第09話 誘惑は手を差しのべる

(初回公開日:2020年11月24日)

グリフィン(ここが……イナ・ポートランドの部屋なのか)


そう結論づけて、グリフィンは歯のあいだから息を吐きました。

消息不明になっている少女の部屋が、まるで百年前から放置されている廃墟のように、朽ち果てている。その事実は、グリフィンの心を暗くしました。

調度品が残らず風化しているところを見ると、ここでイナ・ポートランドの痕跡を見つけ出すのは、並のしごとではないでしょう。


それでもグリフィンは機械的に身体を動かし、調査をはじめます。床を這いまわり、放置されている枕を虫眼鏡で凝視し、イナ・ポートランドのものかもしれない髪の毛・爪のかけら・血液のシミなどを探すのです。

グリフィン(部屋自体はくずれ落ちそうだが、掃除はほんとうに行き届いている)

グリフィン(ネモフィラは、ロブ教の尼寺にいたのだったな。【ロブ教の僧侶は意外にも、掃除の腕では世界一だ】という記事を読んだことがある。星付きホテルの清掃係が、ロブ教の寺院に掃除の基本を学びにいくと。……どうやら、その通りのようだ)

かろうじてキャビネットの奥に残っていた「小指の爪の先ほどの、ほこりのかけら」を、彼はサンプルの小瓶に入れました。このほこりに「イナの遺伝子情報をしめすなにか」がふくまれていないとも限りません。

机のうえを調べようとしたとき……彼は、壁に掛けられている額縁に気がつきました。

サイズから見て、写真用の額縁でしょう。けれど、写真は入っていません。


グリフィン「…………」


かつては、家族のそれが飾られていたのか。

それとも、イナ・ポートランドのそれが剥がされたのか。


またぞろ陰鬱に考えていたグリフィンの耳に、だれかの呼吸音が聴こえました。

???「教えてやろうか、だれが写っていたのかを」

グリフィン「…………!?」

グリフィンは野生の獣のように、振り返りました。


だれもいません。キッチンにいるはずのアーモンド・ポートランドが階段をのぼって、この部屋に近づいてきたわけでもありません。


息を殺しているグリフィンの頭のなかに、だれかの笑い声が響きました。


???「いつまで、自分を抑えこんでいるつもりだ



頭を殴られたような衝撃が、だしぬけにグリフィンを襲いました。

実際に殴られたのかと思ったほどでした。


脊椎に鉛を流しこまれたかのように、全身が二倍の重さになる。関節が悲鳴をあげて軋みだし、グリフィン自身の体重を支えられなくなる。ぐんにゃりとしたものに脚をつかまれ、床に引きずり込まれるかのような感覚がきて、彼は机にドンと手をつきました。

グリフィン(こんなときに。最近は、この症状は出ていなかった

危機は、それだけでは終わりませんでした。


グリフィンははっきりと、彼の背後に立つ人物を感じました。


黒いフードをかぶった、知らない男。

その男が敵意をこめ、グリフィンをまっすぐに指差している。グリフィンの背中に第三の目が現れたかのように、彼自身の背後にいる者が視(み)えるのです。


だが、鉛になった身体は動かない。

相手の姿は視えるのに、その匂いも質量も感じない。

背中に氷をあてられたかのような緊張が、グリフィンに激しい動悸をもたらしました。


グリフィン「失せろ


食いしばった歯のあいだから、彼は呪詛を投げつけました。


フードの男は、酷薄な笑いを洩らしました。肩をすくめ、身を翻し、その姿が凧のように、夜明けの薄闇のように遠ざかっていきます。

グリフィンはドッと息を吐きました。

全身の毛穴から、安堵の汗が噴き出します。


しかし、身体の不調は続いていて、手足はまだ動きません。筋肉という筋肉が凝りかたまって、彼は机にしがみついています。


トン、トン、トン……という、現実感のある足音が聴こえてきて、彼の意識は覚醒しました。

アーモンド「ネモフィラおねえさま?もう帰っていらっしゃったの?


騒ぎに気がついたアーモンドが、二階へ上がってくるところでした。



つづきます!

Thanks to all CC creators!

And I love Sims!


(ポーズは、自作です……)