El issitzky - About Two Squares
※この文章は2023年Sセメスターに東京大学で開講された「美術論」の最終レポートを機械的に(無理矢理)転載したものであり、それによる文章や添付画像、注釈の不備が散見されますがご容赦ください。エル・リシツキー『二つの正方形について』のシュプレマティズム・プロウンに基づく分析と、その幾何学的形態から想起される運動について1.この作品を選んだ理由 私が分析の対象として選んだのはロシアの画家・デザイナー・建築家であるエル・リシツキーの1922年の著作『二つの正方形について』という絵本である。私は以前この作品の表紙絵を、リシツキーの作品とは知らずに坂本龍一の『B-2 UNIT』というアルバムのアートワークの一部として見たことがあった。その後ロシア構成主義の画集を見ていた時にこのリシツキーによるオリジナルを発見し、「これが元ネタだったのか!」と驚いたことを覚えている。そこからリシツキーの他の作品を調べていく中でこの絵が子ども向けの絵本の一部であることや、ロシア革命の時代に描かれたものであることを知り、そのデザイン的な美しさだけではない時代背景や内容を詳しく調べてみたいと思い、ここで取り上げるに至った。以下では19世紀までの具象絵画と決定的に異なるこの作品を、リシツキーやその他の画家の理論や私の独自の研究・解釈に基づいて分析していく。さらに結論として、鑑賞者がこの絵本を解釈するプロセスがどのようなものであるかということを、私の個人的な鑑賞態度の分析と、簡単なアンケートに基づいて検討する。『二つの正方形について』の実物(1922年出版のもの)は上野の国立こども図書館において2023年7月12日に閲覧した。2. シュプレマティズムとプロウン リシツキーは、20世紀前半にロシアで活躍した画家・デザイナーである。1919年にシャガールに招かれてヴィテプスクにある自由美術アカデミーで建築と版画を教え始めたリシツキーは、そこでマレーヴィチのシュプレマティズムに大きな影響を受け、さらには彼が「プロウン」と称する空間構成に関する種々の実験を始めることになる。そのシュプレマティズムやプロウンを用いて1920年に制作されたのがこの『二つの正方形について』という子どものための絵本である。 この絵本を分析するにあたって、まずはその理論的基礎となっているシュプレマティズムとプロウンとは何かを整理する必要がある。当時、1910年台のロシアにおいては、詩の分野における未来派と呼ばれる人々が、キュビズムや未来主義の絵画に影響を受けた実験的な詩作を試みていた。そのような詩人に分類されるクルチョーヌイフとフレーブニコフのふたりは未来主義の絵画と詩の関係について、「未来主義の画家たちは、物体の各部分、切断面を好んで利用するが、未来主義の言葉の創造者は切断された言葉、不完全な言葉、それらの奇妙で突飛な連合(超意味言語)を用いることを好む。このことによって最大限の表現力が獲得される。」1。と述べており、絵画が遠近法や写実的な技法を超越し始めたように、彼らは言葉の持つ意味を超越した言語の創造を試みていたことがわかる。そして彼らの詩における実験と対応する絵画の実験こそマレーヴィチのシュプレマティズムである。マレーヴィチはまず絵画芸術を「純粋な絵画そのものの形式」2と「内容と名づけられる対象のテーマ」2に分離する。そして「自然現象の外形から絵画的要素を解放し、私の絵画精神を対象の支配から解放する」2、つまり手段としての絵画を否定し、絵画それ自体を目的とする無対象絵画の確立を宣言するのである。また1916年の著作『キュビズムと未来派からシュプレマティズムへ:新しい絵画のリアリズムへ』において、彼は無対象絵画について「芸術というものは(中略)重量、速度、そして運動方向に基づいた構成(コンストラクツィア)を生み出す能力をいうのである」、「形態が何かに対応するものではなく、無意識的なものになったときに、はじめて直感的なものが明らかになると私には思われる」3としている。リシツキーは1919年のヴィテプスクで彼に出会い、この造形言語に大きな影響を受けることになる。しかし、美術評論家の多木浩二によればリシツキーの考えるシュプレマティズムとマレーヴィチのそれとは異なる点がいくつか存在する4。例えばマレーヴィチが作品の中に何か内的なものや宗教性、精神性を求めたのに対して、リシツキーにとってのシュプレマティズムは「我々が生きているあらゆる現象を包括するようなもの」であり、そういった「世界を計画する」4ことに他ならなかったかという点である。その結果、彼は複雑極まりない世界を解決する手段として「単純な形態」すなわち幾何学的な図形を用いるのである。またリシツキーのシュプレマティズムは作家の個人的なものを表現するようなものではなく、大衆へのコミュニケーションを指向したものであることも特徴的である。