西欧建築のドーム
注:ここでの話題は鉄やガラスなどを多用する以前の18~19世紀までの建築を対象としています
注:ここでの話題は鉄やガラスなどを多用する以前の18~19世紀までの建築を対象としています
西欧建築にあって日本建築にないもの
西欧建築では一般的だが日本建築では珍しいものとして既に「アーチ」を取り上げたが「ドーム」もまた、日本建築にはほとんど見られないものだ。では、なぜアーチやドームが西欧建築にはあり、日本建築にはないのか?
ドームに対して議論はアーチよりも少々長く、複雑になるがまとめてみたい。
組積造建築の屋根
アーチがなぜ日本建築に見られないのかについては、建築方法の二つの考え「組積造建築」と「柱梁建築」の違いによると説明した。ドームについてもその要因はあるが、それとは違った要因もありそうだ。
木材が豊富ではない地中海沿岸での住居は「組積造建築」になると「西欧建築のアーチについて」の項では示したが、その屋根についても木材を用いず、石(レンガ)を積み重ねて屋根を拭く方法が珍しいものではなかった。その場合の屋根は当然、平屋根は無理であり、石を少しずつ迫り出して屋根を円形或いは円錐形に構成する。
現在は観光地として有名なイタリアのアルベロベットのトゥルッロTrulloは正にその構造を現在に残している
なお、ここで一つ注意しておきたいのは屋根が円形だけでなく、その土台、すなわち建物の壁も円形或いはそれに近い多角形になっていることである。矩形の土台に円形のドームをどう乗せるのかは、ドーム建築の重要な技術テーマになる(後述)。
円形の住居と矩形の住居
日本は石器時代から木材や植物が豊富であり、土器時代の住居は素朴な円形住居だったが、それ以降の建物は使いやすい矩形として発展して来た。
また日本の塔も概ね四角形だが、中国の塔は円形(例:天檀)であり、もしかするとインドとか西方の文化の影響が強く出て、日本にはそこまで影響が波及しなかったのかも知れないし、或いは円形という普遍性(全方向性)が中国の皇帝などの権威を示すのに適していたのかも知れない。(これはこれで面白い研究テーマだろう)
世田谷・豪徳寺と北京・天檀祈年殿
古代の円形神殿
地中海沿岸のメソポタミア文明、エジプト文明などの宗教的、王権的建築は矩形であったが、紀元前のギリシャではわずかではあるが円形神殿が構築された。しかし、これらの屋根は笠形屋根が多く、ドーム屋根はそんなには多くなかったようだ。
ヘラクレス・ウィクトール神殿(紀元前2世紀)と トロス神殿復元図 (紀元前380年頃)
ローマのパンテオン神殿のドーム
ローマ時代に移り、大型のドーム建築としてローマにパンテオン神殿が128年頃に完成した。内部空間はドームそのものだが、外観としては丸いドラム形の外観が目立ち、ドーム形屋根はあるものの、それを外観として目立たせるということはしていない。神殿全体は正面玄関を除き見せるべき外観としては残っていないが、建築当初は外壁は白代理石で覆われていたという。
この写真の角度からではドーム(皿)型の屋根はほとんど見えないが周囲が円形になっていることはよく見える。
下の写真の下半分は平面図。土台となる建物本体は円形であることがわかる。
ドームの持つイメージ
ところでドームといった場合、外観は普通の四角い建物でも内部にドーム形状を持つというのは多々ある(すなわち天井がドーム形)。外観も内観もドームというものもある(屋根と天井共にドーム形)。この考察では主に外観も内観も明らかに半球形ドームになっているものを対象としていく。
外観的見地
・自然にはない造形なので目を引き、畏怖を感じる
・中に何があるのか、想像をかきたてられる
内観的見地
・見上げた形が大空(宇宙)を想像させる
・音響の反響が非日常的な感情を呼び起こす
・無柱の大空間の劇場的、聖的効果
文化的見地
・ドーム建築は難しく、その達成感は大きい
・大勢が集合できる単一空間としてドームは最適
キリスト教とドーム
キリスト教の教会堂にはドームを持つものが多い。キリスト教がドームにこだわる理由として基本的には「神はどこに居るのか?」という考えで探れると思う。ここにも日本と西欧との宗教に対する考え方の違いが明確になる。
神道の神の居場所
神社には拝殿と本殿があり、神は本殿に居るということにはなっているが、本殿はなくて、その背後にある山や自然物が神だったり、また、「百万の神」という様に神は至るところに存在し、特定の場所にいるわけではないというのが日本の古来からの認識だろう。
