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エレベーター企画 ウェブマガジン
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mag 2026.10.1
『浮かぶ女』に出演するおふた方にコラムいただきました
《ふせけいこらむ》
女のなかに女がいる。
鏡の前で澄ました女
誰かと話している時の女
ひとりになった時の女
そして、自分自身にも見せていない女の顔。
私たちは毎日、知らず知らずのうちにいくつもの顔を使い分けている。
笑顔の下に、寂しさを隠すこともある。
強い言葉の奥で、本当は傷ついていることもある。
大丈夫!と言いながらも、本当は立っていることが精一杯なこともある。
不思議なことに「本当の自分」は、どれかひとつだけということではない。
無邪気な自分も
誰かを愛する自分も
傷ついても立ち上がろうとする自分も
人には見せない弱さを抱えた自分も
全部、自分なのだ。
ひとりの女の中には、いったい何人の女がいるのだろう。
無邪気に笑い
自分より相手を想い
強い女であるために時には戦い
でも、心の奥底に押し込めた弱さが、
ふとした瞬間に浮かんでくる。
ひとつの感情だけでは、人間はできていない。
それぞれ別人のようでいて、本当はひとりの女の中にいる。ひとりの女の中には、ひとりでは収まりきらないほどの人生がある。
呼吸が変わる
目の奥が変わる
立ち方が変わる
声の温度が変わる
そうしてほんの一瞬、別の女が浮かび上がってくる。姿を変えながら、心の奥から何度も浮かび上がってくる。だがそれは「ひとりの女そのもの」なのだ。
そんな浮かんでは消え、消えては浮かぶ女を演じきれたなら――
あなたには、何人の自分が存在していますか?
《サワイのヨモヤマ》
こんにちは。澤井里依です。
気づけば秋がすぐとなりに・・・・。
今年の夏はインディペンデントの一人芝居フェスの全国ツアーに参加し、駆け抜けたっ!というような日々でした。
一人芝居フェスというのは――
大阪のインディペンデントシアターを拠点に日本全国に展開している一人芝居の公演、最強の一人芝居フェスの事です。
中でも今年は『INDEPENDENT:5th Season Selection / JAPAN TOUR』と題しまして、5年間に上演されたものから10作品が選ばれ、作品とともに全国ツアーを開催する特別な年。
その10作品の中に2024年に遠坂百合子さん脚本・演出で上演した『ケンジとトシ』を選んでいただきまして、大阪、東京、沖縄、名古屋へ、一人芝居の旅をしてきました。
日本全国、いろんなところに劇場があって、劇を創っている人がいて、劇を観に行く人がいて・・・・そんな人たちと肩を並べて芝居して、芝居をみてもらって、話をして、一緒にご飯食べて、お酒のんで仲良くなって、かけがえのない経験をさせていただきました。
子どもが生まれて「演劇人生の第二幕は子育てと両立しながら、少しずつ、時々は舞台に立てたらいいな」と言っていた頃の自分には想像もできない毎日。
一人芝居なら最悪ひとりで稽古できる!から始まった挑戦は、随分と遠いところまで連れて行っていただきました。
遠征を許してくれた家族にも本当にめちゃくちゃ感謝です。
一人芝居フェスを通してスペシャルな夏を過ごさせていただいたお礼に、いったい何を返せるのか。宝くじを当てて寄付するくらいしか思い浮かばないのですが、現実的ではなく・・・・
インディペンデントの一人芝居フェスを見てほしい!
こうして発信すると、自分自身も「ええもん創るぞー!」と気合いを入れ直して進むことくらいしかできないのかなと思います。やってみたい一人芝居がまだまだあるので、またいつか!!
風の又三郎のごとく、どっどどどどうと走り回った私の挑戦の夏は、ひとまず「結び」となりました。
*
『浮かぶ女』は布施敬子さんの”挑戦”から生まれた企画。
奈良の町家で上演した『花しまい』で共演して以来、お人柄の素敵さ、お酒の飲み方の美しさ、滲みでる生き方のカッコ良さに惹かれて勝手に「姉さん」と慕っている敬子さん。
ふたたびこうして敬子さんと、不条理で切なくて美しいこの作品に向きあえることを嬉しく思います!