『赤い楔で白を撃て』や『二つの正方形について』には社会主義的なメッセージが感じられるし、晩年の仕事の多くはソヴィエトのプロパガンダに関するものである。この立場は普遍的なわかりやすさを求めるデザイン的アプローチと、神秘性や精神性を重視する古典的な芸術の境界に位置するものである。つまりリシツキーはその表現における方法論をシュプレマティズムに置きつつ、同時に記号論的なアプローチも利用することによって作品のわかりやすさを保証したのである。 さらにリシツキーはヴィテプスクにおいて彼自身の造形言語ともいうべき「プロウン」を考案する。プロウンとはある決まった芸術的表現について述べたものではなくて、鑑賞者と作品の関係性を規定するものである。プロウンの作品は鑑賞者に、「その周りを巡り、あらゆる角度から見つめる。上から凝視し、下から調査する」5ことを要求する。それによって鑑賞者は作品と共に一つの環境へと統合され、空間全体が作品の対象と化し、よって作品の形態は鑑賞者と作品の関係性やその空間における動きを基に決定されることになる。そしてこの概念は平面的な絵画作品に囚われたものではなく、のちに彼が多く手がけることになる展示空間や立体作品にも適用できる概念である。例えば『二つの正方形について』においては宇宙的な空間の中に3次元の立体である直方体が浮遊しているイメージが多く登場する。 以下ではこのようなシュプレマティズムとプロウンの考え方に基づき、『二つの正方形について』の内容を1頁ずつ簡単に分析していくこととする。3. 『二つの正方形について』- 全体を通した簡単な分析 どのページについての議論であるかを明確にするために、書かれた文章の日本語訳と共に頁番号を次のように定義する。「- 二つの正方形について
- すべての、すべての子どもたちへ
- エル・リシツキー。六つの構成による二つの正方形についてのシュプレマティズムのお話。1922年 スキフィ ベルリン
- 読まないで、紙を、小さな柱を、木切れを、手に取って、折って、色をぬり、積み上げなさい
- 二つの正方形があります。
- 地球にむかって遠くからとんできました。そして
- そして、そこで見たのは、黒くて不安に満ちています。
- ガチャン! すべて、ちりぢりばらばらになりました。
- そして、こんどは、黒の上に赤々としっかりと建っています。
- ここでおしまい。つづく。
- ウノヴィス。構成、1920年、ヴィテプスク
」6この頁番号は白紙のページや奥付、さして重要ではないと私が判断したページを含まないものであり、実際のページ数とは異なったものである。またここでの訳文は国際子ども図書館のウェブサイト(https://www.kodomo.go.jp/gallery/modernism/09_for2/index.html)より引用したものであり、図版もこちらに掲載されているものを参考にしてある。- まず、表紙には”про”というロシア語で「~について」を意味する文字列、大きな”2”、そして赤い正方形の3つの要素がさらに大きな正方形の黒い枠の中に配置され、「二つの正方形について」6というタイトルを表現している。”2”と赤い正方形は、若干の視覚調整はなされているもののほとんど黒枠の対角線上に配置され、”про”と共に”2”を頂点とする安定感のある構図を生み出している。この対角線を用いた構図はのちの頁にも多数登場する。
- 表紙をめくると黒地に大きな白い”P”が配置された献辞がある。”P”の左側と文字上にそれぞれ単語が配置されているが、これを左から順に読めば「すべての、すべての子どもたちへ」6という意味となる。また、この大きな”P”は彼のプロジェクトであるプロウンの頭文字であると推察される。実際に、プロウンを表す類似の図象は彼の他の著作(https://www.nationalgalleries.org/art-and-artists/102925(出典は参考文献に示す))においても発見することができる。
- さらにページをめくると扉が現れる。このページの文章を、罫線に沿って読むならば「エル・リシツキー / 6つの構成による二つの正方形についてのシュプレマティズムのお話」6という意味となる。ここで罫線は、形態として配置された単語群を文法規則の下に整頓する役割を担っている。また、中央下部の赤文字で書かれた部分では、単語に含まれる二つの”Ba”という文字列が縦方向に連続して並ぶように元の単語が配置され、さらにその二つの”Ba”は太字にされて強調されている。この赤字部分の意味するところは「二つの正方形についての」6であり、連続する二つの”Ba”は二つの正方形を示唆していると考えられる。また罫線によって形作られる画面中央の平行四辺形はのちのページに多く登場する直方体の面を想起させる形状である。