仏教の「神」の居場所
寺院で手を合わせて祈ったりするが、もちろん仏教に「神」はいない。人生や宇宙を悟った如来、そしてその一歩手前の修行中の菩薩、あるいは異教から来た閻魔大王や毘沙門天などに我々は祈ったりしている。では彼らはどこにいるのか?それは寺院の仏像に象徴されたりはするが、これも「死者は皆、仏」という考えもあり、お墓に居ることもあるし、そもそも仏教の神髄は自分の心の中にあるもので、特定の場所にあるものではない。
キリスト教の神の居場所
これは明確だ。「天にまします我らの父よ」ということでキリスト教の神は天に居る。この概念はドームの持つイメージとかなりの部分で重ね合わせることが出来るだろう(前述のドームのイメージ参照)。313年のイタリアでのキリスト教公認以降、ローマの教会堂では積極的にドームが用いられるようになったと推定する。ドームには神の世界を描いた天井画や聖霊を象徴する鳩が描かれたり、天使がのぞいたりしている。ゴシック時代には天空世界にまで届くが如くの高い天井、神の妙なる光を彷彿させる広いステンドグラスの窓、天空からの音のように響きわたる聖堂の作り、そのような物と同様に神の世界をこの世に再現する為の舞台装置としてドームは最適だっだ。
ドーム懸架場所
集中形式教会堂
集中形教会堂とは円形、多角形、ギリシャ十字形(等長十字)の平面を持つ教会堂をいう。元は墳墓とか聖的な記念碑などに由来する形で、特にギリシャ十字形は東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の正教会の教会堂、円形は洗礼堂でよく採用される。これは外観も内観もその中央部に向けての視線や意識のベクトルが働く形で、その中心部にドームを設置するのは自然な流れだ。
ピサ洗礼堂 元々の土台(建物)が円形であるので半球形ドームは構築しやすいし、姿としても完結する。
東京復興大聖堂(東京お茶の水のニコライ堂) ギリシャ十字形の教会堂の中央に大ドームが乗る。ピサの洗礼堂は円形の建物の上にドームを構築しているが、こちらの場合は正方形の部屋の上に半球ドームを乗せていることで、これは難しい技術と工法になっている(後述)。
ヴェネチアのサンマルコ聖堂 ギリシャ十字形だが中央と各袖に計5ツのドームが正方形の部屋の上に乗る。教会堂の全体的な雰囲気はビザンツ風を強く醸しだしている。
ラテン十字形教会堂
ギリシャ十字の一片を長く伸ばした十字形をラテン十字といい、ゴシックやルネサンスの大型聖堂の平面として見られる。ゴシック期では建物の高さを高くする事に力をそそぎ、外観としてのドームの併用はそれほど一般的ではないが、身廊と袖廊が重なる交差廊の内部にはドーム形状も多く用いられた。
セントポール大聖堂(ロンドン) 正統なラテン十字形より少し変形しているが、中央の交差廊の上に大ドームがそびえている。ドームは建物の上にドラムという延長建築(外観では柱が並んでいる部分、後述)を置き、その上に掛けられているのでとても高く、目立つ。
ドームの土台工法
円形のドームを乗せる土台をどのように作っていくかについて技術的な歴史がある。
多角形、円形の建物での土台工法
一番簡単なのは建物(部屋)そのものが円形、あるいは8角形以上の多角形になってることで、その上にドームは構築しやすい。安価で確実な工法であり、時代を下ってもこの工法を取り入れたところは多い。パンテノン神殿やピサ洗礼堂もその例である。
下図上:ローマのミネルヴァ・メディカ聖堂は円形の建物、下図下のラヴェンナの聖ヴィッターラ聖堂は八角形の建物。
しかし、教会堂を初め、一般的には建物は矩形(正方形)であり、その上にそのままドームを作るとドームの加重を支える部分(下図の星印)が小さすぎて持ちこたえず作ることはできない。また、外接ドームの外観は土台(建物)から半球形がはみ出し(紫色部分)キノコ型になるのでカッコ悪く、一方内接ドームは仮にドームが乗ったとしても四隅に隙間(黄色部分)が出来てしまうという問題がある。
そこで考え出された方法が二つある。
スキンチ工法(スクィンチ工法)
これは正方形の建物(薄緑)の上に8角形の土台を構築する方法。
下 図の様に上下左右の4辺は建物の壁が使えるのでよいが、4隅をどうするかで二つ問題が出る。
問題1:四隅の長い梁をどうするか?「西欧建築のアーチについて」でも示したように、この4隅を斜めに横断する長い梁(黒色)は石材では無理。
問題2:四隅の隙間(青色)をどうするか?
