Dynamic Living Systems Architecture Lab
動的生命デザイン学分野
Grad School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya City University
名古屋市立大学 薬学部・大学院薬学研究科
PI: 中村 秀樹 (なかむら ひでき), 博士(理学)
Grad School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya City University
名古屋市立大学 薬学部・大学院薬学研究科
PI: 中村 秀樹 (なかむら ひでき), 博士(理学)
動的生命デザイン学分野では、生きた細胞内のタンパク質分子の “動き” を、小分子化合物や光の刺激で操作することで、細胞内の空間的秩序を自在に “デザイン” します。このような細胞内デザイン改変技術の開発を通して、“生命の最小単位” である細胞の仕組みを理解することが目標です。
当分野では、一緒に研究をしてくれるメンバー(学生・ポスドク)を大募集しています。興味を持ってくれる方はいつでも中村(hideki.nakamura*phar.nagoya-cu.ac.jp, *をアットマークに変更)までご連絡ください。まだ迷っている段階でも大丈夫です。研究室見学・研究内容・院試準備・学振応募等いつでも相談に乗ります。
地球上の生物のからだは、すべて細胞からできています。また、たったひとつの細胞でも、それ自体がひとつの生命(単細胞生物)として “生きる” こともできます。この意味で、細胞は “生命の最小単位” と言えます。
細胞の進化の歴史を通じて、最大のイベントのひとつが真核細胞の登場です。真核細胞以前、つまり原核細胞の内部は比較的一様に近かったのに対し、真核細胞の内部には様々な構造体がぎっしりと詰まっています。また、原核細胞の大きさは一般に 1 ~ 10 μm 程度であるのに対して、真核細胞は 5 ~ 100 μmと非常に大きい点も顕著な違いです。このように真核細胞の登場は、細胞のサイズとその内部デザインの複雑性の急激な増大を伴いました。
真核細胞(真核生物)の登場は、生命進化の歴史において大きな意味を持ったと考えられます。現在知られているすべての多細胞生物は、真核生物だからです。さらに、単細胞生物が多細胞化するという現象自体は、真核生物の進化の歴史を通じて複数回独立に起こったと考えられています。このことは、生物が多細胞化するために、真核細胞の出現という現象そのものが必須、かつ極めて大きな貢献をしたことを示唆します。そして多細胞生物の出現により、生き物のサイズや形、さらには生態そのものが爆発的に多様化したことは言うまでもありません。
このように生命進化の過程を振り返ってみると、増大した細胞サイズと複雑化した内部空間デザインという真核細胞の特徴の獲得こそが、細胞機能や細胞間のコミュニケーションのあり方を多様化させ、多細胞生物の誕生を介して私たちが現在目にしている生物界の多様性を生み出した一大転換点である、というストーリーが浮かび上がってきます。しかし、われわれの知る生命進化の歴史はただ一度だけ、しかもその道筋を辿るための手がかりは非常に限られます。ではどうすれば、細胞デザインの複雑化をめぐるストーリーの本質に迫ることができるでしょう。
私たちは、細胞内のデザインの複雑化と、それに伴う細胞機能や細胞間相互作用の多様化がどのように起こったのか(あるいは起こり得たのか)、を理解するためには、緻密な制御と高精度の解析、さらには統計誤差の考察も可能な研究室での実験を通して、このような進化の過程を “追体験” するアプローチが有効と考えています。つまり、細胞のデザインを変化させた場合に、細胞の機能や相互作用はどのように変わるのかを直接実験的に確かめることで、実際に起こった(あるいは起こり得た)進化の過程を理解できると期待している訳です。
そのためにはまず、生きた細胞内部のデザインを自由に “つくり変える" 技術を手にしなくてはいけません。私たちがいま取り組んでいるのはまさにこの課題です。
真核細胞の重さの60%以上は水が占めています。しかし、その内部は決して一様な水溶液ではありません。細胞内で起こる生化学反応の主な担い手であるタンパク質分子は、nm程度の大きさしかありません。しかし細胞の内部には、1~10 μmのサイズの様々な構造体がひしめき合っています。このような構造体には、核やミトコンドリアのように脂質二重層膜で囲まれたものや、水に浮かぶ油の滴のように柔軟性のある塊など様々なものが存在します。特に後者の液滴様の構造体は、2009年の論文を機に広く認識されるようになり、最近の生物学分野において大きな注目を集めてきました。さらにこれらの構造体は、どれも形や分布を時事刻々と柔軟に変える動的な構造であることが知られています。
これらμmサイズの細胞内構造体は、それぞれが重要な機能を持ち、これらがダイナミックに相互作用することではじめて細胞の生命が維持されます。各構造体の個々の構成分子を見ると、絶えず入れ替わりながら構造体そのものは維持されており、異なる構造体の間での物質の交換も絶えず起こっています。この様子は、ちょうどわれわれ人間の社会を思わせます。病院や駅、発電所、工場など、様々なインフラストラクチャーがそれぞれの機能を果たし、その間を人や物資が絶えず移動することで私たちの社会は維持されています。また、それらのインフラストラクチャーも長い目で見れば必要に応じてつくっては壊され、場所や機能を変えながら維持されていきます。
つまり私たちの身体をつくる細胞のひとつひとつは、いわばちいさな ”社会” である、と見ることができます。このアナロジーにおいて、細胞の構成分子が人や物資、前述の構造体がインフラストラクチャーにあたる、というわけです。近年の生物学、とりわけ分子生物学の発展により、細胞の構成分子について膨大な知見が得られました。個々のタンパク質のアミノ酸配列や構造、そして機能が次々と報告され、今現在もそのリストは長くなり続けています。しかしこのように分子を理解することはそのまま細胞を理解することにつながっているでしょうか?