- 扉の裏にはこの絵本の読み方を指示するような文章が扉同様の構成によって配置されている。単語の意味は図4に示す通りである。まず「読んではならない」6という文言は、この絵本では文字よりも図形の構成が大きな意味を持っており、枠外に付された文字列は補助的な役割を担うにすぎないことを意味していると考えられる。そこからZ状に伸びる罫線を辿れば「手にせよ、紙を、棒を、木片を」6という単語群にたどり着き、そしてその右側には線で結ばれない形で「積み重ねよ」「彩色せよ」「組み立てよ」6という命令が書かれている。この最後の部分に罫線が描かれていないのは「紙を」「棒を」「木片を」6という目的語と「積み重ねよ」「彩色せよ」「組み立てよ」6という動詞の結びつきを任意のものとし、3x3=9通りの意味を持たせるためであろう。つまり、一例を示すならば「紙を組み立てよ」6というふうな読み方も可能なように設計されているのである。さて、このページ全体の意図はプロウンに基づいた絵の見方を簡単に示すものであろう。リシツキーはプロウンについて、「プロウンの表面は絵画であることを停止し、構築体となる。我々は、その周りを巡り、あらゆる角度から見つめる。上から凝視し、下から調査する。その結果、水平線に対し垂直をなす絵画の唯一の線というものが消失する。その周りをめぐることで我々は、我々自身を空間へと導くのである。」5と語り、鑑賞者に主体的・能動的な知覚的動作を要求するのであるが、このページでは、以降現れるさまざまなシュプレマティズム的絵画に対して読者が能動的に解釈を行い、イメージを内的に再構築することを求めているのである。以下では6つの構成をそれぞれ見ていくことになるが、個々の構成に対するそのような主体的な解釈については(頁数が膨大になってしまうことを考慮して)簡略に述べるにとどめ、「第4の構成」に関してのみ第4章でそのような議論を展開することとしたい。
- 続く第一の構成は赤と黒の二つの正方形のみのシンプルなものである。付された文章が「二つの正方形があります」6であることからも分かるとおり、これはこの物語が赤と黒の正方形を中心として展開することを示唆するものである。またこれはマレーヴィチの1915年の作品「Painterly Realism of a Boy with a Knapsack - Color Masses in the Fourth Dimension」7からの明らかな引用であり、この絵本がシュプレマティズムの文脈に沿ったものであることを示している。ただしこの二つの正方形が何を表しているのかはこの時点ではまだ定かではない。
- 第二の構成は、その対角線状の構図によって二つの正方形が地球(左下の赤い丸。章冒頭に示した訳文を参照)に飛来する動的なイメージを効果的に表現している。このページは赤い丸を地球の象徴、あるいは記号として用いている点でマレーヴィチのシュプレマティズム(=無対象絵画)との相違がみられる。さて、このような記号的な読み方をここで採用するならば、そのほかの幾何学図形も完全な無対象として扱うことはできず、何らかの具体的な事物を象徴する記号としても捉えられると考えるのが妥当であろう。そしてその記号が象徴するものが何であるかを考えるためには、この絵本の描かれた1920年におけるロシアという時代背景を考慮せずに済ますことはできない。教科書『現代アート入門』の言葉を借りるならば1920年周辺の構成主義者たちは「キュビズムの美的革命と未来派の聖像破壊主義にかきたてられ、保守的な独裁政権への憎悪に駆られていた。彼らは、ただちにボルシェヴィキの政治革命と一体になり、みずからの芸術におけるユートピア的な大望を表現しようとすると同時に、その芸術実践を新しい社会の構築という任務に相応しいものにしようと努めた」8。リシツキーもこの構成主義者たちの例に漏れず、革命を賛美する形でこの『二つの正方形について』を描いたように私には思えてならない。美術評論家の多木浩二は2002年の武蔵野美術大学における講演において、「正方形はシュプレマティズムによって世界を計画する上での基盤であり、複雑極まりない世界を単純な形で表現した象徴である」9と述べているが、ここで赤と黒の正方形はそれぞれ社会主義とツァーリズムという社会体制を、黒い辺と白黒の面で構成される直方体は社会を構成する諸要素(人や建築物)を表していると仮定することができるだろう。例えばこの仮定を第二の構成において前提として用いるならば、「文明化以前の人間社会にさまざまな体制が生じる(=地球に飛来する)様子」を表現していると解釈することができる。以下で展開する物語の独自の解釈は同様の仮定を前提としたものである。
