離れた場所で生活を送るホームレスに詳細を聞こうとするのであれば、適切な技能に成功することで聴取が可能だ。 聞かれた一人はぼりぼりとできものまみれの皮膚を掻きながら、「この川の水はおかしな味がしてとても飲めない」だとか「川辺の虫はおかしい。大きいし凶暴で、見たこともない虫ばかり。特に夜は恐ろしい」だとか話す。それはずっと昔からそうだと彼らは言う。 ホームレスたちの体のできものは、探索者たちの体の腫瘍と同じだ。違いがあるとすれば、彼らの方が数が多く、大きさも大きいことである。「前からぽつぽつと出ていたが、今日起きたら一気に増えていた」「病院にかかる金などない」と彼らは話し、自分の生活へと戻っていくだろう。彼らはそれから数日も保たずに死亡する。 また、ホームレスたちの情報網を伝えば、根井食ダムの近隣の山中で生活を送る変わり者の老人・魚戸(うおど)の話を聞くことも出来るだろう。ダムが出来る以前からこの街に住む老人であり、ダム開発に強固に反対し続けた人物であり、かなりの変わり者(それはオブラートに包んだ表現だ)であるという。

■忙しない病院と警察

 探索者たちは折に触れて、病院と警察での情報収集を試みるかもしれない。警察と病院は、当初は探索者の申し出にも真摯に向き合い、原因の分からない不調に関して対策を考えてくれる。だが調査活動が本格化してくる頃には、彼らはそれどころではなくなっている。 病院には探索者たちと同様の身体的不調を訴える患者が矢継ぎ早に増えるし、倒れて動けなくなった者が搬送されてくることもあり、探索者一人一人の申し出に向き合っている時間がなくなっていく。 警察も同様に、街の中で多発する不審死や、精神的に不安定になった住人たちによる暴行事件の対処に追われていき、探索者の申し出に対応し切れるとは言い難い。 この街で起きている異常事態に関しては警察・病院ともに把握しており、その原因が例の根井食ダムで起きた事故に端を発しているのではと疑う者もいる。だが日々の業務に追われるだけで手一杯の彼らではそれを追うことは難しく、近日中に県に派遣されてくるという『都心からの調査団』を当てにする声が大きい。また、ダムそのものに対する調査計画も立てられてはいるが、利権や政治活動と深く結びついている特定多目的ダムを即座に運行停止するには至れていない。 警察・医療関係者に対する適切な技能に成功すれば、彼らは「ダム湖底に放射性物質が蓄積されており、それが事故によって水中から噴出したことで、急速に被害が拡大したのではないか」と疑っていることを明かす。パニック防止のために表沙汰にはなっていない情報だというが、探索者たちからすれば、それは現状の状況を既存の知識に無理やり当てはめて納得しようとしているだけの苦し紛れに思えるだろう。本当のことを言えば、警察関係者も、医療関係者も、探索者たち自身にすら、今起きている事象に納得いく説明をつけることができるものは一人もいない。 警察・医療関係者の中にも、同様の身体的・精神的不調は現れている。体に出来た腫瘍や、味覚や嗅覚の変化、精神的な動揺、それらは彼らの活動が円滑に進まない要因の一つにもなっている。

■都心からの調査団

 警察や医療機関が当てにしている、都心からの調査団は、いずれかのタイミングでダム湖や賀怒奈川の調査を行う。だがその調査は住人にとっては肩透かしなものだ。彼らは川の水や石をいくらか採取し、原生生物を幾匹か捕らえると、さっさと街を去ってしまう。 仮に原因が放射能であったとしても、結果は慎重に出さなければならないというのが彼らの主張であり、その結果が出るには時間がかかる。それを待っていては、とてもではないが探索者たちの身は持たないだろう。 調査団たちは住人の様子を困惑しながら見つめている。「街から離れた方が良いのでは?」そう警告する者もいるだろう。しかしその言葉に、納得と同意をしているはずなのに、君たちの体は積極的な脱出行動を起こしたがらない。それは君たち以外の、この街の在住者全てがそうだ。 街の外から来た彼らからすれば、おかしいのは街の住人たちの方である。彼らは「結果が出たらお伝えします」とだけ告げて、早々に街を去っていってしまう。

