少子高齢化における文化的影響に関するエコロジカル研究
はじめに
日本では、65歳以上の人口が増え続ける中、出生率が年々減っていることが指摘されています。こうした「少子高齢化」は、日本のみならず、多くの先進諸国でも見られる現象となっています。なぜ、少子高齢化が生じるのでしょうか。
高齢化(高齢者割合の増加、平均寿命の延長)は、経済発展と関わりがあると考えられます。例えば寿命は、国の裕福さの指標と正の関連を示すことが知られています(World Bank, 2015)。つまり、国が裕福であるほど、国民の栄養状態が良好になり、医療・福祉面でもサポートが行き届くのだと考えられます。また、他に健康に影響する要因としては、遺伝や地理、文化などがあります。特に文化は、人々の思考や行動に影響することが指摘されていることから(Markus & Kitayama, 1991)、高齢化だけでなく、少子化という現象にも、深く関わっていることが予想されます。
そこで我々は、特に国家レベルの文化的価値観に注目し、少子高齢化との関連を検討しました。本サイトでは、その研究成果を紹介します。
Hofstedeの文化的価値観指標
我々の研究では、文化的価値観の指標として、Hofstedeの文化的価値モデルを採用しました。このモデルは、国家レベルの文化的価値観を4つの次元から捉えるというものです。Hofstede(1980)は、1973年から1976年にかけて、50以上の国および地域のIBM社員を対象に、仕事に対する価値観についての質問紙調査を行いました。その結果から抽出された文化的価値のうち、我々の研究では以下の4つの文化的価値次元に注目しました。
権力格差(Power distance):組織における権力の弱いメンバーが、権力が不平等に分配されている状態を予期し、受け入れている程度。
不確実性の回避(Uncertainty avoidance):組織のメンバーが、不確実な状況に対して快あるいは不快を感じる程度。
個人主義(Individualism/Collectivism):メンバー同士の繋がりの程度。個人主義の組織ではメンバー同士が独立しており、個人のことには個人で責任を持つ。これに対し、集団主義(collectivism)の組織では、メンバー同士の繋がりが強く、メンバーは所属する組織により保護される。
男らしさ(Masculinity/Femininity):性別役割が異なる程度。男らしさを特徴とする組織では、男女の役割が明確に分かれている。これに対し、女性らしさ(femininity)を特徴とする組織では、男女の役割が重なり合っている。
Hofstedeの文化的価値観と少子高齢化:エコロジカル研究
我々の研究の目的は、Hofstedeの文化的価値観と、社会的加齢指標(高齢化率、平均寿命、出生率)の関連を調べることでした。
独立変数として、Hofstede(2001)の文化的価値観のデータを使用しました。また従属変数として、1990年代・2000年代・2010年代における、各国の高齢化率・平均寿命・合計特殊出生率のデータを使用しました。さらに交絡変数として、1990年代のGDP(国内総生産)、教育歴の性差、労働の性差のデータを使用しました。文化的価値観以外のデータについては対数変換を行い、重回帰分析を実施しました。なお、分析は、データのそろっていた59か国を対象としました。
その結果、「不確実性の回避」が、全年代の高齢化率と1990年代の出生率に、有意な正の関連を示しました。また、「不確実性の回避」とGDPの交互作用を見ると、1990年代・2000年代の女性の高齢化率と、1990年代の男女の平均寿命、1990年代の出生率において有意でした。「不確実性の回避」と女性の高齢化率の間の正の関連は、裕福な国ほど強い傾向にありました。また、裕福な国では「不確実性の回避」得点が増加するほど、平均寿命が上昇し、出生率が低下することが示されました。一方、貧困な国では「不確実性の回避」得点が増加するほど、平均寿命は低下し、出生率は上昇することが示唆されました。
以上の結果より、「不確実性の回避」と経済発展の度合が、少子高齢社会の重要な要因となっているのではないかと考えられます。
※本研究の論文はJournal of Adult Developmentに採択されました。下記のURLから論文もダウンロードして読んでいただけます。
Hirokawa, K., Kasuga, A., Gondo, Y., Honjo, K., Taras, V. (2023) Hofstede’s Cultural Values and Birth Rate and Longevity: A National-Level Analysis. Journal of Adult Development.
世界における不確実性の回避傾向
Figure 1 は、「不確実性の回避」得点をLowからHighまでの8段階に分け、地図にしたものです。
赤が最も「不確実性を回避する」国を示し、青が最も「不確実性を回避しない」国を示しています。
不確実性の回避と国内総生産
Figure 2 は、「不確実性の回避」得点をLowからHighまでの4段階に分け、さらにそれらをGDPの高低で分けて地図にしたものです。
赤は経済的に裕福で「不確実性を回避する」国を、黄は経済的に裕福で「不確実性を回避しない」国を示しています。また、青は経済的に裕福ではなく「不確実性を回避しない」国を、黄緑は経済的に裕福でなく「不確実性を回避する」国を示しています。
使用したデータセット
文化的価値観:Hofstede, G. (2001). Culture’s Consequences: Comparing Values, Behaviors, Institutions, and Organization Across Nations (2nd ed.). Thousand Oaks, CA: Sage Publications.
高齢化率:World Bank. (https://data.worldbank.org/).
平均寿命:World Health Organization’s “World Health Statistics.” (http://www.who.int/gho/publications/world_health_statistics/en/).
合計特殊出生率:United Nations International Children’s Emergency Fund “State of the World’s Children” report (https://data.unicef.org/).
国内総生産(GDP):United Nation’s “Human Development Report.” (http://www.hdr.undp.org/en).
教育歴の性差:Barro–Lee Educational Attainment Dataset. (http://barrolee.com/).
労働の性差:International Labour Organization. (https://www.ilo.org/global/lang--en/index.htm).
引用文献
Hofstede, G. (1980). Culture's Consequences: International Differences in Work-related Values. Beverly Hills, CA: Sage.
Markus, H. R., & Kitayama, S. (1991). Culture and the self: Implication for cognition, emotion, and motivation. Psychological Review, 98, 224-253. doi: 10.1037/0033-295X.98.2.224.
World Bank (2015). Life expectancy at birth. https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.LE00.IN (2018.6.19).