――「ムーンドライバー」の制作に向けて「少し泣く」という楽曲が転期になったとお聞きしましたが?
ヒナタ 昨年10月にリリースした「少し泣く」という曲が、エルスウェア紀行にとって新たなスタンダードになるような大きな手応えがあって。自分たちとしてはかなりチャレンジングな曲で「ここまでやっていいのか?」と思いながら、とにかく要素を詰め込んで作り上げたのが「少し泣く」なんです。それがサブスクでたくさん聴いていただいたのもありますし、Spotifyの公式プレイリストにも入れていただいて、数字的にもいい記録が出せて。
トヨシ もちろん数字だけで考えているわけでもなくて、僕らの手応えとして「少し泣く」はすごくいいものでした。
ヒナタ 私が感覚派でトヨシさんが理論派だったり、好みの音楽がそれぞれ違ったりして、これまでの曲はどちらかの好み、要素が強く出るものが多かったんです。でも「少し泣く」は、私の色もトヨシさんの色も強く出ていて。私自身が剥き出しの感情で書けたところと、トヨシさんの作り出す緻密な部分、両方が生きている。完成したときに「あ、これだな」と思えた曲。だから次に作る曲もこの感覚を忘れないように作ろうと思って、それで作ったのが今回の「ムーンドライバー」です。
――実際に「ムーンドライバー」はどのように作られた曲ですか?
ヒナタ 2人で音ネタをアップロードする共有フォルダがあるんですが、そこに入っていたトヨシさんのイントロのメロディと、なんとなく浮かんでいた「ムーンドライバー」という言葉を合わせてみたらすごくイメージが湧いてきて。1番の「はじめられる まだ青い朝」まではすんなりできたんですよ。でもこれだけではまだ足りないな、という感覚はあって。
トヨシ そこからはもういろんなアイデアをひたすら合わせていく作業というか。別の音ネタを合わせてみたり、ミユには新たにメロディと歌詞を考えてもらったり。
ヒナタ 「目に見えないほど確かな」から「古い武器は捨てる」までのセクションは、まったく別のアイデアとして鼻歌で作ったもので、トヨシさんに「どうにかこれを入れてください!」って無理してお願いしたものなんです。うまく1曲に馴染むように整えてもらったうえで、そこにつながるまでの間奏をその後作って……みたいな。
――「ムーンドライバー」という1曲の中に、かなりいろんな要素を詰め込んでいますよね。アーティストによってはこれだけのアイデアがあったら2曲や3曲に分ける方もいるんじゃないかと思うくらい。
ヒナタ 私たちでも数年前までの制作だったらこうはなってなくて、2曲に分けていたかもしれないですね。そこは「少し泣く」の手応えがあったからこそ、踏み切れた部分だと思います。
トヨシ 「少し泣く」で築き上げた新たな基軸を次に生かしたいという気持ちもあって、出し惜しみはせずすべて注ぎ込みました。
――「ムーンドライバー」の歌詞はどのように作り上げたんですか?
ヒナタ 昨年11月にリリースした「ひかりの国」という曲が“抗えない終わり”をテーマにしていたんです。起点としての個人的な終わりや別れ、現実に起きているさまざまな抗えない事柄から、最終的に辿り着いたのは地球よりもっとスケールの大きい、世界が滅亡してしまったくらいの終焉。だから月もなければ星もない。それくらいの終焉を描いてしまったから、次に書く曲は“再生”をテーマにしようというのは先に決めていました。それで、造語なんですが“月を運ぶ人”という意味の「ムーンドライバー」という言葉が浮かんできて、世界をこれから作るところに、月を運んで来るというのが、すごくしっくりきて。「ムーンドライバー」というのは、滅亡した地球の人間でもなければ、神様でもない。だからそこに意志はなくて、俯瞰で見ている第三者、ストーリーテラーの目線で書いたのが途中までの歌詞ですね。
――「途中まで」ということは、歌詞の中にはそれ以外の視点も入るということですよね。
ヒナタ はい。歌詞の中で「あなたが見上げるなら」とあるのが「ムーンドライバー」の視点、それに対して「また見上げる あたらしい月」とあるのが人間側の視点です。地球は滅亡したけど、ごく少数の人間は生き残っていて、新しい月を見上げているようなイメージで書きました。
――「古い武器は捨てる」と宣言しているのは、滅亡を生き残った人間たちである、と。
ヒナタ 「古い武器は捨てる」というのは、昨今の暗いニュース、もっと言えばウクライナでの戦争といった出来事を受けて考えていたことが言葉として出てきた感覚があって。一度世界が終わってしまった以上、もう古い武器は捨てて新しく始めようという思いがここに現れていると思います。