子供の家族の不審死

 探索者が、根井食ダムで事故死した子供の両親にコンタクトを取りたいと思うのであれば、なんらかの方法で両親の連絡先を知る必要がある。医療機関で聞き出すもよし、警察関係者から聞き出すもよしだが、プライベートな事情である以上、なんらかの技能のイクストリーム成功を要するだろう。 KPは話をもっと単純にしても良い。例えば、探索者たちが調査を続ける中で、偶然にも件の両親の片割れ(夫でも妻でも良い)と出会い、面識を持つタイミングを設けるなどだ。その場合、夫妻は探索者と出会う時にはひどい情緒不安定や、肉体的な変化(内容は探索者の身に起きていることと同じだ)を見せるだろうし、自分たちの子供の死に様について納得いかない様子で悲しみを訴えるかもしれない。彼らは司法や行政に絶望しており、探索者が自発的な調査活動を行う気概を示すのであれば、喜んで同意し協力を申し出るだろう。KPは自由に彼らの悲劇を演出すると良いだろう。 いずれかの方法で探索者が彼らの自宅を知り、向かうのであれば、探索者は子を喪った哀れな夫婦の変わり果てた亡骸を目の当たりにすることだろう。あるいは、彼らがついに命を失うその瞬間を目の当たりにするのかもしれない。 彼らの家は、賀怒奈川の中流沿いにある住宅街の一軒家だ。若い夫婦と子供が生活を送るのに過不足ない間取りをしており、軒先には家庭菜園用のプランターが並んでいる。プランターの土は乾燥して乾涸びているが、その上に実るトマトは、見たことがないほど美しく、そして歪に巨大化している。

□亡骸を発見する場合

 玄関前に立った時、探索者たちは家の中からひどい悪臭がすることに気付く。探索者が既に飛鳥日の死体を発見している場合、その悪臭は飛鳥日の死体が発していた悪臭と同じ臭いであると感じる。玄関扉には鍵がかけられているが、〈鍵開け〉で開けることも出来るし、複数人の探索者が協力するのであれば力付くでこじ開けることも出来るだろう。〈目星〉に成功すればプランターの下に隠された鍵を発見することも出来る。あるいは警察へ通報し、その到着を待ってから中へと入ることも可能だ。 家の中に入れば悪臭はその強さを更に増し、吐き気を催すほどのものになっている。家の中には若い夫婦と幼い子供が幸せな生活を送っていたことを示す調度品が多くある。ペットとして犬を飼っていたらしく、犬用の器具がいくらか存在することもわかる。部屋はどこも埃っぽく、ダムの事故以降、人の手入れがなかったのだろうことが察せられる。 夫婦の死体は彼らの寝室にある。ベッドの上に横たわるようにして変質している亡骸と、その側で寄り添うように倒れている同様の亡骸だ。どちらも悪臭の源となっており、飛鳥日の亡骸と同様に、全身が灰色に変色し、乾涸びているはずなのに、溶け落ちたような皮膚に全身を包まれている。 ベッドの足元では、一匹の犬が、どちらかの亡骸から引き摺り出したのだろう肉を必死に貪っている。それはかつてはテリア種であったのだろう面影を残してはいたが、毛の大半が抜け落ち、異様に膨れ上がった右前肢と、萎びたように小さくなった左後肢とを持ち、白内障のように濁ったアンバランスに腫れ上がった目を持っていた。牙は異様に成長しているものもあれば、歯肉ごと抜け落ちているものもあり、膿のように濁った涎を閉じれなくなった口の端から溢れさせていた。犬は君たちが入ってきたことに気付くと、正気を失っていると分かる濁った目を君たちへと向け、唸り声をあげる。 これらの異様な光景を目撃した探索者は、正気度チェックを行う。(成功/失敗=1/1d8)

