2ndリアクション

「全く、なんだってんだ――」

梅成功(めい・ちぇごん)は、大量座礁の時のことを思い出すと、怒りでこぶしを震わせた。

「俺はただ、大陸から流れてくる人を、一人でも多く幸せにしたいだけなのに」

ニュースチャンネルが映し出すボロボロの難民たち。痩せ細った手で、懸命に生きようとする彼らの姿が、梅の頭の中に焼きついている。そんな姿と、目の前で苦しんでいるイルカたちの姿が、成功の目にはダブって見えた。

環境と開発、その両立は確かに難しい。けど、今選ぶとしたら開発だ。

その中で最大限環境に配慮する、その技術を学びに俺はトライデントUNに来たんだ。

だが、あいつはそれを人間の欺瞞と言った。

そればかりか――

『ええか、大陸から難民がやってくる。それは分かるけど、そもそも大陸をぼろぼろにしたんは誰やねん。そこに住んどった奴らちゃうんか?自分らが好き放題やっといて、食い荒らし尽くしたら他のところへ、全くたちが悪すぎてどうしようもあらへん』

『そ、それはそうだけどさ』

『南北問題とか、先進国の収奪とか言いたいんやろうけど、そんなん言い訳や。

ええか、開発ってのは他の生物にとっては、『人類』がやっとることには変わりあらへんねんで――』

それじゃあ、俺たちはどうしたらいいってんだよ。

どうしようもない苛立ちの感情に、成功の心は乱れていた。

答えは、どこにもないのだろうか――



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「やっぱり多すぎたかなぁ……」

宵闇浮月(よいやみ・ふつき)は、検索エンジンのキーワードを入力しなおした。

先月、ロス=ジャルディン島で起こったイルカの大量座礁(マス・ストランド)。そのとき出会った蒼色の髪の少女のことを、彼女は強く覚えていた。

海藤瑠璃(かいとう・るり)――。環境保護団体『ガイアの声』のメンバー。自然保護を人間の思い上がりと欺瞞だと喝破した少女。彼女と、彼女の所属する『ガイアの声』のことが知りたくて、浮月はそれ以来ニュースチャンネルや図書館を当たっていたのだ。

「こんなもんかな?」

浮月はエンターキーを押した。

ディスプレイに文字が流れる――


ガイアの声。「人類は地球に贖罪しなければならない」を設立理念として、2023年に設立。緩い綱領と豊富な資金を元に既存の環境保護団体を吸収し、2050年現在、構成員は約2万名。シンパは全世界で数百万人に上ると推定される。本部はオーストラリア・プリスベーン。

過去の大規模な活動としては、シベリア地域におけるメタンハイドレード層溶解に関する調査報告や、2035年に重慶で起こったメルトダウンに対する緊急援助活動、ヨーロッパにおける大規模な植林支援活動など多数。ただしHIVなどの医療活動に関してはあまり積極的ではない。