- 第3の構成は10月革命以前のロシアの状況を表している。革命派のリシツキーから見ればその状況は「黒くて不安に満ちて」6おり、その情景を散らばった多数の直方体のカオスな配置によって表現している。また画面を中央で上下に分断する黒と白の背景は、ブルジョワジーとプロレタリアートの階層性や2月革命以降の二重体制を表しているとみることができる。この構成は唯一赤い正方形(=社会主義)が登場せず、またモノクロであることが特徴的で、鮮やかさに欠く色彩が否定的な印象を生んでいる。
- 第4の構成では再び赤い正方形が登場する。そしてこれまで登場してこなかった灰色の正方形が画面下部に配置されている。これまでの文脈に沿うならばこの灰色の正方形は第3の構成の色彩を平均したもの、つまり10月革命以前の社会を象徴する記号であると推論できる。そこに赤い正方形=社会主義が衝突することによって革命が成し遂げられ、旧来の権力構造が崩壊する様子が描かれているのである。この「第4の構成」については4章でその視覚的効果を詳しく分析することにする。
- 第5の構成では赤色に変わった直方体群が「黒の上に赤々としっかりと建って」6いる。これは革命後の社会主義体制による秩序を表している。直方体群は直行するグリッドに沿う形で空間的に配置され、第3の構成におけるカオスな状況との対比になっている。また全体は第二の構成と同様の対角線状の構図になっており、加えて赤い直方体の右上にいくにつれて小さくなっていく描き方の効果によって左下から右上への上昇的(≒肯定的?)な流れが生まれている。またここでも黒はブルジョワジーや既存権力の象徴として描かれていると解釈でき、社会主義を表す赤によって制圧されている。
- 第6の構成は明らかに第2の構成と対になっている。左下に正円(=地球)がある構図は第2の構成から変わらないものの、二つの正方形のうち赤い正方形は地球の上に、黒い正方形は地球から離れて存在している。これは第二の構成において共に飛来した二つの社会体制のうち、最終的には社会主義が地球(ロシア)を支配するに至ったことを示している。また背景には、黒い正方形から放たれる波のように見えるグレーの円弧が描かれている。これは黒い正方形が地球から離れていく運動を表現しているようにも見える。
- ここにはヴィテプスクの美術学校においてリシツキーやマレーヴィチを中心として結成されたグループ「ウノヴィス」のシンボルである赤い正方形が記されている。ここで思い浮かぶのは、第一~六の構成において登場した赤い正方形はウノヴィス、すなわち前衛的な芸術活動を行なっている自分達自身を象徴するものであったという可能性である。そのような解釈に基づいてしてもう一度物語全体を見てみると、ロシアにおける政治的革命というよりむしろ芸術におけるアヴァンギャルドの革命を表しているようにも思えてくる。しかし二つの革命は密接に関連して起こったものであるから、ここではその両方を同時に表現しているとみるのが自然かもしれない。
4. 第4の構成についての分析と、そのアニメーションによる表現 ここでは『二つの正方形について』における「第4の構成」が鑑賞者に与える心理的効果について考察したい。まず、これはシュプレマティズムの作品であり、古典的な自然主義の作品とは鑑賞の仕方が全く異なるということに留意しなければならない。すなわち、図象は何かある対象を表現している訳ではなく、あくまで絵画それ自体が目的であり、解釈においては画面を構成する諸要素の意味ではなくて、それらが鑑賞者に想起させる心理状態やイメージを分析の対象とすべきだということである(ただし同時にこの絵本は社会や芸術における革命の物語として読むこともでき、その際には各種の幾何学図形が象徴的・記号的な意味を帯びうることは先に述べた通りである。この二重性は鑑賞者自身の視座までをも作品の対象に含め、解釈の多様性を許容するプロウンの特徴であろう)。またシュプレマティズムやプロウンの絵画においては「色やテクスチュア、あるいはそれらが独自に持つ運動性」10、またそれらの関係性11が重要な要素として扱われること、さらにリシツキーの抽象絵画をマレーヴィチのそれと決定的に区別する要素として彼の絵画が非平面的(=三次元的)であること、などを留意するならばその分析においては三次元的・動的な内的イメージを表現する手段を用いなければならないだろう。そのような時空間的映像を作成する手段としてここではProcessingというプログラミングソフトウェアを用い、「第4の構成」が想起させる動画的イメージを可視化することを試みた。その結果として作成したアニメーションの一部を切り抜き、パラパラ漫画のように図示したものを図1-1, 1-2として示す(元のアニメーションは以下にInstagramの投稿を埋め込んでおいたのでご覧いただければ幸いである)。このアニメーションを制作するにあたって、私はまず添えられたロシア語の単語群の意味を知らない状態で[1-1]を作成した。すなわち[1-1]には「第4の構成」における文字以外の要素、つまり枠内の図形だけから得られたイメージを再現してある。