スキンチ工法の場合、問題1はその梁の部分(上図の黒色)を角柱の梁ではなく、アーチ橋みたいな構造体を作り、そのアーチで斜めの土台(梁にあたる部分)を作るという解決法だ。
下図の赤色のアーチ橋みたいな構築物がそれであり、元々の建物の上端部よりは多少高い位置に新しい上端部(梁相当)を作る。このアーチ体は強固な構造を持つことが出来、これを四隅に作ると八角形のドームの土台となる。さらに、その隅々を梁を渡し16角形とすることもできる。
(注:下図は建物の隅を外部上方から眺め、手前に出っ張っていると見てください)
更に、そのアーチに少しずつ小型のアーチを連結し、全体としては半分に切った円錐形を作り、四隅の隙間に蓋をする形。これにより室内から見ると隅から(半)ラッパ状に広がった形となり、単に平板などで蓋をするよりは空間としてのつながりがよくなり問題2の解決となる。
ペンデンティブ工法
ペンデンティブ工法は正方形の建物の上に円形の土台を構築する方法。この工法は3次元曲面が出てくるので図を書いたとしてもなかなかイメージするのが難しい。実際の構築手法ではないが、その形の説明だけをすると
(1)正方形の建物(部屋)の四隅に外接する半球ドームを考える
(2)その半球ドームの建物の外壁からはみ出している部分を垂直に切り落とす
(3)切り口は半円形になっているが、それはアーチ構造として構築することでしっかり安定する。
(4)その四つアーチの頂上部分の高さで半球ドームの屋根部分を水平方向で切り取る
(5)屋根部分を切り取った切り口部分は大きさとしては(何と)建物に内接する円形となっている。
(6)その円形の切り口は構造的にもしっかりしているので、そこを土台に新しいドームを建築する。
今は説明の為に最初を正方形の建物としたが、(2)(3)で切り取った部分の下の四隅は壁である必要はなく、4本の柱があればよい。よって、(2)(3)でできたアーチ状の空間はそのまま外部四方に延長するとトンネル型の屋根(天井)になる。これは教会堂では普通に見られる構造になる。
(5)で残った部分は垂れ下がったような3次元曲面となり(右図赤色部分)、それ故この部分をペンデンティプと呼ぶ。
この構造を実際に構築するには上で示したような流れではなく、あらかじめ完成形を想定した数学的計算に基づいた設計と石材の加工、建造能力により建造するもので、これが開発された東ローマ(ビザンツ帝国)の文化の高さを思わせる。
下はドイツ・ミュンヘンのテアティーナー教会Theatine Churchのドーム。1枚目はドーム直下から見上げた眺め。ペンデンティブが四隅にあるのがよくわかり、交差廊に設置されているので四方にトンネル型の天井がつながっている。2枚目は身廊から眺め。ペンデンティブの上に直接ドームではなく、ドラムを挟めているので、この撮影位置からは半球ドームは見えていない。
ドーム本体の工法
「西欧建築のアーチについて」で示した様にアーチには大きく二通りの作り方(迫り出しアーチと通常のアーチ)があったが、半球ドームの作り方もそれと同じ原理の2種類の作り方がある
通常のアーチ積みの応用
中心軸の回りに360度アーチを作る方法。建築途中で石が落下したり、ずれたりしないようなに強固な木枠を作り、その上に石を半球形に並べていき、最後のキーストーンを置いたら木枠を外し、石造の半球ドームが安定する。
下はドーム状石釜の作成途中。この場合は接着剤であるモルタルをふんだんに使っているが、石を正確に細工すれば石だけで安定する。接着途中の石を材木で支えているのが見て取れるが、大型ドームの場合はこのような支え枠が必要。
迫り出しアーチ積みの応用
土台から順に石を迫り出して積んでいきドームを作る。下図の様なリング層を石やコンクリートで作り、それを少しずつ半径を小さくしながら同心円として層を積み重ねていく。
この場合は基本的に木枠は必要としないが、途中でバランスを崩さないように極めて正確な設計、精巧な石材、慎重な工事が必要とされる。木枠が用意できない超大型のドームではこの工法しかない。
二重ドーム
工法の容易さ、屋根と天井の重量の分散、目的の違い(内ドームは豪華に、外ドームは高く)等からドームの上にドームをかぶせるという二重構造のドームがある
下図:ミラノのサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会 左側に描かれているドームは背は高くしていないが二重になっている。工法上の理由だろう。
下図はヴェネチアの聖マルクス教会堂。天井となる内側のドームに背の高いドームをかぶせてあり、これは工法上の作為ではなく、見てくれを立派にする為だろう。
ドームの外観
ドラム
ドームと基盤建物の間にドラムという円筒形の構築物を設置することも多い。全体の外観からドームの高さを高くしたり、採光・換気の機能を持たせたり、またはドーム自体の外観をより立派に見せようとする目的を持つ。
下図はパリ・パンテオン霊廟の例。ドラム部の外観は円形神殿のような列柱に囲み荘厳さを演出している。下のドームはドラム形式の壁で囲われており、外観としてのドームは上のドーム部分が現れる