□目の前で彼らが死亡する様を目にする場合

 探索者たちが招かれ、彼らの家に向かうのであれば、探索者たちはより陰惨なものを目にすることになるだろう。彼らの家の描写は『亡骸を発見する場合』の通りであり、寝室にはまともに会話することもできなくなった夫婦のうちの片割れが横たわっている。その足元では変質した犬が、唸り声を上げながら丸くなっていた。話を聞けば、彼らはダムで起きた事故から徐々に衰弱していき、こうした状態になっているのだと分かる。探索者たちと同じ状況だ。違いがあるとすれば、彼らの方が症状の進行が早いということか。そしてそういった状況であっても、尚奇妙なことに、彼らと探索者の内には、この街を離れるという選択肢に対して強烈な忌避感がある。 KPが適切と思うタイミングで、探索者と話をしている夫妻の片割れが苦しみ始める。そして、寝室に横たえられた片割れと、話をしていた片割れが、奇妙な色彩を放ち始めるのを見るだろう。これまでに目にしてきたのと同じ、忌まわしきスペクトル光は家中を満たし、光の中で狂ったように犬が吠え声をあげる。さほどの時間をおかずして光は収まり、目の前には灰色に乾涸び、溶け落ちたような皮膚に全身を覆われた、二つの人であったものが横たわることになる。犬は完全に発狂し、探索者たちに対して錯乱したように牙を剥くだろう。 これらの異様な光景を目撃した探索者は、正気度チェックを行う。(成功/失敗=1/1d6+2)

□発狂した犬

 残された哀れな犬はいずれのパターンであっても完全に発狂しており、探索者に対して錯乱したように牙を剥く。犬のステータスは『犬(基本ルールブック336ページ)』に準じる。この犬は探索者に対してランダムに三度攻撃を仕掛けた後、それが成功しても失敗しても、窓を突き破って街の中に消えていく。 犬の攻撃を探索者が受けた場合、傷口から流れる血が例のスペクトル光を発したように見える。それは錯覚にも似た一時的なものであり、すぐに本来の色を取り戻す。だが、探索者に対し、不安を抱かせるには十分なものになるはずだ。 探索者が犬を殺すのであれば、犬は倒れ、夫妻と同じように奇妙な色を発したのち、灰色に変色して死んでいく。街の中に逃げていったのであれば、数日後、川べりで同様の形で死に絶えている様が発見されることになるだろう。

奇妙な老人:魚戸

 探索者が根井食ダムの近隣の山中に住むという魚戸老人に会いに行こうとするのであれば、それは簡単なことである。山の中に住む浮浪者然とした老人は近隣住民や警察官であれば誰でも知っており、皆、その老人のことを厭っている。 魚戸老人は根井食ダムの近隣の山中に居住地を構えている。その居住地というのも、持ち込んだ木材を組み合わせて自分で作り出したと思しき、歪んだ簡素な山小屋だ。山の木々に隠れるようにして存在しているその家の周りには「立ち入り禁止」「近づく者は射殺」「俺は正しい」だとかいった脅迫めいた警告文が並ぶものであり、家の外壁には何故かアルミホイルが何重にも巻かれている。飲料水のペットボトルがやたらと散乱しており、植物を育てている様子は全くなく、建物には大小さまざまな大量のライトが取り付けられており、夜になると一人でに点灯する。言葉を選ばずに表現するのであれば、気の狂った浮浪者の家、と称するのが最適な家屋である。入口には中央で五本に分岐した線状の星が刻まれた石が大量に吊り下げられている。 魚戸老人は探索者を出迎えない。彼の姿は屋内のどこにもなく、戻ってくることもない。汚らしい屋内の窓際には双眼鏡が備えられており、覗き込めば根井食ダムが見える。老人はここで長年、ダムを監視し続けていたらしい。 室内は雑然としており汚らしい。時間をかけて(4時間ほどはかかるだろう)調査を行うことで、以下の情報を入手できる。〈目星〉の判定に成功すれば、この調査は2時間ほどに短縮することができるだろう。 入手できる特筆すべき情報は、「四十年以上に渡るダムの監視記録」と「四十年以上に渡る老人の日記」だ。それらは何十冊もの本に分けられ、狂的なほど緻密で執拗に、しかし偏った思想に基づく偏執的な記録が綴られている。多文でありながら悪筆であり、読み込むには最低でも三日間の時間を要するだろう。〈鑑定〉〈考古学〉に成功するのであれば、これらの時間を二日間に短縮することができる。解読に合わせ、KPは徐々に情報を出していくといい。プレイヤーには探索者自身の状況を顧みて、途中で解読を中断し、リスクを抱きながらも別の行動を起こす権利がある。