対して[1-2]は、「第4の構成に添えられた単語群が「ガチャン! すべて、ちりじりばらばらになりました」6という意味に解釈できることを知った上で「第4の構成」を見たときに想起されるイメージを表現したものである。まずは図形の配置のみから得られるイメージ[1-1]に至る過程について詳しく見ていく。 ゲシュタルト心理学によれば人間は視覚的情報に対して、そこに含まれる複数の要素をある一つの群としてまとめてしまう性質を持っている。これは知覚的群化と呼ばれる現象であり、それを引き起こす要因としては、近接性・類似性・連続性・閉合性・対称性・共通運動が挙げられる。さて、ここで「第4の構成」における図形の集合を見たとき、そのような知覚的群化は図3に示すような形で引き起こされるように私には思われる(ここでの議論は私の主観的な知覚によるものであることは断っておかなければならない)。すなわち、二つの平面的な正方形a,d、円錐(あるいはその一部)b,c,f、4つの水平な直方体eの6つの群にカテゴライズすることができる。 次にこれらの群の形状から想起される運動を考える。絵画という静止した像から運動を読み解くのは不良設定問題であると言わざるを得ないが、一方では人間が特定の図形に固有の運動を見出してしまうこともまた事実だろうと思われる。それを最もよく表していると思われるのが図7に示したリシツキーの作品「赤い楔で白を撃て」(https://collections.mfa.org/download/314484(出典は参考文献に示す))である。タイトルにもあるような、赤い楔型の三角形が左上から右下に向かって動き、跳ね返るような運動を容易に想起することができる。そしてこの心理的効果をもたらすのは赤い三角形やその他の諸要素の形状とテクスチャ、そして配置であり、例えば赤い三角形の反転対称軸(右下の頂点とそれに向かい合う辺の中点を結ぶ直線)は三角形のそれに沿って運動する直線(以下ではこのような直線を運動線と呼ぶこととする)を、尖った頂点の向きはその運動の方向を、それぞれ表すことができるのである。よってここでは「ある一つの」幾何学的形態の持つ固有の運動方向を決定するために次のような仮定を導入したい(その根拠は5章に示すこととする)。- 幾何学的形態の持つ対称要素(回転対称軸、鏡映面、あるいは回映軸)と最も多くの平行関係にある直線を運動の軌跡(=運動線)とする。
- 1によって運動線とその方向が一意に定まらない場合には、理想気体による空気抵抗の最も小さな方向を運動方向とする。
- 形態の持つ内的な運動、すなわち自転軸は、運動線に一致する。
ただし、この仮定は私自身の個人的・主観的なイメージを分析し、少数の原理として明文化することによって、図形から想起される運動の一般的な原理を得ようとした結果であるから、必ずしも客観的な議論によるものではないことを明記しておかねばならない。リシツキーの造形言語であるプロウンも、「素材と空間とそこにいる人間との動的な関係によって形態が形成していく」5と語っており、主観的な知覚に基づいて議論を行うことはこの作品に対する鑑賞態度として決して間違ったものではないだろうと思われる。さて、このような仮定を基に「第4の構成」の3種類の群を考えると図2のようになり、図2における議論をまとめると図4に示すような、運動を特徴づける基本的な幾学的要素を得ることができる。まず、赤とグレーの二つの正方形においてはそれぞれの二本の対角線が運動線として考えられる。しかしながらこれらの対角線は互いに直行しており、さらに同じ長さを持っている。これにより対角線に沿った運動は打ち消され、静止したイメージを生み出すことになる。また自転軸は画面と直行するa3(=図2におけるC4軸)である。次にb,c,fのような円錐形はその回転対称軸b1,c1,f1を運動線としそれを中心とするb2,c2,f2のような無数の正円が自転の方向となる。しかしながらb,c,fといった群を構成するのは実際には複数の直方体であるから、b1,c1,f1によって特徴づけられる郡全体の運動(重心の運動)は分散してしまって知覚されない(5章参照)。そしてeに含まれる水平な直方体はそのC4回転対称軸を運動線として水平に運動し、またその対称軸を軸として自転する。 以上の分析より作成したのが1-1として示したアニメーションである。白い空間の中に6つの群が静止しており、それに含まれる直方体はそれぞれの群の形態に固有の運動を続けている。このような動的なイメージは私が感じ取った運動のイメージと合致しており、上で導入した3つの仮定が「第4の構成」に対して妥当なものであることを示している。しかしながら以上の分析においては「各群の関係性が生み出す運動」に関する議論が欠落している。