DanceAI Project は2017年に発足した研究・開発チームです。特に「Breaking における独創性支援」をテーマとして掲げ発足しました。また、チームメンバー全員がストリートダンサーとしての活動経験を有しています。ストリートダンスおよび Breaking 文化におけるプレイヤーとしての背景を持つ私たちだからこそ感じる課題や観点を生かし、日々研究・開発を重ねています。
Breaking は、現代において若者を中心に世界中に広く普及した表現の1種です。最近では、2024年に開催予定のパリ・オリンピックにおける競技の1種目として選出されました。このような競技化も進む一方で、Breaking は他の表現領域と同様、興味深くかつ独特な歴史的・文化的背景を有しています。
このダンスは、New York の Bronx 地区におけるアフリカン・アメリカンの若者らのブロックパーティーを起源としています。その場において、多くの若者が集団で DJ の流す音楽にノり、ラッパーの奏でる歌詞を楽しみ、互いに踊りを楽しみ合う体験を共有していました(なお、この中でDJ・MC・Graffiti・BreakingというHIPHOPの4大要素が形成されました。Breakingはその1つの要素を構成しています)。またその後は,若者・ギャングの抗争の代替として用いられてきた経緯もあり、表現の独創性(オリジナリティ)を互いに尊重し、刺激し合いながら領域が大きく発展してきました。
このような歴史的経緯から、互いの表現の独創性を認め共有し合うことの重要性が強く認識されており、また領域の独特な文化やそれに根付いた表現を生み出す基盤となっています。
Breakingの大きな魅力として、表現の独創性(オリジナリティ)を挙げることが出来ます。ダンサーらは、過去に蓄積されてきた様々な動きに触発されつつも、自身の価値観やスタイルを組み込んだ独創性溢れる動きを作り上げ、共有し合うことで独特な文化を作り上げてきました。表現のオリジナリティは、Breaking文化の根底を成す一概念と考えられます。
現代では Breaking は文化として広く普及し、オリンピックの一種目として採用されるに至りました。それはダンサーらに大きな目標や生活の糧を与え,強く歓迎される出来事です。一方で,勝敗・競技性(得点化が容易かつ広く受容されやすい側面)のみに人々・ダンサーの注目が集まり、情動の共有や表現の独創性といった文化的基盤が十分に反映されない可能性を危惧する声も挙がっています。
こういった経緯から,私達は文化的基盤の1つである「表現の独創性」の支援・発展を目指した研究・開発活動に、現場で活躍するダンサーらと連携して取り組んでいます。固有のスタイルを作り展開する過程をいかに支援出来るのか、それらのスタイルを多様な人々に広く共有し文化を発展させるためにいかなる支援が可能なのか。これらが私たちの希求する課題です。
AI(人工知能)の分野においても表現を作り出す創作過程を支援する研究・開発が進んでいます。例えば、イラストの画風転写や自動着色、小説のタイトルや内容の自動生成、楽曲制作におけるメロディーやドラムパターンの生成などそのジャンルは幅広いです。特に2022年に入り、DALL·E 2やMidjourney、Stable Diffusionといった文章を入力としてその内容を反映した画像を高品質に生成するAIが注目を集めています。入力テキストの選定に幾らか癖がありますが、これらは専門知識を必要とせず多種多様なイラストや実写風画像、CGのマテリアル素材など創作活動における大きな手助けとなるでしょう。同時に、既存作品の多くが作家に断りなく学習データの一部とされている場合があり、AIが創作をいかに支援するのか、その方向性には慎重な議論が必要と考えられます(※1)。
ダンスにおいてもAIを活用した事例がいくつか見られます。例えば、動画を入力としたダンスの熟練度評価 (※2) や任意の人物の静止画をプロダンサーの動きにトレースさせる (※3) 、短いモーションを入力としその続きとなる新たなモーションを生成する (※4) といったものがあります。ただし、ダンサー固有のオリジナリティを発展させる支援となる具体的な事例はほぼ見られません。
私たちの目指しているものとして「オリジナリティを作り上げるプロセス自体を支援したい」そういった思いを抱いております。
では、オリジナリティとはいかなるものでしょうか。オリジナリティを作り上げるプロセスとはどのようなものでしょうか。私達は、オリジナリティを「その人個人の由来(Origin)が見える何か」と考えています。人々はダンスを視聴する際に、動きの正確性・キレ・柔軟性を見ると同時に、その奥にある、その人の有する独特な身体の使い方、身体的特徴、動きへの解釈、動きの組み合わせ方、Breakingに対する価値観も見出します。それらの動き・身体・思考・姿勢も含めた部分に何かしらの一貫性・規則性を見出した際に、我々はその人のOriginを感じ、強く心惹かれるのではないでしょうか?