村田喜代子作品の温かさと淋しさをぜひ劇場で見届けてください
左から
布施敬子
澤井里依
《ソトワつれづれ》
小劇場の演出家を長年やっているためか、あるいは持って生まれた気質なのか、とにかく「何でも自分でやろう」というのが自分の基本スタイルだ。予算も人手もカツカツな舞台で、台本を書き、キャスティングに頭を悩ませ、チラシを刷り、小道具を買いに走り、あと裁縫さえできれば全部できるのに、いたしかたない、両面テープでとめておくか、とか考える始末。
自分がやったほうが早い、というのは言い訳で、根底には「オレの考えが一番」という傲慢きわまりないエゴがあるのだろう。スタッフから「100個アイデアを出したのに1個も採用されない」と言われることもあるアンダーワン演出家だ。
いや、アンダーワンとは「100人に一人の観客にしか理解できない尖った演出」という意味でも使われてきた。
観客が100人を下回ることもあるのに、どうする?!
刺すところがないのに、尖らせてどうする?!
そんな私も、今年、ついに還暦という節目を迎えた。還暦といえば、お祝いに赤いちゃんちゃんこを着るのがお決まりだ。その理由を紐解くと、「赤ちゃんに戻るから」だという。暦がぐるりと一周して、もう一度ゼロからリスタートする。
思春期に少年から大人に変わる
本当の幸せ教えてよ
壊れかけのレイディオ
そう、おじさんから赤ちゃんに変わるときに、自分の中の壊れかけのレイディオが本当の幸せを教えてくれたのだ。
赤ちゃんは、お父さんやお母さん、周りの大人たちに全力で助けてもらわなければ、一秒だって生きていけない。泣いて、ミルクをねだって、そうやって周囲の愛と善意を一身に浴びるのが彼らに与えられた特権だ。
だとしたら、還暦を迎えて公認の「赤ちゃん」になった自分も、これからはこの大いなる免罪符を掲げて、もっと周囲に甘え、世界の優しさに乗っかっていこうではないか。
オレもう老い先みじかいからさぁー
という、最強に都合のいい言い訳を盾にこんな強欲なことを言ってみよう
「今度の新作、絶対に見に来て!」とか、
「次の作品、ぜひ出てほしい!」とか、
「すまん、当日の受付の手伝いをお願い!」とか、
「カミテから登場してくるりと一回転してくれ!」とか、
「こういう感じのことがやりたいんだけど、何とかならんか!」という丸投げ
「稽古帰りに飲みに行こうぜ!」といっても断らない、とか
これは老害ではないよ決して。
愛され上手な還暦ベイビーなのさ。
なんてことは徳永英明は歌っていない。
実は最近、知り合いに今年生まれた本物の赤ちゃんがいる。こりゃあもうほとんど「同級生」みたいなもんだ。人生1週目の彼と、人生2週目の僕。あどけない彼の圧倒的な愛嬌を見習って、これからは周りのみんなに優しく助けてもらいながら、新しい演劇の旅を楽しんでいこう。
いや、いままでだって一人でやってきたわけじゃない。いろいろ助けてもらっての三十年、これは「もっと、さらに、全力で助けてもらおう」という決意表明だ。身勝手だ。
現に、今作の稽古場でも「なんかこう、XXXな感じにしたいんだけど、あとはよろしく!」を連発中。私の還暦ベイビー化は、着々と進行しているのであった。
*
えーっと、AIにみてもらったら、「演出家・ひねくれポップ」の世界観が完璧に完成しています。とホメられた
予告編をごらんください
mag 2026.4.11
4月公演『私が語りはじめた彼は - 結晶 - 』のPV(予告編)をご覧ください
《ソトワコラム》
前回公演も今回も20年ぶりの再演です。その前も再演で、その前の前は新作ですが、さらに前は再演。EVKKは設立から30年をこえていますが、まるで「2周目」に入ったかような再演の連続。
周回するといっても、一周まわって同じところというわけではなく、らせんのように回って、一周したけれど違うところにいるのだと信じたい。30年もやって同じところにいるようじゃ……いやきっと少しは進歩しているはずだ。
しかしながら、何十年前の自分がどうだったかなんて覚えていないので、進歩しているのかどうかはわからない。出演者や会場が違うので演出は大きくかわるけど、発想の根本は変わっていないような気がするし、歳や時代とともに価値観は変化してるかもとも思う。
*画像をクリックすると初演の写真をごらんいただけます
二月に、ある劇作家の最新作と40年前の作品を演出する機会がありました。
2本立てなので、演出の変化をつけてお客様が飽きないようにと考えるのですが、最新作と40年前の作品では台本の構成もテーマも全然違う。そもそもこの2本立ては「40年たったら人間て変わるよね」という「差異」をみてみようという企画だったはずなのに、その劇作家さんは「やっぱわたし全然かわってないよねー」とおっしゃる。
「差異をみる」と考えていたのは私だけで、「40年たっても変わらないものを見てみよう」という企画だったのかもしれない。あれれ
長くやって才能が枯渇したら再演すればいいか、初演のことなんて誰もおぼえちゃいねー、オレだって忘れてらー、だったらこれはもうほとんど新作みたいなもんやー、と10年超えたあたりでうそぶいていたのだが、本当にそのフェーズに入ったのかも。
いや、そんな才能なんてそもそもあったのか?