すなわち一つの形態の持つ固有の運動のみに着目し、それらが集合した時に生まれる相互作用を無視してしまっている。この章の冒頭で述べたとおり、要素どうしの関係性というものは抽象絵画において重要な概念であり、やはりそれは要素間の引力や斥力、そしてそれに伴う運動を引き起こすに違いないのである。そこでリシツキーが読者にヒントとして与えてくれるのが、枠の外に書かれた「ガチャン! すべて、ちりじりばらばらになりました」6という文字列である。リシツキーは自身の著作『タイポグラフィックな事実』において、この絵本の「物語は一本のフィルムのように展開していく。言葉はそれぞれ画像、すなわち正方形の動きに合わせて、その力の場の内部で運動を生じさせる。宇宙的な力、とりわけ造形的な力がタイポグラフィを通して具現されるのである」12と述べている。つまりこの「物体同士が衝突して『ガチャン』6という音をたて、そして『すべて』6が砕け散って『ちりじりばらばら』6になる」という言語的なイメージもやはり、画面に配置された諸要素に関係性と文脈を与え、運動を生じさせるのである。さて、ここで衝突する物体は明らかに赤とグレーの二つの正方形だろう。これは画面を占める面積や、この本のタイトルが『二つの正方形について』であることを考えても明らかである。そして「ちりじりばらばらに」6砕け散ったのはその他の白黒の直方体に違いない。元々まとまって存在していた直方体群が、正方形同士の衝突によって砕け散るのである。さて、二つの正方形が衝突するためには正方形が移動する必要がある。つまり、先ほどこの正方形は二つの軸が打ち消しあって静止してしまうと述べたが、実際にはより衝突を引き起こしやすい運動方向(引力の方向)、すなわちa1とd1の軸がa2やd2に比べて優位となり、それらの軸に沿った運動を読者に想起させるのである。よってここでは赤い正方形の一番下の頂点とグレーの正方形の一番上の頂点を結ぶ直線の中点を衝突点とした。さて、枠外の文字列は「ちりじりばらばらになりました」6と過去形で語っているから、この絵は衝突が起こって直方体が分散した後の状況を表していると考えるのが自然だろう。つまり直方体群は最初まとまった状態で存在し、それが二つの正方形の衝突によって破壊され、分散するのである。以上の議論を可視化したのが1-2のアニメーションである。直方体の分散の様子を表現する際には、それらが構成する群の形状、すなわち円錐形から想起される軸から円周方向への分散的なイメージを可視化することを試みた。 このようにして1-1, 1-2の二つのアニメーションを作成したわけだが、この二つの差異はシュプレマティズムとプロウンの違いと対応しているのではないかと思われる。すなわち、描かれた無対象の幾何学的形態とその配置によって想起される(シュプレマティズム的)運動を表現したのが1-1であり、それに加えて枠外に書かれた文章の解釈や(描かれた空間における)さまざまな方向からの視線(≒心的回転)といった鑑賞者の立場を含めた解釈を表現したのが1-2であるといえる。5. 静止した形態からいかにしてその運動を導くか・結論4章において、静止した単一の幾何学的形態が表す運動について次のような仮定を導入した。- 幾何学的形態の持つ対称要素(回転対称軸、鏡映面、あるいは回映軸)と最も多くの平行関係にある直線を運動の軌跡(=運動線)とする。
- 1によって運動線とその方向が一意に定まらない場合には、理想気体による空気抵抗の最も小さな方向を運動方向とする。
- 形態の持つ内的な運動、すなわち自転軸は、運動線に一致する。
以上の仮定は幾何学的形態が能動的に運動を行うと仮定したときどのような方向に動くことが望ましく、自然であるかということを決定するためのものであり、受動的な運動の方向を定めるものではない。つまり、何らかの外力(例えば人の手が立方体を投げるときに立方体に手が伝える力)が加わったことによる運動ではなく、形態がその内部に有するエネルギーによって行う運動を説明するための仮定である。例えば電池とモーター、車輪を組み込んだ円錐形状のラジコンがどの方向に動くのが視覚的に妥当であるかという問いはこの仮定の扱う問題の一つであろう。なぜなら、もし動きにくそうに見える形状と動きやすそうに見える形状が存在するならば、後者と前者の違いは形態の持つ固有の「動きやすい」方向の存在を示しており、静止したラジコンの形態から受ける運動のイメージはその差異を反映していると考えられるからである。ここでは、例えば図5にa~dとして示した4つのラジコンがあるとしてどれが最も視覚的に「動きやすそう」だろうかという問いを検証するために、図5を用いた簡易的なアンケートを私の知人を対象として行った。このアンケートは図の正確さや回答環境の違いなどにおいて論理的厳密さを欠く可能性を否定できないものであり、あくまでここでの私の主観的な議論がある程度の客観性を持ちうるということを示すためのものに過ぎないことはここで述べておかねばならない。