クーポラ
ドームの頂部にはクーポラと呼ばれる小部屋)が設置されることが多い。クーポラはドームの姿を豊かにし、更に採光や換気の役にもたつ。しかし、明り取りの役はドラムの窓の方が有効であり、教会堂のドームの場合は半球ドームの正に真ん中に明るさを入れ、天空世界の象徴と成す演出に見える。
なお、クーボラはそこから明かりが入るということでランタンと呼ばれることもある。
下写真はサンピエトロ使徒座聖堂の大ドーム。クーポラからの明かりは一番上の円形の部分。四角の窓はドラムにある窓で、ここからの外光がドーム内に広がる。
オクルス
ドームの頂部には丸窓(オクルス)が開けられているものもあり、採光・換気の実用面と共に独特の雰囲気を醸しだす。
下図はローマ・パンテノン神殿。オクルスから差し込む太陽光線は時刻とともに移動し神々しさを醸しだす。
代表的なドーム
ローマ・パンテオン神殿
ドーム建築と言えば最初に思い浮かべる所だろう。帝政ローマ時代の128年頃、万神殿として建造された。直径43.2mの建物の上に同径の半球ドームが乗る。ドームはレンガ、コンクリート、石材などを使い分け、迫り出し式で構成されている。最下部の壁厚は6m、頂部は1.5m。ドーム内天井は正方形パターンの格天井形式で強度を高めているという。頂部のオクルスは直径約9メートルほどある。
フィレンツェのタンサ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドームが1451年に出来る前まで約1300年に渡って世界最大のドームを堅持した。
7世紀頃、キリスト教の教会堂に転用され、当初の内外装に大幅な手が入り、古代のものは現在は一部にしか残っていない。(写真、図面は上部参照)
ハギア・ソフィア聖堂
(トルコ語:アヤ・フソィア「聖なる知恵」の意味 )
現在、トルコ・イスタンブールにある。532~537年、東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルにキリスト教聖堂として建築、レンガ作り集中形式(全体は正方形平面)。
中央の直径31m、高さ55mの大ドーム(紫色)はペンデンティブ(赤色部分)で支えられ、それを身廊(横)方向は半ドーム(茶色)で支え、更にそれを小ドーム(青色)で支える、一方、大ドームの側壁(上下)や半ドームの左右端の壁はアーチで支える(緑色)という複雑な構造。
下写真は内観。大ドームは一番上のドームで40個の窓が並び外光を導入する。真中の黄色のドームはそれを支える半ドーム。
大ドームは四隅のペンデンティブで支えられているが、大きな半ドームは4つのペンデンティブとそれで支えられる二つのドーム(左右)と一つのアーチ(中央)で支えられていることがわかる。
聖堂全体も多くのドーム、アーチで構成されている。東ローマ帝国の最大にして最高技術の粋。 1453年のコンスタンティノープル陥落後はイスラムモスクに転用され、現在に至る。
サンタ・マリア・デラ・フィオーレ
フィレンツェにある大聖堂。ドームの直径はローマ・パンテオン神殿と同じ幅42m、地面からの高さは115mというパンテオンを凌ぐ大きさとなる。
ドームの土台は8角形で早々に建造されたが、その上にどのようにドームを構築するかはその時点では決められておらず、コンテストの結果、ルネサンスの建築家ブルネッレスキがそれに当たった。
問題はドーム構築の為には一般的なアーチ積み工法では内部に頑強な木枠を構築しなければならなかったが、それだけの長さを持つ木材が十分に用意できなかったこと、また、仮にあったとしてもこれだけの大きさのドームをアーチ積み工法で構築し堅持することが難しかったのだろう。
ブルネッレスキはパンテオンを研究した結果、それと同様にアーチ積み工法ではなく、枠が不要で、構造的にも安定する迫り出し工法で建造すればよいとした。また、それを更に確実化するために二重ドーム構造をとった。こうして1446年に建造が始まり1461年に完成した。
ドームは聖堂全体バランスと明かり取りの為に背の低いドラムを置き、その上に建造されている。また二重ドームの間には通路が設けられ、頂部に置かれたランタンまで登れる。
サン・ピエトロ使徒座聖堂
ヴァチカンでキリスト教の本山としての聖堂の再建築は16世紀にブラマンテにより巨大な集中型聖堂として計画された。しかし、あまりに大き過ぎ、ミケランジェロによりやや縮小し建造が始まり、最終的にはマデルノにより集中型からラテン十字型に変更され完成した。
ドームはミケランジェロの設計で交差廊の真上に建造。直径42m、地上高132.5m(他に120mという記述もあり子細不詳)で、明り取り窓を持ったドラムの上に二重ドームで構成されている。頂部にはクーポラが設置されている。ドーム部の全体構成はサンタ・マリア・デラ・フィオーレとよく似ている。建材はレンガを用いており、下部には強化の為に鉄条も使っている。
画像・写真引用元
・「A History of Architecture on the Comparative Method」