本サイトについて
現在、各日本語学校では様々な形態で教師研修が実施されています。本サイトでは、このうち「相互授業観察」という研修形態を取り上げ、相互授業観察の背景にある考え方や、具体的にどのような活動手順を踏むのか、またその結果どのような活動が展開されるのかなどについて、実際の実施事例とともにご紹介します。今後、自身の所属する日本語学校でも同様の取り組みをおこなってみたいと考えられている日本語教育関係者の皆様のお力になれれば幸いです。
サイト管理者プロフィール
野瀬 由季子(のせ ゆきこ)
所属:大阪教育大学 特任講師
研究キーワード:日本語教師教育、教師研修、授業観察、協働
日本語教師・大学教員として教育現場に関わっていますが、同時に、日本語学校における先生方の協働の場を創出したいという思いから、相互授業観察も企画・運営しています。
本サイトでは、日本語教師である先生方の授業変革、そして日本語学校の組織改革に寄与することを目指して、相互授業観察の具体的な活動の手順や、その意義についてご紹介します。
日本語教師の間でおこなう、「相互授業観察」とは?
授業観察とは、「授業を第三者が観察すること。授業者・学習者・教材・およびそれら三者の相互の関わりに焦点を当てて観察し,各自が授業前・授業中・授業後のいずれかまたはすべてにふりかえりをおこなう活動」(野瀬ほか 2020)のことです。
教育活動には、授業者の意図や考えをもとに展開されています。また、授業をしていく中で、うまくいかないと従業者が感じる部分や、もっとこんなことにチャレンジしたいという構想などもあるでしょう。こうした授業者の意図や課題意識を日本語教師が相互に共有しあい、授業実践を観察しあい、個々人の授業力及び組織全体の教育力を高めていくための活動が、相互授業観察です。
【参考文献】
野瀬由季子・大山牧子・大谷晋也(2020)「教師研修としての授業観察に対する現職日本語教師集団の目的意識――日本語学校の常勤及び非常勤集団へのインタビュー調査の質的分析――」『日本語教育』176号 , pp.48-63. (URL)
活動の背景にある理念:
協働しながら学び合い、成長する
日本語学校に所属している構成員に目を向けると、そこにはさまざまなバックグラウンドを持つ日本語教師の先生方がいらっしゃいます。日本語教育以外の教育現場に関わっていた方、過去に別の領域ご活躍されていた方、海外での生活経験をお持ちの方など、個々のご経験は実に多様です。また、A校では非常勤講師として勤務していても過去にB校で専任講師として活躍されている場合もあるなど、個人の力量を教育歴(年数)や非常勤・専任の区別だけでは一括りにできないほど、実に多様な経験をお持ちの先生方で教師集団は成り立っています。
そんな先生方が、組織の中での利害関係や立場の違いがある中で授業実践を検討しあい、協働しできる環境を組織の中に作ることが、学校全体の授業実践力の改善・向上には重要です。そのため、相互授業観察では、それぞれが授業者の思いに寄り添いながら学び合っていくことを重要視しています。授業者は今、何に悩んでいるのか?どうしてそのことについて悩んでいるのか?どんなことに挑戦したいのか?それはなぜなのか?... それぞれの課題意識・問題意識にそれぞれの参加者が関心を向け、対話を重ねていくことを大切にしています。
教育活動は組織全体で作り上げられる
相互授業観察では授業を観察しあいますが、教育活動を教室内に限定して捉えようとするものでも、個々人の教育技法に限定して議論しようとするものでもありません。それぞれの日本語教育機関という組織においては、学校の教育理念があり、その教育理念のもとにコースデザイン、カリキュラムデザイン、シラバスが作成され、それぞれの授業が運営されています。そして、各授業はその教育目標・学習目標に向かって、個々の先生方のユニークな、実りある取り組みのもとに展開されます。つまり、授業は各学校に固有の学習環境の中で行われています。
先生方は各学校の教育理念のもとで、自らの授業観・学習者観・教師観を形成し、様々な問題意識を持って授業に取り組まれており、そうした先生方の授業の総体が組織全体の教育活動となっていきます。つまり、教育活動は組織の構成員によって作り上げられているものと捉えることができます。そのため、相互授業観察という活動を通して、「日本語教育とは何か」、「学校の教育理念である『○○』とはどういうことか」、「学校の教育のキーワードである『○○○』とはどういう状態か」を教師同士で話し合い、組織の教育活動を作り上げることを目指しています。
実施にあたって必要な準備
実際に各日本語教育機関で相互授業観察をするためには、いくつかの準備が必要です。
ここでは大きく分けて3つを取り上げます。
先に、相互授業観察の活動フェーズの詳細を詳しく知りたい場合は、先にページ上部のタブ「各活動フェーズの詳細」をご覧ください。
必要な準備1:活動の組織化を推進する人的リソース
相互授業観察を組織的な取り組み(例えば人材育成の研修の一環)として実施する場合には、その組織化を推進する人的リソースが必要です。講師会で活動の目的や意義について広く周知したり、下記に示すガイドブックやフォーマット関連の用意をしたり、参加者間での日程調整をしたりする必要があります。また、各参加者からの個別相談もあり、活動全体、または各グループでどのようなことが起きているかを把握しておかねばなりません。
このように、活動推進の担当者が明確化されていることで、担当者自身が自らの役割意識を明確に持つことができます。また、活動に参加した参加者らも誰に相談事を話すべきか明確になります。
必要な準備2:ガイドブック資料やフォーマットの用意
実際に活動を進めるにあたっては、活動推進の担当者が中心となり、参加者に配布するガイドブック資料やフォーマットを準備する必要があります。例えば、以下のようなものが挙げられます。
(1)活動開始時点で配布するガイドブック
ー活動の目的・意義、参加者の紹介、活動の進め方 をまとめたガイドブック
(2)授業デザインシート(教案)
ー授業の目標、目標達成に向けた工夫、現状の問題意識 などを言語化するシート
(3)授業参観シート
ー観察者として授業を見学する側が記載するシート。「授業時の出来事」と「疑問・気づき」を
それぞれ分けて記載できるようなフォーマットにする
(4)リフレクションシート
ー活動毎(事前検討会が終わった後、観察が終わった後、自分の授業が終わった後、事後検討
会が終わった後)に記載するシート。
(5)成果物をまとめたポートフォリオ
ー最後のふりかえりの際に見返せるよう、先生方がそれぞれ記載した(2)(3)(4)や授業での
配布資料などを印刷し、ポートフォリオとしてまとめる。なお、A先生にはA先生の成果物だ
けをまとめたポートフォリオを配布する、という形ではなく、活動グループ全員分の成果物
をまとめ、B先生・C先生の成果物をA先生が見られるようなものにすると、A先生が自らの成
果物を俯瞰して捉えることができる。
(6)この相互授業観察を通した学びの総括シート
ー印象的だった場面、その時の感情、今後に活かしたこと、などを言語化するシート
必要な準備3:使用機材
事前・事後検討会の様子や授業実践の様子は、学生・先生方からの同意が得られた場合にはビデオで収録し、見返せる状態にしておくと、当該場面で話したことや雰囲気をいつでも見返すことができます。ただし、この場合には、機材の準備と合わせて、誰がどのようにデータを管理するのが良いか計画を立てておくと良いでしょう。
本研究の一部はJSPS科研費(21K20249)の助成を受けたものです。