【読み解ける内容(上に行くほど古く、下に行くほど新しい)】

□何故老人がこうした生活を送っているか

 老人は1971年にダムの建設が開始される以前、今はダムの底に沈んだ根井食村に住んでいた。ダム建設が始まる以前、予備調査で行われた地質調査の最中のこと、村外れの雑木林の中に誰の家のものでもない古井戸が発見された。古井戸は既に枯れており、調査の必要無しとして放置された。当時子供であった魚戸老人はその井戸に興味を持ち、友人たちと共に枯れ井戸の底へと降りて探検を行った。 井戸の底の壁には五本に分岐した線状の星が刻まれていた。そして球体状の何かが埋まっていた。巨大な岩のようにも思えたが、触れてみると奇妙に柔らかく、熱を持っていた。砕けば破片を採取することができたが、数時間もすれば消えたという。 魚戸少年は村から立ち退くまでの一年間、この井戸を友人たちとの遊び場としていた。しかし少年と友人は日に日に体調を崩していった。納得済みであったはずの立ち退きに対しても強い抵抗感を抱くようになり、親と幾度も衝突した。けれど結局は小学生程度の子供の頃の出来事であるため、親に連れられて村を立ち退くことになった。 村から引っ越す数日前のこと、魚戸少年は夜になると、古井戸から奇妙な色彩が放たれていることに気付いた。少年は友人たちと共に、引っ越しの前夜、家を抜け出し井戸を覗きに行ったのだという。そこで何かを見たはずだが、何を見たのか、魚戸自身はどうしても思い出せなくなっていた。 引っ越しを終え、村がダムの底に沈んだ以後も、魚戸はかつての村と古井戸への執着を捨てられなかった。あの井戸の底には何かがあった。自分は確かにあの日、何かを見た。釈然としない気持ちを抱きながら大人になり、集められた同窓会で、かつて共に井戸の底を目にした友人たちが、奇妙な怪死を遂げているのを知った。魚戸は何の根拠もないままに、「次は自分の番だ」と感じ、以来少しずつこのダムの監視を始めるようになった。最初は生活の傍の行いであったそれは徐々に比率を変えていき、根井食ダムを監視できるこの土地を購入してからというもの、彼の人生を賭けたものとなっていった。

□根井食ダムの開発経緯

 昭和期のダム開発事業の一貫として、根井食村を中心とした幾らかの山間の村から、国が土地を購入する形で建設に至る。目的は大雨が降るたびに幾度も氾濫していた賀怒奈川の治水、水力発電、下流域の農業利水を目的としたものであったらしい。 軽度の反発はあったが、国がその後の住居の担保と相応の売却金を支払ったことで、大きな反対運動には繋がらなかったという。むしろ昔から賀怒奈川周辺は、大雨の度に起きる水害被害や、その都度発生する健康被害、そして豊富な水源に反した農作物の不出来などに悩まされた土地であったことから、村民たちの多くはこれを喜んで受け入れていたようだ。 水害が発生するたび、賀怒奈川流域では独自の風土病が発生していたらしく、魚戸老人も幼い頃はそういった症状に悩まされたという。反面、それがどういった症状であったのか、どう回復したのかといった記載は特に残されていない。

□老人が観測したもの

 四十年以上にわたる老人の観測内容は緻密だが、内容は老人自身の主観や思い込みも強く、学問上の証拠能力は乏しい印象を受ける。老人はダム湖に起きた些細な出来事であっても過敏に反応し、湖の中に『何か』がいると想定して記述を行なっている。老人はこの『何か』に対して、強い恐怖心と異常な執着心を抱いているように思われた。老人はこの『何か』を『色』と呼称していた。 また、ダムが建設された以後、賀怒奈川流域に生息する昆虫の肥大化が確認されていると老人は記載している。家の中を探せば、老人が残した昆虫の標本が残されている。十年単位で残されているそれを確認すれば、確かに近年の昆虫は徐々に大きくなっているように感じるが、それが水質に基づくものであるのかの証拠はない。老人はダムが建設される以前の記録を残しているわけではない。