さて、アンケートの結果は図6に示すようなものになった。すなわちa<b<c<dの順に「動きやすそうだ」と考えた人数は多くなっている。この順序を説明する要因として、ここでは「進行方向と並行な対称要素の数」と「理想気体中で運動する場合の抵抗の小ささ」を提案したい。まず前者は、a,b,c及びa,b,dの順番を説明することができる。すなわち、aの矢印と並行な対称要素(図2における円錐を参照)の個数は0、bでは1(σv)、cとdでは2(σv, C∞ )であるから、この個数の昇順と「動きやすさ」の順序は一致している。これは確かに直感と矛盾しない。例えばaのラジコンは(画面に向かって)左右非対称であるのに進行方向は左右対称(直進)であり、形状の記号的イメージと運動の対称性が一致していない。bにおいてはそれが上下方向について言えるものの、そもそもラジコンの動く環境には重力という上下方向に非対称な要素が存在するため、aよりも違和感が軽減されていると考えることができる。しかし、これではcとdの間の2倍近い票数の違いを説明することができない。そこで導入されるのが後者の(理想的な)空気抵抗に関する仮定である。cが矢印の方向に動く場合、気体分子はc正面の垂直な平面にぶつかり、進行方向に跳ね返されることになるのに対し、dでは斜めの曲面にぶつかった気体分子は円錐の稜線と直行する方向を対称に跳ね返される。このとき気体分子が円錐に与える力積(∝抵抗)はdの方が少なくなることは明らかである。空気抵抗の小ささは「動きやすさ」と直接結びついているから、アンケートの結果を判断する材料としては十分機能するものだろうと考えられる。また、このことは合理的にデザインされた機械、例えばロケットや新幹線、飛行機といった乗り物の形状が一般に先端の尖ったものであるということとの類似によっても説明されうるだろう。この場合、その物理的な整合性はともかくとして、「空気抵抗の少ない運動方向」と「尖った頂点が指し示す方向」を同一視してしまって、単に「尖った方向に動きやすい」としてしまうこともできるかもしれない。この考えに基づいた仮定は図2において正方形の運動方向を決定するのに用いてある。 以上の議論をまとめたのが、この章の冒頭で示した3つの仮定である。繰り返すが、これは私が幾何学的形態を観察し、そこから固有の運動を想起する際の思考を分析し、私個人において一般的に用いられるような原則を取り出したもの13であって、必ずしも人類普遍の法則たり得ないものである。しかしながら、この絵本がプロウンに基づいた絵本であり、鑑賞者(=私)の個人的な視点あるいは解釈が許されるものであると考えるならば、ここでは十分事足りるような原則と言えるだろうと思われる。つまり、最後に結論として私の『二つの正方形について』における鑑賞態度をまとめるならば、- まず図形とその配置・色彩のみを見た上で、その運動のイメージを想起する。(シュプレマティズム的解釈)
- 次に添えられた文章の意味を知る。そしてそれに基づいて図形どうしの関係性を決定する。
- 2で得られた関係性から導き出される運動を1で想起した内的なイメージに統合する。これによって絵画は私にとって確かな意味を帯びる。
となる。今後もし機会があれば、運動の知覚についてより厳密な心理学的調査・実験を行い、より一般的で客観的な鑑賞態度を考えてみたい。 1 水野忠雄, 『ロシア・アヴァンギャルド』, (ちくま学芸文庫, 2023), 702 水野, 『ロシア・アヴァンギャルド』, 843 寺山編 ; 新島, 本庄, 多木 [ほか著], 『エル・リシツキー : 構成者のヴィジョン』, 164 寺山祐策編 ; 新島実, 本庄美千代, 多木浩二 [ほか著], 『エル・リシツキー : 構成者のヴィジョン』, (武蔵野美術大学出版局, 2005), 168-1705 寺山編 ; 新島, 本庄, 多木 [ほか著], 『エル・リシツキー : 構成者のヴィジョン』, 17原典の「プロウン:世界のヴィジョンではなく世界のリアリティとして」は『デ・スティル』誌5巻5号, 1922年6月に掲載。6 国立国会図書館(2019). 「モダニズムの絵本 日常の中の芸術 二つの正方形について」. 絵本ギャラリー. https://www.kodomo.go.jp/gallery/modernism/09_for2/index.html , (最終閲覧日 2023-08-02).7 MoMA(2023). 