先ほどのアナロジーに従って、分子→人間、細胞→社会と読み換えてみると、人間を理解することと社会を理解することは必ずしも一致しません。しかし人間を理解しなければ社会を理解できない、ということは確かなように思われます。細胞という文脈においても、細胞を構成する分子を理解することと、細胞そのものを理解することは必ずしも一致していません。同じ材料(分子)を使っていても、細胞を構成する際に違うデザインで配置されれば、システム全体としては全く違う振る舞いをすることがあるからです。しかし、やはり分子をきちんと理解していなくては、細胞を理解することはできません。これからの生物学が取り組んでいくべき重要な課題のひとつは、人間の理解をもとに社会を理解しようと試みるように、積み上げてきた生体分子の理解をベースとして、生命の最小単位たる細胞の理解を進めることです。私たちが開発に取り組んでいる細胞内のデザインを自由に “つくり変える” 技術は、細胞という“社会” の現在の成り立ちを理解する上でも重要な意味を持つと考えています。
私たちが暮らす社会が機能不全を起こしたとき、どのような解決策をとるでしょう。他にも方法はありますが、多くの場合、何らかの“工事”をしてインフラストラクチャーの新設、撤去、あるいは改修するなどの方法を取るのではないでしょうか。都市の周辺部で人口が増加したことによって交通網が麻痺した場合、人口が増加した地区と都心部を結ぶ鉄道と駅を新設する、などは典型的な例です。このように“工事”によって、思い通りに新たなインフラストラクチャーを“つくる”、不要な古いものを“こわす”、さらに必要に応じて“つくり変える”ことは、私たちの社会の機能を維持する上で主要な手段となっています。
一方で、細胞という“社会”のインフラストラクチャー、すなわち様々な構造体を思い通りに思い通りに“工事”することは、技術的にほとんどできません。例えば、あまりうまく機能していないから核をこわして新しいものと置き換えてしまおうとか、ミトコンドリアをつくり変えて別の機能を持たせよう、ということは現段階では不可能です。このちいさな“社会”の建築学=マイクロ建築学は、まだ全くと言っていいほど確立していないのです。私たちが行なっている生きた細胞内部のデザインを自由に “つくり変える" 技術開発は、とりも直さずこの細胞という“社会”の「マイクロ建築学」の基盤技術づくりにほかなりません。
細胞という“社会”の機能不全は、そのまま病気(疾患)につながります。特定の細胞が機能不全を起こしたり、死んで脱落してしまうことが原因となる病気は枚挙にいとまありません。ということは、細胞の内部を自由に“工事”するマイクロ建築学は、細胞という“社会”をつくり変えることで病気を治す方法論にもなり得るはずです。
現在の医学・薬学で用いられている薬は、その多くが分子標的薬です。分子標的薬とは、ある特定のタンパク質に結合して、そのタンパク質の働きを変化させることによってその効果を発揮する、というものです。多くの場合、結合したタンパク質の働きを抑えることで働きます。分子生物学の発展によって、さまざまなタンパク質の機能が明らかになり、中には特定の病気の際に過剰に働いてしまうタンパク質がいることも分かってきました。このようなタンパク質の働きを抑えることで細胞を元の健康な状態に近づけて病気を治す、というのが分子標的薬の根底にある考え方です。
では、この分子標的薬のメカニズムを、上で考えた細胞=社会というアナロジーの文脈で捉えなおしてみましょう。細胞における分子は社会における人や物資にあたるので、分子標的薬で細胞の機能不全(=病気)を治す、という考え方は、ある特定のクラスの人の働き方を変えることで社会の機能不全を解消する、ということに相当します。このように考えると、分子標的薬は、われわれの社会で主流と思われる“工事”による問題解決手段とは原理的に異なる方法論だということが分かります。
これまで大きな成功を収めてきた分子標的薬ですが、それでも全ての病気を治療できるわけではありません。細胞という“社会”を自在に“工事”することで細胞の機能不全を解消し、病気を治療するというアプローチは、分子標的薬とは原理的に異なることから、分子標的薬を補完するもうひとつの選択肢として、重要な疾患治療戦略となる可能性を秘めていると私たちは期待しています。つねにダイナミックに変動する生命の最小単位=細胞の内部を自由にデザインする”建築学”を確立し、このちいさな“社会”を“工事”することで疾患を治療する未来の薬学を切り拓く、この想いがわれわれの分野名、動的生命デザイン学分野には込められています。