□魚戸老人と飛鳥日

 魚戸老人と飛鳥日が接触していた記述も残されている。飛鳥日はもともとは、水力発電会社と行政の癒着について調査を行なっていた週刊誌の記者であったようだ。彼は調査の過程で根井食ダムの情報を求め魚戸老人に接触し、当初は偏屈な老人の警戒心を解くために話を合わせていただけであったのだが、徐々に魚戸老人の話す内容に興味を抱き始めた。飛鳥日自身は根井食ダムの湖底に水質汚染物質が存在するのではないか、という疑惑を抱いていたようだ。 ある日、飛鳥日は実際にダム湖に潜ってみたようだ。そこでダム湖の底から奇妙な鉱石を回収したと魚戸老人に報告し、実物を見せたらしい。魚戸老人はその石のことをこのように綴っている。
『飛鳥日調査員が見せてくれたそれは、間違いなくあの日、井戸の底にあった岩のような何かだった。見目は岩石であるというのに、押せば凹み、ゴムとも泥とも違う奇妙な柔軟性は、記憶に残っているもののままだった。手のひらに乗せれば生物のような熱を帯びており、数時間も経てば溶けるように消えてしまった。その熱の懐かしさに、私は自らの努力が報われたような気がして、年甲斐もなく泣いてしまった。 飛鳥日調査員によれば、これと同一の鉱石は、湖の底の至る所に、たくさん存在したようだ。それは私の記憶とは異なるものである。あの古井戸の中にいた色は、今はあの井戸を抜け出し、広大な湖の中を泳ぎまわっているのかもしれない。私はそれに怯えているのか、それともそれを喜んでいるのか、己の感情が分からない。これからどうするべきか、考えねばなるまい。』

□ダムで事故が発生した日のこと

 ダムで転落事故が発生した日も、魚戸老人はこのダムの観察を続けていた。彼は転落した子供の様子と、転落後の子供の様子、そして探索者たちが意識を失った時の状況を詳細に書き記していた。
『子供が足を滑らせ、ダム湖へと転落した。あっという間の悲劇だった。だが、私にはあの子供の事故が、ただの事故であったようには思えない。あれはきっと、湖底の色が、あの幼児を呼びこんだのだ。その後に起きたことがそれを証明しているではないか。 ダム湖へと落ちた子供は、しばらくは意識が残っていたらしく、必死に泳いでコンクリートの壁へとしがみつこうとした。その時、壁にしがみついた子供の手が、老朽化した壁の一部を剥ぎ取ったのだ。いいや、しがみついた拍子に剥がれてしまったというべきなのだろう。どうして子供が転落した先に丁度それがあったのか? どうして子供がとっさに手をついたのがそこだったのか? これらの偶然を偶然として片付けて良いものだろうか? そんなはずはない、あれは色の意志なのだ。色は外へと出たがっているのだ。
 子供が剥がした壁には、何かが刻まれていた。それはすぐに濁った水面に沈んでしまったので、はっきりと見えたわけではない。だが私はそれは、あの枯れ井戸の底壁に刻まれていた、五本に分岐した線状の星だと思った。あの星は色を枯れ井戸の中に封じていたのだ。 ダムの壁にそれと同じものを刻んだ者は誰だったのだろうか? 信心深かった村の老人たちが何かを話したのか? それとも建築の最中に気付いた者がいたのだろうか? ダム会社と国はそれを最初から把握していたのだろうか? 私より先に死んだ、共に枯れ井戸の中を覗き込んだ友人の仕業なのだろうか? そもそもあの星は何なのだ? 色とは何だ? 生涯を費やしてきたのに、未だ分からないことが多すぎる。
 だが確かなこともある。子供がコンクリート壁の一部を剥ぎ取った時、ああ、忘れもしない! あの色! おぞましくも懐かしいあの色彩! あの色彩が湖を包み込んだ! ダムの全てを! そこから流れていく水にあの色が溶け込んでいくのを私は見たのだ! ついに色は解き放たれ、自由になり、あの川から続く水辺のどこにでも姿を現すことができる! だが色は本当に自由になったのだろうか? 色彩の奔流は一瞬だった。溢れ出した色は色の一部に過ぎなかったのではないだろうか? 奔流が収まるにつれ色の光は消えていったが、ダム湖の中央付近に、色彩が澱むように居残り続けていたのを私は見た。何故だ? 色彩は澱み、まだそこにいる…。』