いやいや、新作もやりますよやります!
やってみたいホンはたくさんあるのだ
演出は机上ではなく稽古場という現場の仕事なので、目耳脳が衰えると成り立たなくなる。「もっと大きな声で!」とか言ってまわりが(十分きこえてるけどな……ざわざわ)みたいになる前に作品をどんどんつくりたい。意欲はまだまだある。ビバ還暦!
《サワイノヨモヤマ》
こんにちは。澤井里依です。
実は春が苦手でして……最近めっぽう弱気です。
花粉や黄砂でずっとちょっと不調なのがひとつ。でもそれよりも日常のなんだかうまくいかない事(例えば、卵を割って中身の方を捨ててしまうとか、新しい服にカフェラテをこぼすとか、新しい靴で靴擦れをするとか……)こんな風な、ささいな、年中おこりうる「うまくいかない」をするりと流したり面白がったりできない、全部にちくちく刺されている感じがする。これが私の春です。
そんなチクチクした春の救いは、育ててる植物が花ひらいたり、芽吹いたり、冬をこえた知らせを毎日届けてくれることです。芽吹きをみるのはとっても好きでこれからどんどん豊かになる葉っぱや蕾に癒されています。
余談ですが夫婦喧嘩でむしゃくしゃした時にギリギリ車に積めるくらいの木をホームセンターに買いに行って植えたことがあります。その木を見て怒りを思い出す事はないけれど、あの時、木を買うために車を走らせた衝動は思い出します。植樹を終えた頃には落ち着いたことも、大きく育ちすぎた姿を見て笑けることも、私だけの密やかな楽しみです。
愛する植物たちのように、公演のころにはわんさか元気な芽をだして、ゆるぎの春をこえたー!と叫びたい所存でございます。
今作『私が語りはじめた彼は - 結晶 - 』では、そんな揺らぎなんて吹き飛ばしそうな女子大生を演じます。ギャラリー美鶴さんの趣のある家屋や美しいお庭もあいまって、とても楽しみです。
みなさまのおこしを心よりお待ちしております!
https://trkr.jp/ticket?p=EVKK2604
追加公演決定!4/26(日) 11:00 のご予約を承っております。こちらもよろしくお願いします
公演の詳細はこのチラシ画像から
mag 2026.1.24
二月に上演される『こまちこんじゃくひとりしばい』に出演するお二方にコラムいただきました
西村智恵(小町座)
「脳みそ、オクタビレヤヌスっす。」
そんなLINEを演出家に送った1月16日は、カエサルの養子「オクタウィアヌス」が最初のローマ皇帝となり、ローマ帝国が生まれた日だ(パソコンの起動画面に出てきて知った)
縁があるな、ローマ。
この年末年始、ローマで過ごした。コロッセオに、フォロロマーノ、コンスタンティヌスの凱旋門、トラヤヌスの記念柱、ディオクレティアヌスの浴場跡……。
ローマの街は、あちこちにローマ帝国の遺跡が残っている。というか、古代ローマ建築の基礎はかなりしっかりしているらしく、その土台の上に新しく建物を作っていたりする。
皇帝の名前を呪文のように唱えた中学・高校の世界史。その歴史上の人物たちの足跡を二千年たった今も目にすることができる。この記念柱や凱旋門は、自分たちの功績を後世に知らしめるために作られたものだそう。ローマ人たちよ、その野望は大大大成功ですよー!
