最初に「結論」を言ってしまう方が分かりやすい.一昔前の論文は見直しが必要という結論である.
次図のDiels-Alder反応ではエンド付加体とエキソ付加体が生成する(endo/exo=2.73).その際,エンド付加体が優先的に生成する理由として,遷移状態に於いて二次軌道相互作用(赤点線)の存在が指摘されている.電子論では説明できない現象として,Frontier軌道論で教わる内容である.
逆に,エンド付加の遷移状態において,位相が合わない場合はエキソ体が生成するとされている.典型的な例は以下に示す「6π+4π」の反応である.
Effect of >C=O.--H-Ar interaction on endo/exo selectivity in the Diels±Alder reaction of phenyl-substituted cyclopentadienones. Harano K. et al. Tetrahedron Letters 41 (2000) 4395-4400
実際の反応を以下に示した.エンド体だけでエキソ体はまったく生成しない.
分子軌道計算で遷移状態の構造を算出し,構造とエネルギーを比較してみるとエンド体では−SCOS−のC=OとH-Ar間に水素結合が存在し,その分だけ安定であることが分かった.
1bの立体構造
一方,シクロペンタジエノンの3, 4位のフェニル基が同一平面になったフェナンスレン誘導体では,エンド体,エキソ体はほぼ等量づつ生成する.2, 5−位のフェニル基がエンド,エキソの両遷移状態においてカルボニルとの間で水素結合が形成するためと考えられる.
1aの立体構造
以下の化合物と1bとの環化付加体のエンド/エキソ比率を以下に示した.エーテルやカルボニル酸素を有しないシクロヘキセンや1-ノネンはエンド/エキソ比は1であった.
付加体の計算構造から予測可能
選択性の予測には遷移状態の構造を分子軌道計算によって,相対安定性を算出するのが理想であるが,生成物の構造から容易に予想できる.
ArH----O 2.548A
MPC
Ar-H----O 2.351A
MPC
Ar-H----O< 2.267A
MPC
Ar-H----O< 2.045A
MPC
この論文を投稿した同じ年(2000年)に 「二次軌道相互作用は本当にあるの?」 という論文が出た.
二次軌道相互作用は, 別の分子間相互で説明できるのではないかという見解である.それが引き金になり,その後も議論が続いた.論文を投稿した側としては,その後どうなっているのか気になるところである.
結論的には,現在では二次軌道相互作用は存在してもその力は弱いため,その他の要因を含めて総合的に考慮すべきということで落ち着いているようである.
その他の要因について実例を用いて以下に紹介したい.
この反応をMPCで行うとエンド体が圧倒的に多く生成する(endo/exo=17.9).PM6計算による付加体のAr-H----O=Cの距離は2.189Åであり,エンド体形成に有利に働いている.
MPC
CH--π相互作用
CH--π相互作用の存在も確認されている.シクロペンタジエンとシクロプロペンの反応ではエンド体のみ生成するためである.一方,フランとの反応ではエンド体,エキソ体が等量づつ生成する.現時点で考えると,エキソ体の生成はCH--O<相互作用によると考えられる.
トロポンとシクロペンタジエンの反応
本反応ではエキソ[4+6]付加体だけが生成することから,二次軌道相互作用の存在の有力な根拠となっている,エンド付加体のCH----O=Cは3.157Åであり,付加体の構造から遷移状態を推測するという観点からはCH----O=C相互作用は働きにくいと考えられ,他の相互作用を考慮する必要があるということになる.
Exo[4+6]付加体
Ebdo[4+6]付加体
TSにおけるCH--πの距離
種々の相互作用を考慮すると,シクロペンタジエンとトロポンとの反応ではCH--πの相互作用がエキソ遷移状態を補強すしているということになる.
以下は実験結果の参考資料である.溶媒の種類によっても生成比は変化する.
無水マレイン酸の場合
https://www.masterorganicchemistry.com/2018/05/11/endo-vs-exo-in-the-diels-alder-reaction/
Exo付加体のメチレン水素と無水マレイン酸の酸素原子との距離は CH----O 2.832Å .CH----CO 2.747Åであり,endo体を優先的に与えるとは考えにくい.
当時,基本骨格であるシクロペンタジエン母核のみに焦点をあてたFMO論的考察が間違っていたというのではない.分子計算法が進歩し,各種の分子間弱相互作用の存在が明らかにされ,そのエネルギーが評価できるようになった段階ではそれなりの見直しが必要であるとの結論である.
参考資料
Effect of >C=O...H-Ar interaction on endo/exo selectivity in the Diels-Alder reaction of phenyl-substituted cyclopentadienones
Yasuyuki Yoshitake, Hidetoshi Nakagawa, Masashi Eto and Kazunobu Harano*, Tetrahedron Letters 41 (2000) 4395-4400.本論文には下記の修正すべき個所が存在します.
4395頁
4399頁
Do Secondary Orbital Interactions Really Exist? J. I. Garc ́ıa, J. A. Mayoral, L. Salvatella, Acc. Chem. Res. 2000, 33, 658-664.
The Source of the endo Rule in the Diels-Alder Reaction: Are Secondary Orbital Interactions Really Necessary? Jose ́ Ignacio Garc, Jose ́Antonio Mayoral, and Luis Salvatella*
Eur. J. Org. Chem. 2005, 8590.
Luis R. Domingo*, Mar Ríos-Gutiérrez and Patricia Pérez, Chemistry 2022, 4(3), 735-752;
小夫家芳明 著 · 1972 有機合成化学協会誌 30 (12), 992-1005, 1972
分子間にはたらく弱結合を総合的にまとめた「分子間弱結合」の文献データベースが西尾先生により作成されている.
2022年に公開したにもかかわらず,ホームページのトップにリンクし忘れていたものです.今回,各種資料を加え再構成しました.
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