□魚戸老人のその後

『飛鳥日は死んだようだ。私も遠からず同じ道を辿るだろう。色の影響は街に溢れだした。いずれこの街の全てが、分け隔てなく色に沈むだろう。 だが私は声を張り上げ、皆に警句を促す気はない。もう二十年も若ければあるいはそうしたのかもしれないが、今の私にはそれを成すだけの気力も、義理も、この街に抱けてはいない。我々は無力であり、何をしたところで何かが為せる訳ではないのだと、この生活の中で私はよくよく思い知った。 今の私にあるのは疑問だけだ。色とは何なのか、ダムの湖の底に何がいるのか、それはどうして今もあの場にとどまっているのか、私はかつて何を見たのか。残された短い時間の中で、全てを知ることが出来ないだろうことが、あまりにも口惜しい。 色は湖に澱んでいる。だがそれが望めば、川を伝い、海原へと広がっていくこともできるはずだ。海原へと至った色はどうなるのであろうか。この国のどこかへと流れ着くのか、異国の地へとたどり着くのか、海底の奥深くへと沈み行くのだろうか。私の知らぬどこか遠くへと流れて消えてしまうのだろうか。私はそれをひどく厭っている。あの色に恐怖しながら、あの色から目を離すことが、もう私には我慢ならない。 時間がない。私は他人へ警句を促す気はない。だが己の疑問には向き合っていたい。明日、ダムへ向かおう。欠けた星を満たせば、色はこれからも、この地に残ってくれるかもしれない。』
 記録はそれで途絶えている。

3.クライマックス・各種エンディング

クライマックス

 このシナリオには想定しているクライマックスが3種類ある。1:街を見捨て、探索者たちだけでも街の外へと逃げ出すこと。2:根井食ダムに強引に侵入し、妨害を排し、ダムの水を全て抜いてしまうこと。3:人目につかないよう根井食ダムのダム湖に潜り、封印の旧き印を描き直すこと。 以下にこれらの処理についてそれぞれ記載する。 探索者がこれ以外の解決方法を提案するのであれば、KPは適宜適切と思える方法を模索すること。

街を見捨て、探索者たちだけでも街の外へと逃げ出す

 失うものは多いが、難易度としてはおそらく最も容易い方法だ。 だが、それは街に起きた悲劇を解決することには至らない。君たちと同様に街を離れようとするものは奇妙なほどに少なく、遠方の親類が連れ出そうとして抵抗されトラブルに発展するような事例もすでに多数報告されている。
 探索者はこの案を実行しようと思った段階で、POWロールを行う。このPOWロールにイクストリームで成功すれば、探索者は無事に街から逃げ出すことができる。幸運を消費する判定も十分視野に入れられるはずだ。 街の境界を超えた際、国の検問に引っ掛かり隔離される。そこで君たちは、街全土を奇妙なスペクトル光が包み、空に向かって吹き上がっていく様を目の当たりにする。この様を見届けた君たちは正気度ロールを行う(1/1d8)。 色彩が消えた後、街に残っていた人々、動物、虫、全ての命は須く全員が悪臭を放つ灰色の死体へと変わり、植物もまた同様に枯れ果てる。街はゴーストタウンとなり、その上、何故そのようなことになったのか、誰にもわかることはない。 君たちは間一髪で助かった。だが、助かっただけだ。 この顛末を迎えた探索者は、1d10ポイントの正気度を失う。 生還報酬:SAN回復1d6。