これまでの伝統的な心理学・認知科学では、創造性を「新奇性・有用性」を兼ね備えたプロダクトであり、それを生み出す過程・能力と捉えてきました。これは検証された妥当な解釈の1つであり、Breakingにおける創造性も同様の枠組みで理解可能な部分もあるでしょう。一方で、私達は領域で大事にされているオリジナリティは、上記とは異なる「その人の個人性を含んだもの」と捉えています。
そして、以上の特徴を踏まえ、私達はオリジナリティの創発過程を下図のように捉えています。ネタを作り蓄える取り組み、そのネタを整理して共通する軸を見出す取り組み、それらのネタや軸に他者からコメントをもらったり、他者のネタや軸と比較する取り組み。以上の相互作用の、長期に渡る累積を経て、オリジナリティが少しずつダンサー自身にも明確化・自覚化されていくものと考えております。
そして、この過程を支援するには、1つの動きの正確性を高めるシステムや1つの新しい動きの創造を支援するシステムでは、十分ではないと考えています。むしろ、取り組んでいるダンサー自身が、自身の有する動き、身体、思考、姿勢などの特徴に自覚的になり、それらを他者との関わりの中でより相対化・明確化しながら、統一化された軸を掘り進める過程を支援することが必要です。現在、以上の支援を目指し、私達は様々なシステム開発を進めています。
上記の理念やモデルを踏まえ、これまで私達はオリジナルな表現生成を支援するAI・システムを作成してきました。その1つの結実が"THE FRESHEST AI"です。
"THE FRESHEST AI"は、ダンサーが固有のオリジナリティを掘り下げていく過程を支援するシステムです。本システムは、各ダンサーのオリジナルの動きを個別・大量に学習させ、AI を通して数的空間に投影された自身の像とのギャップを、ダンサー自身にフィードバック可能です。このフィードバックを踏まえることで、ダンサーは自身のスタイルやオリジナリティについて考え直し、より深く掘り下げることが出来るでしょう。
なお、私達は一番最初に"Dance AI for Beginners"という、ダンサーの行ったダンスステップの種類・洗練度をフィードバックするシステムを開発しております。また、他にも"Visualization of Dancer’s Emotional State"というダンサーの情動状態を可視化するシステム等も開発しました。上記のオリジナリティに関する議論は、これらシステムの開発過程において生じたものであり、その議論が"THE FRESHEST AI"開発のきっかけともなりました。
以上のように、ダンサーのオリジナリティ生成の過程をいかに支援出来るか、その点と関連するシステム開発を我々はこれまで取り組んできました。これらの取り組みをさらに発展させ、Breakingの持つ魅力的な文化の発展に貢献したい。そのように考えております。
私たちは BBOY として、日々オリジナリティを追い求めて試行錯誤を続けています。本プロジェクトで題材としている AI 支援も、始まりは試行錯誤としての手段の一環です。
ただ、オリジナルな表現を支援する AI を作り出すということは、同時に「オリジナリティとは何か?」を考え深めていくことが必要とされます。オリジナリティを定義づけるものは何か、固有のスタイルを作り出し展開する過程とはどのようなものなのか。その探究を経て、初めて私たちの求める「オリジナリティ支援 AI」があると考えています。
私たちは本プロジェクトを通じ、自分たちだけに留まらず、より多くの人々にとってのオリジナリティの創出や共感にも繋げ、Breaking の文化的な発展に貢献したいと思います。
【Naoyuki Hirasawa】
自分の踊りはネタ中心のスタイル(お笑いのネタではない)で日々オリジナルの動きを追求してきました。アイソレは苦手だしパワーもできない自分がBreakingで一番楽しみを見出したのがネタ作りでした。昔はスマホも無かったので、練習中以外でも良いネタを思いついたらポケットサイズのネタ帳にびっしりとメモしていました。それぐらいネタを作るのが好きだし、ダンスを見て一番テンションが上がるのもフレッシュな動きを発見した瞬間です。ここ数年は自分で踊ることもほぼ無くなりましたが、これまで培った精神はクリエイターとして活動している今も活かされています(たぶん)。ダンスシーンへ貢献したいという気持ちもありますが、何より自分がこのプロジェクトを通して最高のネタとなる動きを見出すことが最大のモチベーションです。
【Daichi Shimizu】
「人が新しいことを創っていこうとする時のワクワク感、それは何であろうか。」これが私が研究者として、そして自分の人生の中で大事にしてきたことのように思えます。高校時代にBreakingに出会った時、そしてそれ以前にミニ四駆の新しい改造やスキーの変わった走法などを思いつき試そうとした際、常にそういった気持ちが芽生え、またその気持ち・経験に救われてきたと感じています。その面白さを皆で共有していこうとする領域・文化において何が起きているのか。その過程を少しでも知り、皆に伝え、(出来れば)促進していきたい。そのように考えております。
【Almina】
私は大学時代に Breaking と出会いました。大胆で躍動的な動きの中に垣間見える繊細な創意工夫と、その奥にあるダンサー自身の思いや確かな積み重ねが、私はとても好きです。私自身もそんな B-Boy になりたいと練習を重ねてきましたが、当然ながらオリジナリティを創りだすことは容易ではありませんでした。きっとこれは、あらゆるダンサーが常に抱えている悩みでもあると思います。
AI は、そんな私たちに新しい表現を気づかせてくれる技術の1つだと考えています。これまでストリートで "人の目" を通して共有されてきた文化を、新たに AI というメディアを通して考えることで、見えてくる世界が確実にあるはずです。
私は本プロジェクトでの活動を通じて、Breaking という世界や自らのオリジナリティをより深く知りたいと考えています。そしてまた同時に、多くの人にとっても Breaking の奥深さを知ってもらえるような活動にしていきたいです。
(※1)ただし2022年9月現在、日本の法律ではこれらデータ収集の行為が著作権侵害にあたらないとされています。(「著作権法第三十条の四」を参照)
(※2)最新の動画解析技術とデータサイエンスを活用しダンス技術のスコア化を実現 スキルチェックアプリ「Dance COMMUNE」をダンスクラスで導入開始: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000323.000002323.html
(※3)Liquid Warping GAN with Attention: A Unified Framework for Human Image Synthesis: https://arxiv.org/abs/2011.09055
(※4)AI Choreographer: https://google.github.io/aichoreographer/