「あと、設立当初より強制的な産児制限を主張。構成員が子供を産む場合は、厳格な審査が求められると……」

この一ヶ月間でまとめたレポートを読み終えると、浮月はその小さな体を椅子に預けた。すっかりさめた煎茶に口をつける。

あの人の言葉は、どこかずれている気がする――

でも、それがなになのかが分からない。

そう思いながら、『ガイアの声』と海藤瑠璃について調べてみたのだが……。

「あら……」

浮月はディスプレイに流れる文字を見ると、体を起こした。

「海藤瑠璃……さん」

何となく入力した名前。それが引っ張り出したのは古いニュース記事だった。

「えっと、1週間前に土佐清水沖の太平洋で行方不明になっていた海藤卓真さん(32歳)一家の内、娘の瑠璃ちゃん(8歳)が、本日未明、種崎海水浴場で保護された……」

ことの発端は8年前の夏。海洋生態学者だった父に連れられた瑠璃は、母と共に太平洋上にホエールウォッチングに出かけた。

だが突然一家は消息をたつ。海上保安庁をはじめとして必死の捜索活動が繰り広げられるが、何一つ手がかりを得ることなく1週間が過ぎ、捜索は打ち切られた。

ところが捜索が打ち切られたその日、遭難現場から50km以上はなれた海水浴場で、瑠璃一人だけが発見、保護される。

なぜ瑠璃だけがそこにいたのか、原因は不明のまま、事件は年月の中に埋もれて行った……。

「――海でご両親を亡くされて、だからなの……」



「ちょっと聞きたいことがあるんやけど――」

青江宗治(あおえ・そうじ)は、瑠璃に話し掛けた。

海洋環境コースの木暮研究室。実質的には『ガイアの声』のトライデントUNでの拠点は、次のデモ行動の準備を終え、ひと時の休息を迎えていた。

「なんやの?」

DTPソフトでなにやら作っていた瑠璃が、顔を上げる。

「見かけん顔やね。新規の参加者かなんかなん?」

「あ、いや」

怪訝そうな顔をする瑠璃に、宗治は慌てて来意を説明する。

「――なるほど、ここの第三期工事とイルカの大量座礁の関係を聞きたいと」

瑠璃は軽くため息をつくと、

「そんなん、はっきりしたことは分からへん」

「どういう――」

「イルカの大量座礁の原因が、そもそも分かってへんやろ。そもそもうちは、ここの第三期工事が座礁の直接的な原因なんて一言も言ってへんで。うちはただ、自然と調和が取れた開発とか耳あたりのええことを言って自然を破壊し続けている、そのことに対して反対してるだけや」

どこか疲れた口調で、瑠璃は言った。

「けどさ、一度開発が始まってしまっている以上、今から中止しても問題は残るんじゃないの?」

それまで黙って話を聞いていた、咲コーヘー(さき・―)が口を挟んだ。

「そりゃもちろんそうや。けど、そんなこと言ってたら、はじめたもん勝ちになってしまわへん?」

「確かにそれはそうだけど、でもこういったことは慎重にデータを集めて――」

「その間に、ここら辺の環境は致命的な影響を受けるはずや」

バッサリと切り捨てる瑠璃。

「それじゃあ、あの人魚はどう思う?あれがいたとしたら、周りの環境に影響を及ぼすことはありえるんじゃないか?」

「それこそ、データを集めることちゃう?もしも誰かが創ったもんやったら、捕獲して隔離しておけば特に問題やあらへんやろ――。

現在進行形で進めてる自然破壊と同列にしちゃあかんよ」

「あのな、海藤――」

宗治が尋ねる。

「『自然保護は人間の思い上がり』やて。んなのアタリマエやないか?いっそ自然なんてガンガン壊してもええ思うな。そもそも人間が守りたい言う自然は、人間に都合のいい自然だけなんやし」

「あほいえ!」

瑠璃は怒りのあまり立ち上がると、宗治の頬に平手打ちを鳴らせた。

パンッ。

乾いた音が部屋中に響く。

「あんたな、一度失ってもうたもんは、二度と取り戻すことが出きないねんで。今、この瞬間にも数千種類の生物が絶滅の危機に瀕してる。そん中には、地球に――地球にとって絶対的に必要なもんもあるかも知れへん。

うちらは知らん間に、致命的な失敗を犯しているかも知れへんのや」

瑠璃は悲しげな目で、壁に掛けられた世界地図を見つめた。



トライデントUN水産技術センター。巨大な鋼鉄の仕切板で外洋と切り離されたドックに、大量座礁で傷を負ったイルカたちが収容されていた。

一度座礁したイルカは放流しても再座礁する確率が高い。そのため傷の深いイルカは薬で安楽死され、傷が浅かったものは傷が癒え次第、海洋牧場のカウボーイとして教育を受けることになっていた。