根井食ダムに強引に侵入し、ダムの水を全て抜く

 ダムに貯められていた水を全て放水してしまえば、下流の地域は間違いなく氾濫による被害を受けるだろう。ダムの運営会社から賠償金が要求され、大きな社会的制裁を受けることになるかもしれない。だが少なくとも、ダム湖の中にいる何かを、この街の外(それは海かもしれないし、別のどこかかもしれない)に完全に放り出すことができるだろう。 この手法を取る場合、探索者が考えねばならないこと、実践しなければならないことは以下の通りだ。
①ダムに侵入するため〈隠密〉か〈鍵開け〉に成功する(探索者のうち一人が成功すれば、他の探索者も適切に手引きできたものとして扱う。また、探索者の中にダムの職員がいる場合、自動成功として処理する)
②業務中の職員を無力化し、ダムの放水作業を行う(職員は宇宙からの色の影響で非常に弱っているため、無力化は自動で成功できる。放水作業を適切に行う為、〈重機械操作〉〈機械修理〉〈電子工学〉のいずれかの技能判定に成功する必要がある。職員に対する〈威圧〉も有効だろう)
③ダムから水が放水されきるまで、約5時間かかる。1d3時間後、事態に気づいた警察が到着する。「5-1d3時間」の間、ダムに籠城を続けなければならない。
 幸か不幸か、警察もまた宇宙からの色の影響によって衰弱している。数的不利等を加味して尚、彼らの全ての判定にはペナルティダイスを一つ付けて判定を行う。また、1ラウンド経過する都度、応援として警察官が一人追加されるが、警察官たち全体のペナルティダイスも一つずつ増加していく。(ある程度の覚悟を持ってこの場に臨んだ探索者たちと違い、警察官たちは宇宙からの色の存在は何も知らないままこの場を訪れ、その身を神話生物の脅威に晒しているためだ) 戦闘の1ラウンドを約1時間として扱い、「5-1d3ラウンド」の間耐久に成功すれば、ダム湖の水は全て放水され、探索者たちの目的は達成される。 これは相手にダメージを与えることを目的とした戦闘ではなく、時間を稼ぐことを目的とした戦闘である。その為、戦闘マヌーバーとして処理すると良いだろう。
(適切な判定技能がない場合、キーパーは適切と思われる代替技能のハード成功を要求するか、ルールブック75ページの選択ルール「専門分野:転換可能な技能」をもとに代用技能の成功率を算出して要求しても良い)(例:5-1d3を振り、3時間の籠城を行うことになったため、3ラウンドの戦闘を行うことになった。 警察官は3人居り、それぞれ「近接戦闘(格闘):65%」でペナルティダイスを一個つけて判定を行った。 探索者たちの行動後、2ラウンド目の処理に入る。 警察官が追加され、4人となったが、彼らの全てのダイスにペナルティダイスが二個つくことになった。それぞれ「近接戦闘(格闘):65%」をペナルティダイスを二個つけて判定を行った。 探索者たちの行動後、3ラウンド目の処理に入る。 警察官が追加され、5人となったが、彼らの全てのダイスにペナルティダイスが三個つくことになった。それぞれ「射撃(最後のラウンドにのみ発砲を行う)65%」をペナルティダイスを三個つけて1ラウンドに3回判定を行った。)

【衰弱した警察官たち】

(データの上では戦闘開始時点で3人として扱うが、実際にはそれ以上の人数がいるだろう)STR50 CON60 SIZ65 DEX65INT65 APP60 POW40 EDU70耐久力:12 正気度:30DB:+1d4 ビルド:0 移動:8近接戦闘(格闘):65%…ダメージ1d3+DB射撃(最後のラウンドにのみ発砲を行う)70%…38口径(9mm)リボルバー:ダメージ1d10(1R3回)(彼らの全ての判定にはペナルティダイスが「戦闘ラウンド数」個つく)
 これらの耐久全てに成功すれば、ダム湖の水は全て放水される。 ダムの放水口からスペクトル光を放つ色彩が水と共にほとばしり、それは恐ろしい速度で下流へと流れていき、海へと消えていく。空になったダム湖の底には、古い村跡と、古井戸跡の傍で倒れる魚戸のものと思われる灰色の死体が残るばかりだ。 街全土に広がっていた奇妙な症状も、徐々に回復していくことになる。 探索者たちは社会的信用と引き換えに、この街に降り注いだ災禍を完全に退けることができる。
 成功報酬:SAN回復2d10。信用1d10%喪失。