トヨシ ミユは世の中の情勢というか、実際に起きたことに影響されるタイプの書き手だと感じていて、それに僕も感化されている部分があります。もっと言えば、新型コロナウイルスの蔓延というのは、エルスウェア紀行の音楽にすごく大きな影響があったと思います。ミユが話したような歌詞の変化はもちろん、曲の音数とかもコロナ前と後ですごく変わったところがあって。特に意識していたわけではないし、これはあとから気付いたことなんですが、コロナ禍になる前はライブを常にやっていたからか「ステージでどう演奏するか」を頭のどこかで考えながら曲を作っていた感覚があったみたいで。「少し泣く」のようなバンド編成でも再現できないような曲って、今まで全然なかったんですよね。コロナ禍に入ってライブがしばらくなくなって、ライブのことをまったく考えずに自由に曲が作れるようになったのは大きいですね。最近になってライブが戻ってきて、「この曲、2人でどうやるんだ」みたいな戸惑いはありますけど(笑)。
ヒナタ 最近感じるのは“トヨシさん剥き出しのエッセンス”みたいなものが増えたこと。これまでは私から発案した曲に関してはシンガーソングライターとしての私を軸に考えてもらっていた部分があって、派手なリフとか楽器のカッコよさみたいなものをあまり出してなかったのかなとも思っていて。最近の楽曲に現れているリフにはトヨシさんの剥き出しな音を感じる様になったし、それを受けて私も剥き出しの自分をぶつけられるようになった気がします。
――「ムーンドライバー」は、サウンド面では「少し泣く」の要素を受け継ぎつつ、歌詞に関しては「ひかりの国」の続編のような意味合いを持つ楽曲なんですね。
ヒナタ はい。「少し泣く」と「ひかりの国」は対照的な楽曲で、新しいことに挑戦したのが「少し泣く」で、これまでの自分たちと地続きにある表現の上にあったのが「ひかりの国」でした。
トヨシ 「ムーンドライバー」は特に作り方に関しても「少し泣く」に近づけた感覚があります。というのも、これまで僕らは2人きりで曲を作ることが多かったのに対して「少し泣く」ではベーシストの千ヶ崎(学)さんやギタリストの真田(徹)さんといった外部のプレイヤーに委ねる部分があって。その化学反応がいい具合に形になった手応えもあったので、「ムーンドライバー」もいろんな人を巻き込みながら作り上げた1曲でした。
――今作では、ホーンアレンジで兼松衆さんの名前がクレジットされています。編曲や演奏参加のみならず、劇伴音楽なども手がけるかなり手広いアーティストさんですよね。
ヒナタ 私が感じた兼松さんの音のイメージって、“ダークヒーロー感”があるんですよ。ヒーローっぽさの中にちょっと暴れる要素があるというか。勝手な話ですけど、私はそこにちょっと共感できる部分があって。初めてお仕事をさせていただいたんですが「この曲は兼松さんにお願いできてよかったな」って、アレンジの第一稿で確信しました。
トヨシ 2人きりで作るとき、自分たちが弾けない楽器に関してはとりあえずDTMで打ち込んでそれをどう形にするか考えてきたので、やっぱり別のクリエイターにお願いするアレンジは違うなと思いました。楽曲の意を汲んでくれて、この曲に合った一筋縄ではいかない音を入れてくれて、自分たちだけではこうはできなかったろうなって。それがすごく楽しかったですね。
――「少し泣く」や「ムーンドライバー」のようなリッチなサウンドを、2人編成のライブに落とし込む際はどのようなことを意識していますか?
ヒナタ 足りないことを意識し始めたらキリがないので、ないものはないと受け入れるのが大事だと思っています(笑)。受け入れてみたら意外と成り立つものだなと。
トヨシ 「少し泣く」とかほとんどの音を省くことになってしまうけど、なんとなくほかの音も聞こえる感じになるんだよね。
ヒナタ 最近気付いたのは、「まったくない」か「満たしている」の2つがしっくりくるということ。2人きりでやり切った音楽も意外といいし、2人にしか出せないグルーヴもあるはずなので、2人のステージも楽しんでやっています。
トヨシ ただ2人ともけっこうリズムが好きで、2人編成だとどうしても僕が足でキックを踏むくらいしかできないのが歯がゆいかな(笑)。
――バンド編成ではどのようなライブになりそうですか?
ヒナタ 昨年の11月にワンマンライブを開催したんですが、そのときとは全然違うライブになるだろうな、という予感はしています。
トヨシ バンド編成では、基本的にドラムを担当するんですが、次のワンマンのときは2人だけのアコースティック編成の時間も用意しようと考えていて、そのときは僕もギターを弾きます。
ヒナタ 今までのワンマンライブでは本番に向かって準備して、当日にすべてを出し切るようなライブをしてきましたが、今度はそれがちょっと変わるような気もして。もっと先を見た上で、ワンマンライブをどう見せるのか。観にきてくれた方にエルスウェア紀行のもっと先を見せるようなイメージでライブに取り組みたいと思っています。