知的障害者の性の現状とその課題


「出会いがあればなと思って。出会いが欲しいなと」

「本当は結婚したいんだけど」

 


 

  これは門下・小澤(2022)のインタビュー調査で発せられた成人の知的障害のある人たちの声です。この調査において知的障害のある人は、「出会い・恋愛・交際」「マスターベーション」「セックス」「結婚」「子育て」など、「性」に関するニーズを有しており、安心して相談できる場を求めていることが明らかになりました。

 

 一方で「マスターベーション」や「セックス」について「知っていますか?」と尋ねると「わからない」と述べる人もいました(門下・小澤, 2022)。背景には、インクルーシブではない学校環境や限定された生活環境などによる経験の不足等から本人が「性」について語る言葉を持ち合わせていない可能性も推察されます。

 


誰しも人生において、人と出会い、恋愛、離婚、別れ、同棲結婚、離婚、再婚、出産、子育てが起こり得る可能性があるにも関わらず、知的障害のある人たちにはそれが想定された社会になっていない

 

 夫婦で暮らす療育手帳保持者は4.3%、子と同居する者はわずか3.1% (厚生労働省, 2018)です。 障害福祉サービスを利用する療育手帳保持者に限定した調査によれば、パートナーと同居する者は1.65%、18歳未満の子と同居する者は0.79%との調査結果(延原・名川,2021)もあります。 ここから考えると、知的障害者は結婚や子育てというライフイベントを経験することが極めて厳しい状況にあるといえます。

 支援者に向けた調査では、ほとんどの支援者が知的障害のある人にも結婚する権利があると認識しているにも関わらず、8割の支援者が「知的障害者同士の結婚は周りの人にとって問題がない」とは認識していない、あるいはそのように認識できない現状 (延原・武子・門下・名川,2022) があることが浮き彫りになりました。 

 

その背景に、 以下6つの課題があると考えられます。

 


 

課題1)恋愛を含めた豊かな人間関係を形成する機会、その維持に関する支援の欠如   


 社会の中で生きる上で、人は他者と関係を結ぶ・結ばない、その関係を維持する・しないということを含めて、「選択し続けている」と考えることもできます。知的障害のある人たちに対する調査でも、恋愛・結婚に関する希望が高い状況にあるとの調査結果があります(井上・郷間 2001;島田ら,2017)。 

 しかし、その「恋愛・結婚」に関する自信は「仕事」等と比較して低いことが指摘されています。その理由として「(異性との) 出会いがない」、「不安」、「(親族に)歓迎されない」等が挙げられています(島田ら,2017)。 これまで恋愛や結婚等の人間関係は私的領域であるという規範意識もあり、そこへの社会福祉制度による支援提供は避けられてきた向きもあります。また、障害者総合支援法は障害のある個人を対象としたサービス提供を原則としているため、人間関係の形成とその維持、別離等に関するところは位置付けられてすらいません。  

 

課題2)障害の有無に関わらず子育てを支援する制度の少なさ  

 出生率の回復・女性の就労の両立を果たしているヨーロッパにおいては「ケアの脱家族化」を行ってきました(落合,2021)。 一方、日本では「家族は含み資産」(上野,2011)としてケアの担い手であり続けました。その皺寄せは「ヤングケアラー」としても顕在化していると考えられます(松村,2022)。 

 子育てという長期に及ぶケアへの公的支援のうち、多くの自治体にあるのは保育園、地域子育て支援拠点、子育て世代包括支援センター、学童保育、ファミリーサポート、保健センター等と限られており、知的障害のある人が親になった場合のニーズを充足するには不十分な状況にあります(Nobuhara & Nagawa,2022)。無料又は安価に使える、柔軟な公的子育て支援の拡充は不可欠であると考えます。
   また、支援を利用する場合、自ら出向く、或いは申請を要するものが多く、アクセシビリティの点でも課題が山積していると考えられます(延原・名川,2021)。誰もがどの地域に住んでいても、簡便に申請が行える、或いは必要な合理的配慮が提供され、必要な支援に容易にアクセスできる環境は不可欠だと考えます。

 子育ては長期間つづくものです。誰もがいつも元気で、困ることなく子育てができるとは限りません。必要な支援にアクセスしやすい環境をつくり、その子育て支援が無料又は安価で、柔軟に使うことができれば、知的障害のある親だけでなく、子育て世帯全体を支えることができると考えます。

 子育て支援サービス・保健サービスに加えて、障害福祉サービスを併用する親も想定されます。現在は障害福祉サービスとその関連諸制度に、ライフイベントに係る支援の記載がなされていません。誰もが人生を生きる上で経験する可能性があることを踏まえ、生活支援の一部として適切に位置付けられる必要があるのではないでしょうか。支援を提供する人々が人権を基盤とした支援ができるような制度設計に改善して頂けることを強く期待します。

 

 課題3)避妊方法の選択肢の少なさ

 今回、結婚を望む利用者に不妊手術が施されていましたが、諸外国では避妊シールや避妊インプラント、避妊注射などの選択肢があり、緊急避妊薬(以下、アフターピル)も無料もしくは安価で薬局等でも手に入れることができます。 

 一方、日本国内では、女性主体の避妊方法がピルとIUDのみであり、アフターピルも1〜3万円と高価です。このような現状のもとで、障害のある人が「妊娠しないこと=不妊手術」となっている構図にも懸念を覚えます。