「ローマは一日にしてならず」
そして
「お芝居も一日してならず!」
まず、どう台本を読むのか流れをつかみ、セリフを覚え、動きとリンクさせる。
セリフも動きも体に入ってちょっと形になってきたか?――と思った矢先、さらに立体的・魅力的にするために、全体の中でのメリハリや、気持ちのつながり、キャラクターの個性等々の再構築をせまられる。いままで稽古してきたことがどんどん変わっていく……こうして去年から積み上げてきた「あたしは昭和」はガラガラと崩壊、瓦礫の山と化したのであった。
「オクタビレヤヌス」は、この瓦礫の中で、途方に暮れ、撃沈していた時に口から出た言葉。
おー・くたびれ・ヤヌスー
ん?ヤヌスってなんだ?
平たくて一本調子でポエムが見えないお芝居、どしたらええねん!昭和ちゃん!どんなんやねん!
このままだと永久に完成形にたどりつけない。演出をうけ、作の小野先生のご指導で、またひとつ、またひとつと積みなおしていくしかない。
舞台で「昭和ちゃん」として生き生きと生きるため、やります、やります、やりますとも。コロッセオのようにしっかりとした土台の上に立つ、魅力あるお芝居に!
ヤヌスー!
時間と歴史の神よー!
お芝居は、ローマの皇帝の足跡のように後世まで残るようなものではない。ほんの半時間ほどの幻のようなもの。でも、そのお芝居を観ていただいた皆さんの中に「昭和」という時代の感触が残りますように。
その昭和からつながる未来はどんな未来になるんや?どんな未来につないでいくんや?――そんなことを思ってもらいたいという私の小さな野望。ぜひ、その野望を見届けて下さい!
Un'opera teatrale non si fa in un giorno! Grazie!
お芝居は一日してならず!あざす!
西村智恵
中谷桜
中谷桜
昨日、白桃パフェを食べた。
昨年奈良から大阪へ転居しおよそ一年が経つものの、仕事や稽古で家を空けることが多く、自宅周りに何があるのかほとんど分からないままだった。遅くまで開いてるスーパーが数少ない顔馴染みみたいなもので、いやでもスーパーマーケットだってのにわりかし高いのよなあのお店。
よく話す顔馴染みだけど自分とはエンゲル係数違いそうだなみたいな感じの人みたいな感じの空間で。
節約生活の身としては野菜一つ買うにもおっかなびっくりなのだす。だす。ネギも高いし白菜も高い。鍋をするにもモヤシと豆腐がメインで――いや鍋のことはどうでもいいんだってば、そうじゃなくてそうしてでもたべたい、切り詰めてもたべたかったスイーツの話なんだってば。
コインランドリーの帰りほんの気まぐれにいつもと違う道をぽてぽて歩いていたところ、昔ながらの古き良き喫茶店を見つけた。カフェだ。サ店だ。ちいさな木製の看板にチョークで「白桃パフェ 数量限定」と書かれたのが目に入って、ゼロヒャク思考のあたしは数日24円のモヤシ生活を送ってでもこのパフェを食そうと決意したのです。
何日かおいてまっさらな朝、お店のドアを開けました。チリン。いい音が鳴って、ねえああいう喫茶店のドアのベルってどこで売ってるんでしょうね?めっちゃいいなあ欲しいなあと思ってダイソーとかセリアとか行ってもガチャガチャ鳴る風鈴か熊避けの鈴くらいしか売ってなくて、中々ああいう絶妙な塩梅の鐘には出くわせません。
てか100均ってほんとに魔窟だよね、舞台の小屋入り前大体足を運ぶんだけど必要なものリストアップしてから行ってんのにそれでも「こんなのがある!こんなものまで!えっ便利だな、あったら安心だな、あれかわいい、それもほしい、えっえっ」て気付けばカゴの中身がどうみても三千円越えになって戻しに行くみたいな過程が生まれるのな。でもそういう、結果には繋がらなくても経たことが楽しい過程、時間って、あると思うんです。無駄な過ごし方とかじゃなくって。
