D.elete C.ascade (da capo)
D.elete C.ascade (da capo)
1
世界はマトリョーシカのようにできている、と彼は言った。
「木製ですか」
「違う違う、もっと湿ってるんだよ。僕たちの体内みたいにね」
彼は真面目だった。目の奥に光を浮かべていた。
「三回目です」私は拳銃を取り出す。
「何が?」
「あなたが気づくのが」
蛍光灯が一秒瞬く。
弾丸は血を撒き散らすことはない。衝撃は内側に、記憶を封印する。
心配することはない。いつものように五秒後に起き上がる。
四
三
二
一
「ん......俺、また寝てた?」
「えぇ」
「ここは?」
「転送課(アヌビス)の廊下です」
「そう」彼は頷いた。いつもの顔だ。
少しだけ愚かで、少しだけ優しい顔。
私は弾倉を確認した。残り二発。補填するよう申請しなければ。
2
彼は真理に近づく体質だった。
風邪を引きやすい人間がいるように、真理に触れやすい死神がいる......らしい。数億年のうち、事例は彼一人であったが。
今回の真理は、世界は階層であるということらしい。
死神もまた細胞であると。
何の?
「僕たちは免疫なんだ」
「何に対してですか」
「くしゃみ」
意味が分からない。いつだって彼は、訳のわからないところからいきなり、点の間をひょいと結ぶように思考が飛ぶのだ。
3
何度目になるのだろう。記憶を消す仕事は、地味だ。
いつからこれを?覚えていない。一度この拳銃を己に向けたことがあるのだろう。
魂を刈る方が華やかだ。羨ましい。全く。
巨大な鎌、回転都市、向かう先は砂嵐の船。
そういう背景は映える。
一方、廊下。蛍光灯と書類と静かな銃声。
合理化された世界では、儀式は不要になった。
祈りも削減された。規則が必要になった。
彼は異端だ。異端になる。異端は規則違反になる。であれば異端にならないように調整する必要がある。その調整役が私である。彼は音であり、私は楽譜。彼が楽譜だとするのであれば、正しく音を伝えるための記号、共通言語であり、彼が信号であれば私はラジオになる。
どんな規則で?思わない日も、あるけれど.......まぁ、上の命令だから仕方がない。
4
四回目に彼は撃たれる前に言った。
「君も気づいているだろう?」
「何にですか」
「撃つたびに、僕は少しだけ賢くなる」
私は否定しなかった。撃った。彼は倒れた。起き上がらなかった。
三十秒。「まさか.......外した?」
「外してないし、僕は今、瞬時に理解した。世界について、それを証明しなくても、たぶん大丈夫だ」
「何が」
「僕たちが細胞だとしても、細胞は別に宇宙を理解しなくていい」
「つまり?」
「もう終わりにしよう。僕が諦めればいいのさ」
?
目を開ける。拳銃が床に落ちている。黒いリボルバーだ。
「君は誰だ?」
「僕は.......」
5
彼は廊下で言った。「世界ってマトリョーシカみたいだと思わない?」
私は笑った。「湿っているやつですか」
「な、なぜそれを」
「なんとなくです」
彼はしばらく黙り、そして言った。
「まあ、どうでもいいか」
どうでもいい。全くの正解だ。
世界はマトリョーシカで、中身は湿っていて、神は細胞。私たちも細胞。
廊下の蛍光灯が一瞬だけ明滅する。
その瞬間、誰かがこちらを覗いている。「三回までです」
「何が?」
「リセット」
世界は続く。上の階層で、誰かが安堵している。
?
疲れていた。
撃つたびに、彼の目から何かが消える。だが消えきらない。
弾丸は、記憶を消すのではなく。
気づいていた。
圧縮された理解が密度を増す。彼は深くなる。愚かではない。危険だ。
銃口は己に向いていた。光が頭を通過する。世界が透ける。
廊下の向こうに誰かの指先が。