 

課題4)包括的性教育の不十分さ 

 知的障害特別支援学校高等部の教員対象に行った性教育の実態調査によれば、一般の高校と比較しても、特別支援学校に通う知的障害のある生徒は性交や避妊等について学ぶ機会が乏しい中で、トラブルを未然に防ぐためといった理由から、さまざまな行為を禁止される傾向が見られています(門下,2022)。日常生活においては男女交際ルールが存在する学年もあり、交際を禁止したり、異性と二人きりになることを抑止したりするような動きも一部で見られています(門下,2022)。つまり、「生殖」に関する教育が十分でない中で、恋人との関係性を育む機会すらも奪われているのです。


 一方、成人期についても、自立生活訓練事業、就労支援事業所の中で、一部 、性教育に取り組んでいる事業所があります(河東田,2022)。ただし、就労支援事業所等において学びの機会を持つ場合には、労働時間が短くなってしまうため、事業所側の報酬が減額されてしまうおそれもあります。したがって、事業所・法人独自の事業として行わざるを得ません。就労継続支援事業所の75%が性教育を行っていないという調査結果(河東田,2022)もあり、その難しさが窺えます。

 一般就労をしている知的障害のある人たちは、生涯教育等の特別な機会を除けば、性に関する知識を学ぶ機会・性について相談する機会はより限定された状況にある人もいることが予測されます。
 すなわち、どのような場所で働いているとしても、自ら必要な情報にアクセスすることに困難がある人の場合には、メディアやコミュニティで得られる断片的な知識のみしか習得できないことも想定されます。

 

課題5)支援者が“障害のある人のセクシュアリティ”に関して学習する機会がない 

   支援者を対象とした調査において障害のある人のセクシュアリティに関する研修・講義の受講経験を問うと、 8〜9割の支援者に受講経験はなく、その中での支援は不安を覚えるものと考えます(延原・武子・門下・酒井・名川,2022;Sakairi,2020)。

  

課題6)国による調査研究の乏しさ

 障害のある人の恋愛・結婚・子育てを巡る国による調査研究は、厚生労働省による「生活のしづらさ等に関する調査」で同居者が確認されているのみ(厚生労働省,2018)であり、障害のある人たちのセクシュアリティを取り巻く社会状況は詳らかにされているとは言い難い現状にあります。そのような状況で、障害者権利条約23条に位置付けられた「障害のある人たちが親責任を果たすために必要な支援」を締約国として検討することは難しく、早急な実態調査が不可欠です。




引用文献

門下祐子(2022)知的障害特別支援学校高等部における性教育の実施状況と男女交際ルールの存在―全国実態調査にもとづいて―,福祉社会開発研究,14,5-17.

門下祐子・小澤温(2022)知的障害者が語る,「性」に関する経験やニーズ.日本社会福祉学会第70回秋季大会発表資料,2022年10月16日.

河東田博(2022)知的障害のある人の性をめぐる社会的実態と性教育のあり方に関する研究 2021年度報告書.

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部(2018)平成28年生活のしづらさなどに関する調査. 厚生労働省, 2018/4/9,   https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/seikatsu_chousa_list.html, (2023年3月25日閲覧).

延原稚枝・名川勝(2021)知的障害のある人のカップル生活・子育てに関する実態並びに知的障害のある母親のソーシャル・ネットワーク-指定特定相談支援事業所への質問紙による調査.障害科学研究,45,103-116.

延原稚枝・門下祐子・武子愛・酒井理香・名川勝(2022)知的障害者の性的表現・行動に対する支援者の意識調査 -知的障害者の出産・育児に焦点をあてて-.日本社会福祉学会.日本社会福祉学会第70回秋季大会.2022年10月16日発表.

松村智史(2022) ヤングケアラーに着目する「危うさ」と「契機」——日本社会における家族と社会のケアをめぐって. 2022年11月. https://synodos.jp/opinion/society/28413/ (2023年3月28日最終閲覧)

Nobuhara,W. & Nagawa,M.(2022)Support for Mothers with Intellectual Disabilities During Their Pregnancy and Infant Parenting: Based on a Questionnaire Survey of Counseling and Support Specialists. Japanese Journal of Social Welfare. 62(5),1-14.

落合恵美子(2021)第1章 1970 年代以降の人口政策とその結果―アジアにおけるケア の脱家族化を中心に. 財務省・財務総合政策研究所,2021年6月,「人口動態と経済・社会の変化に関する研究会」報告書.https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2020/jinkou. htm (2023年3月28日最終閲覧)

Sakairi, Etsuko (2020). Sexuality: the experiences of people with physical disabilities in contemporary Japan : Untold stories and voices silenced in the name of taboo [Doctoral dissertation, The University of Auckland].https://www.researchgate.net/profile/Etsuko-Sakairi (2023年3月28日最終閲覧)

島田博祐・渡辺勧持・志賀利一・高橋亮・清水浩(2017)知的障害者における主観的QOL及びライフプランの構築に関する研究 研究成果報告書.  https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI- PROJECT-25380782/ .(2023年3月28日最終閲覧)

上野千鶴子(2011)ケアの社会学―当事者主権の福祉社会へ.太田出版.