私は白桃よりバナナ抜きマシュマロ入りチョコレートパフェの方が好きです。ちなみに白桃パフェの話がそもそも嘘です。喫茶店はなきにしもあらずですがそんなレトロじゃないです。んでもって今の時期に白桃パフェはないんだな。
何でこんな話があっちゃこっちゃ行くアリスインワンダーランド的文章を書いていたのかというと、今回わたしが演者を務める『パータプル パータプル ポートレイカ ポートレイカ』がまさしくこういった味わいのお話だからである。もちろんのこと小町さんが書かれた脚本はもっと素敵なおとぎ話であって拙文と一緒くたにするのは恐れ多いのだけども、でも、ふしぎさとめまぐるしさの彩豊かさはとびっきりユニークで、キチキチキチンと全てを理路整然と説明しきる量販モノとは異なる魅力がある。
わたしは勿論わたしとして小町さんの脚本を拝読し、反芻し、演出を受け取り身に入れ形にしていくのだけど、でも、わたしなぞが全てを理性で把握しきれる作品ではないのだとも思う。てか、そゆことじゃないんだな、と稽古をしていて思う。そして、そういう演劇が、時間が、体験があってもすてきじゃない、と思う。
わたしは、「たぶんこうだわ」「今こう感じたわ」を噛み締めながら、誠実にそれらと、そしてそれを見にきてくださったお客様と向き合う。でも、なんだかわかんないや!と目を回しながらあっちゃこっちゃ、作品世界を転げまわってもいる。お客様にはその模様を観測し、或いはわたしと一緒に「わかんないや!でもなんかあるや!」を旅して頂くのだと思う。
ダイソーの、どこで使うねんと思うようなカラフルな髪飾りや付け毛を吟味してカゴに入れて結局戻すみたいに、役に立つかはわかんないけどでもなんか、知らなかったよりずうっといいな、と思うみたいな、そんな、有益無益じゃない時間をお届けできたらいいなあと、ピンクのエクステをツインテールに結びながら中谷桜はわくわくしております。買っとるやないかい。
「こまちこんじゃく」の「こまち」=小野小町(おの・こまち)さんからはこちら
(1)40年前に書いた戯曲は私の手元になかった。結婚するまでの数多の引っ越しで、二十代に書いた戯曲も資料も残っていない。近年、外輪さんと仕事をするにあたり、なんと、彼が当時の戯曲を持っているとのこと。有難いやら驚くやらで、久々に読むと……
意味不明で混沌としているが、芝居の「核」にあるものが、何も変わっていなくてびっくり。成長してないということなのか、書くことの一つのイメージは生涯、変わらないということか……。
若気の至りの戯曲が今より優れている点は、「調べ」。セリフの「調べ」がきわだっている。リズムというか、声調というか…そんなセリフを、無意識にかろやかに書いている。
その後、私は、日本を代表する歌人、前登志夫のもとで短歌を詠むことになるが、「調べ」を意識的に自覚したのはそれから。だから、若者よ、整わなくても理屈はなくても、若い「調べ」をセリフに!若い声は面白いんだから。
令和の「調べ」か…まさかAIじゃないだろうね。
(2)最新作「あたしは昭和」。この作品に限らず、なんとなくパソコンに向かえば、「書けている」。セリフがお喋りのように、どんどん出てくる…変な体質?は昔から変わらない。
今回、擬人化した「昭和」ちゃんが語る。演者は苦労している。だって、昭和が生まれてから百年を40分で演じるんだから。いや、演じるんじゃないのかも。だから、あんなに格闘しているのかも。
毎回、演者に思うこと。「気の毒だけど愛しい。」
(3)フライヤーのイラストは40年前、私の妹が描いたもの。当時、東京でマンガ家のアシスタントをしていた。このイラストは完全に記憶がなく、外輪さんがよく保管してくれていたものだと感謝している。
なお、彩色は外輪さん。「こまちこんじゃくひとりしばい」のネーミングも彼。デザインも言葉のセンスもさすがの演出家である。後は芝居だ!
