講 師: ペシャワール会
技術支援チーム理事
大和 則夫 氏
医師でありながら、豊富な土木技術の知識と卓越した行動力、そして大きな人間愛に満ちた中村哲先生に魅せられ、何か自分にお手伝いできることがないかと、アフガニスタンと日本を行き来しながら、クナール川などの流域のかんがい利水事業の技術支援を続けている。
アフガニスタンは紀元前から東西文明の交流点であるが、近年ではソ連の侵攻や、同時多発テロ後のアメリカなどの空爆、タリバン政権樹立など、戦乱や激動の世紀のなかで翻弄されてきた。かつては農地だった緑の大地も砂漠化が進み、貧困にあえぐ人々は昔から住んでいた土地を離れ、子どもたちは十分な栄養が摂れないまま次々と死んでいく。医師として現地で活動してきた中村哲先生は、貧困の悪循環を断つためには、砂漠化した国土を以前のように緑豊かな大地に復元し、離散していた人々を故郷に戻すことが根本的な解決策として、クナール川の豊かな雪解け水を灌漑用水として活かす水利事業に着手した。
河川から取水する施設を計画するうえで、中村先生がイメージしたのは、地元福岡県、筑後川の山田堰。電力もなく、可動ゲートも作れないなかで、河川を斜めに横切る大きな堤体と、治水、農業利水、舟運、そして堆積土砂を掃流する役目を有する水理メカニズム。先人の考えた技術が、アフガニスタンの民を救う形で継承された。こうした形で用水路ができ、麦などの作物を耕作できる農地が増え、人々が村に戻ってきた。また中村先生は、耕作に必要な土木工事を自らの手で行えるように、地元の人々に技術が身に着くよう働きかけた。利害を越え、地元に寄り添うこうしたペシャワール会の活動に、人々も厚い信頼を寄せるようになった。
志半ばで亡くなられた中村哲先生の思いは、アフガニスタン全土に浸透していると感じている。
福岡県保健環境研究所 中島 淳(農学博士)
九州には一級・二級水系だけでも532水系の川があり、全国的にも川が多いエリアである。そのなかでも玄界灘、豊前海、有明海の3つの異なる性格を持った海に流れ込む福岡県の川に棲息する淡水魚、両生類、昆虫類、貝類、甲殻類などの生き物は、他には見られない独自の環境で育まれてきた固有種が多く見られる。魚類相で見た場合、福岡県内は4つの流域圏(福岡流域圏:多々良川、那珂川、室見川など 筑後流域圏:筑後川、矢部川など 北九州・筑豊流域圏:遠賀川、紫川など 京築流域圏:今川、祓川、山国川など)に分けられる。
この中にはオンガスジシマドジョウなど、特に重要とみられる希少種が確認されている。また同じくミズスマシなど、希少な水生昆虫が県内のため池、塩性湿地、山地渓流などで確認されている。こうした水辺の生き物は環境の変化に敏感であることから、近年の減少傾向は著しく、県内でもヒナモロコやゲンゴロウなどはすでに絶滅したといわれている。こうした希少種にとどまらず、我々の暮らしに直接有用なニホンウナギ、アユなどの生き物も減っており、生物多様性の保全はすでに食文化の面でも切実な課題となってきている。
課題の解決のためには、生物多様性とは何か、生物多様性を保全する理由とは何か、生物多様性を損なう要因は何か、を正しく理解し行動に移す必要がある。池や川などの水辺空間に限って考えると、異なる生態系が少しずつ変化しながら接する場所「エコトーン」(移行帯)が重要。成長の過程において水が枯れない陸地、水没しない陸地が必要になる生き物が多い。そうした点から見てみると、全国的に湿地帯からエコトーンが消えていく傾向にあるのは危機的状況。河川生物に配慮し、エコトーンの確保を念頭に置いた治水事業、多自然川づくり、休耕田や荒地の湿地帯化など、これからの土木技術者の皆さんにはぜひ水辺の生物多様性を考えたプランニングに努めてほしい。