研究分野はひとことで言うと「固体物理学」になりますが、私たちが興味を持っている高温超伝導を含む非従来型超伝導、重い電子状態、量子臨界現象、量子スピン液体、トポロジカル現象といった研究対象には「強相関」、「対称性の破れ」、「トポロジー」といった、現代物理学のエッセンスが詰まっています。また、研究テーマによっては統計物理や量子情報・量子計算、素粒子物理や原子核物理、さらにはテクノロジー応用などさまざまな研究分野と密接な関係をもっており、他研究分野への波及効果が期待されることもこの研究分野の大きな魅力と言えるでしょう。
興味のある量子現象はしばしば低温で現れるため、数ケルビン以下の極低温環境を用い、強磁場や強電場により物質の状態制御を行います。したがって、中心的な研究アプローチは多重極限環境下における精密物性測定になります。研究テーマに応じて電気輸送測定、熱輸送測定、熱力学量測定、磁気測定などのさまざまな測定手法を駆使します。また、新しい実験手法や計測技術の開発や物質開発にも取り組んでいます。特に物質開発では、従来の化学的な物質合成だけでなく、最先端の薄膜作製技術を用いた人工超格子により自然界には存在しない物質系の作製にも挑戦しています。
超伝導はゼロ抵抗を示す状態であり、リニアモーターカーやMRIなどの応用に用いられていることは皆さんの多くが知ることでしょう。量子現象が巨視的(マクロ)なスケールで現れる物理学の中でも最も劇的な現象のひとつであり、電子が対(クーパーペア)を形成しボーズ・アインシュタイン凝縮することで起こります。発見から100年以上経過するものの、現代の物性物理学における中心課題のひとつとして活発な研究が行われています。超伝導の基礎的な理解は50年以上前に発表されたBCS理論により確立したものの、BCS理論の範疇を超えた非従来型超伝導体が次々と発見されています。非従来型超伝導体には銅酸化物や鉄系化合物における高温超伝導体も含まれており、その超伝導状態の理解や発現機構の解明は物性物理学における大きな課題です。
非従来型超伝導の研究における重要なキーワードは、「対称性の破れ」と「新奇超伝導状態」です。前者は物理学における重要かつ普遍的な概念であり、超伝導はゲージ対称性の破れた状態として特徴づけられます。しかし近年、ゲージ対称性以外の対称性が破れた超伝導が次々と発見されています。後者はクーパーペアが重心運動量をもつ超伝導状態やトポロジカル超伝導体があります。それぞれ現実物質における実現・実証は議論の的になっています。なかでも重心運動量を持つクーパーペア形成は中性子星でも議論されるなど、原子核物理とも関連しています。精密物性測定により、対称性の破れを決定し新奇超伝導状態を探索します。
磁性体中のスピンは通常、温度を下げていくと物質と同様に凍結します。しかし量子揺らぎが支配的になると、スピンが絶対零度まで凍結せず液体状態にとどまり、このような状態は量子スピン液体と呼ばれます。磁性体におけるスピン励起を量子化した準粒子としてスピン波の量子化であるマグノンがよく知られていますが、量子スピン液体においてはさらにエキゾチックな準粒子の出現が提唱されており、それらの探索・解明を目的とした研究を行っています。一例として、我々の研究グループの最近の成果を紹介します。対象としたのはキタエフ量子スピン液体と呼ばれる特殊な量子スピン液体状態です。この量子スピン液体状態においては、粒子と反粒子が同一という特殊な性質を持つ中性フェルミ粒子、マヨラナ粒子が準粒子として現れるため、大きな注目を集めています。マヨラナ粒子に由来する非可換エニオンを利用した量子計算が提案され、ニュートリノがマヨラナ粒子の候補ともされていますが、理論的予言から80年以上もその存在の確証が得られていませんでした。我々はキタエフ量子スピン液体の候補物質である磁性絶縁体において半整数熱量子ホール効果を観測し、物質中にマヨラナ粒子が存在することを実験的に証明しました(*)。量子ホール効果はトポロジカル現象の代表例であり、量子スピン液体においてトポロジーによって保護された量子状態が実現していることを初めて示したことにもなります。マヨラナ粒子の理解はまさにこれからであり、今後は発現機構や普遍性を探索します。さらに量子計算も含めた応用展開に向けて、マヨラナ粒子の検出技術の開発にも取り組みます。
(*) Y. Kasahara et al., Nature 559, 227-231 (2018); T. Yokoi, Y. Kasahara et al., Science 373, 568-572 (2021).
複数の種類の結晶格子の重ね合わせにより、その周期構造が基本単位格子より長くなった結晶格子は超格子と呼ばれますが、これを人為的に異なる物質を交互積層したものが人工超格子です。人工超格子により、前例のない組み合わせの積層構造、すなわち自然界に存在しない物質の作製が可能となり、興味のある量子状態の次元性制御や空間反転対称性の人工導入、さらには界面を通じた電子状態の変調により、各構成要素には見られなかった新奇な量子相の出現が期待されます。本研究室では、パルスレーザー堆積法(PLD)や分子線エピタキシー法(MBE)などによる原子層薄膜作製技術を駆使して、新物質開発に挑戦します。
物質には不確定性原理による量子揺らぎによって引き起こされる相転移現象は量子相転移と呼ばれ、絶対零度において圧力などの制御パラメーターを変化させた際に現れる異なる基底状態間の境界を量子臨界点と呼びます。この量子臨界点近傍においては標準金属理論であるフェルミ液体論から逸脱した異常金属状態が現れるだけでなく、非従来型超伝導がしばしば出現します。本研究室ではさまざまな物質を対象とし、量子臨界現象の普遍性や超伝導との関連性の解明に取り組みます。