(4)というわけで、まさか還暦を過ぎてこんな企画になるとは。
当日、お会いできるのを楽しみにしております。
2本の一人芝居の間に、小野小町&外輪のトークタイムがあります。今回の《ソトワコラム》はその時にしゃべらせていただきます。
公演のご案内はこちら
こまちこんじゃくひとりしばい
作 小野小町(小町座) 演出 外輪能隆(EVKK)
[今] あたしは昭和
出演 西村智恵(小町座)
[昔] パータプル パータプル ポートレイカ ポートレイカ
出演 中谷桜
■日時
2026年2月
14日(土)午後6時
15日(日)午後1時 午後5時
受付・開場は開演の30分前
上演順は[昔]から[今]です
■料金
前売2500円 当日3000円
お問い合わせフォーム、またはお電話でご予約ください
https://onjokan.city.nara.nara.jp/otoiawase/
TEL.0742-27-7700
■会場 奈良市音声館 ホール
〒630-8335 奈良市鳴川町32-1
近鉄奈良駅から徒歩約15分
JR奈良駅から徒歩約20分
主催:奈良市音声館
公演詳細はこちらをごらんください
《ソトワコラム》 2025.5.6
Netflixみたい、というと失礼なのかしら。ストラスブール国立劇場(フランス)の『ラクリマ、涙』は、初めてみる演劇だった。
初めて……ほんとうに初めてかなあと思いをめぐらせていたのだけれど、スポーツを軸にしたものなら構図的にはありそうな気がする。優勝をめざして困難にうちかちライバルとしのぎを削る、のような。
この作品の軸は「ウェディングドレス製作」しかも英国王妃の。この過程で、家族問題や労働問題などの困難に直面しながら物語は進んでいく。
弱小球団が皆のがむしゃらな努力とほんの少しの才能によって優勝を勝ち得ていく、――というようなことではなく、いや、いくらエースでも100球しか投げてはいけないし連投もNG、子供が生まれたら大谷だって試合を休む、そんな制約の中で結果を残さなければならないという実に現代的な構図である。
しかもゴールは英国王妃のウェディングなので、期日・品質は絶対、そのプロセスにおいてもフェアなものが求められるのだ(外国の労働者の環境も含めて)
この強烈なプレッシャーと、任命された栄誉の中で主人公は次第においつめられていく。
舞台は、フランスのオートクチュールのメゾンを基本に、さまざまな場所に変化する。この舞台装置がきわめて美しい。ライブカメラがそこここにあり、複数の映像が組み合わさって中央の大きなスクリーンパネルに投影される
パリとイギリス、インドの工房などとのやりとりが、WEB会議の形で再現され、国外も含めた複数拠点の視点が新鮮だった。まさにWorld Wide WEBが舞台で展開する。こういうのが初めてだなあ。インドの工房の俳優がインド系というのもリアリティを醸し出す
(写真はSHIZUOKAせかい演劇祭 HPから)
https://festival-shizuoka.jp/
そんな美しい舞台美術なのに、中央のスクリーンパネルと日本語字幕をみてしまうのですよ。構成舞台なので、客席によっては見えない場所があって、そのフォローのためのカメラなのかもしれないけれど、舞台は3Dなんだから見えないところがあってもいたしかたなし、とか常々考えているワタシは、舞台上の芝居をもっと見たいと思いました(自分がちゃんとみりゃいいんだけど)
予告編はこちら(クリックで再生します。音が出ます) Netflixみたいでしょ(ほめてますよ)非常に面白い作品でした
宮城聰さんの新作『ラーマーヤナ物語』は色彩豊かな作品だった。『マハーバーラタ』が白を基調にしたものだったけれど、いろどりがあるのも楽しい。
(写真はステージナタリーから)
https://natalie.mu/stage/news/622390
ストレンジシードは2本、
『グルーヴィ・グレイヴ』は駿府城の発掘調査現場でのコンテンポラリーダンス。広大な場所に十人程度のダンサーで挑む姿が頼もしい
ゼロコの『ベンチ』は、みている人を巻きこんでのセリフのないパフォーマンス。
ホームページをみると、ホール公演もされているようなのでその場合は違ったかたちなのかもしれません。とても面白かったので(関西公演とかを)チェックしておこうと思いました
せめて年一回は行こうと思っているspac、今回もいろいろな体験・発見がありました
去年の様子はこちら