PCR検査はどうあるべき?

最近、PCR検査の件数を拡充すべきとの報道が多くあります。検査を必要とする方が迅速に検査を受けることができない現状は、改善すべきであり、検査数を増やすことを否定される方は少ないと思います。

一方、ニューヨーク市では、4月には一日あたり6,000人を超える感染者がでていましたが、「誰でも、何度でも、無料でPCR検査」等の対策の結果、現在(7月末)では百人程度に減少したこともあり、同様な検査の普及を求める声がマスコミではよく聞かれます。

しかし、限られた資源の中で、誰を対象に検査を実施するかについては、感染症の拡大防止への効果、経済対策、費用(予算)、現状の感染症の発生状況や調査・検査体制、並びに医療体制等を考慮し、優先順位を考えることが大切です。

今回は、このPCR検査はどうあるべきか?について考えてみたいと思います。

PCR検査の目的

新型コロナウイルスのPCR検査には表1に示すように、いくつかの目的があります。

最も重要な検査は、発症者に対する検査(区分A) や濃厚接触者(B) に対する検査です。現在それらの検査を主体に実施されていますが、さらに(法的な)濃厚接触者ではないが、感染リスクがある場所・場面にいた人の検査を実施するなど、検査対象を拡大する自治体が増加しています(C)。

一方、出入国時の検査は、感染者を発見し、感染者の入国リスクを下げるもので、安全を確保するための検査です。高齢者施設での定期検査及びGoToトラベルキャンペーン参加者や被災地へのボランティアの検査を導入すべきとの考えも同じ目的です。

さらに、ニューヨーク市での検査のように、希望者全員に検査をする検査(E)もあります。

いずれの検査も感染者を発見し、隔離することが目的の一つになりますが、その目的はそれぞれ異なる部分があります。当然ですが、検査して陽性となる割合(陽性率)は、AやBが高く、DやEは低くなり、検査対象人数はDやEが多くなります。

ニューヨークでの新型コロナウイルス対策

米国では感染者数が依然増加している中、ニューヨーク市では、表2に示す対策を講じた結果、4月に1日当たり6,000人を超えていた感染者数は7月末では百人程度となり、大幅に減少しました。これを引き合いに我が国でも、「誰でも、いつでも、何度でもPCR検査をする体制を構築すべき」、「感染症対策と経済活動の両立にはPCR検査しかない」などの意見が飛び交っています。もちろん、十分な資源等があれば、それを行うことも方法のひとつですが、その有効性はどうでしょうか?

まず、ニューヨーク市では、PCR検査に加えて、表2に示したように、トレーサーによる感染者の行動監視や濃厚接触者の特定、またスリーストライク制による飲食店への指導等の対策もあります。また、マスクの無料配布(750万枚)も5月に行われています。これらの対策のうち、どの対策が効果的であったかについては報道されていません。

これに加えて、ニューヨーク市と東京都では表3に示したような違いがあります。

1点目です。ニューヨーク市での感染者がピークであった4月の感染者数は1日当たり6,000人以上でした。東京都の7月後半の感染者数を約300人として、10万人あたりの感染者数はニューヨーク市67人、東京都2.3人で、約30倍の違いです。つまり、ニューヨーク市はPCR検査で感染者を発見できる確率は東京都より、約30倍高く、PCR検査で感染者を発見しやすい環境にありました。感染者1人を発見するためのコストは東京都はニューヨーク市の約30倍高くかかります。

2点目です。新型コロウイルスの感染者数の実数は不明ですが、抗体保有率をみると、ニューヨーク市では23.2%(4月25日~5月6日の調査)、東京都は0.1%(6月1日~7日の調査)で、ニューヨークは東京都の約200倍以上です。その後の感染者の増加により抗体保有率はさらに高くなっていると考えられます。このデータに基づくと、PCR検査による感染者の検出率はさらに高くなる可能性もあります。一方流行収束に関しては、ニューヨーク市では抗体保有者が多く、集団免疫による流行抑制効果の可能性もあります。東京もその後感染例が増加し、抗体保有率は増加していると思いますが、現時点ではそこまでは高くないと思われます。

以上のような点から、ニューヨーク市で感染者数が大幅に減少した要因は、これらの総合的な効果によるものと考えられ、必ずしも、PCR検査だけが要因とは言い切れませんし、これらの対策の中で、PCR検査の重要性がどの程度であるかも分かりません(対策効果の1要因ではあります)

安心のための検査のどこが問題なのか?