「Kazimir MalevichPainterly Realism of a Boy with a Knapsack - Color Masses in the Fourth Dimension1915」. MoMA. https://www.moma.org/collection/works/80383 , (最終閲覧日 2023-08-02).8 デイヴィッド・コッティントン, 『現代アート入門』, (名古屋大学出版会, 2020), 299 寺山編 ; 新島, 本庄, 多木 [ほか著], 『エル・リシツキー : 構成者のヴィジョン』, 169-17010 寺山編 ; 新島, 本庄, 多木 [ほか著], 『エル・リシツキー : 構成者のヴィジョン』, 1711 寺山編 ; 新島, 本庄, 多木 [ほか著], 『エル・リシツキー : 構成者のヴィジョン』, 204 (原典はモンドリアンの「Natural Reality and Abstract Reality」(『Piet Mondrian Life and Work』所収))12 寺山編 ; 新島, 本庄, 多木 [ほか著], 『エル・リシツキー : 構成者のヴィジョン』, 22「タイポグラフィックな事実」はグーテンベルグ年鑑, 1925, マインツに掲載。13 このような概念は、心理学における「アフォーダンス」の概念と似ているかもしれない。アフォーダンスとはギブソン(Gibson, J.J., 1904~79)が環境と知覚の相互依存的な関係を説明する手段として作った言葉であり、彼の著書の中では「環境が動物に提供するもの、良いものであれ悪いものであれ、用意したり備えたりするもの」(シリーズ<人間と建築>1環境と空間 (朝倉書店), 26)と定義される。また、アフォーダンスは文化や個人的経験によって差異の生じうる概念である。ここで私が仮定した、形態とその運動に関する3つの原則は、「私が幾何学的形態に対して知覚するアフォーダンスの理論」とでもいうべきものである。参考文献 東京外国語大学(2005). 「ロシア語辞書 語彙詳細」. ロシア語辞書. http://cblle.tufs.ac.jp/dic/ru/v_search_detail.php?id=7143&where=4&where_word=%D0%9F%D1%80%D0%BE&goi_word=%D0%BF%D1%80%D0%BE , (最終閲覧日 2023-08-02). 国立国会図書館(2019). 「モダニズムの絵本 日常の中の芸術 二つの正方形について」. 絵本ギャラリー. https://www.kodomo.go.jp/gallery/modernism/09_for2/index.html , (最終閲覧日 2023-08-02). 国立国会図書館(2018). 「Pro dva kvadrata : v 6ti postroĭkakh : suprematicheskiĭ skaz / Ėl Lisit͡skiĭ」. NDL ONLINE. https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000007551633-00 , (最終閲覧日 2023-08-02). National Galleries of Scotland. 「Cover from '1o Kestnermappe Proun’」. National Galleries of Scotland. https://www.nationalgalleries.org/art-and-artists/102925 , (最終閲覧日 2023-08-02). Museum of Fine Arts Boston(2023). 「Klinom krasnym bei belykh (Beat the Whites with the Red Wedge)」. Collection Home. https://collections.mfa.org/download/314484 , (最終閲覧日 2023-08-02). MoMA(2023). 「Kazimir MalevichPainterly Realism of a Boy with a Knapsack - Color Masses in the Fourth Dimension1915」. MoMA. https://www.moma.org/collection/works/80383 , (最終閲覧日 2023-08-02). 高橋 鷹志・長澤 泰・西出 和彦編 (1997). 『1環境と空間』 (朝倉書店), [シリーズ<人間と建築>]. 水野忠雄 (2023). 『ロシア・アヴァンギャルド 未完の芸術革命』. (ちくま学芸文庫). デイヴィッド・コッティントン (2020). 『現代アート入門』, (名古屋大学出版会). 寺山祐策編, 新島実, 本庄美千代, 多木浩二 [ほか著] (2005). 『エル・リシツキー : 構成者のヴィジョン』, (武蔵野美術大学出版局).