根井食ダムのダム湖に潜り、封印の旧き印を描き直す

 飛鳥日や魚戸老人が試したように、潜水装備を整え、ダム湖底の調査を行う方法だ。ダム壁に刻まれており、転落事故で剥がれてしまったという星の印を刻み直せば、これまで通りの平穏が戻ってくるかもしれない。 だが、ただでさえダム壁付近までの潜水というのは非常に危険な行いである。湖底に何がいるのか、目視し対面することにもなるかもしれない。探索者たちの肉体的・精神的な負荷が強い選択となるだろう。また、仮に全てが成功したとしても、ダム湖の底にいる何かが消滅するというわけでもない。あくまで封印するというだけだ。 この手法を取る場合、探索者はダムの湖底に潜るための適切な機材を揃え、挑む必要がある。幸いにダム湖は広く、かつて飛鳥日が成し遂げたように、人目につかない潜水ポイントはたくさんある。(適切な判定技能がない場合、キーパーは適切と思われる代替技能のハード成功を要求するか、ルールブック75ページの選択ルール「専門分野:転換可能な技能」をもとに代用技能の成功率を算出して要求しても良い)
①適切な機材を揃える(二日間をかけて判定を行わずに機材を揃えるか、〈信用〉か〈鑑定〉の判定に成功して一日で適切な機材を手に入れる)
②ダム湖を泳ぐ(適切な機材を用意できていれば自動成功として扱う。適切な機材を所持していない場合、〈水泳〉で判定を行う)
③以下のイベントの処理を行う。

【イベント:湖底に沈む色】

 ダム壁に近づく為にダム湖を泳いでいると、突如として探索者(誰か一人)は何者かに足を捕まれ、水中へと引きずり込まれる。水面下を確認すれば、自身の足に、灰色に変色し、ぶよぶよと腐ったような皮膚を持つ不気味な怪物がしがみついている様を見る。変わり果ててこそいたが、それは老いた男のようだった。魚戸老人だと探索者には目星がつく。 魚戸老人は変わり果てた肉体となりながらも未だ死亡していなかった。彼の灰色の肉体の内側から、あの色彩が時折放たれていた。生きながらに色彩を放ち、灰色の汚泥となりながら、このダム湖の中で蠢いている老人だったものの姿を目の当たりにした探索者は正気度ロール(1/1d8)を行う。 老人の下方には、湖底に沈んだ古い村が見える。その村の外れに、日記に記されていた古井戸があった。その古井戸の中からあの色が溢れ、オーロラのようにゆらゆらとダム湖にゆらめき溶け混んでいた。それは手招いているようにも見えた。奇妙に相容れぬ意志を有しているようにも思われた。君たちは今まさに、無防備な人の体そのままで、理解の及ばぬ彼の色の只中に包まれているのだ。追加で正気度ロールを行う(0/1d4)。 ここから戦闘ラウンドとして処理を行う。
 宇宙からの色の攻撃として、毎ラウンド【能力値吸収(279ページ参照)】の処理を行う。宇宙からの色のステータスは279ページ記載のものを使用する。 探索者が魚戸老人を引き剥がすには自力か他力による〈水泳〉ロールに成功する必要がある。魚戸老人を引き剥がせない限り、魚戸老人がしがみついている探索者には【窒息と溺れ(120ページ参照)】の処理が適応される。 また、魚戸老人にしがみつかれている探索者以外の探索者は、ダム壁に接近し、〈目星〉で例の欠けた封印の印を探すことができる(魚戸老人を引き剥がせば、しがみつかれていた探索者が参加することもできる)。 〈目星〉に成功した後、〈手さばき〉〈適切な芸術/製作〉〈適切なサバイバル〉のいずれかの技能に成功することで、欠けた封印の星を修復することが出来る。
 ダム壁に記されていた封印の星を修復すれば、水中を自在に揺蕩っていた色が澱み、一点に集まっていく。水に浮いたタールが虹色に濁りながら澱んでいくように古井戸の上へと集まり、そのまま渦を巻いて古井戸の中へと消えていった。あたりには静寂が訪れ、変わり果てた魚戸老人の亡骸は完全に死亡しダム湖に浮いていた。 その日以来、街全土に広がっていた奇妙な症状も、徐々に回復していくことになる。 平穏が戻ってきた。 だが君たちだけは知っている。 色彩は澱み、まだ、そこにいるのだ。
 成功報酬:SAN回復2d6。