「もう、うるさいな」

瀬名しぶき(せな・-)はにドックの端に座ると、思わず顔をしかめた。

「――キュィキュィ」

「おまえもそう思うって?!」

イルカたちの教育係を努めるホーリットが、同意するように体を揺らす。

一人と一頭の視線は、彼方に浮かぶ船団に向けられていた。

『イルカの牧羊犬化反対!』

『トライデントUNは即時解体せよ!!』

色とりどりののぼりやプラカードを掲げた船が、水産技術センターを取り囲んでいる。

『ガイアの声』が集めたデモ隊だ。

『デモ隊のみなさん、水産技術センターから1km以上離れて航行してください』

警備部の鬼オカチーこと御徒町女史の声が、あたりに響き渡る。

騒然とした空気が、あたりに漂っていた。

「陸でぐだぐだ言ってても何もわかんないだろ。まずはイルカたちと同じ視線になってみなきゃ」

しぶきは呟くと、再び水中に体を躍らせた。


「まずったかも知れへん――」

徐々にヒートアップしていくデモ隊を見回しながら、瑠璃は思わず舌を打った。

「このまま行ったら、えらいことになるかもしれん」

「どういうことかい?」

与那嶺椋木(よなみね・むく)が尋ねた。つい先日、新たに『ガイアの声』に加わった男だ。

「なんつーかなぁ、いやな予感がするんや」

瑠璃の予感はすぐに当たった。

デモ隊の中の一隻が突然回頭すると、ドックに向かって突進をはじめたのだ。

「な、なんや?」

『われわれはー、不当に囚われたイルカたちをぉ、実力を持ってぇ、解放するぅ』

暴走船から、拡声器に乗ってシュプレヒコールが聞こえてきた。

慌てて周りを見回すも、警備部の船は虚に取られて動きを完全に止めている。

「なんてこった!」

「どうします、瑠璃さん?」舵輪を預かる与那嶺が、瑠璃に尋ねた。

「んなもん、決まってる。なんとかしてあいつらを止めるんや!」

「え、」

「ええから、早よせい!!」

与那嶺をどやし付ける。

「了、了解!」

エンジン出力を全開まで上げ、暴走船を追跡する瑠璃たち。

「普通にやったら間に合わへん、ぶつける気で行きや!」


「あの船、まっすぐこっちへ向かってる――」

しぶきの目の前で、突進してくる船が二隻、交錯した。

次の瞬間、一隻目は二隻目の舷側を乗り越え、船体を宙に浮かべた後に海中へと消えた。

「人が乗ってたはずや!」

しぶきは慌てて、ホーリットと共に救助に当たるため、ドックの管制室へと走った。


蒼、青、アオ、あお――。

瑠璃は静謐なる領域をゆっくりと漂っていた。

意識と認識が乖離する。

光が離れていく。

何かに包まれるような不思議な感触。


(に、人魚――)

しぶきの目の前に、人魚がいた。

人魚は抱えていた瑠璃をしぶきに預けると、方向を変え去っていく。

追いかけようとしたしぶきだが、瑠璃の重みで我に帰り、海面へと浮上をはじめた。



数日後、トライデントUN中央病院。

「――なぜ、あんなことをしたの?」

御徒町の問いに、瑠璃はただ黙って窓の外を見ていた。

トライデントUNの風景が眼下に広がる。遠くにはロス=ジャルディンの島影も見える。

「ま、いいわ。あんたはいつも黙秘だし――」

御徒町は立ち上がると、瑠璃に手を伸ばし、

「でも今回は助かった。ありがとう。幸い、誰も死人は出なかったしね」

――あんたも数日で退院できるでしょうし。

瑠璃の頭を軽くたたき、御徒町は病室を出て行った。

あとには瑠璃一人が残される。

(あの感触はなんやったんやろう、――なにやら懐かしい気がしたけど)

首から下げた蒼いペンダントを手でいじりながら、瑠璃は思った。