発症者や濃厚接触者や法的な定義外の感染者との接触歴がある方(表1のA~C) と、陰性の保障や安心を得るための検査(DやE) の大きな違いは、A~Cでは感染リスクがあった日時が概ね想定され、PCR検査で陽性となる可能性がある時期に検体が採取されるのに対して、DやEでは感染推定時期は不明であり、そもそも感染していな場合がほとんどです。その結果、安心のための検査では、

1 感染者の検体採取が適切な時期に行われる確率が低くなります(感染者が陽性と判定されにくい:感度の低下)。

2 検査対象者は非感染者が多いため、偽陽性の危険性が高くなります(特異性の低下)。

上記のように検査法の基本性能である感度、特異とも低下してしまいます。

そのような検査法上の問題(次図参照)に加えて、

3 陰性結果は検体を採取した時点の結果であり、それ以降(現在)感染していない証明にはなりません。

4 また、陰性の検査結果を受けると、自分はもちろん会話等の相手も感染していないと思い、感染予防対策がおろそかになってしまう危険性もあります。

5 さらに、PCR検査を受けようとする人は、感染を不安に思う人が多く、そのような人は基本的に感染予防に気を配っています。一方、感染に無頓着な人は、感染しやすく、そのような人はPCR検査を受けようとしません。そのため、感染していない確率の高い方ばかりが検査を受け、感染リスクの高い方検査を受けようとしない状況になりかねません。

以上のように、検査を受けたい人が検査を受けるという考え方は、検査の信頼性が低下し、検査の費用対効果も低くなり、かつ、感染予防にも不利な面もあります。これらの課題と検査による感染者の発見・隔離のもたらすメリットう考えるか?ということになります。

みなさんはどう考えられますか?

どのような体制が日本に必要か?

我が国の現在の感染状況(諸外国と比較して少ない)や調査検査体制の現状を踏まえ、PCR検査はどのような形で充実させるべきでしょうか?

個人的には、感染の可能性の高い方を中心に検査数を拡大させることが基本だと思います。それは現状の枠内、すなわち、クラスターが発生した場合の検査対象者を拡大するということだけでなく、国民が、自分が感染した可能性を今以上に把握することができる仕組みを構築することが重要です。筆者が現時点で特に不足していると思われる点は、以下の点です。

1 クラスターの発生場所の公表

2 感染者との接触確認アプリの充実と導入の普及(少なくても感染者は基本的に全員登録する)

これらにより感染者と接触した可能性のある方の特定率を上げ、その方を中心にPCR検査を行い、感染者を発見するという体制の強化が必要と思います。そのためには、PCR検査体制の強化とともに保健所が実施している接触者調査(すなわちニューヨーク市でのトレーサーにあたる人)の業務を担う職員の増員が必要になります。

一方、クラスターの発生場所の公表を可能とし、接触者確認アプリの改良や普及を推進するためには、個人情報の保護の問題があります。我が国では、感染症法16条に図に示す条文があり、個人情報の保護については、過剰と思われるほど、慎重に取り扱われています。公表した際のSNS等での誹謗・中傷には公表者の無念さを思うと心が痛みますし、そのようなことを発信される方には怒りを覚えます。もちろん、個人情報は尊重されるべきですが、感染症対策、経済対策の両面から非常に大きな足かせになっていることは否めません。前述の接触者調査においても、AIやアプリ等の利用を含めその合理化、効率化には個人情報の保護の壁があります。この問題の解決が感染症対策を推進する上で極めて大切だと私は思います。

感染拡大防止と個人情報の保護。情報の取り扱いについて、現状のままでよいのか?法改正を含め、国民的な議論が広く行われることが望まれます。

以上、PCR検査はどうあるべきか?という点について私見を交え、解説させていただきました。

対策の基本は、科学的知見に基づき、感染症対策、経済対策、費用対効果、実現可能性等の面からベスト(ベター)な方法を選択することです。検査に関する理解を深め、多様な議論の参考となり、より効果的な感染予防の推進に多少なりとも寄与できれば幸いです。

文責  野田 衛

2020年8月2日